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4話 裏切られる小悪党

『ステータスのリセットを行います。本当によろしいですか?』


 『リセット』と呟いたら、どこからか少女の声が聞こえてきて、ランピーチはビビって立ち上がる。慌てて周りを見渡すが、その少女の声音に聞き覚えがあり、なんとか気を落ち着けるとあぐらをかいて座り直した。


「ライブラか、驚かすなよ」


『ステータスのリセットを行います。本当によろしいですか?』


 安堵したランピーチの言葉は届かないようで、ライブラと呼んだ相手は同じ台詞を機械的に繰り返すのみだった。


「あぁ、この場合イエスか? ゲームだとYesNoだったような、はい、いいえだったかなぁ」


 しかしランピーチは戸惑うことなく、もう一度繰り返す。相手の正体はわかっており、ただゲーム画面とリアルでは印象が違うだけだからだ。


『全てのステータス、スキル、経験値がリセットされます。リセットは一度しか使用できませんがよろしいですか? また作り直した際のキャラにはボーナスポイントは付与されません』


「……あぁ、イエス、はい、やってくれ。このステータスじゃ先行き真っ暗だからな」


 『リセット』システム。スキル構成にて気に入らない場合、初期化できるシステムだ。プレイヤーは一度だけ使用できる。


 救済措置といえば聞こえは良いが、実際はある程度ストーリーが進んだ後は使用できないシステムだ、なにせ、経験値がリセットされて初期化されるのである。高レベル帯でそんなことをしたら、もはやクリアは覚束ないし、仲間に頼ってパワーレベリングをしても、どうしても経験値の差がついてしまい、役立たずとなる。


 即ち、この救済措置はチュートリアルで失敗した用の極初期にしか使用できないシステムだった。


 ━━そして、この『リセット』はかなりのデメリットもあった。


『了解しました。ランピーチ・コーザのステータスを全てリセットします』


 ランピーチはライブラの声を聞いて、これからのスキル構成を考えようとして━━━。


「ぐわあっ、あ、熱い、か、身体がアチー、何だこりゃ、ぐわーっ!」


 身体がまるで溶けるかのように煙を吹き出し、酸で溶かされたかのような痛みに苦しみ悶え、床を転がる。死ぬかもしれないと本気で思い、早く目を覚ましてくれと願い、爪が剥がれる勢いで力をこめて床を掻き毟る。


 自身の感覚では数十分も経過したように感じたが、実際は数十秒だったようで、痛みが消えて煙がおさまり、朦朧とした意識で大の字に寝っ転がって、息を荒くしてびっしょりとかいた汗を拭う。


「ま、まさかこんな痛みがあるとはな。た、たしかにこんなん二度とやりたくないわ」


 もしも死ぬほどの痛みを感じると知っていたら、ランピーチは現在のステータスで頑張ることとして、絶対にリセットなど行わなかった。


 だが、成功した。この体験を意味のないものとしないように、ランピーチは手をかざすとステータスボードを喚び出す。


ランピーチ・コーザ

経験値:5000

HP:10

MP:0

体力:5

筋力:5

器用度:5

敏捷:5

精神:5

魔力:0


固有スキル:なし

スキル:なし


「ははっ、本来はステータス平均10で、ボーナスポイントが5ポイント振り分けられるのに、無しか。夢とはいえ、ゲーム準拠なわけね。カンストステータスか、使い切れない経験値でも良かったんだがな」


 酷いステータスだとランピーチは軽く苦笑してしまう。これも『リセット』が使われない原因の一つ。ステータスが大幅に下がるのだ。恐らくはさっきの少年にも負けるだろう弱さだ。


『固有スキルを選んでください』


 引き続き聞こえてくる声に、ここもゲーム準拠で助かったと安堵しながら、ランピーチはゲームの時と同じようにカーソル代わりに指でウィンドウをタッチして固有スキル一覧を見る。


 ずらりと並ぶのは『剣の天才』、『伝説の錬金術師の末裔』、『軍神の才』など様々だ。その数は千近い。


 固有スキルはバフ的なもので、剣のダメージが増えたり、錬金術の成功確率アップや軍を率いる際の士気高揚などである。持っていたら結構ゲームが楽になるスキルである。


「固有スキルだけは、経験値500で1上げられるんだよな。で、普通なら使い勝手の良さそうな固有スキルを選ぶんだが………」


 スキル一覧を流し見してどんどんスクロールさせていく。そして目当てのスキルを見つけて、存在していることに安堵して悪そうにニヤリと嗤う。


 そして少しだけどれを取得しようか迷い、一つのスキルに手を伸ばす。


「まぁ、ランピーチなんだからこれで良いだろ『小悪党』だ」


『『小悪党』で本当に良いですか?』


「イエスだ」


『『小悪党』を取得しました』


『小悪党:格下相手に常にレベル%分のステータスダウン、スキル成功率ダウンを与える。また人との好感度はマイナスから始まる』


「よしよし、それじゃ、『小悪党』を最大レベルまでアップ」


 固有スキル『小悪党』のレベルを上げるには1レベルあたり経験値500均一なので、タタタと軽く押して最高レベルの10にする。


 ステータスなどの補正スキルなので、無駄遣いに思える行為だ。通常のスキルはレベル✕千なので、なにか通常スキルを取らないといきなり詰まってしまう取得の仕方である。


 しかも『小悪党』は極めて弱く、上位スキルもあるために、ゲームを始めて取得する人はいない。


 だが、それは発売当初の話である。例によって他のゲームと同じく『パウダーオブエレメント』も解析隊が調べて、攻略法をネットに流していた。


 その中で、裏技的な方法が発見されたのだ。使えない固有スキルを取得して限界レベルまで上げると━━━。


『おめでとうございます! 貴方は究極の限界レベルに到達しました! 以降はクエスト報酬経験値5倍、固有スキルを新たに二つ取得できます。また、固有スキルに新たなスキルも加わりましたので確認してください』


 パンパカパーンとファンファーレがなると、半透明のステータスボードの枠がきらびやかな黄金色に変わった。誰でもわかる特別なイベントだ。


 これが裏技である。スタッフが用意したのだろう。これは通常は五個のスキルをカンストさせて解放される特殊イベントなのである。やりこみを最後にさせようとするプレゼントを初期に取得できるのだ。


 条件は使えない固有スキルのみしか取得していない。限界レベルまで上げる。だけである。


「攻略法を探した奴は頑張ったよなぁ……たぶんゴミスキルを持っていたらチートでした的な小説が好きなスタッフだったんだろうな」


 他にも『お人好し』や『ドジっ子』などがあったのだが、ランピーチというキャラにふさわしいだろと考えて取得したのである。


 ゲームを5周しただけあって、最強ビルドは頭にある。ここでふざけるつもりは毛頭ないと、ニヤけながらランピーチは2つの固有スキルを新たに取得した。


『宇宙人:人類宇宙連合軍の軍人となる。宇宙図書館スペースライブラリの支援を受けられる。レベルにより階級が上がり支援内容は向上していく』

『超越者:レベル限界突破、レベル✕10%の全ての抵抗力アップ、中毒、寄生、侵食などの作用無効。レベル%分の毎時間HP回復』

 

 この固有スキルは追加された新たな固有スキルである。この二つを取得することにより、ゲームはかなり楽となるのだ。


ランピーチ・コーザ

経験値:0

HP:10

CP:0

体力:5

筋力:5

器用度:5

敏捷:5

精神:5

超力:0


固有スキル:小悪党レベル10、宇宙人レベル0、超越者レベル0

スキル:なし


 予想通りのステータスと変わった。しっかりと魔力の表記も『超越者』を取得したことにより、超力に変わっている。


「さて……これで事前準備はできたんだが………戦闘スキルどうしよう……ここでいきなり死ぬ可能性高いんだよなぁ」


 メリットがあればデメリットもある。初期の仲間のいない状態でこんなスキル構成にすると気をつけていても死ぬのだ。なにもスキルがないので、雑魚にも殺されるなぁと顔を顰めて、困ってしまうランピーチだったが━━━。


「ランッ! その姿はどうしたんですか!?」


 悲鳴にも似た声をあげて入って来るのは、血相を変えたチヒロだった。


「ん? どこか変か?」


「どこがって……全部です! 髪の毛は普通の髪型になってるし、筋肉がなくなってますよ! それに……なんか雰囲気が……」


 最後の言葉は言い難そうにして口籠るチヒロ。小さな声で「そこらのチンピラみたい……」と言っていた。


 言われて初めて気付いたかのように身体を見下ろして、チヒロの言う通りだった。もやしのようにニョロリとした細っこい身体で服はぶかぶかだ。顎を触ると無精髭もなくつるりとしている。たぶんチームのボスであるランピーチ・コーザという存在自体がリセットされてしまったのだ。


 さすがにこれはまずいかもと青褪めてしまう。このゲームの恐ろしいところはすぐに死ぬところにあるのだ。ゲームだと仲間がいれば、ある条件を達成していれば蘇生できたが………この夢の中はどうなのだろう。

 

 青褪めてしまうことで、ますますそこら辺の十把一絡げのチンピラに見えてしまうことにランピーチは気づかず、チヒロは深刻な顔となる。


 このままだと、ランピーチのボスの立場が危ういと考えて、恐らくはなにかの後遺症だろうから、暫く身を隠して誤魔化しましょうと提案しようとする。


 ランピーチがボスの立場から落ちたら、お気に入りであった自分の立場も危ういのだ。新しいボスに変わったら、最悪、娼婦として道端で客を取るように言われるかもしれない。


 そんなことは絶対にごめんである。


「ねぇ、ラン。少し調子が悪いみたいだし━━」


 どこかで休まないかと提案しようとする時だった。


「ハハッ、薬ってのはヤバいよな、ボス。いや、ランピーチ」


 ドカドカと足音荒くツヨシが何人かの取り巻きと共に入ってきて、ランピーチの姿を見て驚き、すぐに嘲笑へと変わる。


「あんた、もうそんな身体じゃおしまいだ。ボスの座を渡してもらおうか?」


 ナンバー2であり、常に虎視眈々とボスの座を狙っていたツヨシは余裕の表情で嗤い、取り巻きたちも予想外のランピーチの姿に大笑いをする。


 少年に苦戦するほどに調子が悪いようなので、ボスの座を奪い取ろうとしていたら、自慢の筋肉もなくなり、見るからに弱そうな姿となっている。こんなチャンスは二度とないとツヨシは笑いが止まらなかった。


「お、お前……裏切りやがったな! 目をかけてやったのに恩を仇で返すつもりかよ? そそれじゃ、拳で勝負だ、おお思い知らせてやるからな」


 ガタガタと体を震わせて、小悪党が虚勢を張っている。その典型的な姿に、もはやランピーチなど雑魚だとツヨシは余裕の態度で頷く。


「いいじゃねーか、ボスの座は常に強者の物なんだぜ? それじゃ、ホールに移動しようぜ、チームの皆も新たなボスの就任式に呼ばなきゃな!」


「あぁ、後悔すんなよ、ツヨシ!」


 ランピーチの虚勢に皆は笑い、ホールに移動し始める。


 なので気づかなかった。ランピーチの口元が嬉しそうに緩むのを。気づいたのはチヒロだけであった。


 ━━そうして、話は冒頭の戦う前にと戻るのである。

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