54話 宴の小悪党
━━━『家庭牧場』が開かれて、11日後の頃の話だ。
「おぉ〜。餌も与えないで、元は百羽の鶏がこんなにたくさん増えるのか。これは少し怖いなぁ」
家庭牧場にて、顔を引きつらせてドン引きのランピーチである。そよ風が吹き、さわさわと草原が波打つほのぼのとした癒やされる光景でも、いまいち癒やされない。
「凄いですね、ラン。こんなに、えっと……これは食べても大丈夫なんでしょうか?」
褒め称えようとするチヒロだが、さすがに不安が口に出てしまった。卵からピヨッと孵ると一週間後にはまるまる太った鶏であるからして、見かけだけ鶏に見えるのではと、心配していた。
「合成食料はモンスターの肉を使っていると噂されて、安いのは危険とも言われてる。今更だと思う。食べてみればわかるはず」
唯一ドライだけは気にせずに、鶏を抱きかかえると、くぅ〜とお腹の音を鳴らす。たしかにその通りかなと、ランピーチとチヒロは顔を見合わせて頷く。
合成食料は安全性が担保されているものではないと、巷ではもっぱらの評判だ。特に病気になったり死んだとの噂は聞かないが、その話は根強く人々の間で口にされており、企業も否定はしないので極めて怪しい。以前の地球の着色料や添加物などは比べ物にならないほどに危険だろう。
だって、ゲームでは最低のガドクリーメイトを食べていると、時折ヒットポイントが減ってたりしてたし。
「それに比べるとマシかぁ。なにせ純粋なエネルギーから生まれてるような気もするし」
「ですね。地下街区の技術って、とんでもないんですね。それに天然物なんて、私は初めて見ました。さすがはランです。このような物を設置できるなんて、交渉力が光りますね!」
「まぁな。これくらいチョチョイのチョイだ。ワハハハ」
褒めることを再開したチヒロである。花咲くような笑顔は眩しくて、直視できない程だ。そして美少女に褒められるというイベントは、以前の世界ではお金を払わないとなかったランピーチは、嬉しくて大笑いをした。
地下街区って、なんのことだろうと思ったが、よくわからないから別に良いやとスルースキルも発動させていた。小悪党スキルが発動し、細かい内容はスルーされるのである。元からの性格かもしれない。
「それじゃ解体スキルを━━」
手をかざそうとしたら、ライブラがバッと鶏の前に現れて、むふんと得意顔を向けてくる。
『待った、ソルジャー! 実は自動スキルでも、知識と経験が身についているから手動実行できるんだよ。特に解体スキルは手動の方が良いパターンがあるくらいさ。簡単に言うと、胸肉1キロが、鶏肉を余すことなく解体できて手に入れることができるのさ!』
『マジかよ! え、手羽先とか、モモ肉とか、鶏皮も手に入るわけ!? ハツや砂肝も!?』
突然ライブラが鶏の前に出てきたので、手が止まらずにむにゅんと柔らかい感触を感じて嬉しいランピーチだが、予想外の言葉にまじまじとライブラを見つめてしまう。手が触れたのは事故だ。事故なのだ。
言われてみると、たしかにどのように解体すればよいかの知識が頭にある。トーストンのような機械融合型は自動で解体した方が良いが、鶏のような純粋な獲物は手動で解体した方が遥かに実入りが良いと知識と経験は語っていた。
「えっとラン………どうしたんですか? そこになにかあるんですか?」
驚きで手をワキワキと動かすランピーチに、ライブラの姿が見えないチヒロが心配げにする。
「唐突に漫才師の練習をしたくなったんだ」
言い訳をしなければ良いと思われるランピーチのセリフである。
「は、はぁ………。後でコーヒーでもお持ちしますから、ゆっくりと休んでください」
「うん、膝枕するから、ゆっくりと休む」
疲れてるのねと、哀れみの視線をチヒロとドライから向けられるのは自業自得であると言えよう。
◇
━━━そして1時間後。
「お前ら、今日は食べてくれ。飲んでくれといえないのが寂しいが、酒はないからな」
元は居酒屋であったろう大部屋で、ランピーチはチームの部下と住民たちを集めていた。寛容なる男のように焼き鳥を片手にお湯だけど乾杯と声を掛ける。実際は、なにを企んでいるのかわからないニタリとした口元を引き攣らせている怪しげな笑顔だが、小悪党なので仕方ない。
卓に思い思いに座っていた人々は、顔を見合わせながらも、コンロでどんどん焼かれている焼き鳥や卵焼きを前にゴクリと喉を鳴らす。
「か、乾杯?」
「食べて良いのかな?」
「これ、合成食料じゃないぞ?」
自分では人の良い笑顔と思っているランピーチの何かを企んでいそうな小悪党スマイルに警戒心を持ちながらも、住民たちは焼き鳥を頬張って━━━。
「う、うめぇ! なんだ、これ?」
「これが本当のお肉なの!? それじゃ、私たちが今まで食べてきたブロック状の合成肉は何だったの?」
「天然物だ。………いくらするんだこれ?」
その味に目を剥いて驚きを示し、次の瞬間には夢中になって口に頬張り始めるのであった。騒然となり、信じられないと喜びの声があがり、空気が一気に明るくなる。
「食ったな?」
だが、すぐにその空気は水をさされた。にやりと狡猾そうな笑みで口元を歪めつつ、ウケケと笑うランピーチに、やはり裏があったのかと戦々恐々とする。
もしや、この肉代を借金として無理矢理働かせるのだろうか。どこかに丁稚奉公とか娼婦として女衒のように売るのだろうかと、食べている手を止めると━━。
「これはな、極めてめんどくさい解体が必要なんだ。毎日百羽を解体しなくちゃならない。でだ、解体する人間を雇いたい。ちゃんと金は払うぞ?」
とのランピーチの言葉にぽかんと口を開けて………その言葉の意味がじわじわと頭で理解できると、皆は手を挙げる。
「やります! 解体をやらせてください!」
「仕事を貰えるならなんでもしますよ!」
「あたしゃ、解体が得意なんだ!」
我も我もとランピーチの下へと集まるのだった。この形相は必死だ。なにせスラム街の人間は定職になど就けないし、冬場は稼ぎも完全にないといっても良い。ここで仕事を貰えるとなれば、生活が助かる。積雪の中で、下水道に入り、凍死の恐れを持ちながらネズミ狩りをしなくても生きていけるのだ。
「おおぅ……わかった、わかったよ。集まるんじゃねーよ! えっとだな、20人雇う予定だ。かなり大変だからな? 一羽につき慣れないと30分はかかるだろうし、水を使うから寒いぞ?」
「まったく気にしないせ、ランピーチさん!」
「そのとおりだ。頑張るからよ」
「俺を雇ってくれ! 損はさせねーぞ」
あっという間に雇用確保。ランピーチは面倒くさい解体をしなくてすむようになったのだった。雇用から漏れた人々はしょんぼりしながらも、宴ということで、食べる手は止まらない。なにせ、天然物だ。スラム街の住民は絶対に口にできない代物なのだ。
百羽の鶏は食い出があるため、皆はお喋りをして、宴をのんびりと楽しむ。ランピーチは酒があればなぁと、少し残念だが、そこには幸せな空気があり、皆が笑顔となっていた。
「いや、随分と盛況ですね、ランピーチさん」
「ん、誰だ?」
と、鶏の料理法をチヒロと話していたら、やけに身なりの良い男がニコニコと笑顔で声をかけてきた。
「失礼しました。はじめましてランピーチさん。私は雑貨を取り扱っているしがない商店『雑貨屋セイジ』を経営しているセイジと申します。今後ともよろしくお願い致します」
「はぁ、どうも……。この拠点、ええと『桃源郷』のボスをしているランピーチと言う。なんのようだ?」
セイジとの言葉にピクリと片眉をあげるが、素知らぬフリでランピーチは偉いんだぞと腕組みをして見せる。『桃源郷』はたった今決めました。
「はい。先日冒険者の一人がこの土地で電化製品を売り始めたから、是非に買いに来たらどうかと連絡をしてきまして。早速ご訪問させていただきました」
スラム街の人間相手なのに、侮らず、丁寧に、人の良さそうな笑顔でセイジは目的をあっさりと告げてくる。たしかにムシトール販売で冒険者がチラホラとやってきていた。それを聞いて早くもやってきたらしい。
「そうしたところ、なんと鶏も販売なされるとか。これはランピーチさんにご挨拶をせねばと思った次第です。お近づきの印に合成ですが、ビールもお持ちしました」
セイジが後ろに手を振ると、なんと、ゴロゴロと3個もビール樽を持ってきていた。
「おぉ! ナイスタイミング。皆、これで飲んで食べてくれと言えるぞ。じゃんじゃんやってくれ!」
「おぉ〜! ありがとうございます!」
「のめのめ〜」
「コップを持って来い!」
江戸っ子は宵越しの銭は持たねぇと、カッコを付けるランピーチである。自分だけ飲んでいると気まずいし、皆で飲んだ方が美味しい。
「ん、何だよ? くれるんだろ? もしかしてだめだったか?」
「……いいえ、まさかすぐに皆さんへと配るとは思ってもおりませんでした。貴方は顔に似合わず、良い人なのですね」
一瞬驚いた顔になるが、セイジは優しい笑顔となり握手を求めてくる。
「いや、顔に似合わずは一言多いんじゃないか?」
「ハッハッハ。ですね。失礼しました。……どうでしょう、私に貴方のお手伝いをさせていただけませんか? きっとお役に立てると思います」
ふむふむと、差し出されたセイジの手を見つめて、コホンと咳払いをして握手をした。
「ヨロシク頼む。こっちは素人ばかりでな。鶏を売ろうにも伝手はないし、ここで消費するしかないかなぁと考えてたんだ」
何せこちらは文字が書けるかも怪しい面々ばかりだ。売ろうにもゲームより値段を安く買い叩かれたり、不利な契約を結んでしまう可能性がある。
「それならばお任せください。物を見させてもらいませんとなんともいえませんが、電化製品も含めて、しっかりと商売させてもらいます」
「そっか。それならあんたもうちの身内だ。お前ら、商人のセイジだ! 歓迎してくれ! さぁ、セイジ。どんどん飲んで食べてくれ!」
「ありがとうございます。それではまずは味を……こ、これは美味い鶏肉ですね!」
セイジが人々に囲まれて集団の中に消えていくのを見て、ニヤニヤと笑う。これは幸運だったのかもしれない。
『ねぇ、ソルジャー。簡単に信じて良いのかな? 相手は海千山千の商人だよ?』
『………知っている知識からなら、あいつは信用できる。お人好しの商人で━━次のランピーチの死亡フラグだからな』
心配げなライブラにビールを飲んで笑うのであった。