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34話 絡まれる小悪党

 ━━━数分だけ時間は巻き戻る。


「ちーっす、お疲れ様でーす」


 ドアを乱暴に開けて、ランピーチは荒くれ者のように僅かに腰をかがめて、狡猾そうな目つきで辺りを見つつ、肩をいからせて中に入った。


 多少痩せ気味で背の高いランピーチは貧相な武装とその行動から、どこからどう見てもしょぼい探索者にしか見えない。全然嬉しくないが、最底辺の探索者が集まる探索者ギルドの受付ロビーの空気に溶け込んでいた。


 何人かがちらりとランピーチを見てくるが、すぐに視線を外しお喋りを再開するので、興味を持たれないことに成功したとランピーチは内心で安堵した。


 荒くれ者たちはランピーチをお仲間でも、雑魚の類。自身たちよりもさらに底辺の金にもならない使えない男だと判断したのである。


『そりゃそうだよな。毎回毎回イベントが発生したら身が持たないもんな。神はそろそろ俺のことを気にするのをやめたんだろ』


 転生だか、憑依だかわからないが、この世界に来てから落ち着くことなく次々と息をつかせぬ早さでイベントが発生していた。まさにゲームのような盛りだくさんのイベントたちである。


 現実ではありえない。それに主人公でもない雑魚小悪党のランピーチには似合わないイベント量だったのだ。


『そうかな〜、ランピーチはかっこいいから、神様に興味を持たれているのかもよ? 現に女神のように可愛らしい私は興味津々だしさ』


 透き通るような銀髪ツインテールの現実にはいないだろう可愛らしい少女に褒められて、まんざらでもないと照れるランピーチ。


『そ、そっか? お世辞にしても嬉しいぞ、俺の可愛らしいサポート役』


『そう? そうかなぁ、本音だから嬉しいね、私のかっこいいソルジャー』


 ついついいつもは絶対に口にしない誉め言葉を口にすると、ライブラもそんな返しが来るとは思ってなかったので、少しだけ頬を染めて照れてしまう。巫女服をひらひらと靡かせて照れるライブラの姿は可愛らしいの一言だ。


 いちゃつく二人、平和なる一時だが、神はそのようなむかつく光景を望んでいなかった。次のランピーチの行動が狼の中で無邪気に鳴く子山羊のように目立つことになる。


 何事もなく受付カウンターに辿り着いたランピーチは、ギルドお勧めの武器を指さしたのだ。ギルドは提携している企業から委託された品質が保証されている武器を売っている。種類は少ないが、企業の宣伝代わりであり、以降はこの武器を我がメーカーで買ってくださいとの理由からだ。


「どうも。そのDG5アサルトライフルを売ってくれないか?」


 底辺の探索者ギルドでは埃を被って置き物になっているこの探索者ギルドでは最高額の銃をランピーチは平然と注文した。


 受付のおっさんは最初、他の武器を指さしていると勘違いした。それか金額をわかっていないと思った。なので、ランピーチを小馬鹿にした顔でフンと鼻で笑う。


「おい、その武器は220万エレだぞ? わかってんのか?」


「あぁ、それと三式エネルギーマガジンを5個。あとはモノタリウルスの革鎧をくれ」


 だが、受付のおっさんはランピーチが平然としており、自身の小馬鹿にした態度も気にしていないことに動揺した。思わずランピーチをジロジロと凝視してしまう。


(もしかしてこいつこう見えて中堅探索者だったか? まずい、怒らせないようにしないと)


 中堅探索者ならあっさりと買える金額であり、探索者は短気な輩が多い。こんな底辺の探索者ギルドに勤める男が報復で夜に死体となって道端で転がっていても誰も気にしないと、焦り顔になる。自分には可愛くない妻と二人の可愛らしい子供がいるのだ。死ぬわけにはいかない。


「お、おぅ、ああっと、合わせて410万エレだ。た、探索者カードを出してくれ。口座決済するからな」


 なので、口籠りつつ受付のおっさんはランピーチに答えると、そっと目線を外された。


「口座……持ってねぇ」


「あ? 口座がない? ……お前の探索者カードを見せてみろ」


「これ」


 言葉少なに差し出されたカードを見て、再びランピーチを見る目は小馬鹿にする表情に戻っていた。


「お前、星なしか。口座なんて星1あれば作れるのに……ったく驚かせやがって。見かけ通りの雑魚かよ。で、冷やかしか? いつかあの武器を手に入れるって決意表明か?」


 ランピーチの探索者カードは星が一つもなかった。念の為に端末で身分照会をしてみてみると、探索者になって5年。そのうち活動履歴はこの2年は無い。


 星というのは探索者ギルドへの功績で決められる。最大10個で最底辺はゼロ。星1からはスラム街の出身で怪しい者でも口座は作れる。そして星1は半年もまともな活動をしていれば手に入るのである。この探索者ギルドにくすぶっている奴らも星1は持っているのだ。


 即ち星1も手に入れることのできない雑魚であり、途中で探索者としての道を諦めた臆病者の男であると言う意味だった。


 落ち着いてみると、たしかに雑魚にしか見えない。顔はこ狡そうで小悪党っぽく、気まぐれに探索者ギルドに顔を出したという印象だ。


 時折こういう奴はいるのだ。今度こそ俺は生まれ変わるとか考えて、探索者からドロップアウトした才能も意思もない人間が顔を出すことが。そしてそういう奴はすぐに来なくなることもお決まりのパターンだった。


 なので、こいつもそうだろうと受付のおっさんは考えたのだが━━━。


「悪いが現金でよろしく。数えるのが大変なのは勘弁してくれ、口座がないからな」


 と、札束をドサドサとカウンターに置いてきた。ぎょっとする受付のおっさん、そして、静まり返る周りの荒くれ者たち。


 札束を無造作に置いてきて、しかもまったく周りを気にしない無頓着なランピーチ。受付のおっさんはその大金を扱う行動にも驚いたが、それ以上に空間から取り出していることに息を呑む。


(あ、アイテムボックスじゃねーか! なんで安い物でも一億はする魔道具を持っていやがるんだ、こいつ! しかも隠す気が全然ないと来てる!)


 訳が分からない。大金を扱っても無頓着、アイテムボックスなどという貴重な物を使用しても、隠す気もない。


 ここがどこかわかっているかは、さっき入口から入ってきた際の隠していても怯えている様子からわかってはいるのだろう。雑魚は隙を見せればすぐに食い物にされる場所だ。新入り狩りは当たり前、金がある雑魚だと見れば後をつけて、精霊区に入れば襲撃してくる者たちの集まりなのだ。


 こんなものを見せれば、蜂蜜を塗りたくった羊を狼の群れに放り込むようなものだ。むさい男に蜂蜜を塗りたくって荒くれ者の前に放り込むのは絵面的にアウトで想像したくないので、動物で考える受付のおっさん。


 こいつは頭が悪いのかと思うがそれにしてはこ狡そうだ。行動があっていない。


(高レベルの探索者の死体を見つけて金とアイテムボックスを剥いだ……普通ならそう考えるが、それにしてはこいつは平然としすぎている。不気味な野郎だ。……関わり合いを持つのは止めておくか)


 受付のおっさんも無駄に長年ここで受付をしていたわけではない。危機管理能力は高く、ランピーチの行動の違和感を気持ち悪いと考えて、事務的に対応することに決める。


「わかった。数えるから少し待っていてくれ」


 他の受付たちも違和感を感じて、同様に目を逸らす。


 だが、ランピーチは気にすることはなかった。当たり前だが、どのゲームでも店での売り買いに気など使わない。ある意味ゲームから離れた安全な場所が店の売買なのだ。


 初心者の街で最高レベルの武器を売っても普通に買ってくれるし、何百億エレを扱っても周りは驚くこともなければ注視もしない。


 なので、札束を積んでも、亜空間ポーチを目の前で使用しても、特になんとも思わなかった。ゲーム脳の弊害である。


 しかし当然のことながら、周りの反応は違った。こんな底辺にくすぶっている男たちだ。受付は長年の経験から、こいつは何かおかしいと、触らぬ神に祟りなしと距離をとったが、荒くれ者たちは最初に受付のおっさんが予想したことと同じ事を考えた。

 

 即ち、幸運なことに死んだ高レベルの探索者を見つけて、金目の物を手に入れた小悪党。そう考えたのだ。


 なので、ランピーチが買った銃を亜空間ポーチに仕舞い、防弾服の代わりにモノタリウルスの革鎧を着込んで、外に出ようとしたタイミング、受付を離れた時を狙って立ちはだかる。


「いよう、ちょっと待てや、お前」


 その数は20人近い。この受付ロビーで騒いでいた奴らほぼ全員だ。数人が入口を固めて逃げられないように動き、残りはこれみよがしに指を鳴らして、ランピーチへとカモだと見下す嗤いを向ける。


 彼らにとっては勝利は確定している。外に逃げられれば、治安維持の警備兵がいるが、屋内では銃や刃物を使わなければ、介入してこない。


 自分たちは20人近く、ランピーチが買った銃を使うこともできない。負ける要素などないのである。彼らの頭の中には、こいつから奪い取った金をどう分けるかしかない。


「ちょっとよぉ、お前、そのアイテムボックスどこで手に入れたんだ? 最近俺のダチがここらへんで落としたらしくてな。こんなところで同じような物を見るなんて偶然には思えないだろ? 少し見せろや」


「アイテムボックス? そりゃおかしいな、アイテムボックスは腕輪型だろ、落とすわけはない。なんだそいつ、腕でも落としたのか?」


 アイテムボックスは譲渡不可な上に落とすことはないだろと、ゲーム脳のランピーチは不思議そうに頭を傾げる。もしも部位破損で腕が破壊されたら、この世界ではアイテムボックスを落とすのかと、少し驚いていた。


「は、え、あ、あぁ、そうなんだ。腕を落としちまってな。アイテムボックスってのはそんなんだったのか……」


 へぇ〜と、何人かが感心したように顔を見合わせる。彼らはアイテムボックスの存在は知っていたが、見たことがなかったのである。


『こいつらバカだよ。きっと難癖つけて、ソルジャーの金を奪おうとしてるんだよ』


 見たこともないアイテムボックスをダチが落としたとのたまう馬鹿な荒くれ者たちに、呆れを見せるライブラ。バカすぎて、もはや興味ゼロだ。


「なんだ。そんなことだったのか。やっぱりイベントは起きるのかぁ〜、参ったねこりゃ」


 悲しいイベント体質にため息を吐くランピーチ。その姿に恐れているなと先頭の男が脅そうと口を開き━━。


「そうだ、そのアイテムボックスをよこ、グヘェッ」


 その顔にランピーチの拳がめり込むのであった。汚れた床に頭から倒れて気絶する。白目を向いて、横たわる仲間を見て、他の荒くれ者たちが一瞬唖然として、すぐに怒声をあげる。


「この野郎、いきなり殴るなんてブハッ」


 綺麗な蹴りが側頭に食い込み、最後まで口にできずに次の荒くれ者が横倒しになる。


「まぁ、仕方ない。こういうものだってわかってたよ。俺はしがない小悪党なんだけどなぁ。でもいいや、かかってこいよお前ら。レベルアップの検証をしよう」


 首をコキリと鳴らして、ランピーチは不敵な笑みを浮かべる。先程までの荒くれ者たちを怖がる姿はどこにもなく、ゲームを楽しむ残酷なプレイヤーの顔が浮かんでいた。


 

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