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44話 スクラップのボスと小悪党

 朽ちた東京タワー内部は寒々しい感じを与えてきていた。錆びた鉄骨から劣化して垂れ下がる金属粉がまるで苔のように張り付いており、生命の存在しない世界にて、植物のようにも見えて酷く不気味だった。


「こういうのは現実準拠ならではだよな……」


 中に入ろうと鉄骨に無造作に手をついたら赤錆がべっとりと手について顔を顰める。ゲームでは、こんな細かい描写はなかった。この世界をゲーム世界だと思い込みたいランピーチは深く息を吐き、首を軽く振ると気にしないこととして、電波塔内に踏み入る。


 ライブラと軽口を叩き、おちゃらけた行動を取れるのはゲームの世界だからだ。決して現実世界ではない。そう思わないと━━━今から始まるイベントはできない。俺は小心者で臆病者だ。命をベットする気などない。だからここはゲームの世界。


『なぁんにもないように見えるねぇ』


 電波塔内はなにもないように見える。巨大な電波塔は鉄骨が組み合わさって建てられており、内部は建物などはない。がらんとして静寂が支配しており、錆びた鉄骨の合間から漏れ落ちる陽射しの下で、中心に鉄くずやコンクリート片による瓦礫の山があるだけだ。


「いや、よく見てみろ、ライブラ。『気配察知』に引っかからなくても、不自然なところがあるだろ?」


 後ろ手にふよふよと浮かぶライブラがのほほんというので、目を細めて注意する。


 『気配察知』はどうやら低レベルでは動体感知らしいと、トーストンなどのモンスターが出現する際にランピーチは気づいていたので、油断せずに瓦礫の山を指差す。


『ん〜……なにか蹲ってる?』


「あぁ、お出ましだ」


 瓦礫の山が蠢くと、ガランガランと放棄されたシャーシだけとなった放棄車両やコンクリート片が落ちていき、なにかがムクリと体を起こす。


 それは異形のショベルカーであった。タイヤの代わりに、金属の脚が2本生えており、本来のショベルの中には、捕まえた物をすり潰し捕食するローラーが垣間見える。ショベルの先端は動物の牙よりも鋭い刃であり、陽射しに照らされて、不気味なる光沢を纏っている。


 胴体は鉄板が装甲代わりにびっしりと張り付いており鱗のようだ。装甲の下にはケーブルがまるで筋肉繊維のように身体を覆っており、血の代わりにオイルが流れているのが見える。


 そして、その体躯は見上げないと全容はわからなく、全長は30メートルはあった。


『WARNING・WARNING』

『特殊個体を発見しました』

『ボス戦:ショベルティラノを撃破せよ』


 ビービーと警報音が鳴り響き、ゲームで見慣れたログが表示される。


「GYAOOOOOO!!」


 ショベルティラノのショベル脇にあるカメラアイがまるで凶暴なる生き物のように真っ赤に光り、本来なら周囲に注意を促すための機械音声が恐竜の真似をするかのように咆哮する。


 その物凄い音量は空気を震わせて、物理的な震動を与え、スクラップの残骸の山を衝撃で崩す。


 一般人ならば、その咆哮だけで震え上がり、探索者といえども心に恐怖が刻まれて、その顔が大きく歪むだろう。


 ━━だが、ランピーチは嬉しそうな顔をしていた。


 まるでその咆哮を魚が水を浴びるかのように平気な顔で、自然の恵みを堪能するかのように、清々しい表情を浮かべている。


「あぁ………安心する」


『安心? なにがさ? 気でも触れた? ボス戦だよ? 今からボス戦なんだよ?』


 ランピーチの嬉しげな声に、さしものライブラも戸惑い心配げな顔となる。これから命懸けの戦闘をするのに、なぜにランピーチが悟りを得たお坊さんのような顔となっているのかわからない。


「ログが表示される。命懸けのボス戦。スリルを感じさせる光景。━━━ゲームの世界だと安心する」


 ランピーチの心は安堵する。安心していた。


 ここはゲームの世界だと教えてくれる。


 ここはゲームの世界だと感じさせてくれる。


「俺は6周目のゲームを楽しんでいるプレイヤーなんだ。━━だから」


 ━━━これから始まる命懸けのボス戦は、ゲームキャラの命を賭けるだけ。


 ━━━自分の命を賭けるわけではない。


 ━━━痛いのは嫌だ。他人を傷つけるのも嫌だ。だがゲームの世界ならどんな事もできる。人をかばうために命を賭けることも、悪人たちを皆殺しにすることも、全てにおいて楽しむことができるのだ。


 ランピーチの表情はただ強敵と戦うプレイヤーのように嬉しげで、まるで自分を人形のように扱う神の如き超然とした心となり、爛々と瞳を輝かす。


「さぁ、ボス戦を楽しもうか」


 DG5アサルトライフルを構えて、狂気にも似た笑みを浮かべて、地面を蹴るのであった。


         ◇


 鉄の残骸が砂利のように敷き詰められた地を蹴り、ランピーチは駆ける。


『早撃ち』


 ランピーチがDG5アサルトライフルを構えたと思った瞬間には銃弾は放たれて、ショベルティラノのショベル部分に命中する。しかして、元はショベルカーの重機だ。その身体は金属の塊であり、戦車のような防御力を持っている。装甲の表面に僅かに凹みを作るだけに終わってしまう。


「ちっ、『銃熟練』で攻撃力がアップしても駄目なのかよ」


『ここは私の出番だね。ライブラアーイ!』


『ショベルティラノ:大型タイプ:レベル3』


 ライブラが解析をしてくれて、敵のレベルが表示され、そのスキルの一端がわかるようになる。


「まぁ、『大型タイプ』だとわかってはいたよ。地道に体力を削っていくか、弱点である雷魔法を使うかなんだけど……ソロだときついんだよなぁ」


 苦笑しながらランピーチはショベルティラノの周囲を走る。足元は鉄屑や錆びた鉄パイプ、ネジや鉄板と自然の砂利よりも足をとられるし、走りにくいし、滑りやすい。だが、ランピーチは一流の体術使いとして、数多の経験があるかのように、走りにくい瓦礫の広がる地面を駆けていく。


 DG5アサルトライフルを構えて、ショベルティラノを撃ちながら、銃から伝わる反動すらも、バランスを保つために利用して、平地を走るかのように速い。その動きは滑らかで、他者が見れば目を見張るだろう。


 ショベルティラノは、駆動音を立てながら、敵と認識したランピーチへとカメラアイを向けて、威嚇するようにショベルをガチガチと噛み合わせると、ガツガツと足を踏み鳴らす。


 何度も銃弾が命中するが、羽虫に集られたかのように煩わしいと言わんばかりだ。


「まったく、生き物みたいだよなぁ、どうしてあんな動きをするんだか」


『生き物に見えるのは狂いし精霊が憑依してるからさ。それよりもダメージが入ってないよ、どうするのソルジャー?』


「ダメージが入らないのは予想してたよ。地味に『精霊障壁』よりも、素の防御力が硬いほうが厄介だ」


『『精霊障壁』はシールドエネルギーが尽きるまで攻撃をすれば良いもんね。っとと、敵が構えたよ!』


「わかってる!」


 ショベルティラノが足を踏み鳴らすのを止めて、前傾姿勢となると、自身の周囲を円を描くように駆けるランピーチをターゲットにし━━。


『暴竜突進』


 足元を爆発させたかのように瓦礫を吹き飛ばし、一瞬で間合いを詰めてきた。殘骸の地面をはしり、生身の人間であるランピーチならかすっただけで確実に挽き肉になる速度と威力で。


 優秀なる肉体を持つが、人間の身体能力の範疇であるランピーチには、ショベルティラノの突進から身を躱すのは不可能だ。ショベルティラノの身体が大きすぎる。


「熱烈歓迎と感謝の言葉で返したいところだ」


『テレキネシス』


 瓦礫の山から、錆びた鉄板を数枚抜き出すと、ランピーチは突進してくるショベルティラノの前に、階段状に浮かせて、自身もショベルティラノに向かって走り出す。


「おりゃぁ」


 浮遊させた鉄板を踏み台にして、ランピーチは階段を登るように空へと駆けてゆく。そうして、ショベルティラノが迫る中で、その頭上まで駆け登るとジャンプする。


 ショベルティラノの突進により鉄板が吹き飛ばされて、ひしゃげて吹き飛ばされるが、ランピーチはショベルの首部分へと飛び乗ると、必死の形相で駆け下りていき、DG5アサルトライフルを首と胴体の付け根へと突き入れて銃口を捩じ込む。


「これでも喰らえっ!」


『ピアッサー』


 最初の一発で、防御力の半分を無効化にする特技を使い、装甲を打ち砕き、オートにすると引き金を引き続ける。


 ダダダと銃声が響き、ショベルティラノの首の付け根に無数の銃弾が入り込み、内部を破壊し火花を散らす。


「GyaGyaGyaGya」


 まるで生き物のように、ショベルティラノは苦しみ、その身体を激しく揺らし、めちゃくちゃな蛇行運転をして走る。


「ととっ」

  

 その暴走にしがみつくことができずに、ランピーチは飛び降りると、受け身を取ってゴロゴロ転がり、すぐに起き上がる。


『ナイス、ソルジャー! 今のは大打撃だよ!』


「だろ? あと4回今のを繰り返せば、やつは倒せるんだ」


 ランピーチの動きに称賛の言葉を口にするライブラへとニヤリと笑い返し、油断なく構える。


(ゲームと攻略法が一緒だな、呆れるぜ)


 ショベルティラノの攻略は単純だ。『暴竜突進』を使う際に、突進の軌道に魔法の『浮遊板』か超能力の『テレキネシス』で殘骸を足場にする。そして、突進してきたショベルティラノにタイミングを合わせて足場を登り、天辺にてジャンプして、ショベルティラノに飛び乗ると、零距離射撃で大ダメージを与えるというギミックを使用した撃破ができるのだ。


 ショベルティラノは通常なら極めてタフで、倒しにくい敵であるが、そのためしっかりと攻略方法があるのであった。ちなみにランピーチは浮遊板に乗れるようになるまで5回くらい死んだ。タイミングがシビアで、平凡な腕前のランピーチには少々厳しいギミックだったので。


「とはいえ、油断は禁物だ。首振り、振り下ろし、近距離からの体当たりに注意しないとな。それと━━」


 ショベルが口のように開くと、ショベルティラノは威嚇するようにカメラアイが赤く瞬き、大音量の咆哮が放たれる。


「GyaGyaGyaGya」


『暴竜咆哮』


 ガラスを引っ掻くような背筋がぞわぞわする気持ち悪い音が響き、身体に衝撃が奔る。


『魔法が封印されました』


 だが、膝をつくとランピーチはDG5アサルトライフルを構えて狙い撃つ。


『ピアッサー』

 

 ショベルの中に回転するローラーに銃弾が滑り込む。内部へと入り込んだ銃弾による衝撃でショベルティラノが蹌踉めき、後退る。


「他にも俺なら攻撃できるチャンスがあるんだよな」


 6回目のゲームを楽しもうと、ランピーチは狂気にして凶暴なる笑みを浮かべるのだった。


 

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