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33話 探索者ギルドと小悪党

「あぁ、これが住人から貰った金か。わかった、生活費として使ってくれ」


 ランピーチはチヒロが手渡す20万エレをあっさりと返した。ランピーチにとっては小銭だが、子供たちにとっては貴重な生活費となるだろうと、そのくらいの軽い考えだ。


 だが、チヒロはその予想通りの態度に焦りを覚えた。ここで受け取ると、まったく役に立っていないことを証明してしまう。


「えっと結構な金額ですし、チームのみんなにはご飯も服も布団もあります。しばらくは生活に困ることはありませんし、ランが使ったらどうでしょうか?」


 なので、なんとか使ってもらおうと、微笑んでお願いをするが、ランピーチは少し考え込むと、あっさりとお金を返す。


「うん、やっぱりいらない。これからもっと寒くなるし、大部屋にエアコン……は無理だろうから、電気式ストーブを買ってやれ。数台は買えるだろうよ」


 善なる言葉、だが、拠点の稼ぎにまったく無頓着であることも示しているランピーチの興味のない態度。このまま探索者として成り上がっていくために、情が湧かないようにとの態度にもチヒロには見えてしまう。


 ━━だが。


「わかりました。では、受け取っておきます。でもこれからは私たちも頑張りますので、少しは頼ってくださいね」


 と、少し不満げな感情を混ぜて、微笑みで返すのだった。


 なぜかというと、その理由は先程この部屋で漏れ聞こえた会話だ。


(あのお方という存在。どうやらこの拠点を利用している。配下のランもこの拠点を守らなければならない。だから今は大丈夫なはず。これから先まだ時間はあるとするなら、それまでに私の価値をランに指し示すだけよ)


 今はランピーチにとっては、価値のない守るだけの相手と思われている。そしてあっさりと捨てられる可能性は極めて高い。


 だけど、それは現状だ。未来はわからない。それまでに絶対に価値のある人間となるとチヒロは心に誓う。


 そんな強い決意を誓うチヒロとは温度差が違うランピーチ。この拠点は死亡フラグを防ぐための大事な拠点だし、チームの子供達はシステムに兵力として計算されなかった。その時点で守るだけの住人として認識しているのだ。

 

 そして住人の幸福度を上げるには施設の充実、宴会、プレゼントなのである。ゲームに従い金を振る舞いたいが、序盤も序盤のこの時点。施設のインテリアに金をかける余裕はない。


 なので、拠点を経営する時に発生するチュートリアルっぽい金の渡し方で渡されたので、暖房を買ってこいとあっさりと指示を出したのだ。


 拠点の生産力がゼロであるので、拠点からの金など貰えるわけが無いとの考えも前提にある。ゲーム脳ここに極まれりの男であった。


 そのため、チュートリアルクリアのログが表示されないかなと目を泳がせて、何も起こらないのでがっかりもしていたランピーチだ。


 あのお方の存在。その存在を仄めかすように口にした悪戯人工精霊はニマニマとランピーチの後ろで笑っていたりもした。


(ふふふ、あのお方なんて面白そう! ランピーチは全然気づいてないけど、この話が広がれば、楽しそうなことになるかもね)


 常に面白い流れにしようとするライブラとは別に、黙っているドライは、あのお方という雇い主がいるらしいと考える。


(ピーチお兄ちゃんはなんかすごそうな人に雇われてる。あのお方とかいう人に雇われるピーチお兄ちゃんはやっぱり凄い)


 そうして素直に子供達に話して、その噂に信憑性が増すのだが、それは少し後の話である。


 それぞれまったく別の考えをする立体交差点のようにすれ違う四人であった。


「あぁ、そういえばドライ、これやるよ、ほれ」


 思い出したように『氷雪の腕輪』を放り投げる。ドライは慌てて受け取ると、びっくりしてランピーチに顔を向ける。


「! これ高い。いいのピーチお兄ちゃん?」


 それはそうだろう、この腕輪を巡って命の取り合いをしたのだ。それがポンと渡されれば驚くに決まってる。


「それを装備して、もう少し金を稼いで、しっかりとした武装を整えるんだ。吹雪の中には必ず氷熊がいる。あいつは氷無効だがその腕輪があれば貫通できるし、ヒットポイントは少ないから、魔法使いなら倒しやすい。倒すと毛皮と精霊石を手に入れることができるからな。この冬場いっぱい狩りをすれば、『精霊鎧』を買うくらいは簡単に貯まる」


 氷熊は吹雪の間だけ現れるモンスターだ。その攻撃は爪と牙。クリティカル率も高くて、しかも継続地形ダメージ『吹雪』もあるので厄介だが、物理攻撃しかしてこない。『精霊融合エレメンタルフュージョン』にて魔法攻撃しか受けなくなる主人公たちにとっては良い金策となるのだ。


 いつまでもパーカーで、魔法頼り。序盤はそれでも進めるが、中盤から行き詰まるパターンである。なので、そろそろまともな装備にして欲しい。


 それに━━━ドライとのランピーチの死亡フラグはもはや存在しないことに、この間思い当たったのだ。


 なぜならば、ランピーチは序盤のイベントでドライに殺されている。他にも数人の主人公と出会い、必ず殺されるイベントがあるが、反対に言えば、必ず起こるイベントを乗り越えれば、その主人公に殺されるイベントはもはやない。


 それ以外の主人公だと、ランダムイベントで出会い殺されるし、イベントはスキップすることもできるので、死亡フラグ形成の管理がしにくいのだ。


 なので、ドライはこれから強化しても問題ない。それどころか、ランピーチの助けになってくれる可能性が高いとの判断である。


「えーっ、ドライはピーチお兄ちゃんと一緒に冒険する! 一緒のパーティー!」


「グヘェッ」


 だが、ドライはショックを受けて叫ぶと、容赦なく突進して鳩尾に激突。ちょっと痛いし、息も詰まるんだけど。


 ぎゅうぎゅうとしがみついてくるので、かなり苦しいんだけど。


 だけどもドライに強請られても譲る気はない。俺は効率的なゲーム攻略をするつもりなのだ。


 ━━━効率的な攻略を。


 脳がゲームの攻略へと切り替わる。意識が、感覚が、思考がすり替わる。


「だめだ。俺は俺の狩りをする。今は別に行動したほうが効率が良い」


「でも、ドライは役に立つ! 精霊魔法も━━」


 使えると叫ぼうとして、ドライはギクリと身体を強張らせて口を噤む。さっきまで普通の目であったのに、冷酷な冷徹な瞳をしていた。


「う、わ、わかった」


 その視線に気圧されて、渋々ながらも頷く。


 ライブラは気付いた。ランピーチ自身も気づいていないその瞳に。時折見せるこの世界を俯瞰する神のような瞳に。その瞳に魅了されるように興味深げに見ていた。


「それじゃ、ランはどうするんですか?」


 不思議そうに尋ねてくるチヒロに、ランピーチの冷酷なる瞳は元に戻り、ドヤ顔となりにやりと小悪党な笑顔で親指を立てる。


「『夢の島精霊区』だ。あの精霊区で金を稼いでくる」


 クエストを探す前に、死亡フラグを立てる前に、しっかりと準備を整えていかなければならないのだ。


 まずは探索者ギルドに向かわなければならないだろう。


          ◇


 探索者ギルドは地上街区にある。そのギルドは街の外、人類圏を超えた先にある『精霊区』と呼ばれる広大な世界を探索する者たちを支援する組織だ。 

 

 『精霊区』の探索は人類が生きるためのエネルギー物質、『精霊石』やモンスターの素材を採取するためであり、人類を滅ぼそうとする怪物たちの棲む区域でもある。


 『精霊区』は炎の世界、氷の世界、空間ごとネジ曲がって、迷宮となっている場所と命を何枚も賭け金にしても、足りない世界。


 しかし、その賭けに勝利をした見返りは大きい。たった一回の勝利で一般人の年収を稼ぎ、幸運であれば一生使い切れない富と名声が手に入る。


 その世界に飛び込むのが命知らずの『探索者』と呼ばれる者たちだ。


 その探索者を支援するギルドは地上街区にはいくつもあるが、最底辺の探索者用がスラム街区に近い場所に存在する。


 建物は廃墟ビルを多少改装しただけでひび割れもあり、蛍光灯も点滅し切れているところもある。酒場はないが、持ち込みの酒を綿が抜けて錆びたスプリングが覗く古びたソファに座り込み、探索者たちの中でも最底辺と姿で見せる者たちが馬鹿笑いをして飲んでいる。


 荒くれ者たちの酒場と化しており、受付もやる気のなさそうな無精髭を生やしたおっさんたちであり、素行の悪い者の中では、探索者たちと酒を交わしている者もいて、普通の精神の人間なら入ることはない。


 だが、そこに入る勇気ある者がいた。誰あろう一稼ぎをしようと立ち寄ったランピーチである。


「おつかれ様でーす」


 小声で挨拶をして、ドアを細く開けてそっと中を覗き込む。


「ギャハハハ、それでそいつスライムに取り込まれちまいやがってよ、体がどんどん溶けていくんだよ、笑ったぜ」


「そいつ、どうしたんだよ?」


「そりゃお優しい俺が、たった百万エレで助けてやろうとしたんだよ。そしたら金が無いってーから、念仏を唱えてやったさ」


「助けてやれよ、そいつ可哀想に」


「だって火の矢のスクロールもタダじゃねーんだ。金のない新米にゃ使えねーよ」


 荒くれ者たちの会話である。


『入らないの、ソルジャー?』


 ドアの隙間から覗くランピーチの前にライブラが顔を覗き込む。


『黙れライブラ。わからねーか? あの会話を! あんな恐ろしい会話をする集団を乗り越えて、善良な男がこの中を進んで、カウンターまで向かう。絶対に絡まれる、見える、見えてしまうぞ、絡まれる俺の未来が!』


 ガクブルの小心者の小悪党ランピーチだ。一般人のランピーチは正直回れ右をしたい。


『うーん、それは大丈夫じゃないかなぁ。ソルジャーは自分の顔を見たことがある? 小悪党マックスの顔は、中の人よりも悪そうだよ?』


『……そっかぁ? うーん……スキルが俺の善良性を打ち消して、あいつらの同類としてしれっと入れるかね?』


 漫画のような不良学校で、まともな制服を着ている者が入ると確実に絡まれるが、不良ですよと、崩した制服と染めた髪で入れば、同類として絡まれない法則。


『うむ、サポートキャラよ。ようやく正しいサポートをしてくれたようだな』


『えっへん、いつでも頼ってくれて良いのさ。私は敏腕サポート人工精霊だからね!』


 初めて役に立ったかもとランピーチが褒めると、ふくよかな胸を揺らして、ライブラはドヤ顔となるのであった。


「ちーすっ、お疲れ様でーす」


 なので、ドアを乱暴に開けると、肩を揺らして堂々と中に入るランピーチであった。


          ◇


「━━━だめじゃねーか!」


『あはは、そうだね。でもおかしいなぁ、あはは』


 腹を抱えて笑うライブラ。


 そして、ランピーチはといえば、額を押さえて悲しげにため息を吐いていた。


 ランピーチの眼前には、先程の荒くれ者たちが倒れ伏しているのであった。

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