56話 欲深いクリタと小悪党
自称お客様に優しい『雑貨店クリタ』の店主クリタはランピーチマンションに乗り合いの装甲バスで訪れていた。噂を聞いて、ほとんどホラであろうとは考えたが、冬の寒空で雪も降り積もりやることもなかったので、来ることに決めたのだ。
当初は期待はしていなかった。積雪を踏みしめて進む装甲バスの窓からは、崩れ落ちて外壁しか残っていない廃ビルや、比較的建物としての形を保っていても、大穴は空いてるし、ヒビだらけでいつ倒壊してもおかしくない建物しか見えなかったからだ。
それでも訪れたのは、なにか金儲けの符丁で、その密かな集合場所がランピーチマンションなのではないかと推測していたからだ。もっというと、盗品を扱う大規模な裏市場がそこにはあるのではないかと考えていた。
きっとボロボロの廃屋に、天幕を張って、盗品を売買している。場所的にも、商人の集まり具合でも、そちらの方が真実味があった。
とはいえ、疑問はあった。最初にランピーチマンションに訪れたのは、ライバル店の雑貨屋のセイジなのだ。クリタとは経営方針が違い、困った探索者に割引での販売や、あと払いを認めている経営者に相応しくないお人好しである。
信じられないことに、恩義を感じて後に高レベルの探索者となった者たちからも贔屓にされているので、クリタの店よりも遥かに儲けていた。
そんなお人好しが、探索者から聞いたのが、ランピーチマンションだった。わざわざ他の商人も訪れるようにと、乗り合いの装甲バスまで用意したのだから、愚かにも程があり、独占しないことから、遂に金に困り裏の商売に手を出したのかとほくそ笑んでいたのだが、それでも違和感は感じていた。
そして、その違和感は正しかった。
「な、何だこりゃ? なんでスラム街のど真ん中に新築のマンションがあるんだよ?」
装甲バスから降りて、開口一番に口にしたのは、ランピーチマンションの外観だった。それだけ目を疑う光景だった。穴が空いているどころか、ひび割れすらもなく、壁は煉瓦風に古風なセンスの良い外壁で、地上街区の一等地に建っていてもおかしくない建物だったからだ。
しかもその敷地は広大で、マンションといっても、その大きさと形状から、ショッピングモールもある金持ちのために用意された建物に見える。実際にクリタの住居兼店舗である雑貨ビルよりも遥かに立派だった。
もはや、この建物だけでも、ただならぬ場所ということは間違いない。
「そうだろう、クリタさん。私も最初に訪れたときには驚いたよ。探索者の中でも信用できる者たちに聞いたから、試しに訪れたんだけどね。聞いた感じよりも遥かに立派だった」
信用できる者とか、探索者にはいねーだろと、密かにセイジをライバル視しているクリタは悔しげに臍を噛む。クリタの所に訪れた者が同じことを口にしたら、きっと騙してノコノコとやってきたクリタを襲撃するつもりだろうと、最初から聞くつもりはなかったに違いない。探索者とは、そのようにこすっからい者たちばかりなのだ。
「まぁ、クリタさんもこのマンションで、なにか買っていってくださいよ。この拠点のボスは顔は悪いが、子供たちを大切にする良い奴ですよ。それでは私は地下駐車場に装甲バスを停めてくるんで、また後でお会いしましょう」
「えぇ、セイジさん。私も儲け話を探させてもらいますよ」
(けっ、お人好しだな、セイジ。こんな良さそうな金の匂いのする拠点を独占しないでどうするんだよ。どれ、金の匂いがするか見て回ろうじゃないか。セイジが良い人扱いするなら、簡単にぼったくれるだろ)
内心で悪態をつきながらも、表向きは笑顔でセイジを見送ると、すぐに踵を返して、ランピーチマンションの中に入るクリタだった。その笑いは獲物を前にした獣のようにどす黒い笑顔であった。
どれだけ外観が綺麗であっても、スラム街の拠点だ。その住人はスラム街の手癖の悪い奴らばかり。カードは取り引きで使えないだろうからと、百万エレを持ってきているクリタは、服の下にインナースーツ型精霊鎧を着込んでおり、警戒しながら中へと入る。
当然のように自動ドアであり、内装も外観同様綺麗なものだった。調度品などはなく、寂しい受付ロビーだが、油断せずに周りを確認していると、初めて訪れた客だと考えたのか、一人の男が友好そうな笑みを浮かべて、近づいてきた。
「マンション『桃源郷』へようこそ。二階までがショッピングモールだよ。……いやぁ、このマンションでショッピングモールがあるよなんて言うことができるとはねぇ…。あ、それでだ、そのドアをくぐって最初の店が、俺のおっかあの店なんだ。あったかいお湯を売ってるから買っていってくれよ、旦那さん」
『桃源郷』。ランピーチが表向きに名付けたマンションの名前だ。
だいそれたわかりやすい拠点の名前だが、名前負けしない風格をこの建物はたしかに持っている。話しかけてきたのはしっかりとしている男だった。案内係をするのと同時に、寒空の下で訪れた客がもっとも求めている物を勧めてきている。少ない元手で金を稼げる、なかなかの商売上手の男だ。
「お湯かい。そりゃ、この寒さではちょうどよい。買ってくとするよ。その代わりと言っちゃなんだが、この拠点の目玉である家電製品が売っているのはどこだい?」
話しながら受付ロビーを通り過ぎドアを進むと、ヤカンを手にしたおばちゃんが待ち構えていた。
「一杯50エレだよ〜。ぽかぽか身体の芯から温まるお湯だよ。どうだい一杯?」
「ほら、金だ」
「まいど。うちのは特別製だからね。ほっぺたが落ちるくらい美味しいお湯だよ」
入場料というわけなのだろうと、コインを渡す。ボッタクリの値段だが、装甲バス内は最低限のヒーターしか無かったし、寒かったので悔しいが助かる。ここでケチっても仕方ないと、ヤカンから並々とコップにお湯をいれる得意げな顔のおばちゃんを眺める。
湯気のたつコップをニカリと笑って、おばちゃんは差し出す。
「ほいよ、美味しいから飲んでみな」
「ただのお湯だろうが……んん?」
ケッとコップを受け取り、一息で飲み干そうとするが………。味がついていると、クリタは一息で飲むのを止める。
クリタは店を経営している経営者として、自身を鍛えている。探索者でいうと星1相当だ。魔物を倒して星1相当に鍛えておかないと、簡単に魔法で操られたり、眠らされたり、強い荒くれ者に下手したら殺される。なので、探索者たちを雇って、月に一回は魔物狩りをしている。
魔物狩りをすると、身体が鍛えられる。それは筋トレをやるよりも遥かに効率的だ。物理的にも魔法的にも抵抗力がつき、病気にかかりにくくなり、老化も少し防ぐ効果がある。
なので、経営者や裕福な者たちは必ず星1相当まで魔物狩りをする。毎日魔物を狩り続ければ、だいたい1年ほどで星1相当になるのだから、お手軽な方法なのだ。
そして、肉体が強化される中には味覚もある。具体的に言うと、安い合成食料などは粘土にしか感じないほどに鋭敏となる。その分、食べ物にこだわるようになるのだが━━━。
「おいっ! こ、これは天然ものの出汁を使ってるだろ!? ご、合成食料なんかじゃねぇ!」
いかに高級な合成食料でも出せない自然の味を感じて、コップを強く握りしめる。鶏だろうか? 自分でも滅多に食べない天然物の味が薄っすらとするのだ。
驚くクリタを予想していたのだろう。おばちゃんは楽しげにヤカンを振って見せる。中身はまだまだあるのだろう、重そうだ。
「ふふん、驚いただろ? これはね……鶏ガラ出汁を入れてるんだよ。本物の鶏ガラを使ってるんだよ。まぁ、そこは言わずとも商人ならわかるだろうけどさ」
クリタの驚きは、おばちゃんにとっては見慣れたものだ。ここに来る商人たちは必ずといって良いほど驚く。
「ここのボスがお優しくてね。鶏ガラを分けてもらえるのさ。それを煮込んで、ちょちょっと味付けしてあるんだよ。薄味だけどいけるだろ? で、もちろんもう一杯飲むかい?」
「………あぁ、もう一杯くれ!」
コップを突き出し、結局クリタはさらに3杯飲むのであった。
◇
ランピーチマンションを足早にクリタは歩き、今度は真剣な表情で周りを観察する。元はショッピングモールなだけあって、一階と二階は吹き抜けで、立ち並ぶ店舗だが、観察するとやけにきっちりとした内装となっている。
「らっしゃい、らっしゃい。服あるよ〜、安いよ〜」
「携帯用にガドクリーメイトはいかが〜?」
店員が歩く人々に元気に声をかけている。古着を売っていたり、ガドクリー製の安物合成食料を売っていたりと、スラム街にしては店舗がある自体、随分と珍しいが、地上街区となれば場末の店舗だ。売っているものは珍しくもなんともない。
そこまではよい。だが、見慣れない店舗がチラホラとある。
「ガドクリーラーメンはいかが〜。桃源郷名物鶏ガラの出汁をとったスープが入ってるよ」
「ガドクリーお好み焼きは野菜入ってるよ。本物の野菜だよ〜」
信じられないことに天然物の食材を扱っているらしい。恐らくは野菜といっても、端切れなどだろうが、そもそも端切れが手に入ることだって稀だ。
「どうなってやがる? ここは安い家電製品が売っていると聞いて訪れたんだぞ。それが天然物の食材を扱ってる? セイジめ、黙ってやがったな!」
噂と違うと、顔を険しくさせて愚痴る。実際はセイジが嫌いなので、装甲バスに乗らせてもらったが、ろくに会話をしなかったためなのだが、そんなことはクリタにとって関係ない。
金儲けの話は自分に集まるべきだと、その足取りも荒々しい。
探索者たちや、スラム街の住人や商人たちと冬であるのに、盛況で多くの人々が行き交う中を進み奥に行く。家電製品は奥の店で売っていると聞いたのだが………。
うははと笑い声が聞こえて、荒くれ者たちの騒々しいお喋りが居酒屋から聞こえてきて足を止める。
薄っすらと煙の匂いが香るが、それは食欲を刺激する本物の肉を焼いている匂いで、じゅーじゅーと小気味よい油のはねる音も聞こえる。
「ランピーチの兄貴、どうぞビールです!」
「旦那、焼き鳥来ましたぜ」
「うはは、疲れたときはやはり酒だよな」
どこかで聞いた声だ。暖簾をくぐって、中を覗くと━━━。
「あいつはたしか氷飴の男だな」
昼間から飲んでいる荒くれ者の探索者たちがいたが、その中でランピーチという名前の男が中心で馬鹿笑いをしているのを見て、顔をニタリと笑みに変える。
「ちょうどよい。あいつに話を聞くか。どうやら詳しそうだしな」
カモにしか見えない男へとクリタは近づくことにするのだった。
果たして、カモではなく、凶暴なる肉食動物である可能性もあったが、まったくクリタは疑いもせずに虎穴に踏み入った。