48話 決闘と小悪党
「おらの力を知っているべ。だが、まだ切っていないカードはあるだよ」
背中に担ぐ大刀を手慣れた様子で抜き放つガイ。その動きは素人のものではない。背負った刀や剣を抜く行為は、それ自体結構難しいのだ。ランピーチは子供時代に背負った玩具の刀を抜こうとして、なかなか抜けずに、最後は上着ごと脱いだという経験があるので知っていた。全然自慢にならない。
「ガイの使える得意武器は爪とハンマーだったと思うけど?」
「はっ、たしかにそうだべさ。だけんど、ここは現実世界。いったべさ、訓練すると強くなるって」
「1年で素人の域を超えるなんてな。主人公補正の成長率。いや、本人の努力の結果か」
微かに得意げとするガイを前に、システム仕様は変わってもスキルや装備、魔法はほとんど変わらないのではと、ランピーチは推測する。そうでないとドライ戦でランピーチは攻撃を予測できなかったし、負けていただろうからだ。
「照れるべ。まぁ、結構訓練したしな。この体が優秀ってのもあるべ」
大刀を回転させて、ヒュヒュンと風切音を残しながら、映画のような動きを見せるガイ。
「1年でそこまで上達したとはやるじゃんか。ようやく回転させられるようになったのか?」
「余裕だべな。まぁ、それくらいの方が面白そうだべ。それじゃ決闘の前に渡しておくど」
その答えには驕りはなく、本当にそう思っていると感じさせる。主人公の才能はそれだけ凄いと言うことなのだろう。
ガイが放り投げるカプセルをランピーチは受け取る。細長い筒に青い蛍光色の液体が入っているのが見える。
『ポーションだね。しかもそこそこ魔力が高いよ。たぶん中級レベル?』
ライブラの目利きに、ほぉ~と感心する。中級レベルなら百万エレはするからだ。
「お高そうなのにいいのか?」
「あぁ、これから部下になるのに死んだら困るべさ。遠慮なく使ってくれ」
意外といい奴だ。たしかに死んだらなんのために決闘をするのか分からなくなるが、その時にポーションを見せて取引をすればよい、そちらの方が恩に着せることもできるだろう。
「自分の優位を信じてるんだな。だが、俺が殺すかもしれないぜ?」
「んだ。だけんど、おらはこれがあるからな。来いっ、大地の精霊たる竜王三世!」
大刀を構えて、叫ぶガイ。その声に合わせて、土がもこもこと捲れて、なにかが飛び出してきた。
「もぐーっ!」
土色の毛皮、長い爪につぶらな瞳、ヒクヒクと動くちっこいお鼻。体長20センチほどの小動物。可愛らしいモグラが姿を現す。
しっかとガイの肩にコアラよろしくしがみつくと、ランピーチたちに、仲の良さを見せつけるように鼻をヒクヒクと蠢かす。
『うわっ、可愛いよ、あのモグラ! 私も負けてられないよ!』
ライブラが竜王三世に対抗して、ランピーチの肩に抱きつくようにしがみついて、頬をスリスリと押し付けてくる。煽ることに関しては悪魔的な才能を持つライブラだ。
ランピーチは銀髪ツインテールの美少女。ガイにはちっこいモグラがそれぞれひっつく光景となった。
「は、はっ、無駄だべ。そんな挑発なんか少ししか効かねぇ。おらの竜王三世も可愛らしいべさ。それに……そろそろ真面目にやる時だぁ」
口元を引き攣らせながらも、その目は真剣そのもので、ガイは魔力を練って、魔法を発動させる。
『精霊融合』
ガイと竜王三世が融合する。目元がぐるりとパンダのように黒くなり、8本の針金のようなヒゲがピンと横に生える。
精霊と融合して、獣人へと変化したのだ。
「出たよ、最低人気の理由その1。強面の男なのに、精霊融合するとかっこ悪くなるんだ。せめて女の子なら可愛かったかもな」
『なんか、昔の漫画に出てくるこそ泥みたい。頬かむりをすると完璧じゃないかな』
「人気のない理由その2は、大地の精霊と相性が良いスキルは防御系統しか無いってことだ。なので、ひたすらタンク役をすることにより、仲間の盾となるだけだから、通好み、反対に言うとライトユーザーは攻撃をしたいから人気じゃなかったんだよ」
好き放題に言うランピーチ。だがガイは怒る様子も見せずに、コキリと首を鳴らす。
「そこはおらも同意するべさ。だが、これならどうだべ?」
『武装融合』
ガイの体から閃光が発生し、突風が巻き起こる。スクラップが砂埃のように空へと舞い上がり、その姿が変化する。
『やっぱり精霊術レベル5の術を使えるんだな』
突風から目を防ぎながら、冷静にガイを観察する。なぜライブラがガイをレベル5と解析したのか、その一端が眼前に存在した。
突風が収まり、閃光が消えたあとにはちょっと間抜けな顔となっていたガイはいなかった。
その代わりに黄金の重装鎧を着込んた男がその場には現れていた。完全に身体は分厚い装甲を持つ鎧に隠されており、目の部分もバイザーとなって水晶に覆われており隙間はない。
ただでさえ大柄なガイは今や、金属製のゴーレムのようにずんぐりむっくりと変わっており、その姿からいかなる攻撃も通じない城塞のような雰囲気を醸し出している。
「『武装融合』。装備している鎧と精霊を融合させて、精霊の属性を付与して、ステータスも上昇、精霊の固有スキルも使えるようになるんだったな」
「そのとおりだべ。この姿のおらは竜王三世の『金剛体』により物理、魔法両方へと防御力が大幅にアップしてる。もう攻撃は通じないべさ」
『精霊融合』を超える技だ。この利点は人工精霊が付与されている鎧にも融合できるという事。それによって本来は一つしか使えない精霊の固有スキルが、2つの属性の固有スキルが使えるようになり『精霊障壁』のエネルギーも大幅に上昇するところだ。もちろん倒された場合、精霊融合が解除されて、元の身体に戻るスキルも残っている。
主人公だけのチートスキル。ランピーチはもちろん持っていない。『武装融合』を使えるレベルが5なのだ。
「これでも戦うか? レベル差があり、攻撃も通じないべよ」
自身に満ちたその姿はなるほど言うだけのことはあると知っている。とにかく硬いのだ。ゲームではタンク役として、最前線に立たせたものである。
「だが、やってみないとわからないぜ? ガイの弱点は知ってるからな」
「はっ、そんなことはおらも知ってるべよ。本来の得意装備『爪』は器用度も敏捷度も低いガイはダメージが乗らねぇ。『鎚』は火力はあるけんど、器用度の低いガイはそもそも当たらねぇ」
「不人気理由その3。ガイの得意装備がバグってるところだからな。不得意武器と言っても良いくらいだ」
タンク役を意識しすぎたのか、キャラのバランスがめちゃくちゃなのがガイだった。
そのことをガイももちろん自覚していた。
「そのための『大刀』だべ。ハンマーよりも軽く、爪よりも火力があり、命中率もそこそこ。ゲームと全部同じだと思ってもらったら痛い目に遭うんだべよ」
大刀を構えて、重装戦士は笑う。
「それに現実だとこのジョブが一番だべ。なにせ傷つかないから、魔物の攻撃で痛い目に遭うことがない。安全に経験値稼ぎもできる。現実では命の危険で心が恐怖に支配されるかんな。おらたち元一般人にとっては、負傷が一番の敵だべ?」
ガイの相棒はたった一撃、深手を負った事により恐怖に支配されて探索を止めた。それはそうだ。強くなるからと命を失う可能性がある戦場に一般人が向かえるはずがない。
ガイが順調にレベルアップできたのは、ひとえにこの無敵の防御力のおかげだ。そして、火力不足も大刀と魔法でなんとかカバーできる。
「なるほどな。俺も小心者だから、その気持ちはわかるぜ。常日頃、俺も恐怖を抑え込んで、モンスターと戦ってるからな」
わかるわかると頷くランピーチは、さっきまで一撃死を恐れずにショベルティラノと戦闘してました。
ライブラが何言ってんのこの人とマジマジと見つめてくるのを無視して、ランピーチは銃を仕舞うと、緩やかに手を前に構える。
(レベル30だか、40だかは知らないが……レベル制の力がどの程度のものなのか見させてもらおう!)
ほくそ笑むランピーチに、ガイが一歩、また一歩と近付いてくる。重装甲の重みで地面に足跡が残っていく。少しずつランピーチに接近して、大刀の間合いとなる。
「素手で闘う気か? それじゃいくべさ!」
大刀を切り替えて峰の部分を向けてくると、ガイが横薙ぎに振るう。ピュンと風切音が発生し、鋭い一撃だ。その動きは足の踏み込みから、身体の動かし方、大刀への力の入れ方まで、たしかに素人ではない。しかもレベルアップによる身体能力強化もあるのだろう。その剣速はかなりのものだ。
「だが、所詮は付け焼き刃。1年じゃ覚え始めた新米ってところか」
『パリィ』
迫る大刀に、ランピーチは腰を屈めると、適当にも見える無造作な動きで腕を振るう。大刀の刀身にゆらりと振られた腕が添えられると、その軌道を変化させて、ランピーチの頭上を通り過ぎていく。
意外にも簡単に捌かれたことにより、ガイはわずかに目を見張るが、すぐに大刀を切り返し、上下左右と連撃を振るう。
レベルアップによるステータスの高さと、大刀の攻撃力。見た目にも貧弱な装備のランピーチを前に、一撃でも命中すれば倒せるだろうとガイは予想していた。
しかし、その予想は外れて、ガイは驚きで目を剥く。
「むっ!?」
ランピーチは身体を僅かにずらし、手をひらひらと振るって、その攻撃を全てさばいていった。恐るべき体術。1年やそこらでは身につかない動き。この1年訓練をしてきて、主人公の優秀なる眼力を持つガイには、ランピーチの動きが普通ではないと理解できた。
実際は体術レベル3だ。ランピーチは一流の格闘家の経験すらも身につけているだけなのだが。そして、ガイがステータスの高さを利用しても、柔よく剛を制す、まだまだ人外とはいえないためにランピーチには通じなかった。
「ま、まさか、ランピーチどんは前の世界で格闘家だったんか!?」
「あぁ、物心ついたときには空手と合気道をやっていたな」
ガイの問いかけに平然と嘘をつくランピーチ。以前の世界では、運動しないとなぁと考えるだけで、運動といったら通勤時の歩行ぐらいです。
「格闘経験者がこの世界で主人公の身体能力を得たってのか………それは既にチートだべ!」
しかし、その嘘をガイは信じた。あまりにもランピーチの動きが自然だったために。
「それじゃ、今度はこっちの番だな。俺も『精霊融合』を使わせてもらう」
振り下ろしを躱して、ランピーチは顎をしゃくり、ニヤリと笑う。
「精霊融合!」
『あいさー、がったーい』
ライブラがランピーチにしがみつくと、その身体を薄れさせる。
『体術レベル5まで取得。超能力レベル3を取得』
そうしてスキルレベルをアップさせて、その雰囲気を一流から天才にして達人たる格闘家の空気を醸し出す。
主人公っぽい演技をして、この先の展開を支配しようとする小悪党ランピーチは、傲岸不遜なる余裕の態度を見せるのであった。