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35話 夢の島の小悪党

 探索者ギルドは一気に騒々しくなっていた。怒号と悲鳴が重なり合い、床に倒れる音とうめき声の音が合唱する。


「相手はたった一人だぞ! 何してんだお前ら!」


「そういうならお前がかかってこいよ。カモンカモンというやつだな」


 リーダーを気取る男へと、薄笑いを浮かべて手を振るランピーチ。その余裕の態度に、一瞬怯んだ顔になるが、男は圧倒的な有利なのだと考えて、拳を振り上げてランピーチに飛びかかろうとする。


 自身は星1の探索者の中では雑魚でも、一般人よりは遥かに強い。その拳に大人でも昏倒するだろう力を込めて、ランピーチへとパンチを繰り出す。


『ガード』


 バシッと音がして、ランピーチの手のひらにあっさりと受け止められてしまった。


「は、え?」


 ただ軽い感じで手のひらを突き出しただけに見える。だがその腕は弾くこともできない上に、ランピーチの姿勢は緩むことなく、体幹が傾ぐこともない。まるで大岩に拳をぶつけたように、殴った男の方が衝撃を受けて痛みを感じていた。


「まぁ、こんなもんか。素手だもんな」


 ポカンと口を開けて唖然とする男の顔面に鋭いストレートを打ち込むと、ランピーチは左にズレて、後ろからの蹴りを躱す。躱されると考えていなかった荒くれ者が体勢を崩すと、その軸足を蹴って転がし、容赦なくその頭を蹴り飛ばす。


「シッ」


 そうして鋭い呼気を吐き、両手をくるりと螺旋の動きで回すと、二人の荒くれ者へと繰り出して腹に掌底を当てる。苦悶の顔で男たちが倒れるのを横目に、ランピーチはその場でふわりと浮くと、サマーソルトキックで敵の頭を叩くと、その反動を利用して空中にて回転し、二撃、三撃とまるで花びらが舞うような鋭くも美しい蹴りで荒くれ者たちを薙ぎ倒すのであった。


「こここのののや」


「魔法詠唱は早めにしたほうが良いぜ」


 次々と倒される仲間を見て、ガタガタと震える奴へと踏み込むと、顎に掌底を当てて、脳震盪を起こさせて気絶させる。


「た、タックルだ、タックルで動きを止めるんだ!」


「う、うわぁぁ!」


「この野郎!」


 三人が必死の形相で両手を広げて向かってくる。動きさえ止めればと必死なようだ。だが半身に構えると、左足を支点にランピーチは体をねじるように、その反発力で男たちに蹴りを打つ。


 目で追うのも難しい高速の蹴りが槍のように男たちの顔を蹴り、3人は順々に床に躰を沈み込ませて気絶していく。


 ランピーチは時に荒々しく、時に柔らかに動きを見せて、全ての格闘術を学んだ一流の動きで倒していく。死角をとろうとしても、俯瞰視点を持つランピーチに死角はなく、多少戦闘経験のある荒くれ者では敵うわけはない。


 なぜならば、ランピーチは幾千の戦場をくぐり抜けたかのような経験を魂に心に肉体にインストールされているからだ。


「………なんだこいつ? 強すぎだろ」


 最後の一人がまともに戦うことも触れることすらできなかった状況に呆然としつつポツリと呟き、ランピーチの拳により殴り飛ばされるのであった。


 そうして、探索者ギルドにいた荒くれ者たち全員が殴り倒されて死屍累々の光景となったのである。


 ようやく終わったかと、汗を拭い、しかめっ面でライブラを睨む。自分の行いにまったく気づいていないゲーム脳のランピーチに、正確に状況を理解していたライブラとしては、笑って楽しむしかない。


「━━━だめじゃねーか!」


 ランピーチとしては、がっかりして落胆するしかない。どうしてこんな事になったのかわからない。たぶんゲームの強制力のせいだろうなと見当外れのことを考えてもいた。


『あはは、そうだね。でもおかしいなぁ、あはは』


 腹を抱えて笑うライブラは、だが真実を口にはしない。なぜならばその方が面白いからである。


「こういうのは二、三人が絡むのがテンプレだろ? ナイトメアでも、ここまで多くの荒くれ者と戦うことなんかしないと思うぜ?」


 これもまたランピーチ難易度なんだろうと、新たなる難易度名をつけて━━━。


『探索者ギルドで絡まれるをクリアしました。経験値5000取得』


 なんと経験値が貰えたことに、顰め面が、喜びの笑顔と変わる。現金なものである。


「おい、お前ら。その、悪かったな面倒くさいと思ってしまって。懲りずに俺が来るたびに喧嘩をふっかけてくれ。あ、精霊区で襲撃してきても良いぞ。だがお勧めは今日みたいに絡んでくることだ。な、次も待ってるからな? 毎回襲いかかってきてくれ」


 そして、倒れている男たちに、またイベントよろしくとも声をかけるのであった。マラソンクエストになるかもと、少しの経験値でも積もれば山となると取らぬ狸の皮算用をするランピーチ。


 倒れている荒くれ者たちは、その軽い物言いに恐怖する。小悪党スマイルは、本当は人を簡単に殺す魔王スマイルだと感じて身体を震わせる。


(ひぃー! 何言ってるんだ、この化け物?)


(きっとまだ殴り足りないんだ。元は殺し屋とかだったにちげぇねぇよ)


(襲撃する? あほか、死体になるのが目に見えてるってーの)


(おとなしくしていよう。そう、俺は苔、そこら辺のコケ……)


 もちろん荒くれ者たちは、わかりましたと笑顔で答えるわけもなく、平然と皆を倒したランピーチに恐れを抱き、皆はこの化け物と関わり合いにはなりたくないと心に刻み込むのであった。


 そうして、次の日からこの探索者ギルドの荒くれ者たちは酷く行儀の良い者たちへと変わるのだが、ランピーチは自身が原因だとは思わなかったのである。


          ◇


「いや、あーゆー絡まれイベントってしっかりとレベルを上げておけば美味しかったんだな。明日もギルドに顔を出せば絡んでくるかね? お礼参りだとか言ってさ」


『その場合、何人までダメージを受けずに倒せるかチャレンジモードも良いかもね、ソルジャー』


 もはや明日は行儀の良いギルド支部に変わっているのだが、ランピーチはクエストでマラソンができるかもと繰り返しクエストができる期待に胸を膨らませて、ライブラも調子に乗ってニヒヒと笑う。


 二人はギルド支部を出ると少し離れた駅に向かっていた。ギルド支部が建てられれば直ぐ側に必ず作られる物がある。


「精霊区行きの『精霊駅エレメントステーション』は本日も稼働してると」


 ━━━各地の精霊区へと向かう転移ポータルの設置されている『精霊駅エレメントステーション』である。


 サッカーグラウンドより少し広い程度の空き地に青く輝く水晶の柱が2階建ての家屋ぐらいの高さに伸びており、その輝きは曇天の下でも美しい。水晶の柱は5本立っており、その周囲は5メートル程度の高さの鉄柵で囲まれていて、柵の間に扉が設置されているが、今は開け放してある。


 水晶の柱の脇にはコンクリート製の豆腐のような無骨な建物が建っており、小さな窓口があり受付のおっさんが暇そうに欠伸をしていた。


 積雪の中で、水晶の柱は白い雪の中で美しい。


 水晶柱の正体は各地の精霊区へと繫がる転移ポータルだ。お金を払えば、ビューンと転移、自分の行きたい精霊区へと瞬間移動できる仕組みである。


 とはいえ、最底辺ギルド支部の隣にあるくらいなのだから、施設も貧相だし転移先も低レベルのモンスターが出現し、安い精霊石しか採取できない場所だけである。その分使用料金は安いが。実にゲーム設定らしい。良い精霊区に行くにはランクを上げて、地上街区のもっと中心にある探索者ギルド支部に出入りできないと駄目だ。


『本当に夢の島精霊区に行くの? あそこよりも阿蘇精霊区がお勧めだと私は思うんだけどなぁ』


 後ろ手にして、ライブラが疑問顔でランピーチの顔を覗き込んでくる。額と額がぶつかりそうになり、ちょっと照れるんだけどと、ランピーチはライブラに返答する。


「『阿蘇精霊区』は初心者向けの精霊区だもんな。奥に行けば強いモンスターはいるし、レベルが上がっても意外と儲かるし」


『でしょ? 『阿蘇精霊区』にしようよ。あそこは草原と荒れ地の精霊区だし、多様なモンスターが現れるしさ。さぁ、レッツゴー!』


「レッツゴーじゃない! あそこは弱点属性のあるモンスターが多くて魔法使い優遇なんだよ。倒しやすいのは銃よりも魔法なんだ」


 ゲームでも初心者向けの精霊区で、敵の弱点属性を突けば、簡単に倒せるモンスターばかりだった。通常銃弾が5発は当てないと倒せないモンスターも弱点属性をついた魔法なら一撃だ。ようは、ゲーム仕様をプレイヤーに教えるための場だったのだ。


「でも、俺のメイン武器は銃。そして万能属性の超能力がサブだ。『阿蘇精霊区』だと効率悪いんだよ。敵を倒して経験値を貯めるってわけにもいかないしな」


 運営からのゲームの楽しみ方を真っ向から否定するランピーチである。このゲームはクエストでレベルを上げて、精霊区で大金や素材を採取してキャラを強化していく仕様だったのだ。なので向かうとしたら、自分に一番合った場所が良いのである。


 雪降る中で、積雪は踝まで沈み込み、わざわざ低レベルの精霊区に向かうもの好きはおらず、静かな広場を横断し、受付に向かう。


 受付の小部屋は暖かそうで、窓は白く曇り、ポータブルテレビを眺めながら暇そうにしている。だが、警備システムが入場者に気づき手元のランプが点灯したことで、窓口のガラス窓を開ける。


「いらっしゃい。どこの『精霊区』?」


「『夢の島精霊区』の中層行きを往復で一枚」


「10万エレだ」


 端的な言葉少ななおっさんに、金を渡すと、チケットをくれる。なんだかアトラクションみたいだなぁと思いながら、ランピーチは転移ポータルに向かう。


 水晶の柱にチケットをかざすと、水晶柱に空間の歪みが現れる。


「現実だと、こういうファンタジーな光景はワクワクするね」


 ゲームとまったく同じ光景に、少し感動しつつ躊躇いなく歪みに踏み出す。ゲームでは何回も使用していたのだ。怖がることはない。


 歪みを超える一瞬暗闇になるが、すぐに陽射しが目に入り晴天の天気に変わっていた。


 そして、広がる光景は、スクラップが地面を埋めて、機械の残骸が山や丘となっている錆びた鉄と古びたオイルの臭いがする世界だった。


「さて、では『夢の島精霊区』を冒険しますか」


『あいさー! ソルジャー、ここからが私達の伝説の始まりさ!』


「打ち切りエンドみたいなセリフを言うなよ」


 亜空間ポーチからDG5式アサルトライフルを取り出すと、不敵に笑い肩に担いで歩きだすのであった。

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