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38話 修理する小悪党

「ドライもよくやった。冬の熊を倒すのは大変だったか?」


「ううん、楽だった。『氷雪槍フリーズランス』を三発ぶつければ倒れた。重くて持ってくるほうが苦労したよ」


「あぁ、この巨体だもんな。お疲れ様」


 本来の冬熊は序盤のソロでは倒さない。こいつのモンスターレベルは4なのだ。しかも牙、爪、体当たりと物理攻撃のみだが、3回攻撃をしてくるため非常に厄介なのである。

 

 しかも魔法は水雪無効、他の属性は光闇以外は半減と弱点がない。だが無効を貫くと途端に楽になるので、ドライを操る時はレベル2から狩っていたのである。オリジナル主人公の優遇さを知れる一面だ。ランピーチはあれだけ大量のモンスターに絡まれて少し死にそうでもあったので、少し羨ましかったりする。


「これ慎重に毛皮を剥がないと価値が下がると思って持ってきた。どうやるピーチお兄ちゃん」


「なかなか頭が良いぞ、ドライ。俺に任せろ」


『解体』


 スキルが発動し氷熊は光りに包まれて、素材と変わる。


『氷熊の毛皮』

『精霊石(小)』

『氷熊の肉50キロ』


 きめ細かな氷が柔らかな毛皮となっており、見た目にも芸術品のように綺麗な氷熊の毛皮だ。そして大量の赤身のお肉がドサリと床に落ちる。


「おぉぉぉ! すごいピーチお兄ちゃん、どんな魔法? ……倒す時に魔法で開けた穴も塞がってる? なんで?」


「まぁ、便利な魔法を覚えたんだよ。それは全部ドライの物だ。上手く売るんだな」


 きっと10万エレくらいになるだろうと、ゲームの相場を思い出しつつ、ドライの頭を撫でる。ドライはてれてれと照れて、その目は肉に注目していた。肉なんか滅多に食べられないから食べたいらしい。まぁ、自由に食べれば良いと思う。


「さて、俺も手に入れた素材を修復するか」


『リペア』


 なぜ『リペア』を取得したか。ドロップしたアイテムの中で壊れた物を直せるからだ。直したら桁が違う金額で売れる金策術なのである。


 山と積んだ小破した家電製品をリペアで直す。このリペアは効果範囲が単体ではなく、サークル内の物に適用されるため、多くの家電製品をいっぺんに直すことができ、何回か使用しCPはギリギリ足りた。


 あっという間に、新品同様の家電製品が並び、満足なランピーチである。苦労した甲斐はあり、その数は200台近い。百万エレくらいになるかなと、ふふふと小悪党スマイルで何かを企むように笑うランピーチだ。


 チヒロや他の子供たちがなにをするのかと集まっていたが、その信じられない光景にポカンと口を開けて驚愕で言葉を失っていた。


 なにせあっという間に新品の家電製品となったのだ。スラム街のろくに魔法を見たことのない面々が驚くのも当たり前である。魔法ってすごいんだなぁと感心するが、そもそもこんな魔法は存在しないことに気づかなかった。


 そしてスキル使用時にゲームでは注目されないので、ランピーチは周りの様子を全然気にしなかった。大量のアイテムを採取してきて驚いたんだろうなと、のほほんと思っていたりする。


「それじゃ、この家電製品はクリタ雑貨店に━━ん、どうしたコウメ?」


「これなぁに、パパしゃん? ストーブ?」

  

 直し終わり、再度亜空間ポーチに仕舞おうとするランピーチだが、コウメがポテポテと家電製品に近づき振り向いて聞いてくる。


「あぁ、ストーブだよ。見たことないか?」


「ありゅ! あったかいの! ぽかぽかするの。点けても良いパパしゃん?」


「あ、あぁ……そういや……寒いもんな?」


 コウメは無邪気なキラキラしたおめめでおねだりしてくるので、点けてあげるかと考えて━━ハッと気づく。


 外は雪が降り積もり、この部屋は……寒い?


「ちょっといいか、コウメ」


 コウメの手を掴んで眺めるが肌は白く、ぷにぷになだけだ。頬が寒さで少し赤い。


「コウメは参考にならないか。チヒロの手を見せてくれ」


「ひゃ、ひゃいっ、どうぞいくらでも触ってください」


 赤面するチヒロだが、それどころではない。


「手が寒さでかじかんでいるじゃないか、ドライも手がかじかんでるし、他の子供たちもそうか。……そうか……」


(気づかなかった。冬だから寒いとは思っていたが、霜焼けができるレベルじゃねーか!)


 子供たちは薄い布団程度じゃ寒いはずだ。ガツンと頭を殴られたようにショックを受けて落ち込む。


(ゲームでは、明らかな継続ダメージの地形以外は下着姿でも普通に行動できていたし、寒いとは思っても実感がなかった! 畜生め。このままじゃ凍死する子供もいるかもしれない)


 自分の迂闊さに落ち込む。なぜ実感がなかったかも想像つく。ゲームキャラのような体に加えて『超越者』だからだ。絶えず自己再生が行われているので、霜焼けにはならない。それは、コウメも同じだ。だから、少し寒い程度で気にしなかったのだ。


「はぁ~………まぁ、大変なことになる前で良かったよ。おし、精霊石を渡すから点けてみな。つけるボタンは━━━」


『ソルジャー、低レベル人工精霊を付与されているから、音声で大丈夫。火事とかを防ぐようにも動く安心設計さ』


 ライブラが教えてくれるので、異世界のストーブはすごいんだなぁと感心してコウメに告げる。


「お願いするだけで大丈夫だぞ」


「あい! ぽかぽかにしてくだしゃい」


 コウメの言葉に反応して人工精霊搭載のストーブの火が入るとぽかぽかと部屋を暖かくしていく。


「ぽかぽか! ぽかぽかでしゅ、パパしゃん!」


 ストーブの前にポフンとすわるとちっこい手をかざして、満面の笑顔となるコウメ。キャッキャッと嬉しそうにして、他の子供たちもおずおずと近づき、ストーブに手をかざす。霜焼けになっていそうな子もいるので、お湯でも温めてほしい。


「今って何人部屋で暮らしてるんだ? 四人部屋? なら、一部屋に一つストーブ持ってけ。それとベッドもだ」


「良いんですか? 私たちは助かりますが、売り物では?」


「1台5000エレ程度だ。少しくらい分けても問題ない。すぐに稼げる」


「ベッドは羽毛布団ですよ?」


「暖かそうでよかったな」


 チヒロの戸惑う声に、ひらひらと手を振って答える。安物のストーブ一つで子供たちが助かるなら躊躇う必要もない。


「ご、5000? これがですか? えっとどれが5000エレなんでしょうか?」


「ん? 最低レベルだから一律5000エレだな。あ、そうそうストーブは住人にも配ってくれ。凍死して住人が減るのはよろしくない」


 拠点ステータスで凍死して住人が減りましたと表示されたら秋までロードするランピーチなのだ。住人もどうせストーブを持っていないだろうと軽く言う。


「く、配る? いえ、それは良いですが、5000で売るんですか!?」


「あぁ、最低レベルで元は廃品だし、その程度だろ」


 チヒロは軽い口調のランピーチをまじまじと見て、その顔が本気である事に慄然とする。


(廃品? 音声で動く精霊石製のストーブが? どこから持ってきたのかしら? というか、ランの価値観どうなってるの!? ……どちらにしても5000エレで売らせるわけにはいかないわ!)


「あぁっと、ラン、よろしければ私が販売の代行をしましょうか? ほら、もう少し高く売れるかもですし」


 引き攣りそうな顔を耐えて、チヒロは笑顔を作り提案する。どう考えても、ドブに捨てるような捨て値だからだ。


「あー、インテリアショップを拠点に作成するのかぁ。店員の配置面倒くさくてやったこと無いんだよなぁ。店売りでも」


「店員は皆でやりますから! シフトを組んで販売に精を出します! 絶対にやります!」


 言葉をかぶせて鬼気迫る表情で、チヒロがランピーチに迫ると、美少女に迫られることのないランピーチはタジタジとなり、こくこくと頷く。


「お、おう。任せた。それじゃハタラカンチュア、インテリアショップを建設して……」


 命令を出そうとすると、部屋の隅でじ~っと見てくるようなハタラカンチュア。なにかを言いたいらしい。


「大丈夫だ。豚肉大量に持ってきたから。ほれ」


 豚肉も数十キロある。それを取り出して━━。


「ありがとううさ。うさが料理して配るうさね」


 ちこんとうさぎが手を伸ばして受け取った。豚肉を受け取り、スンスンと鼻を鳴らす。


「草食じゃないの?」


「人工精霊だから、人間と同じ食べ物食べるうさよ」


「料理?」


「軍人はサバイバルスキルを持っているうさ。虫除け薬から、簡単な料理まで万能うさ。金曜日はカレー」


「それは海軍」


 どうやらゲームでは使われない隠し設定があったらしい。まぁ、ハタラカンチュアといっしょに食べてくれとドサドサと全部渡す。ゲーム的にドロップした肉なので問題はないが心情的には食べたくない。さっさとハタラカンチュアたちに食べさせるに限る。


「今夜は豚肉の生姜焼きにするうさ〜!」


 うさぎは豚肉を持ち上げて、宝物を手に入れたかのように大声で叫ぶ。


「ヤッタァ、お肉でしゅ!」


「うはぁ、楽しみだな、肉なんて久しぶりだよ」


「ね〜。合成肉ばかりだったもんね。うふふ、楽しみ」


 コウメを始めとして、子供たちが飛び上がって喜ぶ。


「え? ……え?」


 その喜びは皆に伝播して、大騒ぎにと発展し、ランピーチの固まった顔に誰も気づかない。


「熊肉も食べる。合わせて食べて無敵!」


 なにが無敵なのか、ドライも対抗するように熊肉を持ち上げて、焼き肉だぁと、さらに騒ぐ子供たち。


 その姿を見て、ランピーチはフッとニヒルに笑うと天を仰ぐ。


『ライブラ君、君は鑑定で豚肉と熊肉の違いがわかるかね?』


『相手先の電源がオフになっているか、通信が不可能である場所にいます。ピー』


 いなかった。


 振り向いてライブラを探すが、既にどこにもいない。即逃げたらしい。


 もう一度、皆の様子を見る。


「おにく〜、おにく〜はおいしいでしゅ〜、ごーせーにくじゃないおにく〜」


 可愛らしい鼻歌を歌い、コウメが喜びのダンスを踊っている。皆も同様に浮かれている。


 ここで、その肉はハタラカンチュアとうさぎたちの分で子供たちの分は無いと告げればどうなるか? 


「よし、それじゃ遅くなる前に調味料類を買ってこよう」


 ランピーチにはそんな残酷な言葉は吐けなかったのであった。

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