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58話 策謀の小悪党

 ランピーチマンションは地上街区から徒歩で1時間の距離にある。即ち車では20分かからない距離だ。これが遠いか近いかを判断するのは、人によって違うだろう。だが、少なくとも車を所持している者にとっては近いと判断するだろう。


 盗賊もこの程度の距離では襲撃箇所も少ないし、相手は貧乏なスラム街の徒歩となるから旨味もない。そのために車でランピーチマンションに向かうにしても、たまに出没するモンスター相手となり、機銃の一つを取り付けて、形ばかりの装甲を貼り付ければ十分のはずであった。


 廃墟の広がる大通りは積雪でもはや徒歩では進むことも難しい中で、前面に除雪用にショベルを取り付けた装甲バスが走行していた。まだ日も昇り始めたばかりで、朝靄の中でタイヤに蹴散らされて雪が舞い上がり、キラキラと日差しに照らされる。雪が周囲の音を吸収して、装甲バスのエンジンだけが響き、廃ビル群の合間を進んでいく。


 モンスターの気配もなく、人の気配もない。それはいつもの光景であり、珍しくもない。


 ━━はずであった。


爆裂火球テンペスト

 

 だが、走行する装甲バスを突如として、廃ビルから飛んできた火球が襲う。装甲バスは積雪の中で、ろくに回避することもできずに、不意打ちを車体の横っ腹に喰らい、爆発を起こした。装甲がへこみ、装甲バスは横転し、雪の中をズササと進むと、廃ビルの壁へと激突して、フロントを潰して停止する。ぷしゅーとエンジンから空気の抜けたような音がして、タイヤがカラカラと空転し、また静寂が戻るのであった。


 装甲バスが停止して、数分経過してシンと静まり返り、なにも起こらない。そのことを確認したのか、廃ビルからぞろぞろと男たちが姿を現す。


「━━やったか?」


「あぁ、動きはないな」


 男たちはスラム街の人間を襲うには不釣り合いな武装をしていた。魔力の付与された剣や槍、簡易精霊鎧を着込んでいる者もおり、火力の高い使い捨てのバズーカを担いでいるものもいる。


 その数は二十人。それぞれ鍛えられた体つきをしており、そこらのチンピラでは出せない戦いに慣れた空気を纏っていた。


 彼らは慎重に装甲バスを囲み、傷だらけの顔をして、精霊鎧を着込んだ一際立派な武装をしているリーダーらしき男が、片手を振る。それは合図であり、後方で杖を構えていたローブ姿の男が、再び魔法を使う。


爆裂火球テンペスト


 杖の先端から炎の塊が浮かぶと、再び横転した装甲バスへと放たれて、トドメとばかりに爆発する。炎が装甲バスを舐めていき、メラメラと燃えていく。しかし、装甲のお陰で表面だけが燃えるたけで中までは燃えずに消えてしまう。


 それでも十分だった。耳に手を当てている男が、真剣な顔で音を聞き取っており、にやりと醜悪な笑みを浮かべる。


「ボス、装甲バスの中には一人しかいねぇ。それも運転席から放り出されて虫の息だ。倒れていて、か細い呼吸が聞こえるだけだぜ」


「あぁ、そりゃご苦労。どうやら簡単な仕事のようだな」


「ここまで数を揃えなくても良かったんじゃねぇですか? ちっとばかしもったいねぇですよ」


「俺も最初は5人程度に押さえるつもりだった。そう思ったんだが……この依頼、調べると嫌な噂もあったからな。念の為だ、念の為」


「手堅いお頭だねぇ。だからこそ俺達は生き残ってこれてるんだけどな」


「ちげえねぇや」


 気楽そうに笑う男たちからは緊張が失われて、お頭も肩をすくめて口元を歪めるように笑うとスマホを取り出して、手慣れた様子で叩く。


「仕事は終わりだ。……あぁ、あぁ、そうだ、問題はなかった。護衛? いや、前情報通りに護衛はいなかった。まぁ、これだけの重武装だ、本来なら護衛など問題はないからな」


 スマホを切ると懐に入れ、周りを見渡す。やはり静かなもので、装甲バスのタイヤがカラカラとなるだけだ。


「おっと、装甲バスの中の呼吸音が消えました。これで、任務は終了ですね、お頭」


 音を聞いていた男が軽そうな笑みとなると、お頭と呼ばれた男はククッと笑い返す。


「これで一億エレか。こんな簡単な仕事で、ボロ儲けだったな」

「ちげえねぇ、悪いなお頭。何もせずに報酬を貰っちまって」

「本当だ、帰ったら冬の間は俺は娼館に引きこもるぜ」

「手にした金を全部使っちまうつもりかよ」


 ゲハハと大笑いをする男たち。その顔には襲撃を仕掛けて人を殺した罪悪感などは欠片もなく、不思議なことに襲撃をした盗賊であるはずなのに、装甲バスの中に入って金目の物を探そうとする様子もない。それどころか、男たちの装備こそ、この場所程度では場違いな高いレベルだ。

 

 朝靄がまだ消えない中で男たちの笑い声が響く中で、男のひとりが道路を指差す。


「来たみたいですぜ、お頭」


「あぁ、ヒーローのおいでだな」


 瓦礫が転がり、ヒビだらけの道路を装甲車が走ってくる。装甲バスとは違い、本物の軍用装甲車だ。カナブンのように丸いフォルムのシャーシ、自動機銃が屋根に取り付けられている。


 襲撃者たちは走ってくる装甲車を前に逃げることもせずに、ニヤニヤと待ち構えて動かない。装甲車はすぐに襲撃者の前まで来ると、装甲車のドアがゆっくりと開く。


 中から出てきた男は、ギラギラとした黄金の精霊鎧を着込んでいた。宝石を散りばめられて、その姿は趣味の悪い成金のようだ。


「おぉ、なんだこりゃ、盗賊に襲われているではないか!」

 

 ハッチを開けて出てきた男が出てくると、わざとらしく驚いた声を上げる。その棒読みのセリフに襲撃者たちはゲラゲラと笑っていた。


「おいおい、お前ら、もう少し本気でやれ。金は払ってるんだからな!」


「へいへい、わかりましたぜ、クリタさん」


 お頭が笑うのをやめて、金ピカの精霊鎧を着込んだ男に軽く礼を返す。


 金ピカ鎧の男はクリタだった。雑貨屋の冒険者に優しいと自称する店主であった。


         ◇


「それならば良い。誰か来ないか、見張りをしておけ」


「えぇ、それでも急いでくださいよ? 他の奴らが通りがかる可能性がありますんで」


「わかっている。さっさと死体を回収しておくか。なんとか助けたが力及ばず、死んでしまった親友の死体をな」


 クリタは悪魔のような醜悪な笑みを浮かべて、装甲バスへと近づく。親友セイジの死体を回収するために。


(悪く思うなよセイジ。あんたが無用心過ぎるのが悪いんだ。こんな金鉱を独占しているのにな)


 ━━━クリタはランピーチマンションの情報を改めて集めて、その驚くべき内容に耳を疑った。


 曰く、ランピーチ・コーザは地下街区と繋がりがある。 

 曰く、地上街区でも見たことないレベルの自我のある人工精霊を借りている。しかも軍用は信じられない程に、とにかく強い。

 曰く、特殊なポータルを実験用として借りて、天然のものの鶏や野菜を育てている。その育生速度は異常の一言。

 曰く、桃源郷を中心に地上街区に編入される日は近い。

 曰く、ランピーチは貧乳好きである。幼女も大好きだ。

 曰く、ランピーチは上級国民の出身だが、無能のために追放された。


 そして━━━桃源郷の利益は月に数億エレの利益をあげている。


 真偽は定かではないが、その情報を聞いて、話半分としても、輝かしい人生を買えるだろう情報であろう内容だった。


 人生を賭けるにあたる内容だった。自身のすべてを賭けるにあたる岐路だと感じたのだ。


 なので、クリタは危険な綱渡りをすることを決意した。


 即ち━━━。セイジが偶然にも襲撃されているときにたまたま居合わせる。クリタは無防備であったセイジとは違い、精霊鎧『スプリガン』を着込んでおり、装甲車にも乗り、重武装のために襲撃者を追い払うことに成功する。


(だが、力及ばすセイジは死亡。今際の際に居合わせた親友であるクリタに遺言を遺す。その内容は、これからは桃源郷の経営はクリタに引き継いでくれとのお願いだった)


「俺は涙ながらに、その遺言の通りにする。親友の遺言だ、これから全力でランピーチを支援する」


 ニヤニヤと笑いながらの呟きは、他者から見ても信用ゼロだ。クリタもこの作戦が穴だらけだということは気づいている。だが、この作戦がうまくいき、愚かなランピーチを操るセイジから拠点の経営を奪い取るチャンスは冬場だけだ。


 きっと春になれば、様々な企業がランピーチと接触するだろう。そうなったら、今日のような襲撃など計画できない。すぐに気づかれるだろうからだ。


 この作戦で、しがない雑貨屋から大きな企業として成り上がる。そのためならば、危険な橋も渡るつもりで、この作戦を立てたのだ。


「セイジさん、なにがあったんだ! 大丈夫かい?」


 雇った探索者たち以外は見物客はいない。だが、ひとつまみの罪悪感を打ち消すように、クリタは本当にセイジを助けたふりをして、後々に本当に必死になってセイジを助けたとの記憶に書き換えるために、装甲バスのドアに手を掛ける。


 少し硬いドアだが怪力を発揮できるスプリガンの前には紙同様だ。ミシミシと音を立てて、簡単に剥がして中に入る。


 元はバスなだけあって、ずらりと椅子が並び━━━。


「ん? どこにセイジはいるんだ?」


 運転席に座っているはずのセイジがいないことに怪訝な顔となる。本来はここで死体となって転がっており、涙ながらに死体を回収し、桃源郷まで持っていき、ランピーチたちに自分がこれからはセイジの代わりとして支援すると伝える予定であったのだ。


「涙ながらに支援すると言っても無駄だ。クリタさん、あんたの評判は悪すぎる」


 聞き覚えのある声音にぎくりと身体を強張らせる。予想外の後方からの声に振り向くとセイジが最後部の椅子に傷一つなく悠然と座っていた。


「せ、セイジさん。あんた無事だったのか。良かったよ、襲撃されているようだったので、慌てて助けに来たんだ」


「へぇ? それにしては襲撃者と仲が良さそうみたいに見えるが? 演技ってのは中途半端じゃだめなんだ。どこに観客がいるかわからないからな」


「な、なんのことだ? いや、話をすればわかると思うぞ? ほら、なにか勘違いがあるかもしれないしな」


「へぇ? 勘違い?」


 クリタは作り笑いを浮かべて、ゆっくりとセイジに近づく。ニコニコと笑みで近づき━━。


「勘違いにしておいてくれぇえっ!」


 拳を振り上げて、セイジへと殴りかかる。踏み込みにより、バスの床がゴガンとめり込み、椅子をなぎ倒し、セイジの頭をトマトのように潰そうとする。


 パシッ


 だが、セイジが突き出した手のひらに受け止められてしまい、目を見張る。装甲バスの硬いドアすらもあっさりと貫く怪力を前に、ビクともしていない。まるで赤ん坊の拳を受け止めたかのようだ。


「クリタ、勘違いってのは、この拳もか?」


「お、お前、その姿は……!?」


 薄笑いと共に、セイジと思っていた相手の姿が変わっていき、黒尽くめの服を着た男が現れるのであった。

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