53話 賑やかなランピーチマンションと小悪党
「こんなものですか。マホイラー産の鶏って、成長早いんですね」
コッコと走り回っているのは、昨日までひよこだった鶏だ。ひよこになる二日前は卵だった。卵1日、ひよこ3日、成鳥2日でまるまると太った収穫時になる。
「いや、さすがにドライでもわかる。この鶏の成長の早さは異常」
この部屋の鶏たちはなんと一週間で成鳥となるのである。なんでやねんと、もはやツッコミもできない異常さだ。世間知らずのドライだって、おかしいと思ってしまう。
「………ですよね。まぁ、私たちにはその力は影響しないようなので安心ですが」
「うん……育ってない」
時の流れが速くなっていたら変わってるよねと、チヒロとドライは自分たちの胸をさすり、悲しげにため息を吐くのであった。
ブロイラーならぬ、マホイラー産の鶏。最大で1000羽までしか畜産できないため、現在400羽ヒヨコ600羽。毎日有精卵を産むので、卵300個を回収。100羽の鶏を絞めている。
「みてみて、コウメはがんばりまちた! こんなにたまごがたくさんとれたでしゅ」
卵がたくさん入った籠を見せる幼女コウメ。ふんふんと鼻息荒く、そのほっぺは得意げで赤い。彼女を含めて何人かの子供たちが春みたいな陽気で過ごしやすいと、いつもこの部屋にいるが育つ素振りもないので、やはり鶏や農作物のみに働く魔法があるのだろう。
「うさたちも、鶏狩ったうさ!」
「手づかみで簡単だったうさよ」
「後で分けてね〜」
草食動物のはずのウサギは狩猟民族のように、首を折った鶏を両手で掴んでぴょんぴょんうれしそうだ。背負った籠に絞めたたくさんの鶏を入れるウサギ軍団はかなりシュールな光景である。1羽だけ働かずに、草を積み重ねて巣にしている子もいるようだが、その子は人参をコリコリとかじって寝そべっている。
「お野菜も収穫できました、チヒロさん」
「人参にキャベツが今日の収穫です」
「早く売りに行こう。商人さんたち待ってるよ〜」
畑での収穫を終えて、顔を泥だらけにして興奮している子供たちも、その手に野菜を抱えて、目をキラキラと輝かせて、その足取りもうきうきとしている。
その姿はつい先日までの明日食べ物があるのだろうか、今日は生きられるだろうかという悲壮感はなく、子供らしい無邪気で、その光景を見るだけでなんとなく嬉しくなるから不思議だ。
「そうですね。では、鶏は解体部屋に。野菜は棚に置きましょう」
「は~い」
日課の収穫が終わり、ポータルから外に出る。部屋に戻った瞬間、ストーブでは防ぎきれない寒さを少し感じて、クシュンとくしゃみをしてしまう。
「だいぶ雪が積もってきました。今年は大雪の予感がしない、ドライ?」
「うん。ピーチお兄ちゃんと出会わなかったら、ドライは今日もご飯に困っていたかもしれないし、そもそも凍死してたかも」
外の様子はいつの間にか吹雪いており、外で金目の物を探すのは無理どころか、建物の中で過ごしていても、暖房器具が無けれは死んでいたかもしれない。
だが、今は人工精霊搭載のストーブがそこかしこに置かれており、室温を適度に暖めて、火事のないように注意してくれている。昨年と比べても、途方もない変化だ。
家庭牧場部屋と、名付けられた部屋を出て、野菜や鶏をたくさん腕に抱えて歩く。エレベーターで4階に到着して、ランピーチマンションの角部屋、隔離された解体部屋に向かう。
4階からは住人が住んでおり、廊下を歩いていくと、子供たちが大量に食料を運んでいる姿を見て、笑顔で近づいてきた。
「重いだろう、ほら、俺が持つよ」
「あらあら、卵は割れないようにしないとね」
ツギハギの古着を着ているが、その顔は血色が良く、おじさんもおばちゃんも人の良さそうな笑みで手伝ってくれる。
警戒することなく、チヒロも笑顔で応える。毎回こうなるのは決まっているのだ。住民の何人かは待ち構えてもいた。しかも驚くことに善意からだ。
「それじゃお願いしてよろしいでしょうか?」
「あぁ、うさぎたちもほら、鶏を運んでやるよ」
「任せたうさ」
「うさたちの大量の収穫だから、大切に運んでうさ」
「背中におんぶで良い?」
うさぎたちの鶏も運んでくれる。約1羽はちゃっかり自分がおんぶしてもらったが、住民たちは気にしないで、ワイワイと笑みをこぼして話しながら運んでくれる。
これが他のスラム街ならば、盗まれることを考えないといけないが、ランピーチマンションは治安が良かった。盗みどころか、殴り合いの喧嘩さえ起こらない。なにせ、そんなことをすれば、どこからかウサギがバカでかい銃を持って現れるからだ。
「盗賊うさね」と、盗みには容赦はない。壁がぼろぼろになっても射撃にためらいはないし、盗みに入った泥棒は毎度大音量の銃声で歓迎されており、生きて逃れた者はいないからだ。喧嘩の場合は閃光手榴弾をポイと放り込まれて行動不可能となる。
この拠点はそのために極めて治安が良かった。治安が良く、盗まれることを心配しないで良いと安心した住人たちも、その生活態度を改めて、今は人の良いおじさんおばちゃんたちとなっている。
たとえ、治安が良くなくても、盗みなどは働けないだろうが。
「いや〜、ランピーチ様が仕事をくれるから、俺たちは今年生きて冬を乗り越えることができそうだよ」
「ほんと、そう。ストーブを配ってくれて、仕事もくれるなんてねぇ」
なにせ、この拠点は今や忙しくなっており、仕事が発生しているからである。
「ランは、拠点の住人を大切にしているので当たり前です。これからもお仕事を頑張っていただければ助かります」
チヒロは、顔を綻ばせて助かったよと礼を口にする住人たちへと、ランピーチの代理として応対する。内心はここでランピーチの正妻アピールをしないとと計算しているのは言うまでもない。
かってのボロボロの廃墟はどこにもなく、廊下は滑らかなリノリウムで、壁もヒビ一つない。各部屋の扉には住人たちが飾ったと思わしき表札が飾られており、部屋の中からは楽しげな声が聞こえてくる。
「明日は解体で、明後日は家電製品の包み、あとは……」
「あたしゃ、酒場の厨房だよ。あまり料理ってのをしたことないから頑張らないとねぇ」
「どんな人でも、最初はあるのですから、真面目に仕事をしていれば、腕は上がっていきますよ。ファイトです」
少しおちゃらけたようにぐっと拳を握りしめると、住人たちはそうだなあははと笑うのであった。
◇
この一ヶ月で一番変わったのが、仕事が発生したということだ。それはスラム街の住民がもっとも欲するものであり、身分証明もできなければ、スラム街の人間であるのならば盗っ人になるだろうとの先入観から、もっとも手に入りにくいものである。
そして、仕事を手に入れれば、することもなくギリギリで生きるだけの何者でもなかったスラム街の住人が変わる契機ともなる。
「お、来たか。待ってたぜ、今日も大漁ご苦労さん」
数十人が座れる元は大会議室、今は鶏の解体部屋となった部屋にて、ランピーチはあくびをしてあぐらをかいてのんびりとしていた。床はコンクリート打ちっぱなしで、水で血が簡単に流されるようになっており、大勢の人たちが同じようにおしゃべりをして時間を潰していた。その格好は長靴にゴツい防水性のエプロンと、作業服だ。
「いつも同じ数だろ、ボス。今日も百羽の鶏が俺等を待っているんだ」
「いつか鶏に襲われるかもなぁ。その時のために餌でもポケットに入れておくか」
「鶏に逆襲される前に、カカアに渡す賃金を抜いていることがバレねぇと良いな」
「おいおい、それは皆で黙っている約束だろ」
あははと快活に笑うのはスラム街の住人たちだ。チームの子どもたちも中に混じっている。
「今日もよろしくお願いします、ラン。今日のは結構太っていて解体が大変そうですよ?」
「それなら、少し頑張らないとな。おら、お前ら始めるぞ」
ドサドサと鶏が置かれて、チヒロが悪戯そうにウィンクをすると、ランピーチは笑いながら、周りへと声を掛ける。
それぞれ男たちは子供たちと共に、まずは羽むしりと鶏の解体を始めるのであった。
「ラン、疲れてないですか? そろそろ皆は解体技術を覚えてきたと思いますし、奥で休んでいても良いと思うんですけど」
もちろんチヒロは鶏を渡して、そのまま帰ったりともったいないことはしない。親しげに、ランピーチの横にちょこんと座る。
「ん〜、どうせ冬はもう行動できねーし、暇を持て余してゴロゴロしているのもつまらねぇからなぁ」
「でもランは毎日ダンジョンで稼いで来ますし、充分働いていると思いますよ? あれだけ毎日稼いで、しかも解体は大変ですよ」
気遣わしげにチヒロが言う通り、ランピーチは毎日フリーダンジョンに潜り、豚肉や電化製品を持ち込んでいた。外に出る様子がなく、いつの間にか消えて、いつの間にか戻っているので、恐らくは簡易ポータルを使用しているのだろうと噂されている。
「ダンジョンは時間にして2時間程度だろ? これだって、1時間もかからないし、冬の暇つぶしだ。暇つぶし」
話している間も、さっと羽をむしっていく。他の人はお湯につけてから、羽根をむしり、産毛をバーナーで焼いているが、ランピーチだけ手でむしっていき、異次元の早さである。
そのまま、解体を続けて、的確に包丁を差し込んで、トレイに各肉の部位を置いていく。もちろん砂肝やハツも忘れない。解体時間、約五分程度だ。
「ん〜、何度見ても不思議。肉ってこんなに部位があるんだって」
「そうですね、私も鶏肉って、一括りだと思ってました。色々あるんですね。えっと、モモ肉や胸肉でしたっけ?」
「……俺も手動で解体するまでは鶏肉は胸肉1キロだとばかり思ってたよ」
ドライがツンツンと鶏肉をつついて、物珍しそうにして、チヒロも鶏肉は鶏肉という種類しかないと思ってたので意外だったと口にする。何故か解体をしているランピーチも苦々しい顔で呟くが、手動とは面倒くさいという意味だろうかと、ドライとチヒロはそれ以上は疑問に思わなかった。
真実は、解体スキルを発動させて自動解体だと、胸肉1キロだけとなるが、手動だと大量のお肉を取得できて、驚愕したランピーチである。どれだけ鶏肉を無駄にしたのかと、悔しくてその日は6時間ほどしかグースカ眠れなかったほどだ。
手動ならもっとお肉手に入るよと教えてくれたのは、最近やる気になった美少女サポートキャラからだ。定期的に『45000が用意できましたか』とメッセージが届くのをだいぶ脅威に思った模様。
とはいえ、そのおかげで大量の肉が手に入るようになり、解体の仕事も発生し始めた。
額に汗を流して懸命に働くのはノーサンキューのランピーチだ。しかも解体は時間がかかるし、しかも百羽も毎日解体しなければならない。
そこで子供たちはもちろんのこと、住民たちも雇用し始めたのである。もちろん、住民たちは二つ返事で働くことを決めて、今は腕を上げて専用の解体屋となるために切磋琢磨している。
そして、一つの仕事が発生すれば、付随して他にも色々と仕事は増える。服の洗濯屋から、疲れを癒やすための居酒屋、金は血のように巡り始めて、ランピーチマンションは盛況であった。
「そうなんだよ、お嬢さん。鶏肉ってのは捨てるところがないんだ。軟骨も食べられるし、極めて可食部分が多いんだ」
「それに天然の鶏なんて、滅多に扱わないからなぁ、高価でもあるし引く手あまただ。骨だって売れるんだからな」
「あぁ、どうも。もう買い付けに来たのかよセイジ。外は吹雪いているだろ」
顔をあげると何人かの商人が部屋に入ってきて、笑顔で慣れたように床に座る。一人は真っ先にこのランピーチマンションに訪れたセイジという名の商人だ。
「そうつれないことを言うなよ、ランピーチさん。俺らはまっさきに買い付けにきた商人なんだからさ。今日だって装甲車で買い付けに来たんだぜ」
「商人の耳ってすごいよな、いったいどこから聞きつけてくるんだか。しかも装甲車って、機銃を取り付けて装甲を貼り付けたバスだろ」
「本物の装甲車なんか手に入らんよ。こういう所に来るのには都合の良い程度の武装バスだ。でも、今日のバスに乗る商人はまた増えていたよ。その分運び賃も稼げてる」
逞しいこってと、ガハハと笑う商人にランピーチたちも苦笑を禁じ得ない。彼らは鶏肉をランピーチマンションで売り始めた次の日に訪れた者たちだ。半信半疑だったらしいが、本当に天然ものの鶏が売っていることを知って、以来毎日訪れている。
━━そう、今のランピーチマンションは商人が行き交う冬のちょっとした話題スポットとなっているのだった。