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52話 ランピーチマンションと小悪党

 ランピーチマンションは積雪の中でも、スラム街の拠点にあるまじき活気を見せていた。普通ならば、寒さに身体を震わせて凍死を恐れ、魔物が襲ってこないかと、声を発することもなく、今日は食べ物を確保できるかと心配して暮らすのが、スラム街の住人たちだ。


 しかしながら、このマンションは違う。僅か数週間で、建物は外見、内装共に新築同様に変わっており、廃ビル廃屋の中でぽつんと建つ姿は酷く浮いていた。そして、そのマンションに住む住人もこの冬にその生活は大きく変わっていた。


 執務室と変貌している一室にて、チヒロはカリカリと書類へ向かい仕事をしていた。そこへ少年がおどおどとして入ってくる。


「チヒロさん、今日の皆の準備が終わりました」


「ありがとう。それじゃ、いつも通りに始めてくれる?」


 見た目は重厚そうな机にはパソコンが鎮座してその傍らにはコーヒーカップが置かれて、座り心地の良い椅子、キャビネットには少しずつたまり始めた書類を収めたフォルダが並び始めている部屋にて、チヒロは部屋に入って報告に来た少年へと感謝の微笑みを返す。


「了解しました。もう卵待ちの商人が訪れて開店を待っているんです。急いで収穫しますね」


 美少女のチヒロの微笑みは魅力的だ。最近は栄養不足も解消されて、お風呂にも入っているので、若さもあって化粧をせずとも、スラム街の男子を魅了するのは簡単なほどになっていた。


 少年はチヒロの微笑みに顔を真っ赤にさせて、しどろもどろになりながらも報告をしてくるが、その内容にチヒロは困った顔と苛立ちを表すように、トントンとペンで書類を叩く。ここ数日は同じことの繰り返しなので、今更の話なのだ。


「それじゃ、ウサが相手をするウサ」

「ん。昨日は合成シュークリームくれた」

「合成でも、甘味は大切うさよ。一昨日は合成バームクーヘンくれたうさよ」

「切り株みたいな味だったうさけどね」


 さらに、この会話を待ってましたとばかりに聞いていた応接セットのソファに座るウサギたちとドライが、仕方ないなぁと立ち上がろうとしているので、ジト目となって睨む。この数日間、このウサギとドライは報告が来るのを待つために、巣を作るようにソファでゴロゴロしながら目を光らせていた。


「だめですよ、ドライ。賄賂をもらって、卵を優先的に渡さないでください」


 だが、チヒロの看過することはできない。ドスと強くペンを書類に突き刺して、怒ってますアピールをする。あと少しで終わりそうな書類が破けて、少し涙目となったが。


「むぅ~、だって、結局売るならお菓子をくれる商人の方が良い」

「そううさよ。合成人参を持ってきた時は閉口したけどうさ」

「あれってほんとに人参だったかな? 甘いポップコーンみたいなお菓子だったよ」


 口々に反論するドライとウサギたち。無邪気な少女は悪いことに染まり始めているので、ここで更生させないとと、心を鬼にして鋭い眼光で睨む。これは親友として忠告しておかねばなるまい。


「合成お菓子なんか安いんです! ちゃんとお金での賄賂をもらってください。優先券は袖の下次第だと仄めかすんです! そして貰った賄賂で甘味を買えばいいんですよ」


 すっかり悪いことに染まってしまったチヒロであった。スラム街は正道の商売なんかしていないし、訪れる商人もそのことはわかっているので、スラム街の常識でもあるので、一概にチヒロを責めることはできないかもしれない。


 駆け引きは命を賭けて当たり前、騙し合いに裏切りが横行し、弱者は喰われて強者だけが上に立つのがスラム街の常識なのだ。


「おぉ、チヒロ。それは頭良い。目から鱗がポロポロ」

「そんなことがあるのでうさね。それじゃ次は整理券作るうさ」

「整理券には値段をつけるうさよ。一桁代は高額にするうさ」


 チヒロの提案にパチパチと拍手をして、早くも悪いことを考え始める学習能力の高いウサギたち。


「整理券を安く買うには、お菓子をくださいといううさ」

「頭良いうさ。それならお菓子ももらえるうさね」


 やはり、あまり頭は良くないかもしれない。お菓子一個で1割引うさと、もふもふの頭をコツンと突き合わせて話しているので。


 もちろんその会話はチヒロにも聞こえているので、このウサギたちは基本的に抜けてるんですよねと、苦笑をしてしまう。


「まぁ、この一ヶ月で変わりましたからね……」


 チヒロは一ヶ月前の出来事を思い出して、とんでもないことに巻き込まれたかもと、ため息を吐き頬杖をつくのであった。


          ◇


 ━━━━一ヶ月前の話である。


 外は朝から吹雪となり、だが、ストーブを設置して、温かいランピーチの寝室。朝といっても、まだ薄暗くいつもはまだグースカと寝ている時間。


 自室にて、隣にチヒロとコウメがすよすよと川の字で寝ている中で、ランピーチは目を覚ましていた。


 ランピーチは、手に入れた新たなる仕様をベッドの中で確認して、眉をしかめてうぬぬと呻く。


「『マイルーム』……タイプを選べるのか」


『普通の自室:普通の家』

『家庭研究所:鍛冶場、錬金室』

『家庭牧場:簡単牧場、鶏つき』

『家庭修行場:スキルなどの検証ができる』


 家庭とつければごまかせると思っている運営の適当さを感じます。

 

『だね! これは大昔のシステムだよ。しかも選ばれしエリートしか使えないタイプ。ポータルをどこにでも設置できて、そこから亜空間の部屋に移動できるんだ。さすがは私のソルジャー。サポートしがいがあるね! もうサポートキャラの私はメロメロだよ』


 いつもと違い、ランピーチを持ち上げて褒めてくれる美少女巫女は輝くような笑みで、こいつめと親しげに頭をペチペチ叩いてくる。


「だいぶ危機感を持ったのね」


 どうやら昨日のミラを見て焦り始めた模様。いつもよりもボディタッチが多い。


「まぁ、ライブラはライブラでだいぶ助かってるから、サポートが増えるなら二人で手伝ってもらうさ」


 とはいえ、ランピーチだって情はあるし、仁義も持っている。二人同時にサポートしてもらえば解決なのだ。


『どちらかしか選べないとなったら?』


「………性能による?」


『それって、初期の仲間は酒場に放置されるパターンじゃん! ソルジャー、あの子だとこんなことをできないと思うんだ! 胸元とかもこっそりと盗み見することもできなくなるよ? 洗濯板だったから、揺れないし!』


 コアラのように抱きついてくるライブラ。もしかしたらまだ寝ているのかもと、夢のような気もするので、ランピーチは目を泳がせる。


「み、見てないよ? 俺はいつも真剣に働いているから、盗み見なんかするわけ無いだろ。……でも、たしかにぴったりとした服だと胸元に隙間はできないよな」


 ランピーチの頬にしがみついて、ムギュムギュと胸を押し付けてくるライブラ。巫女服のサラサラとした感触と、胸のポヨポヨの柔らかさに速攻負けるランピーチであった。それでも桃のような硬い意思でライブラを押し退けると、話を戻す。


「まぁ、このシステムがどのようなものかはわかるよ。ようはゲームにありがちな自分だけが使える空間だろ? もう一つのフリーダンジョン『夢の島』は明らかにクリア済みの攻略したダンジョンを探索できるお助けシステムだし」


『フリーダンジョン夢の島:1キロ平方のミニチュア夢の島精霊区。魔物と戦え、素材を回収できる』


 フリーダンジョンは精霊石は回収できないが、魔物を倒せて、素材を回収できるらしい。ますますゲーム世界っぽいよなと、内心でやはりこの世界はゲーム世界と思いながら、ライブラの頬をプニッとつつく。


『全部、招待した人間も入れるよ』


「ふ~ん……ダンジョンはやばすぎて俺以外は入れられないな。それなら選択肢は一つだろ。どう考えても『家庭牧場』だ」

 

 生産拠点が増えるなら、ランピーチマンションの生産力がプラスされる。それならば鶏付きが良い。


『家庭牧場:百メートル平方の牧場。中では家畜、農作物が通常の数倍の早さで育つ。鶏100羽つき。鶏は最大1000羽飼育可能』


 どこかの牧場ゲームのような仕様だ。ジト目となり、数倍の早さというところに、やっぱりゲームだよねと確信を持つのであった。


「あの方はこの新システムを活用し、上手く稼働するかを見守っておられる。しっかりと働くように。この作戦の成功の如何で君の待遇も大きくかーわーるーだーろー」


 自慢気に胸を張るライブラは、あの方と言うときだけ、音声に変えるので、厨二病かもしれない。自身を強大に見せたいお年頃なのだろう。もう少し胸を張っても良いんだよと、揺れる胸に目を奪われつつ頷く。


「わかった。それじゃ、二度寝したら、このシステムを活用するから宇宙図書館あのかたによろしくな」


 少しは付き合ってあげてもバチは当たるまいと、ムフフと笑う可愛らしい巫女へと頭を下げて、そのまま寝るのであった。やっぱり二度寝は最高なのだからして、ぬくぬくと布団に潜り込むのであった。


 ━━━なにか話し声がすると目を覚まし、隣で寝ているふりをして、耳を澄ませているチヒロが、最後のセリフだけ聞いていることに気づかなかった。もちろん小悪魔ライブラは気づいていました。


          ◇

 

 そして、時は過ぎて一ヶ月後。


「う~んと、何回見ても凄い。これ、どうなってる?」


「たしかに想像もつかないシステムですね。スラム街のこんな場所にあったらおかしいシステムだと思います」


 チヒロたちは、牧場部屋と呼ばれている部屋に設置された小型テレポートポータルを通り、家庭牧場と呼ばれる場所に来ていた。


 100メートル平方の草原だ。いや、元は全て草原であったが、今は半分の土地が柵に囲まれて、畑と化している。


 冬なのに、青空から燦々と春のような暖かい日差しが降り注ぎ、そよ風は吸い込むと清々しい。草原は緑に覆われており、その上を鶏やヒヨコがコケコッコー、ぴよぴよと元気に走り回っている。隅には鶏小屋も置かれている。


 畑では、子供たちが肥料も与えないのに肥沃な大地で育った僅か3日で収穫できるようになった人参を「んせんせ」と懸命に引っこ抜いていた。


 他にもキャベツや大根、茄子やトマトと小さい土地に野菜が育っていた。


 農業をしたことのないチヒロたちでも、この育生速度が異常だということはわかる。どこの世界に3日で収穫できる農作物があるというのか。ゲームの世界だなとランピーチは言うかもしれないが。


「地下街区の実験農場とはいえ、ここに置かれたのは幸運でした。まさかこんなに天然のものが手に入るなんて」


 空間の境目が白い天井へ壁となっていることが人工的な空間だとわからせる。恐らくはこの実験農場の安全性を確認するために、スラム街に設置されたのだろうと思う。だが、それでもこの恩恵は余りあるものなのだ。


「チヒロの言う通り。こんな土地を持っているのは、すごいお金持ち」


 あの方って、凄いんだなぁと小悪魔ライブラの暗躍により勘違いをしているチヒロとドライであった。


「あーっ! 大変うさ、今日は人参の収穫の日だったうさよ!」

「大変大変うさ。うさたちも、人参収穫を手伝ううさ!」

「それじゃ、頑張って〜」


 ウサギたちが、子供たちがまるまると太った人参を籠に入れているのを見て、とてちたと慌てて駆け出す。1羽だけ、眠そうに地面に丸まって寝て、手を振っていたが。軍用人工精霊は自我が強すぎるかもしれない。


「私達は卵を回収しましょう。鳥小屋にあるので慎重にやりましょうね」


「はぁ~い!」


 チヒロも後ろに並ぶ子供たちに、にこやかな笑みで指示を出すと、歩きだすのであった。

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