43話 再びの夢の島精霊区と小悪党
錆びた鉄の世界。棄てられし機械が丘を作り山となる森を形成する生命の存在しない『夢の島精霊区』。
ランピーチはチヒロのムシトール販売が上手くいっていることを確認した数日後、『夢の島精霊区』に再び訪れていた。
『ねぇ、ソルジャー、今日もここで家電製品稼ぎ? もう手持ちのお金がないんじゃない?』
積雪ならぬ積鉄の中をザクザクと踏みしめながら進むランピーチへと、ライブラが背中から肩に手に手を回して抱きしめて顔を覗き込んでくる。最近、ボディタッチが大胆になってきた銀髪の巫女に、少し照れながらもランピーチは頷く。
「あぁ、もう手持ちないよ。転移代を支払って、エネルギーパックに全ての手持ちを使ったから、財布は空だ」
残り30万エレほどあったのだが、思うところがあって全て使い切ったランピーチである。
『全部お金を使っちゃうなんて、一か八かランピーチかを選択したの?』
うまいことをいうサポートキャラである。この人工精霊は無駄に高性能だ。
「ランピーチを選択するとどうなるんだ?」
『もれなく可愛いサポート人工精霊がついてきまーす』
えへへと笑い、スリスリと頬ずりしてくる子猫のように甘える美少女巫女に、その柔らかい肌と温もり、そして美少女に懐かれているという喜びから、デヘヘと頬を緩ませるランピーチ。この世界に来てよかったと初めて思い感動する。主人公たちとは違い、感動するイベントもしょうもない男であった。
問題は、ライブラはランピーチにしか見えないというところなので、他者から見たら歩きながらいきなり照れたり、鼻を伸ばしたりと、不審人物ここに有りと思われることだろうか。地上街区なら職質を受けてからの病院送りになる可能性もあるだろう。
だが、ランピーチもここは危険なダンジョンだとの自覚はある。すぐに真面目な顔になり気を取り直す。美少女に頬ずりされている間に不意打ちを受けて死亡とか、これほど情けない死に方もないだろうし。
「本当は地味に稼いで『夢の島精霊区』を攻略するつもりだったが、そうもいかなくなった。少し気になることがあったからな」
『気になること? あのガイという存在?』
「あぁ、だから、氷飴でもう一度金策を考えたのに止めたんだ」
えっちらおっちらと丘を登りながら、険しい目をして答える。理由はガイの存在だ。あいつは明らかに憑依者であり、憑依者ならではの攻略知識を持っているように見えた。言動から推察するに、もう一人憑依者がいそうでもある。
となると、隠しアイテムや金策や素材稼ぎの方法を知っている可能性が高い。春頃からのスタートならば、ランピーチよりも先にそれらの美味しいイベントを攻略している可能性が高い。
この『夢の島精霊区』も隠しイベントがあるのだ。それを攻略されたら、とても痛い。なので、作戦を変えたのだが………。
「でも、違和感があるんだよなぁ」
『違和感? どんな違和感?』
「秘密だ」
興味津々の巫女は、教えてよと後ろから胸を押し付けてぎゅうぎゅうと抱きしめて来るが、とても嬉しいが耐え抜く。
(あからさまな違和感。なんでレベル5なのに、場末の探索者ギルドを彷徨くんだ? チヒロを探していたならわかるけど。それに………装備がしょぼかった。レベル5なら精霊鎧を着て、見かけは立派になっているのが普通なのにだ)
ガイの姿格好から推察するに、まだ序盤の装備に見える。わざと序盤装備にして、油断を誘う可能性もあるが、ここは死んだら蘇生不可でゲームオーバーなのだ。探索者ギルドなどという物騒なところに、油断をさせるためだけに弱い装備をして、自身の実力を誤魔化そうとするだろうか? 俺なら絶対にそんなことはしない。
とすると、答えは一つ。1年経過してもストーリーはまったく進んでいないということだ。これはランピーチにとってはとても助かる。ランピーチ難易度は常に敵は強敵で、小悪党を殺そうとしてくるイベント満載だからだ。
(ドライも初期装備だったしなぁ。金策は予想以上に大変なのかもな)
安全マージンを取りながら行動すると、これくらいの進行度になるのかも。そちらの方が俺は助かるけどさ。
「このダンジョンが攻略されているかで、状況が少しはわかるだろうよ。試金石としようじゃないか。ライブラ、一気に奥地に進むからサポートしてくれ」
現実準拠となった今はダンジョンもゲーム時などとは比べ物にならない広さへと変わっている、いくつか特徴的なオブジェクトはあるので、なんとなくわかるといった風で進むしか無いのだ。
ランピーチが指差す先には半ばから折れた巨大な電波塔。錆びてボロボロだが、ゲームでもわかりやすいオブジェクトだった。
『ふふふ、了解! 遂に私を頼りにする時が来たんだね。ライブラなーび!』
調子にのるランピーチは巫女服を翻して、空を飛んで丘を降りていく。バビュンと風を切って突進していき、その目立つ銀髪ツインテールを尻尾のように振りながら。
ライブラの行く先にいる魔物たちが、ピクリと反応する。ストーブンが空を飛び、トーストンが短い足をちょこまかと動かし、電子レン人が槍を構え、魔物たちはライブラに群がっていく。
「はぁ〜、ウルトライブラドリフト〜。ウルトライブラアウトコーナー!」
わらわらと集まってくる魔物に、ライブラは曲線を描き蛇行しながら突き進む。しかし、華麗に躱せるかというと、悲しきステータスオール3。飛行速度は質量がないためにそこそこ速いが器用でないので、すぐに敵に回り込まれる。
あっさりとライブラはモンスターの攻撃にあい、消えてしまう。そして、3秒後━━━。
「ふっかーつ!」
再びライブラが空から現れると飛んでいく。ライブラの復活速度も3揃いなのだ。しかも聞いたところ、『こーゆー時は痛覚を無効にしているから大丈夫なのさ』との答えであった。
「泣けるほどの献身っぷりに見える不思議」
屈んでランピーチはスクラップの残骸の影をこっそりと黒い虫のようにカサカサと進む。昨日の反省点を考えたところ━━━。
「やつらは『仲間呼び』スキルを持っている。ゲームと違い、スキルを使用しているログが表示されないだけで使用しているんだろう」
ひどく真面目に答えを出したのである。ボケていない。銃声が原因だとはまったく考慮しないがための答えであった。
なので、最善は敵に見つからずに進むことだ。そう結論づけるランピーチであった。
だが、その方法は結論は違っても、行動自体は問題はなかった。モンスターたちはライブラを見つけて襲い掛かり、あっという間に倒す。その横をコソコソとランピーチは進めたのだ。
時折、敵に見つかり銃で撃ち倒すが、その後にライブラが飛んでいく。銃声を聞いて集まってくるモンスターたちは、しかしライブラを見つけて、銃声の元はこの人間だと誤解して、追いかけて倒すのだ。そして、倒し終わったら満足して元の縄張りに戻っていく。
そうして、ランピーチは追加の敵を倒す必要がなくなり、昨日と違いあっさりとダンジョンを進めるようになったのである。
━━━これはランピーチにとっては画期的なサポートであった。爆発魔法は別として、通常の魔法や剣技などはほとんど音がない。人間の叫び声もそこまでは響かない。周囲に響くのは銃声だ。
探索者はそのことを知っているので、銃を使う際は多人数パーティーで多くの魔物を狩るときしか使わない。
即ち、強力ではあるが、通常の探索には使わない武器。それが銃なのである。ランピーチはその点には気づかない。ゲームでは普通に敵も銃を使ったからだ。
ただし、敵が人間の場合、銃を使う際は要塞や拠点などモンスターが出ない場所に限るが、そういうシチュエーションが多かったので、そこまで細かい設定があるとはまったく思いつかなかった。ゲームでもそのような裏設定はあっても、銃声で敵が集まる仕様にはなっていなかったからである。
なので、探索者ギルドでは、こいつなんで銃を買うの? ソロじゃないのかと周りが訝しげに思ったのはナイショである。
ライブラもランピーチがまったくそのことに気づかないことに気づいていたので、モンスターだけに見えるように自身の姿の調整して、あんまりにも敵が多い時や先にさっさと進んでほしい時は、銃声と共に飛んでいくことにしたのだった。
ちなみにランピーチにそのことを教えるつもりはない。イベント盛りだくさん、面白いこと大好きな小悪魔巫女はサポートキャラらしく、聞かれない限り教えるつもりはないのであった。ニヒヒと、可愛いデビルスマイルを見せるだけである。
そうして、サポートキャラの特性をフルに活用して、その恩恵が想像以上であることに気づかずに、ランピーチは順調に進み、数時間後━━━。
「おっしゃ! 精霊石の採掘場所についたぞ!」
朽ちた電波塔の麓に辿り着いて、喜びの声をあげる。眼の前にはスクラップの残骸が山となっている中で、水晶が不自然に鍾乳洞の積もった岩石のように突き出している。
『内包する光の弱さから、低品質の精霊石だね。あんまりお金にはならないと思うよ』
精霊石の価値は内包するエネルギーにより変わる。低品質の精霊石は1キロ数千エレ。安いのだ。
「まぁ、最低ランクのダンジョンだからな。それでもこれだけあれば金になるだろ」
それはランピーチもわかっている。だが、眼の前にあるのは数百キロはある。
「ボスを倒す前に、金策もしておかないとな。ライブラも手伝ってくれないか?」
『ザンネン、私は箸より重いものは持てないのさ』
オール3のライブラだ。迷いもせずに答えてくる。
「予想通りの回答ありがとうよ。仕方ない、自分で採掘するかぁ。それでも金を掘ると考えるとなんか楽しいよな」
嘆息混じりに、マトックを取り出すと振り下ろし、カチンと砕く。ガッシャンガッシャンと砕いていき、ポイポイと亜空間ポーチへと放り込む。その採掘音は心地良い音で、心がなんだかウキウキとしてくる。
札束を採掘すると考えると楽しい。現実ではやったことないよなと、ゴールドラッシュ時代の人間はこんな気持ちだったのかなぁと、ウヒヒと小悪党スマイルで集めていく。ライブラが暇そうにランピーチの採掘を眺めて、残骸をつついたり、放棄された車両を覗き込んだり、モグラを見つけて鼻を撫でたりと、まったく手伝う様子を見せないで、さらに数時間後━━。
「よ、よし……これで全部だ」
汗だくとなり、ぐったりとして疲労マックスのランピーチは肩で息を切りながらも全ての精霊石を採掘したのだ。
『大丈夫、ソルジャー? 少し休む?』
「……いや、予想通りなら、この奥のボスは倒せるはずだ。行くぞ、ライブラ!」
『アイサー、お前さん、火打ち石でカチカチ〜』
心配げなライブラに、手を振って休むことを拒絶すると、銃を構えて歩き始める。ライブラはそれを見て、夫を送り出す奥さんのように火打ち石を持っているかのように手を叩く。
朽ちた電波塔の壊れた扉を潜り抜けて、ランピーチはライブラと共に中へと侵入するのであった。