50話 放流する小悪党
「こんなこった結果になるとは夢にも思わなかっただぁ。悪くても互角に近いと思ってただよ」
ガイが苦笑交じりに呟くと、よいせと立ち上がる。たしかに負けるかもしれないとガイは考えてはいた。だが、まさか手も足も出ないで負けるとは予想すらしていなかった。
なにしろレベル差が10はある事はわかっている。『嘘発見』のスクロールを使ってまで相手の力を確認したのだ。ランピーチは言葉遊びで誤魔化してはいなかったし、確実にガイの方が強かったはずなのだ。
実際はランピーチとゲーム仕様が違うためだが、まさかのスキル制を相手にしたために正常に魔法が働かなかったとは欠片も思わなかった。
なので、ランピーチを以前の世界の格闘の達人と勘違いし、きっと数十年も修行をしてきた達人なのだろうと勘違いし、前提でそんな力を持っている相手を空恐ろしく思う。
(召喚士というゲームでは隠されていたジョブ。恐らくは魔法職であるのに、タンク役の『重装騎士』と戦ってレベル10差をあっさりと覆して勝つ。こいつ、確実に小説とかなら主人公キャラだべさ)
傷一つ負っていないランピーチ。ニタリと笑うそのなにかを企んでいそうな小狡そうな笑顔を見て、少し考え直す。
(まぁ……小悪党に見えるけんどもな。でも、この世界は腕っぷしの強さだべ。こいつの戦闘センスは化け物だ、レベルカンストに行く可能性もあるべさ。いや、70程度でも良い。そしたら誰も手出しできなくなる強さになるだよ。その横で溢れた甘い汁を吸えればいいだ)
内心ほくそ笑み、ガイはランピーチへと恭しく頭を下げる。朴訥なるふりをして油断を誘うのはお得意なのだ。
「約束通り、おら、これからランピーチどんの部下だぁ~。よろしくしてくんろ」
「あぁ、よろしくな、ガイ。それじゃ、お前さんが知ってる憑依者を教えてくれ」
ただ、ランピーチにはとっくに見抜かれているため、朴訥なる演技は通じなかった。
自分ではにこやかな優しい笑顔を浮かべているつもりのランピーチはガイの肩に手を回し、親しげに問い掛ける。どう見ても素朴な男をカツアゲしようとする悪人にしか見えないのはスルーしておく方が良いだろう。
「……すまねぇが、教えられねぇべ。一応恩があるから、いると仄めかすしかないだて」
最低限の仁義をガイは通す。あくまでも最低限ではあるのだが。
「ふ~ん、一応義理堅いのな。魔導学園の生徒だとは思うけどさ」
魔導学園の訓練方法とか言ってたし、学園に通う主人公たちのいずれかだとは簡単に予想がつく。
「ノーコメントにしておくだて。まぁ、おらも優位の部分を一つか二つは懐に隠しておきたいだよ」
首を横に振って、真面目な顔のガイに一応感心しておく。義理は最低限のみある模様で、たいして信用することができない男だ。
「まぁ、そろそろ縁を切ろうと思ってただよ。ゲームオーバーになりながら攻略するダンジョンは嫌なんで。そろそろ中級ダンジョン攻略の無謀な指示を出すようになりそうだったしなぁ」
「……あぁ、ビビってダンジョンに潜れない相手なのか。さっき言ってた傷つくと怖がるとか、そいつ引き籠もったんだな? 格上を倒さないと経験値が手に入らないから、レベル上げきついもんなぁ」
「察しが良すぎるべ」
「だから憑依者なら興味を持つセリフを聞こえるように呟いていたのか。お前、新しい憑依者を探して、そいつと手を組むつもりだったんだろ?」
「そうだべよ。この世界で成り上がるのは腕っぷしだぁ。でもソロじゃ限界あるべよ」
ランピーチの鋭い指摘に、降参と両手を掲げるガイ。下手な嘘をついても意味がないだろうと、嘆息混じりに思惑を正直に話すことに決める。
「レベル50以上のモンスターって、とにかく危険だべ? 現実だと厄介なモンスターが群れをなして全体魔法の連打や状態異常を繰り返してくるべさ? おらはそんなところに行きたくないだよ」
「仲間を集めればいいじゃん。頼りになる仲間でパーティーを組めば攻略できるだろ?」
自分の命がかかっているのだ。大怪我を負って、酸や毒なので身体を溶かされるのも遠慮したい。だからこそ、新しい仲間を探す必要があったのだ。
「ぽっと出の男が、今までのパーティーで腕を磨いてきた高ランクの人間を引き抜けると思ってるべか? それにそこまで強い探索者は指で数えられる程度しかいねえべよ」
「あぁ、そりゃそうか。なら諦めれば良いじゃん。その腕なら、そこそこ稼げるだろ?」
ランピーチとしては強くなるのを諦めて、安全に暮らせば良いと思う。なにせ死亡フラグが満載の何処かの可哀想な男ではないのだ。
「そうもいかねぇんだ。おらのエンディング知ってるべか?」
「……あぁ、たしか成り上がって金持ちになって農園を経営して幸せに暮らしましたというエンディングだったか?」
ゴクリとつばを飲み込み、緊張してランピーチは恐る恐る口にする。レベル制のβ版とエンディングが違うかもと、ガイの様子を盗み見るが、疑いなく頷き返すガイ。
「んだ。で、俺も元は農家やってただよ。だから、農園エンディングで『幸せ』に暮らしましたとなりたいべ。しかもただの農園じゃねぇ、金持ちの大農園だぁ。この世界はモンスターが徘徊していて、安全な土地は銀座の一等地よりも高いんだべ」
あぐらをかくと、淡々とガイは暗い顔で身の上を話し始める。
「おらは農業好きだけんど、生活はとっても苦しくて嫌だったぁ……トラクターとか重機が幾らするか知ってるか? 毎月の重機のローン代、家族の生活費、農薬代に種籾代……。よりにもよって専業農家だったから、いっつも金に困ってただ。農閑期は金になる短期の力仕事してたし、不作の年は家族の空気は最悪だったんだ………それに、嫁希望は全然来ねぇ」
金持ちの専業農家だったら良かった。だが、そんなのはほんの一握りで、他は兼業農家がほとんどだった。貧困家庭というやつで、借金の額は一人なら一生暮らしていけるほどに嵩んでいたのだ。
「だけん、この世界でやり直してぇだよ。借金なんか無い。金に困ってないし、贅沢な暮らしをしながら、余裕を持って農園を経営してえんだ。でも、土地を手に入れるには大金と人脈が以前の世界よりも必要だぁ。それを手に入れるには……強さだべ。この世界は強ければなんもかんも手に入るんだぁ」
「なるほどねぇ………広大な農園を手に入れるには今の強さじゃ足りないのか。だが強くなれば手に入るとわかっていて、自分にはその力があると知っていれば、目指すよなぁ」
「それに嫁も手に入るべ。知ってるか? 娼婦を身請けすると、とっても感謝してくれて尽くしてくれる嫁になるらしいだ。裏切るのは稀なんだと」
前世ではモテなかった男ガイである。とはいえ、娼婦にとっても、大金を支払ってくれる相手だ。その代わりに尽くすのは、ウィンウィンの関係とも言える。甲斐甲斐しく尽くす嫁を演じないと、身請けしても逃げるだけだと思われて、身請けする人間が少なくなり、娼婦たちから恨まれる可能性もある。
「なるほどねぇ………。不純な動機とも言えないか……とはいえなんだかなぁ」
「はっ、ランピーチどんはあんなスタイルの良い人工精霊やツルペタのドライと夜の精霊融合をしているから、モテナイ男の気持ちがわからねぇだよ。前の世界は同伴しても金を吸い取られるだけだけど、この世界では身請けできて嫁にできるんだぞ! おら、死ぬ気で頭を回転させただよ!」
やさぐれて、つばを吐くガイ。かつての生活が垣間見える悲しい男である。貧困なのではなかったのだろうか。何故に、同伴という言葉が出るかはスルーしておく。
「その噂を他人から聞いたら、お前をひどい目にあわせるからね? 俺は本気だからね?」
なので、同情してガイにアイアンクローをしてあげる優しいランピーチだ。コクコクとガイが頷くので、とりあえずアイアンクローを外す。
「わかったよ。それじゃ、俺も弱いことだし、暫くは今の相棒と行動してろよ。この先危険なダンジョンとかの攻略を指示されたらのらりくらりと流すんだ。……まぁ、暫くはそんな余裕もないだろうけどな」
ランピーチはショベルティラノが巣にしていた瓦礫の丘を登り、キョロキョロと探してニヤリと笑う。
「これが欲しかったんだろ?」
瓦礫の山に手を突っ込むと、ランピーチは精霊鎧を引っ張り出す。ぼろぼろで錆びているが精霊鎧だ。
「そ、そうだべよ。でも、ランピーチどんはいらないだか? それが欲しくて来たんだべさ?」
それは『錆びた精霊鎧』という代物だ。今は殆ど力を感じないし、つついたら壊れそうな防具だ。
『錆びた』アイテム。いわゆるゲーム時代黎明当初ではイベントをこなすと隠されし力が眠るアイテムと変化する有名な名称だ。その後、ゲーマーの心を弄ぶ有名なアイテムとなった。様々なゲームでネタ武器として扱われて、錆びを落とせば凄いアイテムになるかもと、錆びたなんちゃらという名前で出てくるがイベントもなく弱いままであった。
しかしあらゆるゲームで、攻略サイトにパワーアップしませんゴミアイテムと書かれていても、もしかしたらパワーアップするかもと犬が骨の玩具を手放さないかのように捨てずに持っていた。諦めの悪い男ランピーチなのだ。明らかに運営は悪意を持っていたと思います。
しかし、このゲームでは昔よろしくパワーアップするアイテムなのだ。悪意はあるが。
「本当はそのつもりだったんだが、計画は変更だ。これをやるから相棒に渡してやれよ。それで、暫く様子を見てるんだな。この『錆びた精霊鎧』を復活させるのには膨大な精霊石が必要になる。そいつは精霊石を集めるのに夢中になって、ガイに指示を出すどころじゃなくなるだろ」
『錆びた精霊鎧』は自己成長型の珍しい精霊鎧だ。精霊石を与えれば与えるほど強くなるが、とにかく金がかかる。その金はスマホゲームでキャラの育成に大量の課金が必要なように、大量の資金が必要だ。その金額は毎月天井までガチャをしても数年注ぎ込まないとカンストしないスマホゲームレベルの恐ろしさを持つ。
そして、精霊鎧を持ってもいないガイを見るに相棒はそこまで裕福でもなさそうだ。
「その間に、そいつから美味しい話をじゃんじゃん仕入れてくれ。俺がクリアするから」
「悪党だなぁ……。まぁ、そういう作戦なら従うべ」
「なら、時間差を置いて帰るとしようぜ。グルだと思われるとまずいからな。今度会う時は春にしよう。それまでは鍛えておく」
「了解だ。んなら、帰るべさ」
錆びた精霊鎧を受け取ると、ガイは素直に立ち去っていく。その目はどことなく呆れてはいたが、にこやかに手を振って見送った。
『ソルジャー、良かったの? あの鎧を取りに来たんじゃないの?』
「いや、あれは使えない鎧なんだ。馬鹿みたいに精霊石を食う割には弱い。強くなるほど精霊石を集める金があるなら、普通に精霊鎧を買ったほうが良いんだよ。まぁ、ロマン武器ってやつだな」
せっかく手に入れたのにと、残念そうなライブラだが、あの鎧は欠陥品なのだ。たしかに序盤は強い鎧となるが中盤からは店売りの方が強くなる。苦労に見合わない鎧なのだ。ゲームあるあるといえよう。苦労してバイオタンクを作っても、他の戦車のほうが強かったとかそんな感じ。しかも一定毎に、希少アイテムを素材にしないとパワーアップできなくなる。
『えーっ! それじゃなにしにここに来たのさ!?』
「あれはダミーのお宝だ。本当のお宝はもっと奥にあるんだよ。それにあいつはいまいち信用できない。モテナイ男の演技をしてただろ? 朴訥な男のイメージを与えようとしてきたんだ。だから、餌を与えておいたのさ」
ガイは見かけ以上に頭が回る。ああいう情けない男なら俺たちが油断すると思ったのだろう。
『そっか。たしかにコントっぽくてわざとらしかったもんね。こちらが利益を与えている間は憑依者だと吹聴しないんだ』
「そうゆうことだ。それにβ版では発生していないだろう隠しイベントもガイは知らなかったことを確認できたしな」
ランピーチは瓦礫の丘でウケケと小悪党スマイルを見せるのであった。