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39話 焼き肉と小悪党

 ランピーチマンションから良い匂いがしてくる。それはスラム街にはあり得ない匂いだ。それは焼き肉の匂い。ガドクリー合成食品ではなく、本物のお肉の焼ける匂い。

 

 太陽が沈み込み、夜の帷が降りる日暮れ時、二階にある元は大型レストランであった部屋面積の大きい部屋にて、コンロに鉄板を置いて、何羽ものうさぎが器用に菜箸を使い、お肉や野菜を焼いていた。


「もやしもやし、キャベツ豚肉豚肉、もやしうさ〜」


 野菜の山を万遍なく炒めて、肉を投下。お塩をパラッと振って胡椒を少々。簡単な味付けで焼き終わると、大皿に盛ってあらかじめ作っておいた特製ソースをちゃっちゃとかけて出来上がり。兵士よりも料理人になった方が良いかもしれないうさぎである。


「まずは司令官どうぞうさ」


 大皿の焼き肉を菜箸で小皿に移して、コトリとランピーチの前に置く。


 ランピーチとしては、他の人に食べさせてうさと答えたいが、その場合ランピーチウザいうさと新種のウザうさぎと命名されそうなので、ぐっと我慢して、ニヤリと小悪党スマイルを見せて、なにか謀があるのかなと周りを警戒させる。


『ライブラさんや、ほんとーにこれ食べても大丈夫?』


 姿をちっとも見せないライブラと思念のみでやり取りをする。


『うん、一旦完全に分解した後に再構成したから、街で売られている肉よりも遥かに安全で栄養満点さ。昔の食通マウンテンヒルさんなら、これは本物の豚肉だとドヤ顔で言うと思うよ』


 どうやら、もはや完全にエネルギーから作成されたクリーンなお肉の模様。


『くっ、なら音声オンリーだけじゃなくて姿も現さない? あ~んしてやるよ』


『味は保証されていないから、ソルジャーが食べて美味しかったら、あ~んして貰う。ぎゅうぎゅう胸を押し付けてあ~んして貰うよ?』


 保身を求める美少女ライブラ。その正体はサポートキャラである。常に自分自身をサポートするのに余念がない。


『くっ、退路を絶ってきたか』


『最近欲望に忠実になってきたよね?』


 そんなご褒美があるなら逃げるという選択肢がないじゃねーかと、拳を握りしめて悔しがるランピーチとクスクスと笑う小悪魔美少女。美少女巫女にそんなことをされて嫌がる男はほとんどいない。ランピーチにももちろん喜ぶ男の中に入る。スケベなのではない、普通なのだ。


 それに周りの人々もランピーチを注視して、今か今かと、まだ食べないのと小皿を持って待機している。ユウマたち少年少女たち、そして大量の肉を片付けたくて招待された住人たち。意外なことにコウメも食べたいのに、よだれを垂らして我慢している。幼女であるのに我慢しているのだ。


 食べないという選択肢は最初から存在していなかった。ゴクリとつばを呑み込み、この世界に来てから初めての危機かもと口元を引きつらせながら、恐る恐る口に肉を放り込む。


 ━━━━そして、驚きで目を開き、すぐにパクパクと食べ始める。


「うまっ、これ美味いな。こんなに美味い豚肉を初めて食べたよ。へー、これが豚肉か。今まで食べてきた豚肉は何だったんだよ。この適度な脂身はしつこくなくサラッとした雪のように溶けて、肉は赤身の旨味を内包して」


 じ~っと皆が見ているのに気づき、赤面してこほんと咳払いをする。かなり恥ずかしい。そして、ドロップした場所のことは忘れることとします。ライブラの言うとおり、再構成しているから、問題はないだろうと、美味しいので認識を誤魔化すこととするランピーチである。


「食ってよし」


 羞恥から混乱して、未開部族の族長のようなセリフを口にするランピーチだった。とはいえ、皆は一斉に食べ始めて、喜びで顔を綻ばせる。


「わあっ、これうめー! お肉ってうめーんだな!」


「いつものボソボソとしたブロックみたいなお肉と全然違うね」


 ユウマたちが肉を口に入れて、目を丸くして猛然と食べ始める。よほど美味しかったのだろう。たしかに地球でも高級豚肉として、扱われる旨さだ。


「おいちーよ、パパしゃん。コウメのお肉もおいちーよ!」


「ほら、お皿から零れちゃうだろ。落ち着いて食べるんだ。お肉が落ちたら、食べられなくなっちゃうぞ」


「あい。おちついてたべりゅ!」


 ランピーチの膝を椅子としてコウメがパタパタ足を振ってはしゃぎながら、ハグハグとお肉を頬張る。癒やされる光景である。子供は最高に可愛いぞと、会社の同僚が言っていたが納得だなぁと微笑んでしまう。


「ランピーチ様、本日はお招きいただきありがとうございます」


「気にすんなよ、大量に肉を手に入れたから振る舞おうと思っただけだからよ」


 本心である。食べる前はこの肉をどれだけ口に入れずに済むかと考えて、なら住人を呼べばいいじゃんと保身から招待しただけだ。


 おどおどと近づいてきて、ペコリと挨拶をしてくる住人たち。愛想よくニカリと笑顔で返すと、何故か相手の顔が引き攣るのが謎である。


 住人たちとしては、お肉が余ったからとチームの支配者が住人を招待するなどあり得ないので、なにかランピーチが企んでいるのではと警戒していた。ランピーチに挨拶をして、その悪どそうな笑みにますます警戒をするのだが………。


「パパしゃん、あ~ん。コウメのもたべてたべて」


「はいはい」


 膝に乗っている幼女がとっても懐いているようなので、判断に迷うところだと戸惑ってもいた。チームの面子も子供たちばかりで、売られたりとか危険な仕事をしたりとか押し付けられてはいなさそうだ。大丈夫かとの安心に天秤は傾いていたし、住人たちだって、こんな肉を食べる機会はないので、大量の食べ物を前に舌鼓を打つのであった。


 ランピーチ個人ではなく、周りの様子を見て、安心される人徳の高いランピーチであった。


「もやしもやしキャベツ〜、豚肉熊肉豚肉〜。はい、沢山食べてうさ」


 うさぎが皿に野菜をのせて、もう一枚に肉を乗せると、うさぎはニコニコとハタラカンチュアに皿を渡す。


 野菜の乗った皿を。肉の乗った皿は自分の手元に置いたままだ。


「きゃー! 蜘蛛は草食うさ〜! ちょ、冗談うさよ、ひゃー」


 もちろんハタラカンチュアはありがとうとうさぎの耳を掴んで振り回していた。ぼのぼのする光景です。あのうさぎは見た目と違い、腹黒で浅薄すぎる性格だなぁと、ジト目になるランピーチ。皆は人工精霊たちが劇をしていると、まさか本当に争っているとは思わずに、やんややんやとはしゃいでいた。


 全体的にほのぼのとして和気藹々としている空気だ。スラム街にはあり得ない優しい空気で、皆は嬉しそうだ。


「はむはむ、ピーチお兄ちゃん、この熊肉も美味しい。食べてみる」


「ラン、このお肉も美味しいですよ」


 ドライとチヒロがお互いに肉をつまんでランピーチに差し出してくる。その光景はグヘヘと嗤って、女の子を侍らす悪党のボスである。


 ランピーチのところだけ、悪党が女を侍らす悪い空気だったのは言うまでもなかった。


         ◇


 だいぶ料理も少なくなり、蜘蛛糸でぐるぐる巻きにされてミノムシとして天井からぶら下がるうさぎを別に、皆がお腹がいっぱいになってきたと、お喋りに割合が傾く頃。


「ラン、お金は大丈夫ですか? えと、電化製品を売るのに時間がかかると言いますか、いえ、どうやって売ろうかと思案中でして」


 酒があればなぁと、焦げたキャベツをもそもそと食べるランピーチに、隣に座るチヒロが困った顔で小さな声で尋ねてくる。


 あの時は安く売られないようにと、ランピーチを止めたが、すぐにどうやって売ろうかと、困ってしまったチヒロである。この拠点にインテリアショップを作っても、お客はここにこないだろう。


 なにせスラム街だ。ここに来るまでも、帰る際も強盗が襲ってきそうな治安の悪さなのである。チヒロが地上街区の人間なら絶対にこない。


「ふ~ん、まぁ、インテリアショップを作れば客は来るだろ。品物が増えれば増えるほど、売れば売るほど客は来るだろうし」

 

 もしゃもしゃと焦げたキャベツを食べて、ゲームはそういう仕様だったと、疑問を持たないゲーム脳のランピーチである。たとえ火山の中にインテリアショップを作っても客は来る仕様だったのだ。


 少し焦げたキャベツって、この苦みが良いよねと、渋い味が好みのランピーチ。現実をまったく見ない事には定評がある。


「は、はぁ。お客様来るでしょうか」


 もちろんチヒロははいそうですねと、頷く事はできない。ランピーチが気楽なので、ますます困ってしまう。


「うさたちがお店やるうさよ」


 暇そうなうさぎが話を聞きつけて、首を突っ込んでくる。面白そううさよと、スンスン鼻を鳴らして、ペチペチとランピーチの肩を叩いてくる。


「おっ、うさぎたちはお店もできるのか?」


「前はスペースステーションでお土産屋やってたうさ。おまんじゅう〜おまんじゅうはいかが〜うさ」


 意外だとランピーチが驚くと、うさぎは得意げによとよちと歩いて、物を売る演技をするのでとっても可愛らしい。


「おぉ、隠し設定って多いんだな。たしかにうさぎが店をやると、千客万来だな」


「むぅ、ドライも手伝う、面白そう」


 わちゃわちゃと騒ぐランピーチたち。


「はぁ〜、まずここに来させる必要があるのに……」


 スラム街と地上街区では距離も離れている。電化製品を持って帰るのも危険だ。ここに来るのも苦労するのにと、そんな苦労は考えていないランピーチたちを見て、チヒロは額に手を当てて、ため息をつく。


「転売ヤーを集めるとしても、なにか安くて宣伝できるものがないと……精霊石でも配ろうかしら?」


 なにか安いものを考えるチヒロだが━━。


「あ、そうそう。オイルと精霊石のちっこいのくださいうさ」


 うさぎがランピーチにおねだりしていた。


「ん、こんなのどうするんだ?」


「ダニとかシラミとか蚊とかうさは嫌いなの。兵士は虫除けをしておかないと、行軍不可能うさ。なので無味無臭のムシトールを錬金するうさよ」


「お前たちって、どこかの巫女よりも万能なのな」


「これ、作るのは簡単うさ。エレメントオイルと精霊石があれば━━━」


 オイルと精霊石を床に置くうさぎ。ふさふさのおててを翳すと、魔力を溜めていく。


「害虫よ、されうさ〜」


『錬金:ムシトール』


 精霊石が粉に変わると、オイルに混ざっていく。そしてオイルの色が緑色に変わるとほのかに光る。そして、お灸を据えるモグサのように小さな塊と変わった。


 99個ほどに。


「これ一個で部屋の害虫を全て退治うさ。簡単でうさよ」


「ムシトールって、安いからなぁ。ムシトールに変わっても金にならないよな。皆の部屋にも置きたいから、大量に作っておいてくれ」


 ランピーチたちが珍しそうにムシトールを見ている。何個かオイルと精霊石を置く。任せるうさよと、うさぎがムシトールを作り始めるのを、チヒロはぼんやりと眺める。


 ムシトールは1個50エレ。安いから売っても、儲けにならないわよねと思い……。ピコンとアイデアが閃く。


「これだわ! ねぇ、うさぎさんたち。たくさんムシトールを作れますか?」


「ん? もちろん作れるうさよ」


「それではできるだけたくさんお願いします!」


 チヒロは拳を握りしめて、目を輝かす。


「探索者ギルドにてムシトール販売大作戦です! これならうまくいくかも!」


 急に叫ぶチヒロに、なんだなんだと皆が驚きの顔になる中で、これならいけるとふんすと鼻を鳴らすチヒロであった。


「ムシトールを売る……?」

 

 それってどこかで見たことあるなぁと、ランピーチはチヒロを見て、面白そうに笑みを浮かべるのだった。

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