51話 精霊武器と小悪党
瓦礫の山に、真のお宝はある。どうも隠しイベントはガイは知らないようだから、すっとぼけて、ダミーの『錆びた精霊鎧』を渡したのだ。知らないだろう根拠もあったのだ。
さすがは小悪党。そういう小粋な企みはお手の物である。小粋という表現は少し変かもしれない。小者が良いだろう。
『ゲーム世界に入り込んだ憑依者さん? もしかして前の世界で、この世界をゲームとした世界からやってきましたということかな?』
ぴょこんとライブラが珍しいものを見るように顔を覗き込んできて、さっきから疑問に思い、自分なりに推測した内容を口にする。
「理解が早いな。その通り、だから、スキルなどを迷うことなく手に入れていたんだ」
ここまできたら隠す必要はないと肩を竦めるが、ライブラはニヤニヤと笑い返すだけで反論もしてこない。
『へー、へー。なるほど、反証できない悪魔の証明だけど、ソルジャーがなぜ命知らずで感情のない神の視点で行動できたのか、その一端がわかったよ』
「一端? 全部じゃないのか? 俺がこの世界をゲーム世界と考えているから、神のように行動できるんだぜ?」
『ふっふーん。それはナイショ』
どうもおかしいとランピーチは顔を顰める。普通は貴方はゲームの世界の住人だと言われたら反論するのではないだろうか?
『まぁ、ソルジャーの精神がそう思うことで安定しているなら、特に私から言うことはないのさ。にひひ〜』
思わせぶりに笑いながら、体を回転させて踊るライブラ。ひらひらと舞う巫女服が見惚れるほどに可愛らしく、小悪魔だ。ランピーチが気になることを決して口にしない。
「………『地球図書館』ってなんなんだ? なんだかレベル制の強化支援を受けているように思えるけど、俺だけ仲間外れじゃない?」
『ソルジャー………。そんな今更自分の立ち位置を思い出して自虐ネタにしなくても……ヨヨヨ』
キタキタとばかりに目元を押さえて、泣き真似をするライブラ。もちろん、その口元はニヨニヨと笑っている。
「おい、止めろよな。俺はハブられてないから。チームのボスは孤高な存在なんだよ。で、ふざけてないで、どうしてだ?」
半分本気で抗議するおとなげないランピーチだが、ライブラはあっさりとからかうのを止めると、顎に人差し指をつけて答える。
「『地球図書館』は『宇宙図書館』の前に作られた、今は存在しない人工知識蔵さ。地上にあって、あらゆる地球での物事を観察し……確かに人類強化支援システムは、旧タイプだったよ」
「レベル制ってやつか?」
『うん、以前は倒した精霊の精霊力を吸収するエネルギー吸収型だったんだ。精霊エネルギーを吸収していくごとに肉体と魂を変化させて知識にあるスキルを使用可能にし、パワーアップしていくのさ。その人間の適正に従い自動的にスキルを覚えていく。ソルジャーの成長と似て非なるものだね』
「ほーん。それって、凄い強そうだよな。レベル制かぁ、だから、基本的にスキルは変わらなかったわけか。俺もそっちが良かったなぁ」
敵を倒しても、経験値が1とか2である。きっと固くて素早いメタルな敵を倒しても同じだ。レベル制なら聖水を大量に持って メタルな敵を倒したのにと、羨ましいと思うが━━━。
「あれぇ? なら、俺の経験値はどこから生まれてくるわけ?」
変じゃねと、ライブラへと眉をしかめて見せる。
『うん、精霊エネルギー吸収型は知識やスキルの因子をインストールしていても、人間の魂と体では強化に限界があったんだ。だから、『宇宙図書館』では、外付けにしてる。強化は『宇宙図書館』が直接支援することによって、汎用性を確保し肉体と魂を改造し、人外レベルにすることを達成させている……というか、それを目的にしている。旧強化タイプが筋トレをして鍛える形で、新強化タイプは外から改造手術で鍛える感じ』
嫌な例えを口にするサポートキャラである。たしかに改造人間と筋トレで鍛えた人間では力が違いすぎるだろう。
でもねと、ライブラは小首を傾げて話を続ける。
『人類強化支援システムに適合したのがソルジャーしかいないなぁとは思ってたけど、地球人の多くが精霊エネルギー吸収型なんだよ。以前も言ったけど、新バージョンの人は魔物を倒してもほとんど精霊エネルギーは吸収できないから、スキル因子があっても自動で覚醒することは少なくて、『宇宙図書館』を介して成長できないから、無能扱いされてるんじゃないかなぁ』
たしかに経験値は1とか2だ。普通にやっていたら、自動でスキル因子が覚醒するのも旧タイプの何百倍もの努力が必要となるに違いない。
「………エネルギー源は?」
なんだか壮大な話になりそうだと、難しい顔になるランピーチへと、ウフフと笑うライブラ。言いたくて仕方なかったらしい。教えたがりによくいるタイプだ。
『人類の運命さ。本来は失うはずだった人々の未来。それを変えた際の人類の運命力を吸収して、パワーアップしてるのです。ドドン』
擬音まで口にして、得意げに指を突きつける巫女。が、いまいちよくわからない。
「運命力とは胡散臭いなぁ。どうゆうこと?」
『例えていうと、砂漠でソルジャーが死ぬ。不毛の地はまったく変わらない。ソルジャーらしい不毛な最後だよね? でも、死ぬはずだった運命を変えて、そこで生き残り、穴を掘り水を取り出し、オアシスを作ったり……その結果は多くの人々が助かるかもしれない。生き残った後に使う力だけでもかなりの量のエネルギーさ。そのエネルギーを運命力として、『宇宙図書館』は回収し、経験値としているわけ』
「なるほどな。よくわからんけど、なんとなくはわかったよ。その場で精霊エネルギーを吸収するよりも効率が良いわけだ。でも、それだと未来を知っている答えにはならないだろ?」
「それはねぇ……『地球図書館』が破壊されてネットワークとの切断がされているので推測でしかわからない。今はまだ不明ということにしておくよ」
「それなら、ゲームの世界というランピーチ理論の勝ちだな。俺は6周目のゲームを楽しんでいるんだ」
そうすることにした。絶対にそう。そうに決まっているのだ。
ゲームにありがちな都合の良い設定だよなと、ランピーチは会話を強引に打ち切ることにした。なにせ、この世界は6周目なのだ。なんだかとっても痛いし、現実感があるけど、ここはゲームの世界なんです。
その様子に苦笑をするライブラだが、大人しくついてくる。この先でランピーチがなにをするのか興味津々なのだ。
ランピーチは瓦礫の山を見渡して、ここらへんかなと立ち止まると天を仰ぐ。
「調べる、調べる、調べる、調べる、調べる、調べる、調べる、調べる、調べる、調べる」
突如として念仏を唱え始めるランピーチ。外から見たらヤバい人間である。
『ソルジャーが遂に完全に壊れちゃった!』
「完全にということは、元から俺は壊れていたと言いたいのかな?」
なにも起こらないので、ライブラを怒るランピーチ。
『念仏のように調べるを繰り返せば、誰でも思うよ!? どなたか、獣医さんはいませんか〜』
ランピーチを動物扱いするライブラである。この子は本当に人をからかうことにアイデンティティを持っているのではないかと、だんだんと疑う今日このごろのランピーチ。
「いや、ここで『調べる』を10回繰り返すと、段々とセリフが変わってくるんだよ。『なにもないようだ』、『なにかあるのだろうか』、『空気が変かもしれない』……ふむ、そうか」
ありがちな隠しイベント。そのセリフを思い出して、ランピーチは目を閉じるとゆっくりと深呼吸を始める。まるで僧が修行するとのように、呼吸を整えて、自然と同化するように。
『体術』
己の体を十全に使いこなし、呼吸法すら操れるようになった天才にして達人の身体を持つランピーチは、周囲の気配を感じるように精神を統一させていく。
「『精霊力の流れに一片の歪みを感じる』……ゲームのセリフはこれだ!」
感じる。精霊力のエネルギーがそよ風のように世界を流れていくのを。そして、その流れに蛍の光のように淡い小さな小さな歪みがあることを。
歪みを感知して途端に、ピコンと眼の前にログが現れる。
『精霊力の歪みを発見しました! 経験値5000を消費すると修正できます』
『ハイ:YES』
ノーの選択肢がなかった。
「ゲームではあったような気がしたんだけど……まぁ、いいや。もちろん経験値5000を消費する!」
少し困惑するが、問題はない。すぐにハイを選択する。
これこそが、ガイが知らないだろうとの根拠。経験値を保有できないレベル制では、このイベントをクリアすることはできないのだ。
『これはなぁに、ソルジャー?』
「この隠しイベントをやるとだなぁ、精霊武器が手にはい、どぶわぁ!」
ドヤ顔でライブラに教えてやろうとした瞬間に、爆発するかのように突風が巻き起こり、ゴロゴロと転がり、殘骸に頭から突っ込む。下半身だけを突き出す間抜けな姿は小悪党にふさわしい。いつもなら笑うライブラも隣で上半身を殘骸に突っ込んているので、仲の良さを見せていた。
その間も突風は巻き起こり、瓦礫を散乱させて、竜巻のように激しい風が吹き荒れる。
『精霊力の歪みを修正するため、神霊の起動開始………』
『起動完了。全てオールグリーン』
『神霊覚醒』
『精霊力修正作戦の再起動』
淡々とログが表示され続けて、なんだなんだとランピーチは瓦礫から這い出て、竜巻を見て混乱する。精霊力修正作戦?
「なんだ? ゲームなら、ここで精霊武器を手に入れたと表示されるだけなのに。なにが起こってるんだ?」
吹き荒れる風に顔を顰めて眺めていると………少しして風はおさまった。凄いエフェクトだったなぁと、お気楽にランピーチは発生源に近づいて……。ピタリと足を止めてしまう。
「瓦礫が……ない! なんだ、ただの地面に変わってる!」
錆びた鉄と壊れた機械の世界。土すらもなかった世界であるはずなのに、発生源は花畑と変わっていた。ほんの少し、畳一畳分であるが、そよ風に揺られて、花がさわさわと揺れている。
『おめでとうございます、プレイヤー。貴方は第一段階。精霊力の修正に成功しました。報酬が与えられます』
鈴を鳴らすようなどことなく幼気な少女の声音。鴉羽根のように艷やかな黒髪と、深い漆黒の瞳、少しやんちゃそうな美しい顔立ち。小柄な身体の少女が、花畑の上に浮いていた。
『報酬として、『マイルーム』と『フリーダンジョン『夢の島』』、そして『精霊の篭手』が与えられます』
「プレイヤー? 俺をプレイヤーと呼ぶのか? お前は一体誰なんだ? ゲームではなかったイベントだぞ?」
想定外のことにランピーチは声を荒げてしまう。知らない仕様が追加されている!
ゆっくりと黒髪の少女はランピーチに向くと、吐息をつく。
『安心、格安で確実に依頼を遂行する、今日は精霊力の歪みを修正する世界の救世主。宇宙を観察するサポート神霊、ミラといいます』
むふんと胸を張り、得意げに背を反りすぎて、わひゃあと後ろに転がる美少女ミラ。ちょっとドジっ子ぽい。
『今なら残り経験値45000で、貴方をサポートするべく顕現します。そこのエロ専用サポートキャラと違い、戦闘から生産、経営から倉庫の管理まで、全部の簡単な仕事を仲間のいないボッチなあなたの仕事を請け負います』
何事もなかったかのようにおきあがるミラ。お金とアイテムの管理を全てしますよと、自信ありげだ。
「サポートキャラ!? まじかよ、サポートキャラなんかいたのか」
知らなかった。サポートキャラはここにいたんだ!
『ギャー! サポートキャラはここにいるでしょ! 駄目だよ、ソルジャー。サポートキャラは私の役目だからね!』
ライブラも知らなかったのだろう。涙目になり、ミラに掴み掛かるが━━。
「悪い、経験値45000もねーよ」
『ご利用ありがとうございました。経験値をためてまたのご利用をお願い致します』
そう答えると、バイバイと手を振って、あっさりと消えたのであった。消えるの早すぎである。金の切れ目が縁の切れ目と判断早すぎの嵐のような娘であった。
『ふー、良かった。そうだよね。45000なんてないもんね。あってもすぐに使っちゃうもんね』
「うう~ん、この解放クエストは他の精霊区でもあるから地味に経験値を貯めていくことになるかも」
『むぅ~ん。そうすると残り9個? それまでにソルジャーのかけがえのないサポートキャラになってるから、大丈夫かな』
ふぃーと胸を撫で下ろすライブラだ。どうやらミラにかなりの危機感を感じたらしい。
「まぁ、だいぶ先の話だろ。それよりも、ここを脱出するぞ。精霊力の修正……。花畑がじわじわと広がっているような気がするんだ」
今は二畳ほどに花畑が広がっている!
『気の所為じゃないよ。ソルジャーが『宇宙図書館』の隠し機能を起動させて歪みを修正したから、どうやら少しずつこの精霊区は本来の姿に戻っているのさ。たぶん一ヶ月くらいで、モンスターのいないただの草原や森林となるよ。やったね、この千年以上誰もできなかったことをしたんだよ!』
ニカリと笑って親指を立てるライブラ。おめでとうと目を輝かせて褒めてくれている。だが、冗談ではない。
「……まじかよ。そうするとこの土地はとんでもなく貴重な土地になるぞ! さっさと脱出するぞ、ライブラ!」
『あいさー、お前さん』
顔を蒼白にして、ランピーチは走り出し、ライブラがその肩に抱きついて、危機感を感じているため、ベタベタとする。
そうして二人が立ち去った後に、草原のような清々しい風が流れ始めて、モンスターは空気に溶けるように消えていき、花畑はそよそよと花びらを揺らすのだった。