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30話 ランピーチマンションの住人

 チヒロはベッドのシーツを買ってきたばかりのシーツに変えシワを伸ばして、ウンウンと頷く。今までは泥汚れが目立ち、直に寝るよりはマシだという理由だけで使っていたシーツは、新品となり、その純白のきれいな布地が眩しいくらいだ。


 掛け布団も同じく新品となり、冬場にはまだ厳しいが、それでも以前のぺらぺらの薄さの掛け布団というのも烏滸がましい布切れとは雲泥の差である。


 ベッド自体はパイプベッドで、錆びた部分も垣間見えてスプリングなどはない古ぼけた物だが、シーツに隠されて見えないから気にしなくて良いだろう。


「ツヨシの襲撃でもう終わりだと思ってたけど……まさかこんなことになるなんてね」


 ランピーチだけしか戦えない拠点だ。冬の間になんとか逃げた者たちを連れ戻して、戦力を高めようと思ってたのに予想外の結果となったと、昨日の出来事が夢であったのかと、チヒロは疑う。


 だが、夢ではなく現実である。ランピーチは命懸けでチヒロを救い、その後で圧倒的な戦力のツヨシたちを殲滅した。


 容赦のない対応だった。元仲間であるツヨシたちを命乞いも許さずに殺したのだ。チヒロも死んだツヨシたちに元仲間だからと同情などは一切持たない。拠点の金や物を盗んだ挙げ句、チヒロを人質にして拠点を奪おうとしたのだから、同情どころか、ザマァ見ろと思う。


 その残酷な対応ぶりから血も涙もない人かと思えば、チヒロを救い、困窮する子供たちを太っ腹にもポケットマネーで救っている。住む所を用意し、食べ物を与え、危険から遠ざけている。


 冷徹な部分と善良な部分が見えるが、極端であり、中途半端なところが見えないので、ランピーチの性格がいまいちわからなくなってきた。


 わかるのは以前のランピーチとは明らかに違うということだけだ。


「どちらが本当のランなのかしら……それにランはどんな組織と繋がりを持ったの? いったいランになにがあったのかしら」


 疑問は尽きることはない。なにがきっかけとかというと………。


「あの怪しげなポーション? いえ、違いますか。あの地下室はだいぶ昔のものだったし、埃も積もって誰も訪れたことはなさそうだったもの。それに無造作に棚に置かれていたし」


 ランピーチが変わったのは近場の古い廃墟ビルで崩壊した床から覗いた地下室の中に置いてあったポーションを飲んだタイミングだ。埃だらけだが、完全密閉されているようで、中身は無事だった。信じられないことにランピーチは酒かなにかだと思って飲んだのだ。


 その後は頭が痛いと具合が悪そうにしていたが、そのすぐ後であると思い出す。しかし、おかしな力を手に入れたのなら、強くなるだけ。人工精霊とかは手に入れることはできない。


 結論はやっぱりわからないということだけだった。


 それでも、以前のランピーチの方が良いかと言われれば、今の方が断然良い。前のランピーチは弱者をいたぶり、金は独り占め、仲間を使い捨ての駒と考えていた。ユウマの試験も以前のランピーチなら、死ぬくらいに暴行し、捨てていただろう。


 ユウマが連れていた仲間たちも飢え死か凍死で、よくあるスラム街に転がる屍となっていたことは間違いない。


「かけふとん〜、かけおふとん〜、あったかあったかあったかおふとん〜」


 少なくとも小さな子供を保護することはないと、いつの間にかベッドの上に座って掛け布団を体に巻いて楽しそうに歌う幼女を見て、クスリと微笑む。


 ランピーチをパパと言って懐いている子供だ。以前のランピーチなら相手にしないで蹴っ飛ばして追い出していただろう小さな幼いか弱い子供、コウメだ。


「パパしゃんのおふとんあったかいよ、チヒロねーたん。ぬくぬくだよ〜」


「キュキュー」


 コウメはパパしゃんのおふとんに包まれて嬉しくってお歌を歌う。パパしゃんに歌って上げる前に練習をするのだ。うさちゃんも一緒に連れてきている。


 ゆらゆらと身体を揺らして、隣に座るうさちゃんとお歌を歌う。


「おうたうまいかな〜? チヒロねーたん」


「そうね、きっとパパは喜ぶと思うわよ。それと私はチヒロママと呼んでくれれば良いからね」


「ママ?」


「そうよ、ママよ。チヒロママ。ね? ランがパパなら、私はママ」


 ここぞとばかりに、ランピーチとの関係を深い仲だとアピールしようとするチヒロ。周りに人がいるときに、コウメがランピーチをパパと呼び、チヒロをママと呼んでくれれば、周りの見る目もそのような関係なのだと思ってくれるだろう。


 これからのランピーチはもっと強くなり、もっと金を稼ぐ。その場合、周りの女性がほうっておくわけがない。なんの特技もないただの小娘であるチヒロでは勝ち目はない。なので、既成事実化させようと企むチヒロであった。


 優しく頭をなでてくれるチヒロ。ママしゃんと呟いて、チヒロをじ~っと見て、コウメはふむむと声を上げて、きっぱりと告げる。


「チヒロねーたんはママじゃないよ。ママしゃんはね〜、おむねがおっきいの! んとね、ぼーんぴきゅんときゅん?」


 時に子供は残酷であった。コテリと小首を傾げて、チヒロの弱点を笑顔で素直に教えてくれた。


「その定義を貴女に教えたのは誰なのか調べてみませんとね……」


 どうやらコウメを利用するのは無理らしいと、チヒロは嘆息して……。


「バストアップの体操を……いえ、ランに大きくしてもらう体操を手伝ってくださいとお願いする方法がありますね………」


 めげずに新たな作戦を思いつき、含み笑いをするのであった。ランピーチの恋人の立場を誰かに渡すわけにはいかない。なにせこれからお金を稼ぐ有望な物件なのだ。計算高く、チヒロは決意するのであった。それだけだ、良い暮らしをするためにランピーチから離れるわけには行かないのだ。


「チヒロねーたんのほっぺあかーい。ね、うさたん」


「キュキュー」


 無邪気なコウメの言葉に、そっぽを向くチヒロ。


「ランが金を稼ぐからよ。そう、そうなの……そうなんだから」


 誰に言うともなく、小声で呟きチヒロは頬を隠すように押さえるのであった。


          ◇


 ランピーチマンションは、現在補修中だ。ハタラカンチュアが休むことなくせっせと働き、電線や水道管は直されていき、ビル壁のヒビはもちろんのこと、穴すらも塞がれて、急ピッチで廃墟ビルから、元の立派な富裕層が住んでいてもおかしくないマンションにその姿を戻そうとしている。


 その中でも優先的に修復されているのが、ランピーチの部屋と、チームの子供たちが住む上階だ。


 人間というものは環境に依存する。ついこの間まではゴミだらけで、泥にまみれて暮らしていても、平気な顔でいたのに、壁が補修されて、きれいになると、途端に汚さが目につくようになる。


 特に自分たちが住む大部屋で、新品の布団を敷いて寝るとなれば、これからの自分たちの住む安全な場所となれば、その意識は大きくなる。


 ユウマたちもその例に漏れずに、綺麗な床となって、小さな瓦礫が目立つようになり、自分たちの服も綺麗となったことで、途端に汚さが気になり、掃除をしていた。


 だが、嫌そうな顔をしている仲間は誰もいない。皆は嬉しそうに瓦礫を外に捨てて、楽しげにおしゃべりをしながら働いている。


 養護院ではおしゃべりをしていたら、先生に折檻を受けていたが今は自由だ。それにまともなご飯も用意してある。


 働いて、ペコペコになっても、お腹を満たすご飯が待っている。電気代がもったいないと、保温せずにだいぶ前に炊いて置かれたために、冷たくなったご飯やお湯のようなお味噌汁だけではないのだ。


 合成食品ではあるが、お弁当として食べられるガドクリーランチが待っている。


「これで瓦礫はもうないか? 金目の物もないよな?」


「うん、これで全部かな」


 ユウマたちは瓦礫を片付け終わり、一息つく。少し汗をかいて、風邪をかかないようにタオルで拭う。


「ほーい、ランチできたよ~、掃除班もきたれきたれ〜」


 仲間がお湯で温めたランチを掲げて呼ぶ。お腹ペコペコだよと、ユウマたちは声をあげた仲間の前に集まると、ランチを受け取り蓋を開く。モワッと湯気が出てきて美味しそうな匂いが鼻をくすぐり、知らずに頬が緩んでしまう。


「キュキュ〜」


 隅っこで寝ていたうさぎたちがご飯の匂いに感づいて、可愛らしい鳴き声で集まってくる。真っ白な毛皮でもふもふで、鼻をスンスンと鳴らして可愛らしい。少し大きなウサギだけど、誰も気にしない。


「お、お前もランチ食べるか? この人参食べるか?」


「キュキュ〜」


 この間までは動物に、ご飯を上げるなんて考えもしなかった。その余裕もなかった。残飯を漁り、襲われないようにと、路地裏で集まって震えて寝ていたのだ。


 だが、今はご飯はたくさんあるし安全でもある。うさぎにご飯を分ける余裕ができて、それだけでも幸せだと皆は思う。


「このウサギが敵を倒したって本当かなぁ?」


「嘘じゃないか? 誰も戦闘しているところ見たことないし」


 少女の一人が弁当を食べ終えて、そばにちょこんと座るウサギを眺める。少年がスプーンを口に咥えて、ウサギはチゲーだろと答える。


「だよね、こーんなに可愛らしいんだもんね。それにとっても暖かいし」


「キュキュ?」


 少女がもふもふのウサギに抱きつき頬ずりする。ウサギはなんのことと首を傾げてスンスンと鼻を鳴らす。


 この冬は、寒さに耐えるために、皆は身体を寄せ合って寝ていた。新しい布団を買ってもらっても、雪降る寒さでは厳しいが、昨日からはうろちょろと歩いていたウサギたちと一緒に寝てみたら、その毛皮がとっても暖かく、ホカホカで寝られたのである。


「今日も一緒に寝ようね、うさちゃん」


「キュ」


 何もわかっていないような顔のうさぎに、皆が相好を崩す。


「今日のおやつは何にしよっかな〜、これにしゅるかな〜」


 先にご飯を食べ終えていたコウメが部屋に入って来ると、隅っこに置かれている『コウメのたからもの』と書いてある段ボール箱に手を突っ込み、お菓子の入った小さな袋を取り出す。


 先日、皆にプレゼントされたお菓子だ。コウメが選んだお菓子セット大パックというものを皆はランピーチからプレゼントされた。

 

 ある仲間は、他のスラム街の住人たちとの交換用。ある仲間は盗まれたりする前にと、一気に食べきって、ランピーチの自称娘はたからものとして少しずつ食べていた。


 お菓子なんて食べたことがないから、コウメは大喜びだ。手に持ったのはたまごボーロである。


「うさたんもたべりゅ?」


「キュキュッ」


 コウメの後ろについていたウサギが、コウメが手のひらに乗せたたまごボーロをスンスンと鼻を鳴らして匂いをかいで、ぱくりと食べる。


「うさちゃんもたまごボーロ食べるんだ〜」


 その可愛らしい食べる様子に、頬を緩ませる皆だが━━━。


「なにがキュキュー、うさ! うさがこの子のペットになるうさ!」


「うさもほしいうさ。お前、もう代わるうさよ」


「きっとこの子はお菓子をくれると思ったの。先見の明があっただけうさ! たまごボーロは渡さない! こら、ヒゲを引っ張るなうさよ!」


 隣りにいたはずのウサギたちが、コウメにたまごボーロを貰ったウサギに群がって醜い争いを始めていた。お互いの耳や尻尾を掴んで引っ張り合い、外見の可愛らしい姿を裏切っていた。


「えぇ〜、会話できたんだ」


「そういや、昨日喋っていたような……」


 キュキュしか鳴いてないから騙されたと、乾いた笑いをする。


「私もまだお菓子残ってるんだぁ」


「あ、俺も実は残ってる」


「食べちゃおう! えっとチョコレートかな」


「皆でおやつタイムにしようよ」


「キュキュ」


「いや、その演技はもう無理があるよ」


 そんなドタバタしている光景をみて、みんなはおやつを食べ始める。心が乾いた土に水を得たように、幸せが芽吹き、微笑むのであった。

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