57話 小狡い小悪党たち
昼間から酒を飲んでランピーチは機嫌が良かった。取り巻きとして、何人かがテーブルを囲んでおり、居酒屋でワハハと笑ってビールを飲む姿はどこからどう見ても金回りが良い小悪党だ。きっと悪事がバレて、主人公に制裁されるまでがストーリーの流れである。
この小悪党スマイルが似合う男は制裁されるような、非道を行っていないところが、本来のランピーチルートとは違うところだが。
「あぁ〜、合成食料じゃないってのは、本当に良いな」
ビールジョッキを傾けて、グビリグビリと飲んでいき、その苦みと喉越しに満足気にプハァと息を吐く。冬場でも無駄にストーブを酒場内に置きまくっているので、寒いどころか暑いという贅沢をしている。
これこそ贅沢、夏に鍋焼きうどん、冬にアイスと、これ以上の贅沢はないと、贅沢の標準が庶民的な男ランピーチだ。
ご機嫌な小悪党に取り憑いて、甘い汁を吸おうとする取り巻きがお皿をテーブルに置く。
「兄貴、焼き鳥準備できたうさ」
取り巻きその1は、もふもふの毛皮のウサギだった。
「旦那、人参も食べるうさ」
取り巻きその2は、鼻をスンスンと鳴らすウサギだった。
「うにゅう〜、お昼寝〜」
取り巻きその3のウサギは、フワァとあくびをして椅子に丸まって寝ていた。
「パパしゃん、コウメがビールのおかわりもってきまちた!」
取り巻きその4はトテトテと危なかっしい足取りで、ビールジョッキを持ってきてくれる幼女である。もちろんランピーチは危ないだろと、すぐにビールを受け取り頭をなでてあげた。
即ち、取り巻きがウサギと幼女だけという寂しい男ランピーチであった。
弁解をすると、なぜか人間の取り巻きができないのだ。なぜかはわからないが、たぶん魔王的なカリスマと恐怖から尻込みしているからだと、ランピーチは思っている。
本当のところは、ランピーチは弱そうに見えて強い。地下街区の権力者と繋がっており、よくわからない怪しすぎる男なので、関わってよいかわからないと、周囲は様子見をしていた。仕事の時は普通に関わるが、プライベートではちょっとと敬遠される上司みたいなもんである。少し違うかもしれない。
まぁ、酒が飲めておつまみがあれば良いやと、ランピーチは気にしない。一人で飲むことは慣れているのだ。取り巻きがウサギや幼女でも嬉しいけど、境遇は寂しい小悪党です。
というわけで、ランピーチはグビリグビリとビールを機嫌よく飲んでいた。金を気にする必要はない。なにせ、この居酒屋はランピーチの物だ。社長割引が働くのだ。社長が飲みに来るとなると従業員にとっては迷惑かもしれないが。
「今から焼き鳥を焼くうさ。ほら、コンロ持ってくれうさ」
「えー、めんどうくさいよぉ」
コンロを眠そうなウサギに押し付けて、危険なことに逆さまにさせると火をつける焼き鳥を持ったウサギ。良い子は絶対に真似しないでと言われる焼き方にチャンレジ。
「むふふ、炭火で焼くのは時代遅れ。美味しく食べるには火を上にして焼くうさよ。上から炙ることで、煙がつかなくて苦みが」
「疲れちゃった」
「あじゃー!」
焼き鳥を火の下に翳して焼こうとするウサギだが、コンロを持っていた眠そうな目のウサギが持つのに疲れて手放して、頭にコンロが落ちて、アチャーと熱い熱いと転がっていた。まぁ、見た目と違いコンロの炎程度では、毛の一筋も燃えない頑丈なウサギなのだが、様式美を大切にしている模様。
「なかなかのコントだな。よしよし、人参をあげよう」
「いたらきまーふ。おやすみなさ~い」
「コントじゃないうさよ! でも、うさにもちょーだい」
「うさは何もしてないけど、ちょーだい」
偉そうに椅子にもたれかかり、フフンと口を歪めてボスとして人参を渡すランピーチ。ボスのカリスマが居酒屋の中でも感じられて、キャハハとコウメが拍手してました。
眠そうなウサギは人参を咥えて椅子に丸まり、すやすやと寝息を立てて、焼き鳥の新たなる焼き方に挑戦したウサギはコンロを頭に乗せながらコリコリと人参を食べ始めた。
その様子を見ながら、焼き鳥を頬張り、やはりネギマ、次に皮で、ボンジリだなと、舌鼓を打ちながら、家庭牧場にしたのは大成功だったなと自画自賛する。
良い鶏だ。鶏肉を一口頬張っただけで、その柔らかさと肉の旨味がじゅわっと口の中に広がり、本物のネギがともすればくどくなる味を見事に調和している。合成食料とは大違いだ。
『鶏も売れて拠点の生産力も上がったしな。小遣い稼ぎにはちょうどよい』
『後で私の分も焼き鳥を残して置いてよ。ソルジャーよりも語彙豊富なグルメリポートをしてみるからさ』
パチリとウィンクする可愛らしいが一言多いライブラ。まぁ、可愛らしいから許しちゃうんだけどと、相変わらず女性に弱い男である。
「元気にやっているようじゃねーか」
と、ドカンとビールジョッキが目の前に置かれる。焼き鳥を頬張りながら、顔を向けると、そこにはニヤニヤと笑うクリタがいた。
「ん? なんだたしかクリタじゃねーか。ここはあんたの商売圏じゃねーだろ。さっさと帰れよ」
「つめてーな、氷飴を買い取ってやった仲じゃねーか」
「そうだな。そのとおりだ。だからこそ、恩返しとして言っておく。帰れ」
虫でも追い払うように手を振って、冷たく端的に言うと、クリタはそんな態度は予想していなかったのだろう。鼻白むがそれでも対面の椅子に座り、ビールジョッキを差し出してきた。
「奢ってやるからよ。ここの拠点のことを教えてほしいんだ。情報なら家電製品を安く売っていると聞いていたのに、なんで鶏が売ってるんだ? ここのボスは誰だ?」
「………それくらい調べてこなかったのかよ。たしかに家電製品を安く売っているし、鶏はここで育ててるから売ってる。そして、ここのボスはランピーチ様よ。即ち俺様だな」
親指をクイと自分に向けて、にやりと笑うランピーチ。その得意げな表情は、どう見ても虎の威を借る小悪党に見える不思議。
だが、その答えはクリタにとっては予想外であった。ランピーチの顔を見て、周りも何も言わず、騒がしいままなので本当なのだろうと内心驚愕する。
(本来なら、ここのボスくらいは調べて来れたんだが………冬場で情報屋もそれほど役に立たなかったんだよなぁ。しくじったぜ、氷飴を盗んできた小悪党だとはな………いや、とすると氷飴も盗んできたわけじゃないのか? なんにしてもチャンスだ)
積雪の中で出歩く人が少なくなり、情報が集めにくくなっており、クリタが使うレベルの情報屋は、ろくな情報を持っていなかった。セイジの話が噂となっているらしいと裏付けがとれた程度だったのだ。
舌打ちを打ちつつ、それでもクリタはチャンスだと考えた。なにせ、この間、氷飴をランピーチが望む金額より遥かに高い値段で買い取ったのだ。そこを恩として押し付けてやろうと、もう一杯ビールを頼む。
「鶏を売るなんて凄いな、ランピーチ。俺が氷飴を買い取ってやった頃から、随分と出世したじゃねーか。もう金が懐に入って仕方ねぇだろ?」
「ま、俺様の才能が花開いたってところか。フフン、なにせ月に390万エレも報酬としてもらってるからな! フハハハ、働かずにこんな大金をもらってるんだぜ、すごいだろ」
ほろ酔い気分のランピーチは口が軽く、自慢気にしてしまう。本心から、働かないで大金を貰えるなんて凄いと思っていた。なにせ不労所得だ、会社に出勤しなくても、家でゴロゴロと粗大ごみ化していても、金が手に入る。なんと素晴らしいことか。
だが、ぽかんと口を開けて、クリタは飲んでいたビールをこぼす。
「は? 月に390万エレ?」
その金額があり得ない安さなので、クリタは耳を疑いオウムのように繰り返す。
「そうだ。この拠点を支配するボスだからな。冬の間に金持ちになっちまうな、こりゃ」
「そ、そうか。そりゃ大金だな。……なぁ、ここの経営って、誰がやってるんだ? お前じゃないだろ?」
「そりゃそうだ。なにせ、俺はボスだからな。4月毎の収支決算を聞いてサインをするだけだ。経営はチヒロとセイジに任せている。まぁ、主にセイジだけど」
ランピーチ的には、ゲームでは秘書が季節の変わり目に報告してくる仕様だったので、後の仕事は全てお任せである。
現在、セイジは冬の寒い中でも意欲的に動いている。大量の物資の買い付け、店を経営する際の数字に強い人材を外から勧誘してきたり、他の商人を呼び込んだりと、大忙しだ。
地上街区にランピーチマンションとその区域を編入させるとの目的で働いているが、ランピーチはそんなブラックな仕事はゴメンである。
オレハタンサクシャダカラケイエイニハクチヲダサナイと言い訳をして、経営に口は出さない男であった。
だが、そこまでの説明をするのは、さすがに仕事をしないように見えるので話さない。端折って説明をする。
「チヒロってのは、お前の恋人だろ? ということは金の計算もセイジか」
そして、見事にクリタは勘違いをした。自分基準で推測を始めたのだ。
(セイジの奴め、ボッタクリどころの話じゃねぇだろ。金は9割方、ポケットに入れてるに違いねぇ。このアホはスラム街の小悪党だ。なにせ390万エレ程度で大金だと思ってやがる。だが実際は数千万、いや億単位で儲かっている可能性がある!)
まさかセイジが私財まで投じて、この拠点に賭け始めたとはクリタは考えない。夢は寝てから見ろと思う人間だからだ。
なので、いかにもアホな小悪党を手のひらで転がして、この拠点の儲けを手にしていると考えたのだ。
メラメラと嫉妬の炎が燃え始めて、自分ばかり儲けやがってと歯ぎしりする。
「この拠点はどうやって鶏や家電製品を手に入れてるんだ?」
「そりゃ、牧場で鶏を飼育していて、家電製品は精霊区から手に入れてる。当然だろ?」
「ガハハ、たしかに当然だったな。で、ここはセイジが経営を代行しているのか?」
こいつはアホだと、クリタは話にならないなと断じた。
「……やめとけよ。くだらないことは考えるな。帰れよクリタ」
だが、予想外の心臓を鷲掴みにするような凍える声にビクリと身体を震わす。見ると、ほろ酔い気分で笑みを浮かべていたランピーチは、無表情でまるで人間ではないかのような無機質な瞳を向けてきていた。
「な、なんのことだ? わからねぇな」
「……わからないなら良い。帰れよクリタ。これはお前のためでもある」
「なんのことかわからねぇが………とりあえず、俺は店を見て回るぞ。こっちも商売だからな、金を稼がないとならねえ」
どことなくランピーチのそばにいるのが気持ち悪くなり、空笑いをしてクリタは席を立つ。これからどれくらいの規模の拠点なのか見て回る予定だ。
足早に去っていくクリタを見て、ランピーチはため息を吐きビールを呷る。
「忠告はしたからな。まぁ、無駄になるとは思うけど」
そのつぶやきは、クリタには聞こえず、ランピーチマンションがいかに金鉱のように価値があるかをクリタは知るのであった。
そして━━━。