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40話 ムシトールと小悪党

 探索者ギルドは公平性を大事にしている。探索者たちの争いは許さないし、詐欺のような契約を行った者には罰を与える。その監視員たちの厳しい監視により、探索者は礼儀正しく、規則を守る優等生なのである。


 それはたとえボロボロの建物で、末端のしがないギルド支部でも同じことだ。


 なので、優等生の探索者たちは行列を作り、探索者ギルドに訪れた訪問販売から買い物をしていた。


「ムシトール、ムシトールはいりませんか?」


「へへ、10個ください」


「ありがとうございます、500エレとなります」


「俺も10個ください」


「ありがとうございます。500エレとなります」


 チヒロがニコリと優しい微笑みを返し包みにいれたムシトールを渡すと、探索者はヘヘヘと頭をかいて、お金を払い行列から離れる。


「ア〜、コンナニスバラシイムシトールガアレバ、モウアンミンマチガイナシダナー」


「ホントウダ、キョウハコウウンダッタナー」


 ブリキ人形のようなカクカクとした動きで、棒読みのセリフを口にして、チラチラとある場所をチラ見して卓につく。


 ムシトールは安く、簡単に手に入る物だ。ホテルでも使われており、一般人も使用して害虫を退治するための有名なアイテムである。


 だが簡単に手に入り、安いからと必ず使うかというとそうでもなく、格安のうらぶれた宿屋などでは使わないこともあるので、探索者自身が宿泊する部屋に使うこともたびたびあるし、精霊区で野宿する際は必ず使う。探索者たちには必須のアイテムだといえよう。


 なので、必須だからこそ突然探索者ギルドに販売訪問をしに来た少女からムシトールを買うことは自然であり、幸運だった。幸運だったのだ。


 少女と一緒に来たランピーチが隅っこの卓について、ギロリと睨んで来ているのとは、まったく関係ない。関係ないが、昨日ランピーチに殴られた探索者たちは全員買っていた。


「あの、私はスラム街にあるランピーチマンションでお店をしていますので、是非来てください。どこよりも安い電化製品がありますので、一度見に来てください!」


「モチロンデサー」


「アシタ、イヤ、キョウミニイコウカナー」


 愛想よくチヒロが微笑むと、こくこくと機械的に頷く探索者たちであった。


(よし、探索者相手ならスラム街の人間も襲わないわ。少しでも売れれば、噂話が広がって他の探索者たちも来るようになるわ。た、たぶん?)


 チヒロは手応えを感じて顔を綻ばせ、手をぐっと握る。


 なぜか素直な探索者たちに、多少疑問に思うが、美少女がお願いしているからよねと、気にすることを止める。まさかランピーチが痛めつけたなどとは、そこまでランピーチが強いとは思っていないチヒロは、そこまで想像はできなかったのである。


 貧乏探索者たちは、自身の家を持たないので、電化製品はムシトールよりも必要ないということも考えなかったのだが━━━。


          ◇


 その様子をランピーチは意外な顔で観察していた。


「へー、ムシトールって、結構売れるのな」


「ん、チヒロは商売上手。あれだけたくさん売れるなら、もっと作って売った方が良い」


 チヒロの護衛についてきたドライがチャラチャラと小銭が積み重なっていく様子に、探索者ギルドに売りに行こうと提案したチヒロを自分では無理だと尊敬する。


「だよなぁ………」


(ゲームと違う展開だな)


 椅子に凭れ掛かり、ランピーチは腕組みをして難しい顔をする。少し予想と違っていたのだ。その難しい顔を見て、何人かの探索者が青褪めて、もう少し買おうかなぁと、またムシトールを買いに向かう。


 そんな様子を見ても気にせずに、ランピーチは唸り声をあげて考え込む。その唸り声に他の探索者たちがリピーターとして追加された。


(チヒロを何処かで見たことがあると思っていたが、ようやく思い出せたぜ。あの子はムシトールの売り子だ)


 ムシトールの売り子。ムシトールを毎日買うと会話が変わる。次もその次も。その内容は主人公への好意に満ちていて、段々と好きになってきていると思わせる。美少女なので貢いだら恋人になるかもと期待をもたせるキャラだった。


 そして買い続けると……。いつの間にかいなくなり、スラム街のチームのボスになっていた。以上、終わり。


 チームのボスとなったチヒロに話しかけても、私はチームのボスなのと答えるだけで、その後はなにもイベントが起こらずに、貢がせるだけ貢がせる悪女だと騒がれたものだ。たぶん本来はイベントが用意されていたのだが、運営がなにか理由があって削ったのだろうと言われている。


(それか、攻略組も解析できなかった隠しイベントがあるとか噂されてたなぁ。何人かプレイヤーがチヒロを恋人にできたとか、隠しダンジョンを教えてもらったとか掲示板では噂がされてたけど、フラグ管理が難しいのか、攻略サイトにはついに記載されなかったな)


 ギルド前の屋台で買った缶ジュースを飲みながら、顎を擦り目を細める。


(この売り上げならチームを支配するほどの力を持つことができるのかね? う~ん、このムシトール娘イベントは特になにもないから、眺めているだけ無駄か……)


 ランピーチが死んでいたら、少年少女たちを引き入れたチームでも作っていたのかなと、その想像も面白いが、そろそろ探索に向かうかと立ち上がろうとし━━━。


「あっと、ムシトール娘がいるじゃん。やった、探し回った甲斐があった。99個くれ!」


 ギルドの入口から、若い男の大音声が響いたのである。


 探索者たちが突然の大声に、声を出した先へと顔を向けると、そこには大男がいた。2メートル近い大柄の体躯はボディビルダーのように鍛えられて、着込んでいる革鎧がパンパンで破れそうだ。


 角刈りで岩のようにゴツい強面の男で、背中に大剣を背負っており、頑丈そうな革ブーツがギルドのぼろい床をミシミシと踏みながら入ってくる。


 そうして、チヒロの前に立ち止まると、行列を無視して、怒鳴るような大声をあげる。


「おう、おらにムシトール99個くれ!」


「え、はい。えぇと、あ、すいません。ムシトールは残り83個しかありませんでした。本当に申し訳ありません」


 ムシトールのあまりの人気に、大男の求めるだけのムシトールが無くて、チヒロが謝ると、なぜか仰け反るように大仰に驚く。


「まじで! えっとおかしいな? あんたはいつも哀れそうな顔で売り子してるだろ? で、男を騙して貢がせてるんだろ? この悪女め、本当はあるんだろ!」


 初対面の相手に失礼を通り過ぎて、殴られても文句は言えない乱暴な言葉を吐く大男。


 チヒロはというと、怒るよりも唖然としていた。


(な、なにこの大男? 馬鹿なの? 私がランピーチの恋人だと知って、ちょっかいをかけている?) 


 ちらりとランピーチへと視線を向けると、ドライとテーブルに置いた食べ物を食べていて、こっちにはまったく興味がなさそうにお喋りをしていた。


(こっちと関わり合いがないかのように演技している…は厄介な相手なのかしら?)


 だが、チヒロにはそれが演技だとわかる。さっきまでは私を見守っていたことを知っているからだ。とすれば、この大男に怒るわけにはいかない。


「あの………失礼な言葉を吐く貴方はどこのどなたなのでしょうか?」


「あぁ〜、そっかぁ。現実だとそうなるのか。ちょっと待っててくれ。えぇとメモ帳にこのパターンが書いてあるから………これはマヨネーズの作り方、これは唐揚げ……」


 チヒロの問いかけをガン無視して、大男はポケットからメモ帳を取り出すと、乱暴にページを捲っていく。冷静さを保とうとするチヒロでも、その突拍子もない行動に啞然としてしまう。


「お、あった。おい、ムシトール娘、あんたから大量にムシトールを買っていった奴がいるだろ? そいつはどこのどいつだ? 教えてくれ! 金なら払う!」


「はぁ………では先払いでお願いできますか?」


「おぅ、十万エレで良いか? それくらいあればスラム街なら金持ちだろ?」


 失礼な物言いを止めずに、乱暴に札を出してくるが、あくまでもにこやかな笑みを崩さずに、チヒロは受け取ると行列を指差す。


「ありがとうございます。あの方々が買ってくれました。最高は20個くらいです」


「え? ……一人じゃねえの? 99個買ってた奴がいねぇか?」


「いえ、そこまで買ってくれた人はいません」


 奪うつもりでもなかろうと、恐らくは違う情報を得たいのだろうと推測しながらチヒロは答える。予想通り、大男は動揺して目をキョドキョドと泳がせる。


「ど、どうしよう……おかしいな、あいつが予測しているパターンにミスはねーと思うんだけど……その場合は……他を探す?」


 大男は再度メモ帳に目を向けると、何かを読んで、再び顔をあげるとギルドを見渡す。そしてドライが座っているのを見ると、ニヤリと笑う。


「おい、あんたドライだろ! その顔には見覚えあるぜ」


 ドスドスと足音荒くランピーチとドライのテーブル席に近づくと、これまた大声で叫ぶ。もはや好き放題の理由のわからない行動だ。皆が啞然として、ドライは顔を険しくさせて睨みつける。

 

「ドライの名前はドライ。でもなんでお前が知ってる? 何者?」


「おう、おらは大地のガイ! 知ってるだろ? なぁ、これからおらのところに来いよ。いいやつ紹介してやるからよ!」


 もはやスカウトでもしないような超魔球のストレートでドライの腕を掴むガイ。


「いかない。行く理由がない」


 が、ますますドライに警戒させるガイ。当たり前である。どこの誰がそんな説明でついていこうというのか。


 だが、当たり前だとはガイは考えなかったようで、ドライを連れて行こうと、腕を乱暴に引っ張り━━。


「昼間から少女拉致か、この変態」


 ランピーチが胡乱げな呆れた顔でスプーンを投げた。


「おっと。あぶねぇな」


 だが、かなりの力を込めて投げたにもかかわらず、ガイはスプーンを素早く受け止める。この近距離で受け止められるとは思わずに、ランピーチは冷たい観察するような目つきに変わる。


「あんだよ、ドライを連れて行くんだから邪魔すんなよ。ぶん殴るぞ」


 ガイは手に持つスプーンを握りしめると、グニャリと捻じ曲げてテーブルに放る。


「パーティー仲間を拉致されそうになって、傍観するアホはいねーだろ」


「もうパーティー組んでんのかよ。名前はなんだ?」

 

 ガイの強面の顔がますます凄味を増して睨んでくる。


「俺の名前は、ヨワオ。ドライのパーティー仲間だ」


 ランピーチは平然と偽名を吐き、ニヤリと笑う。


(どうやら俺と同じく、憑依したようだが……さて、少し情報をもらおうかね)

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