60話 手動の小悪党
ランピーチの使ったスキルは『偽装』スキルレベル2。残り3000の経験値を使用して取得した相手の認識を偽るスキルだ。レベルアップ毎に精神+2が加算されていく。『隠蔽』と違い姿は隠せないし『変装』と違い好きなように自在には姿を変えることはできない。
その効果は相手に自身を認識させない。それだけであるが、監視カメラすらも誤魔化せる。『看破』がなければ、決して相手に正体はバレない優秀なスキルである。
ゲームでは盗みに入るときに使ったスキルだ。見つかってボコボコにされて牢屋に放り込まれるので、あまり意味はなかったが。
話し方は単なるライブラの趣味だ。ライブラと話し合い、『ライブラの考えた謎の人物』として作り上げたキャラである。実際はただの黒いロングコートに黒いジャージという、ちょっとコンビニ行くだけだからと、手を抜くおっさんみたいな服装であるのだ。
だが、『看破』というレアスキルを持たないクリタは見たことのない鎧だなと、見事に騙された。ちなみにジャージなのは、偽装が通じない場合は嗤って来るだろうと考えたからだ。わかりやすい反応が欲しかったためである。
『あれぇ、やけに弱くない? レベル5のはずなのになぁ』
『クリタ:レベル5』
ライブラが、放り投げた巨人クリタを見て、不思議そうにコテンと首を傾げる。たしかにレベル5ならば、こんなに簡単には投げ飛ばされない。だが、その理由をランピーチはわかっていた。
『クリタの精霊鎧『スプリガン』はレベル5相当だ。『鑑定』と『スプリガンモード』を使える希少な鎧だからな』
後部に大穴が開いて、もはや廃車確定の装甲バスからゆっくりと歩きながら、クリタを観察する。ガイとのバトルから、ずっと考えていた違和感があるのだ。
「ぬ、ぬぉぉ!」
クリタはたいしたダメージを負っていないようで、すぐに立ち上がり雄叫びをあげて殴りかかってきた。その動きは喧嘩で使うようなめちゃくちゃなもので幼稚過ぎる。
右拳のストレートが放たれるが、ランピーチは僅かに前傾姿勢となり、身体を横に半歩ずらす。クリタの拳が空を切り、ランピーチは前傾姿勢で間合いをつめて懐に入ると、右足を支点に強く踏み込み、鋭い左アッパーをストレートが躱されて、体が泳ぐクリタの顎に叩き込む。
「ご、ごふっ」
アッパーにより口が無理やり閉じられて、ガチンと歯がぶつかりよろけるクリタの側頭に腰を捻り、右拳に力をこめてフックを決める。メキャッと鈍い嫌な音がすると、クリタはあっさりと地面に倒れ込んだ。
『見ろよ、ライブラ。こいつの戦闘力はたいしたことはない。単なる商人で、スプリガンは最低限の自衛用。不意打ちを受けても死なないようにする耐久力だけを重視したものだからだ』
倒れ込むクリタを見て、ランピーチは愚か者を見るように冷え冷えとした視線を送る。
『ライブラの解析はきっと相手の持つ最高のスキルに合わせて表示される。たぶん礼儀作法レベル10だと、レベル10として表示されるんだろうな』
『ガーン! 私の解析にそんな弱点があったなんて、全然気づかなかったよ!』
巫女服をひらひらと靡かせて、頬をむにゅんと挟み、ドヒャーと驚くライブラ。その表情から、本気で驚いていそうだと胡乱げになるランピーチ。
『なんで気づかねーんだよ。普通気づくだろ。あからさまにクリタは弱い。モンスターレベルと違って人間のレベルはまったく信用できないということだな。まぁ、クリア報酬は敵のレベルに依存するから、経験値的には美味しいけど』
『ふむふむ、そっか。レベルは大きな運命にかかわるけど、強さには関係ないんだね』
『なんで知らないの? 本当にサポートキャラなの? 本当は単なる憑依霊じゃないの?』
『仕方ないのさ、私はソルジャーの視界と知識やスキルに依存していて、『宇宙図書館』にアクセスするにしても、末端の権限がほとんどない人工精霊だからね』
シクシクと泣くふりをするライブラである。やはりあまり役に立たない理由がわかった瞬間である。道理で役に立たないサポートキャラだと思ったよ。
「こ、こいつを殺せえっ! 皆でかかるんだ、そうしないと俺らが殺されるぞ!」
戦闘中にもかかわらず、ライブラとおしゃべりをしていたら、頬を押さえてクリタが叫ぶ。
装甲バスから放り出されたクリタと、その後に出てきた謎の黒尽くめの男を見て、ぽかんと眺めていた襲撃者たちが慌てて武器を構える。
「様子がおかしい、攻撃を開始しろっ!」
ランピーチのあからさまに怪しい姿を見て、銃持ちが構えると躊躇いなく引き金を引く。左右に挟み込まれた状態で、ランピーチへと一斉に開始された射撃により銃弾の嵐が襲い来る。
だが、ランピーチは慌てることはない。
『魔鉄板✕99』
亜空間ポーチから、魔鉄の板を10枚取り出す。魔鉄とは魔力の宿る鉄のことであり、魔法抵抗も発生することから、魔力のこもっていない通常攻撃においては通常の鉄を遥かに上回る硬度を持つ。分厚い魔鉄の板はランピーチよりも大きな板で、ふわりと浮かすと周囲に展開する。
『テレキネシス』
念動力にて浮かせた魔鉄の板だ。重さは一つ50キロ。無骨ながらもその装甲は分厚くライフル弾すらも軽々と防ぐ。夢の島で懸命に集めた機械系魔物から解体した魔鉄板である。
カカカと銃弾が弾かれて、地面にポスポスと銃痕が残る。
「な!? 防御魔法かっ!」
「お前らを敵とは思っていないんだ、悪いな」
パチリと指を鳴らすと、魔鉄板がフリスビーのように飛んでいく。50キロの重量を持つ魔鉄の板だ。その重さの魔鉄の板を砲弾のように飛ばせば、その威力は想像力のない人間でも想像できる。
「ガハッ!」
「逃げるんだ、ガッ」
「躱すんだ、建物の中に逃げ込め!」
怪我どころではない。命中すれば、肉体は千切れ分断される。かすっただけでも肉が抉れてしまう。
阿鼻叫喚の様相となり、クリタは四つん這いとなり、襲撃者と共に慌てて廃ビル内へと逃げ込んでいった。
「たとえ、ランピーチ難易度でも、これはチュートリアルの隠しクエストだからな………。このイベントは楽勝なんだよ。それよりも実験をしてみたかったんだよな」
ゲームでもこのクエストは見つけるのは大変だったが、戦闘は楽勝だったのだと、クリタが逃げ込んだ廃ビルとは反対側に逃げた襲撃者たちが入っていった廃ビルを眺めて、まるで実験をする科学者のように冷たい目で指をパチリと鳴らす。
『看破』
『テレキネシス』
廃ビルの柱にヒビがピシリピシリと入っていく。ただでさえ劣化の激しい廃ビルがゴゴゴと音を立てると崩壊する。『看破』により、廃ビルの主柱でもっとも脆い箇所にテレキネシスを当てたのだ。柱には強烈な圧力がかかり、耐えきれない。
「た、たすけ」
「こんなことが」
「グアァッ」
大量の土砂が噴き出し、崩壊した廃ビルが轟音を立てて崩れていく。襲撃者たちの悲鳴が響き、その姿は瓦礫の山の中に消えていった。
ふむ、と手をワキワキさせてランピーチは満足気に微笑む。これが今回の戦闘の目的であったのだ。
『ゲームと違うところ、『手動』だと、テレキネシスは使い方に無限の可能性があるよな』
鶏肉の解体で『自動』ではなく、『手動』であると、様々な肉が採れた。それは『解体』スキルから流れ込む知識と経験からであったが、ランピーチはそこで気づいた。
もしかして、もしかしなくても、他のスキルも『手動』で使えるんじゃね? 知識も経験も脳にはある。ならば『自動』よりも『手動』にすると大きく変わるスキルがある。
それこそが『テレキネシス』だ。自身の筋力に依存する『テレキネシス』は、今は700キロ近くまで持てる。だが、それを一つのアイテムを操るのではなく、複数の物を同時に操ったり、脆い壁などに圧力をかける方法が『手動』ならできると気づいたのである。
そうして、テレキネシスで卵をいっぺんに採取したり、テレキネシスで鶏肉の解体をしたり、コウメを高い高いしてあげたりと練習し、ようやく今は複数の鉄の板を操る事ができるようになったのである。
「魔法を封印するんだっ! ステレオフラワーを使え、使うんだ」
「手持ちのやつを全部使え!」
最初の戦闘で早くも戦意を失ったのだろう、廃ビルが崩壊した様子を見て、クリタは恐怖の表情で襲撃者へと叫び、襲撃者もランピーチの異様さを見て、慌てて小さな花の魔道具を取り出す。驚くことに襲撃者全員が持っているようで、ランピーチに向けてくる。
キィンと甲高い高音が重なり合うように響き、耳が痛い。
『抵抗しました』
『抵抗しました』
『抵抗しました』
『魔法を封印された』
『数で勝負かよ。これ、酷いランピーチ難易度なんだけど』
『まぁ、魔法使いを恐れるなら、当たり前の行動だよね。反対に用意しない方がおかしいでしょ』
『やだやだ、現実準拠って厳しいよな』
敵だってアホではないのだ。ゲームのようにプレイヤーがクリアできるように隙を作る甘い攻撃はしてこない。
「今だっ! 魔法は封印されたはず。バズーカを撃てっ」
「了解! これでも喰らえっ!」
襲撃者の一人がバズーカを構える。きっと、スラム街レベルなら必勝間違いなしの戦法なのだろう。噴煙を上げて、砲弾が飛んでくる。一番安いRPGロケットランチャーだが、それなりに威力はある。
「これでも喰らえは死亡フラグのセリフだよ。俺なら言わないね」
『テレキネシス』
パチリと指を鳴らすと、飛来してくる砲弾が空中でピタリと停止する。ククッと笑うと、再び指を鳴らす。
「な、魔法は封印しただろ」
「魔法というものは、信じられない奇跡を起こすから魔法というのだよ」
嘘である。超能力だから意味がないだけだ。だが、そんなことはおくびにも出さずに、ランピーチはニヤリと笑う。
砲弾が跳ね返るようにクリタたちへと向かい、顔を強張らせる襲撃者たちへと飛んでいく。慌てて廃ビルから飛び出て来る襲撃者たちだが、爆発に巻き込まれて吹き飛ぶのであった。
「ゲホッゲホッ、な、なんでこんなことに……」
「バズーカを使うならケチることなく、魔法金属を使うべきだったな」
積雪に塗れて、爆煙により煤けたクリタへと近付く。さすがは耐久重視の精霊鎧。他の襲撃者たちと違い生き残っていた。
テレキネシスは敵の魔法や魔法武器にはあまり効果がない。とはいえ、スラム街の盗賊レベルで高価な砲弾を用意はできないだろう。
「さて、このまま戦うという選択肢もあるが」
「か、勘弁してくれっ! あんたらの邪魔をするつもりはなかったんだ。なんでもする。生命だけは助けてくださいっ!」
見たことのない魔法、封印もできずに、銃もバズーカも通じない。地下街区の人間の恐るべき力を目の当たりにして、ただの小狡い商人程度のクリタは戦意を完全に失い土下座した。もはや命乞いをするしか手がないと悟ったのだ。
「……良いだろう、だが、その言葉に後悔しないと良いのだがな」
あっさりと戦闘が終わり、ランピーチはにやりと悪そうな笑みを浮かべるのであった。
『クリタの策謀をクリアしました。経験値25000取得』
どうやらゲームと違って、クリタを殺さなくてもクリアはできるらしいと。この結果は小さなものだが、これからのストーリーを考えると大きいものであった。
━━なにせ、本来ならば殺さなくてはいけないキャラを殺さずにクリアできたのだから。