42話 ガイと小悪党
地上街区の雑踏の中を、ガイは歩いていた。まだ外縁に近いだけあって、歩く人々も服装からして魔力が付与されておらず、裕福そうには見えないが、それでも新品でありスラム街よりは遥かにマシだ。
ただ、スラム街に近く、探索者であっても人相が悪く、金に困った者たちが出歩いているため、その光景は酷く物騒だ。革鎧や防弾チョッキを着ているのは当たり前だし、腰には剣や銃を下げている。
その中でも大柄な体躯のガイは歩くだけで目立っており、荒くれ者の探索者たちでも横にそれて絡まれないようにしていた。
そうしてガイはバラックや今にも壊れそうな建物が軒を並べ、場末の飲み屋が建ち並び、安いが色々と危険な娼館が開いている区画に到着する。積雪の中でも賑やかで、多くの探索者や荒くれ者たちがいる中で、のそのそと歩いて一軒の娼館の前に立つ。
「あら、ガイじゃない。久しぶりね、今日はどうするの?」
と、店の受付口に座っていた化粧を必要以上にしてけばけばしい中年女性が笑顔でガイを迎える。常連客に対する馴れ馴れしさを見せる中年女性に、ガリガリと頭をかくとガイは赤面しつついつもの台詞を口にする。
「えへへ、おらのお気に入りをよろしくだべ。酒とかは適当にたのまぁ」
「ありがとうございます、いつもの子ですね、ご案内しますので、どうぞこちらへ」
金払いの良い客に対する愛想の良さと、田舎者を金蔓にする狡猾そうな光りを瞳に宿すと、中年女性は店の奥へと案内をする。
一階は酒場兼女性を買う場所となっており、タバコの煙が漂い、耳を塞ぐような煩い音楽が鳴り響き、客が馬鹿みたいに笑い、女性の嬌声にも似た色っぽい声が聞こえてくる。
そのような賑やかな酒場の中を、ガイは大柄な体躯であるのに、肩を縮こませて赤面しながら下を向いて歩く。
「申し訳ありません、一階はどうしても騒がしくて」
申し訳無さそうな口で頭を下げる中年女性だが、ガイはワタワタと手を振って慌てる。
「いや、おらもここに少しは慣れてきたべ。ほら、堂々と歩けるし」
わざとらしく肩をいからせて、ガイは勝手知ったる家とばかりに奥へと歩く。その純朴そうな田舎者に、中年女性は微かに蔑みの目となりあとに続く。
「ほ、ほんじゃ、め、飯を食うから、その間は一人にしてくれねえか?」
「はい、いつものとおりですね、かしこまりました」
部屋につくと、ガイが椅子に座って、この店に来てから繰り返している同じ会話をする。中年女性も頭を下げると素直に部屋を出ていき、テーブルには酒と料理だけが残る。
ガイはそうして辺りを見渡して、誰もいないことを確認すると、ポケットからスマホを取り出して、手慣れた様子でタッチする。ただのスマホではない。魔法付与された通信可能のスマホだ。
「もしもし、こちらはガイだべ。目的の少女見つけたべ」
『あぁ、デュフッ。ムシトール娘を見つけたか? 結構時間かかったようですが、どこをぶらついてたんだ? 相変わらずのろまな男だ、まったく』
スマホから、ニチャァとしたバカにするような笑い声と不健康そうなくぐもった声が聞こえてきて、その声を聞けば初対面の者は機嫌を悪くするか、下手したら通信にブロックをかけるかもしれない。
だが、朴訥を絵にかいたようなガイは気持ち悪いとも思わずに、先程の出来事を事細かに説明する。
その様子を見た者は、その理路整然としたわかりやすい話の仕方と、ガイの朴訥とした話し下手に見える姿との差異に意外に思うだろう。
だが、この部屋にはガイしかおらず、話し相手は話を聞いて、ふんふんと相槌を返すだけだった。
「で、おらは外縁の最後のギルドに向かったらムシトールを売る少女にあったんだべさ。いや〜、美少女でおらびっくりたまげた」
『お前の感想など誰も聞いてねえよ。で、その少女からムシトールを買えなかったって? 役立たずめ! なんでそれくらいの仕事をできねぇんだ。あぁん?』
「そ、そたらこと言われても、そもそも99個も残ってなかったべさ。買うことなんざできなかっただぁ」
怒りの声に、アワアワと慌てるガイ。情けない声がスマホを通じて相手に伝わり、さらに苛立ちを増す。
『………くそっ、現実だとそうなるのか。一つの季節を丸ごとムシトールを買うだけの行動にすると、ムシトール娘が隠しダンジョンを教えてくれるはずだったのに。その隠しダンジョンをクリアすれば、すんごい拠点が手に入ったんだぞ。ゲームの中でも最大ランクの広さと階層を持って、地上街区とは大通りでつながってるし、未開地区にも大通りが通っている絶好の拠点がよ!』
「おらが見ても可愛かっただ。ありゃ男なら放っておかないべよ、ムシトールの数個なんかでお近づきになれるなら、イベント関係なくおらも買うべ」
忌々しいと呟く相手に、のほほんとした声でうへへと笑い返すガイ。その脳みその足りない頭の悪い回答に相手はますますヒートアップする。
ランピーチがその会話を聞けば驚くし、悔しがるだろう。攻略サイトにすら載っていなかった隠されしムシトール娘のイベントをガイの通信相手は知っていたのだから。
『………仕方ない。隠しダンジョンは諦めて、他のイベントを探すか。で、その時に不自然にムシトールを買う奴とか、そばに主人公キャラがいなかったか?』
「いたべ、氷のドライがテーブルに座ってのんびりと軽食食べてただよ」
『そうか、いなかったか。まぁ、このメガロポリスで主人公キャラを探す━━━いただとぉ! しかもドライたん? あの合法ロリの? もちろん誘ってきたんだろうな? どうだ、憑依者っぽかったか? アホそうか? ぼ、ぼきゅの女になりそうか?』
ハァハァと気持ち悪い息を通信してくる相手に、ガイは煩わしい顔に一瞬なるが、すぐにのんびりとした声となり、相手の気持ち悪さも気にしないかのように返答する。
「見たところ、憑依者じゃねえべ。たまたまそこにいただけだよぉ。それに貧乏そうだったぁ。どう見ても攻略法を知っているようには見えなかっただよ。おらたちと同じように春に憑依したなら、初期のパーカー装備だけっつーのはありえねぇ。きっとゲーム通りにアホなんだぁ」
憑依者ならば金策の一つや二つは知っているはずであり、金に困るなどあり得ない。しかも、あの場末の探索者ギルドにいたということは━━。
「きっとランクも星1が良いところだべ。俺らみたいに星3どころか、たぶん星2にもなっていなかったべよ」
ガイは自分の探索者カードを取り出してくるりと回転させる。カードの表面には黄金の星が3個掘られており、中堅の探索者だということを示していた。
『お前だって、ぼ、ぼきゅの手伝いがなければ星2にもなれなかったろうが。この木偶の坊が! 金も渡し、魔導学園の訓練方法も教えたから、たった1年で金に困らない裕福な暮らしができてるんだろうが! それとも、寂れた寒村で野垂れ死ねばよかったか? よかったか?』
「そんなことねえべ。貴方様がいなけりゃ、おらは上京しても貧乏だったぁ。ぜ~んぶ貴方様のお陰ですだ」
ガイはゲーム通りに春にこの街に上京した。だが右も左もわからずに戸惑って、日雇い派遣に従事しているところを夏に通信相手と接触できたのである。九死に一生を得たとまではいかないが、たしかに恩人には間違いなかった。
『そうだろう、そうだろう? ぼきゅはすごいんだ、お前たちのようなライトユーザーとは違う。このゲームの攻略方法を網羅してるんだよ。あ、あの盗っ人バカアホ女とは違うんだ。ひ、人をおだてて、あ、アイテムボックスのイベントを教えたら捨てやがって! ふふふふ、絶対に復讐してやる! 追放された主人公がどんな復讐をするか、成り上がるのか見せてやる!』
ガイの言葉に自尊心を満足させたかと思うと、恨めしい声になる。何度も聞いている話だ。
『ドライたんがアホなのは良いことだ。女はアホが一番。きっと貧困から救って、訓練方法を教えて、良い装備やうまい飯を与えりゃ、ぼきゅにベタ惚れだ。うへへ、ここは現実だかんな、年齢制限なんかないんだ』
人として最低の台詞を吐く通信相手に、ガイは流石にげんなりとするが、それでも媚びるようにのんびりとした声で相手が望んでいないだろう言葉を伝える。
「言いにくいんだべが、ドライは傭兵雇ってただぁ。氷雪の腕輪も手に入れてたし、疑り深かっただぁ。多分おらは警戒されたから、まず勧誘は無理だぁ、傭兵にも邪魔されたしなぁ」
あれだけ乱暴な勧誘の仕方なら確実に相手から警戒される。そのことは言わずに残念そうにガイは言う。
『なっ! なにやってんだよ、テメーは! 傭兵はボコボコにしたのか? それでこっちの力を見せれば靡くかもしれないだろ?』
「………傭兵が結構強かっただぁ。ゲームでは平凡な戦闘スキルだったけんど、現実になると手強いべさ。多分3人くらいが敵になると、おら死ぬべさ」
『くそっ、くそっ、くそったれ! また現実かよ! ゲームの世界ならゲームらしくステータスボードとか出せよ、なんで鍛えないといけないんだよ、どうして敵はつえーんだよ! ぼきゅを殺そうとしてくるなんてふざけてやがる! 魔物を倒すのが大変すぎるだろ!』
「ま、まぁ、当然だべさ。金とって傭兵やってるんだがら、本当は強かっただよ。貴方様がも少し魔物を倒して鍛えれば、二人なら敵が何人いても勝てるかも」
『フザケンナッ! ぼ、ぼきゅはゼッテー探索しねー。もっと強くなって、ドンドン強くなって、敵からのダメージが入らなくなったら考える。そのためにもお前が頑張って、金やアイテムを集めてくるんだよ!』
罵り声で怒鳴る相手は、ガイが出会った夏は普通に探索者をやっていた。だがあるダンジョンで死にかけてから、怯えて探索を止めたのだ。
以来、通信相手はガイに命令をするだけで、探索には出なかった。どれくらい強くなったら外に探索に向かうつもりなのかは不明だ。
『はぁ〜はぁ〜、くそったれ。……仕方ねぇ、それじゃ次のイベントを攻略しろ』
「へぇ、どこをでしょうか?」
「『夢の島精霊区』だ。あそこのイベントをクリアしとけ」
「了解しましただよ」
『失敗は許さねーかんな! お前なら倒せるはずだからな━━━それで奥にあるレアアイテムを手に入れてこい!』
「ヘイ、貴方様の言う事に間違いはないべさ」
『だろう? 今度失敗したら切り捨てることも考えるかんな、心に刻んでおけよ!』
そうして、静かになり、薄い壁向こうから女の嬌声が聞こえてくる中で、ガイはスマホを机に放り投げると、大きく欠伸をしてつまらなそうな顔となる。
「おらとか、だべとか使えば朴訥だと思ってくれるとは、馬鹿ばかりで助かる。だが、こいつもそろそろウザくなってきたな。金に困らなくなってきたし、切り捨てる頃合いか………」
その顔は朴訥とは程遠く、歪んだ笑みを浮かべている。
「ゲームの中に入ったと聞いた時は戸惑ったし帰りたかったが……前の世界よりも文明は上で、しかも強さが物を言い金に困らない生活ができるとなると話は変わる。くくっ、前の世界では万札を気楽に使うことなどできなかったべ」
コンコンとノックがして、ほとんど裸のような女性が入ってくる。
「しつれーしまーす。ガイさん、今日も男前〜。探索の帰り?」
「そ、そうだべ。け、結構稼げたんだぁ」
先程の歪んだ顔はどこにもなく、そこにはいつまでたっても娼館になれない田舎者の素朴な素直な男がいた。
「わぁっ、さすがは星3の探索者ね。凄いわ〜、それじゃ今日は泊まってくれるのぉ〜?」
「えあ、も、もちろんだべ」
赤面するガイに女性は嬉しそうに抱きつく。
「ねぇ~、今日もサービスするから、そろそろ私の身請けを考えてね? 私は良い奥さんになれると思うの」
「や、よ、ヨメ! 考えておくだぁ、おらにヨメかぁ」
「ありがとう〜ガイ。愛してるわぁ」
満面の笑顔となる娼婦。まだまだ若く、将来有望な探索者を絶対に手に入れようと、今日も店の営業を超えたサービスをするのであった、
ガイが微かに冷徹なる笑みを見せていることに気づかずに━━。