55話 経営者の小悪党
セイジは地上街区でも、有名な雑貨屋をしている。有名な理由は簡単だ。彼はいわゆる『お人好し』という性格であった。
傷ついた探索者がいれば、ポーションを格安で売る。装備の修理費が無くて、探索に出かけられない者には、後払いで良いからと修理をしてやる。
探索者相手を主としている店で、『お人好し』の性格で、そのような損をする経営をしていたら、すぐに食い物にされて潰れてしまう。
だが、彼は『お人好し』であると同時に、経営センスもある男であった。人を見る目があり先見の明もあるいくつもの才能を兼ね備える経営者だ。
投資する相手を適切に見極めて、運もあり、助けた探索者が後々で高ランクの探索者へと成長し、セイジの店で高額のアイテムを買っていくので、かなりの利益を出していた。
なので人を助けて金を消費しても、それ以上に利益を出しているために安定した経営をしている。善人だとの噂もあり、誠実な経営をしているために、地上街区の企業でも、その名前は結構有名で、売り上げも『上の下』だ。
だが、そのような大きな利益を出していても、セイジは外に出ることを止めずに、なにか面白い事があるなら自分で見に行っていた。セイジには強い好奇心も兼ね備わっていたのである。
そして、今回は世話をしている探索者の一人が持ってきた話を聞いて、スラム街のマンションに訪れた。『桃源郷』という名の、だいそれた名前のマンション。ボスが自分の偉大さを誇示したくてそのような名前をつけたのだとわかる。『大阪城』とか『ヴァルハラ』とか、とかくスラム街のボスは小さな拠点でも、大袈裟な名前をつけることを好む。
曰く、人工精霊搭載の家電製品を安く売っており、天然物の鶏を売ろうとしているという、およそ信じられない内容であった。普通なら罠だと警戒するような馬鹿げた話だが、それにしても嘘をつくなら、もう少しマシな話にするだろうと考えて、面白そうだと思ったのだ。
「いや……見事な鶏です。このような素晴らしい鶏を毎日百羽ずつ売りに出される……ですか。そして、新品の人工精霊搭載家電製品もこれだけの数があると……」
テーブルに置かれている羽をむしった状態の鶏肉、そして、部屋の隅に適当に置かれているピカピカの家電製品たち。それらを見て、セイジはゴクリとつばを飲み込む。
正直、話半分だと思っていた。家電製品もスラム街の人間がスクラップから拾い上げて頑張って修理をし、鶏肉はどこかのモンスターの肉を誤魔化して売ろうとしている。予想では、そうだった。
なので、モンスターの肉は売れないが、スラム街の住民が懸命に直した家電製品は引き取ろうと善意もあったのだが、その予想は見事に覆された。
「どうだい、鶏肉買ってく? 家電製品も安いよ」
自慢気にテーブルの鶏肉へと手を振って、対面に座るのは、見るからに小悪党といった小狡そうな男と、その隣には恋人であろう少女二人。いかにも拠点を構えるスラム街のボスといった女を侍らせる人間だ。
「たしかに本物ですね。生きている姿も見ておりますし。これだけのものです。品質に問題がないか確認をさせていただきよろしいでしょうか?」
「あぁ、どうぞどうぞ」
許可を貰ったので、指にはめた指輪を近づけると魔力を流し込む。指輪は普通の店では、なかなか手に入らない魔道具だ。ポゥと光が鶏肉を包む。
『鑑定』
『鶏肉:最高品質』
「さ、最高品質!? そんな馬鹿な!」
思わず立ち上がり、椅子を倒して、驚きの声をあげてしまう。
「ん? なにかおかしいところがあったか?」
「い、いえ、失礼しました。少し驚いてしまって………」
ランピーチが不思議そうな顔になるので、首を傾げ、二人の少女もなぜセイジが驚いたかわからないようで、キョトンとしていた。
驚きの声を無理やり飲み込み、セイジは3人の表情を窺うが、この鶏が変だとは欠片も思っていないようだった。だが、これまで数多の取引をしてきたセイジにはわかる。
(最高品質!? さすがにブロイラーの鶏だと思っていたら、しっかりと育てられた最高品質……信じられないが、これなら地上街区の最高級のレストランで扱われる品質だ!)
セイジが品質に驚愕して、ランピーチをちらりと見る。ランピーチが最高品質だと聞いたら、水炊きにすれば、ボケたおばあちゃんも元に戻る美味しさだよとボケるだろう。
だが、ランピーチはセイジが驚愕していることに気付かずに反対に不安そうな顔となる。
「なぁ、これって売れるかね? 百羽とは言わないけど、20羽は売れればなぁと思うんだけどどう思う? 一羽くらい買ってかない?」
ゲーム脳のランピーチは、ゲーム当時は店を開くと最初は一羽か2羽しか売れなかったと記憶している。なので、余った鶏肉は皆に配るかなと、のほほんと考えていた。恐るべきゲーム脳である。ゲーム脳になると途端にアホになる。
「ええっとですね。なんというか、これはですね……」
最高級品質だ。売れるに決まっている。だが、驚愕が表に出て思わず口籠ってしまう。
「一万エレで売れればなぁと思うんだけど、5000くらいが良いかね? 今なら5000エレでいいぜ」
買うことはできないために、躊躇っていると勘違いするランピーチ。これはやばいかと値引きを口にする。
その顔に裏はなさそうだとセイジは見抜く。これでも海千山千の商人だ。本当に売れるかどうか不安なのだろう。
顔は小悪党っぽく悪そうに見えるが、惜しげもなく鶏肉を皆へと分け与えて、土産代わりにセイジが持ってきたビールも皆で飲む。この男は人が良いのだろう。好感を持てる男だ。
(地下街区と繋がっているとの噂は本当なのだろうな……そうでなければ、これほどの物は手に入らない。………そして、この男はどことなく抜けているようだから、地下街区の人間も使いやすいんだろう。鶏を育てる機械も隠す気はなさそうだし)
好感を持てる男だが、頭の悪そうな男だとセイジは判断した。普通は地下街区と繋がっているなど、できるだけ隠す。セイジも同じ立場なら密かに誰にもわからないように売る。なのに堂々と見せるので、周囲の影響など欠片も気にしないに違いない。
ランピーチはゲームで解放された機能だからと、のほほんと気にしなかった。誰も地下街区と繋がっていますかと聞いては来ないので、人々はゲームだから気にしないんだろうなぁと考えていました。
「わかりました。それでは最初は鶏と卵は私が全部引き取りましょう。一羽一万エレでどうですか? 卵は一つ百エレで買いたいと思います」
セイジはパンと膝を打ち、ランピーチへと言う。
「おぉ、それは助か」
「駄目です! 安すぎませんか? それはひどいと思います! スラム街の人間だからと馬鹿にしないでください」
ランピーチがゲームの定価だねと、やったねと完売だと頷こうとしたら、黙っていたチヒロが激昂して、バンバンとテーブルを叩く。
誰がどう見ても安すぎる。スラム街の人間でもわかる安さだ。ボッタクリにも程があると憤慨する。なぜか商品を売る時だけは、まったく価格を気にしないゲーム脳のランピーチを除く。
だがセイジも安すぎるのはわかっている。ボッタクリをするつもりもない。考えがあるのだ。その考えを口にする前に、少しだけ緊張する。
「まぁまぁ、もちろん安すぎるのはわかっております。ですが、いかに天然物の鶏といえど、スラム街が産地となると買い渋る者は多いでしょう。なので、売り出し大セール中という名で、格安で販売し、まともな天然物だと皆に認知してもらいます」
「な、なるほど。でもスラム街産地は隠せばよいのではないのでしょうか? それなら本来の価格で売れると思うのですけど」
テーブルを叩くのをやめて、チヒロは怪訝な顔となるが、セイジはかぶりを振って人差し指を立てる。
「それは短期では利益が出ますが、産地がバレたときに売れなくなりますし、おすすめしません。それに私がこの拠点をランピーチさんを支援したいと考えてますので」
セイジはランピーチを支援することに決めたのだ。彼に賭けることにした。唇をぺろりと舌で舐めて話を続ける。ここからは私財を投じるので、危険な賭けだ。だが勝算はある。
「私の経営者としての夢だったのです。スラム街の1区を地上街区に編入させることが。そのために、鶏の価格の差分ともなりますが、布や服、食料を大量にご用意します。その品物でこの拠点でたくさんの店舗を開いてください」
経営者として、一つの街を作る。それは経営者なら夢に思う内容だ。
「? ですが、ここはスラム街です。お金がないので、買い物なんてできませんよ?」
「日払いでこの拠点の人間を雇うのです。現金を手に入れた者たちは、店で買い物をし始めるでしょう。手にした現金をランピーチさんは人件費などで使わないといけませんが、金が流れ始めれば、段々と他の地域からも客も商人も集まってきます。そうすれば、拠点の者たちは所得が上がり、最終的に地上街区へと編入されることでしょう」
「そ、壮大な計画ですね。ですが、それならこの地区が地上街区になることも夢ではありませんか」
「えぇ、通常は一つの拠点のボスが周りを支配し治安を良くして、商人を誘致して長い年月かけてようやく地上街区として認められますが、これならうまく行けば5年くらいで認められます」
その作戦は簡単だが、大金と多くの物資を拠点のボスが自腹を切って用意しないといけない。失敗することを考えると、誰もが怖じ気づきやらなかった手法である。
「どうでしょうか? 暫くはランピーチさんの懐に残るお金は少ないと思います。ですが、地上街区となった際に莫大な利益がでます!」
「私はランの考えに従います。良い作戦だとは思いますが、たしかにランの懐にはお金はあまり残りませんし」
これは重大な岐路だ。ボスであるランピーチの器の大きさもはかられる。セイジとチヒロが緊張で真剣な顔でランピーチを見つめてドライは話がわからないので寝ている中で━━。
「いいんじゃない? 俺の取り分は月に390万エレで良いよ。俺は探索者だ。金は探索で稼ぐからな」
ランピーチは平然として、あっさりと答えるのであった。取り分は格安で良い。その答えにセイジはやはり小悪党に見えるが、大人物だと確信し、チヒロは惚れ直しましたと、目をうるませて、ドライはやっぱり寝ていた。
「お任せください。このセイジが必ずやこの桃源郷を本物の桃源郷にしてみせます。えぇ、してみせますとも」
「私も正妻として精一杯頑張りますから見ててくださいね、ラン!」
二人が気合を入れて頭を下げるが、ランピーチとしては━━。
ランピーチマンション(桃源郷)
8階建ての元モール兼マンション
人口:334人
兵力:10
生産力:390万エレ
防衛力:1400
施設:電力発電機、飲料水製造装置
拠点ステータスの生産力が390万エレだったからだ。きっとゲーム的に稼ぐ金額を抑える流れをストーリー仕立てで説明したのだろうと、まったく気にしていなかった。
なので、ゲーム脳のランピーチは大金を逃したが、そのおかげで潤沢な予算が入り、ランピーチマンションは成長していくのであった。