41話 二人目の主人公と小悪党
探索者ギルドの空気が一気にピリピリとした空気に変わる。
昨日現れた小悪党ランピーチが、今日現れた理由のわからない言動を繰り返すガイと、一触即発となったからだ。
ゴクリとつばを呑み込み、探索者たちはアイコンタクトにて意思を伝え合うと強く頷く。
(ランピーチに一万エレ)
(俺はガイとかいうやつに五千だ)
(迷うが、ここはランピーチだな。八千エレ!)
落ちぶれた探索者たちは、すぐに賭けを始める事ができるほどに手慣れているのだった。ギルド内での喧嘩を取り仕切る胴元は受付で、睨み合うランピーチとガイを前に、次々とお金が積み重なっていくのであった。さすがは最底辺の探索者ギルドといえよう。
お互いに上背のある二人だが、ガイの背丈は2メートルを超える上に、筋肉の鎧により威圧感がある。ランピーチは180センチを超える背丈だが、その身体つきは痩せている。ぶつかり合えば、普通ならばランピーチが負けるだろう。
だが、探索者たちはランピーチの強さを知っている。ガイよりも背丈は劣るが、筋肉では負けていない探索者はいたのに、ランピーチはあっさりと倒したのだから。
「おめぇ、おらと喧嘩するってか? やめておいたほうがいいぞ、おらはつえーかんな。そこら辺の雑魚傭兵じゃ相手になんねーぞ」
指をボキボキと鳴らして、威圧的なガイ。その顔には侮蔑と嘲笑が浮かんでいる。
「はん、俺をただの傭兵だと思ってもらったら困るぜ? それに少女拉致犯を許すわけにはいかねーだろ」
(ふ~ん、傭兵ねぇ。俺が傭兵だと思う。そしてドライを知っている。スラム街の目立たないドライを知る理由もないのに。会ったことはないのに知っている? こいつ俺と同じ憑依者なんだろうなぁ)
ガイの言動はいちいち引っかかる。憑依者ならガイが同じ憑依者だとわかるような行動だ。『パウダーオブエレメント』では、主人公は四人パーティーで行動する。仲間は他の主人公やイベントで仲間となるステータスの高いメンバーたち。
そして、仲間を集めるのが面倒くさいというプレイヤーには、探索者ギルドで傭兵を雇うという選択肢がある。このゲームは蘇生魔法が貴重なために、一度仲間が死ぬと復活させることが難しくロストしてしまうことも多いので、その救済措置でもある。
欠点は傭兵は金がかかること。ステータスが低いこと、スキルも平凡なスキルで、いないよりは役には立つ程度であることだ。
そのことをガイは知っているぽい。たぶんドライはお手軽な傭兵を集めたと思っているのだ。
具体的に言うと、貧相な装備しかしていないひょろりとして、目つきも悪い小悪党顔のランピーチとか。
こいつ、あからさまに隠す気なく、憑依者だとアピールしている。馬鹿なのだろうか?
「はん、おらに敵うと思ってたら大間違いだぞ? これでもこの1年鍛えてきたかんな」
自分の言動を気にせずに、自信ありげにボクサースタイルで、ガイは拳を持ち上げる。腕の筋肉が膨れ上がり、余裕の笑みでこちらを睨みつけてくる。
「1年ねぇ………短い時間だと思うのは俺だけかね? 普通は数十年とか鍛えて威張るんじゃないかね?」
「はん、おらの成長率はおめぇのような雑魚とは違うんだべ」
主人公補正というやつなのだろう。たしかにドライもたった1年で強くなったらしいのだから、その成長率の異常さには納得できる。ちょっと鍛えるだけでパワーアップできるのだろう。
ペラペラと話すガイに呆れつつも、ライブラに思念を送る。
『こいつのレベルを見てくれないか?』
『あいさー、かいせーき!』
ライブラがピシリと敬礼して、ガイを解析する。
『ガイ:レベル5』
だが、想定よりも遥かに高いレベルにランピーチは息を呑む。
(レベル5!? こいつ、レベル高すぎだろ。憑依者なら効率的な経験値稼ぎをすることが━━━ん?)
驚愕のレベルだ。5レベルといえば、中盤の終わりに近い。だが少し引っかかる。いくら成長率が高くてもそこまでレベルを上げられるのだろうか?
大地のガイ。七人の主人公の一人。元は農夫で畑仕事中に土の精霊と出会い、上京して探索者となる。
━━━そして、プレイヤー間では最低人気の男でもあるのだが。
『ライブラ、こいつは『宇宙図書館』にアクセスしてるのか? 人類強化支援システムを使っているのか?』
疑問を思念にすると、ライブラは首を横に振る。
『ううん。『宇宙図書館』にアクセスできているのは、ソルジャーだけだよ』
『それなのに1年にも満たないのにレベル5かよ。チートな奴め!』
レベル5といえば、『天才』が『達人』となった人外へと足を踏み入れているレベルだ。ドライもそうだが、主人公キャラはズルいと思います。
『ソルジャーが言えることじゃないと思うけど?』
ジト目となったライブラに、へッと笑い飛ばす。だが、レベル5の力を実際に見れるチャンスだ。
『俺は良いんだよ。だが、レベル5の力を試す良い機会か』
ランピーチも構えを取ってやる気を示す。その様子にガイはニヤニヤと嗤う。力に溺れた主人公になっている模様。
(こいつ、設定では素朴な農夫だったのになぁ。憑依されたことを哀れに思うぜ)
主人公設定と違いすぎるガイに、小さくため息をつく。
「仕方ねぇ。おらの力を見せてやるべ、ヨワオ!」
肩がピクリと動くと、力を込めたジャブをガイが放ってくる。狙いはランピーチの顔面だ。容赦がない。
『看破』
だが、看破スキルにて敵の動きを正確に見切り、クイと首を傾ける。スウェーにてガイのジャブを躱すと、最小限の動きにて拳を繰り出しカウンターにて、ジャブを反対に顔面に喰らわす。
「ぬおっ? こいつ!」
油断していたのだろう。叩かれた顔をのけ反らし、カウンターに驚くガイだが、すぐにジャブを繰り出す。カウンターの一発程度ではたいしたダメージを負ってはおらず、反対にランピーチの拳が岩でも殴ったかのように痺れる。
「硬いな、お前!」
「おらの硬さは無敵だべ!」
ガイの得意げな顔に舌打ちして、腕を交差させるランピーチ。
『ガード』
さらなる防御スキルを使い、ガイのジャブの猛打を防ぐ。ガードは敵の攻撃ダメージを半減させるために、素手での攻撃はほとんど効かない。━━━はずなのだが、ランピーチはじわじわと後ろに押されていく。
「なんつー、馬鹿力だ。鍛えすぎだろ」
「おら、毎日鍛えてんかんな! オラオラ、降参するなら今のうちだべ」
ストレートにも近い威力のジャブに、腕がしびれてきて、痛みが奔りランピーチは顔を歪める。
『HP:32』
『これだけ痛いのに、ダメージは負ってないとか!』
『大丈夫、ソルジャーの身体は数値上は無傷さ。だから何発受けてもびくともしていないよ』
『負けそうなこの姿を見て、よくそんなことを言えるね? 手も足も出ないんだけど』
ガイのジャブは終わることなく、その息が切れる様子もない。とんでもないスタミナだ。ガスガスと骨まで響くジャブ。ガードが解かれた瞬間にストレートをぶちかまそうとガイは虎視眈々と狙っている。
周りから見ても、手も足も出ずに殴り倒されそうな光景であり、昨日ランピーチに殴られた男たちはランピーチやられちまえと、期待のこもった顔となる。
だが、ライブラだけは違った。ニヤニヤと笑って、ランピーチの顔を覗き込む。
『最初の一発は躱せたでしょ? なんで体術を使わないのかなぁ〜?』
『よく分かるな。少し気になることがあるんだよ』
その眼力に目をそらして、ランピーチは攻撃を防ぎ続け、ガイの足捌き、ジャブに対する力の加え方を冷静な目つきで観察する。バタバタなのだ。足運びはめちゃくちゃ、ジャブも単なる力任せ。
「ピーチお兄ちゃん、ドライの助けいる?」
「だ、大丈夫だ。この程度なら楽勝だぜ。助けられるお姫様は椅子に座って、ゆっくりと待ってろって」
ドライもランピーチが不利だとみて、椅子から立ち上がろうとし、ランピーチはガイの攻撃を防ぎながら、声を振り絞る。その姿はどう見ても痩せ我慢して、敵に負けそうなのを誤魔化す男にしか見えない。
『アハハ、ブハハハ、ソルジャー、笑わせないで!』
気障すぎるセリフに笑い転げる巫女少女。ドライは少しだけ頬を赤くして、ちょこんと椅子に座り直す。ランピーチも黒歴史を作り出し赤面する。
「うははは、痩せ我慢だべ。おらの必殺ストレートが炸裂する前に降参するべ! おら効率的に身体を鍛えてきたからな!」
チラチラとドライを見ながら、ガイが勝利を確信して嗤う。
「効率的に鍛えると、そんなに強くなれるなら、俺にも教えてくれよ?」
「それはだぁ、おめぇなんざには無理だぁ。なにせ魔導学園の訓練法だかんなぁ!」
ランピーチの腕が下がって、小悪党の顔が覗く。その隙を逃さずに右腕に力を込めて、ガイが全力のストレートを放つ。
ついに決まるかと、皆が注視しする中で、ランピーチもその大振りを見逃さなかった。素早く右足を大きく踏み込み、ストレートを繰り出す。
「おおっ!」
皆が歓声をあげる中で、ランピーチとガイの頬にはお互いの拳がめり込んでいた。クロスカウンターにて、お互いの腕が交差して、ボクシング映画でも見ているかのような奇跡的なクロスカウンターを見せていた。
「お、おらが……ば、馬鹿な」
「く、くそ、喰らっちまったか」
奥歯が欠ける威力を受けて、お互いに腰から床に倒れ込む。硬かったガイでもかなりの威力だったらしく鼻血を垂らしている。まさかの一撃にガイは呆然として鼻血を拭うこともしない。
「おら見たか。ガイとか言ったな、お前のま、負けだ…さっさと立ち去れ」
どう見ても足に来ているランピーチだが、それでも立ち上がり子鹿のように足を震わせて、ガイへと指を突きつける。
「はぁ……たいしたダメージじゃねぇけんど、傭兵もそこそこつえーんだな。そりゃ傭兵やってるんだ、当たり前だべ。現実は色々と違うんだなぁ。あいつに報告するべ」
まったくダメージを負っていないかのように平気な顔で立ち上がると、よほどのショックだったのか、ガイはブツブツつぶやいてギルドから出ていくのであった。
「ピーチお兄ちゃんかっこいい! ドライはお姫様だからほっぺにチューする。チュー」
「遠慮しとくよ、でもなかなか面白かったな」
助けてくれて嬉しいドライが頬を尖らせてランピーチにしがみつくのを、手で押さえつつ、ガイが出ていったドアを見てポツリと呟く。
『面白かった? どうして?』
『ライブラ教えてやる。あからさまに馬鹿な男は要注意。しかもドライに聞かれるようにペラペラと情報を話すやつは特にな』
乱れた髪を押さえつつライブラへと返答して薄く嗤う。
『あいつ、スプーンを防いだ時と喧嘩をしている時の動きが全然違ったんだ』
『あぁ、たしかにスプーンを防いだ時は体術を学んでいるように見えたよね』
『だろ? でも、喧嘩の時は喧嘩慣れした素人に見せていた。さて、どういう意味が込められているか、少し興味深い』
ランピーチは肩をすくめて、震える足を元に戻す。不思議なことにボロボロに見えたのに、今は平然としている。
「ヘッヘッヘ、あんまり強くないじゃねぇか、ランピーチさんよぉ」
昨日の奴らがランピーチが予想外に弱いようだと、過大評価していたかと、ニヤニヤと笑いながら集まってきて仕返しをしようとして━━━。
数分後、このギルドでムシトールを定期的に買う客が増えたのだった。