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3話 ボスの小悪党

 廃ビルと思われていた建物はどうやらスラム街の自分のチームの拠点らしい。少女がランの部下たちが待っているわよと伝えてきたので、チームのボスだと推察できた。


 廃ビル内は各部屋に元から設置されていたはずのドアはなく、廃材置き場から持ってきたのか、バラックが立て掛けられて、とりあえずのプライバシーを守ろうとしている。


 時折垣間見える部屋内は、泥で塗れたマットレスと、汚れたペットボトル、住人はほつれどころか、穴だらけで破れそうな薄汚い服を着込み、少女を連れて歩く男を恐る恐る覗き込んでいた。その目には恐れと嫌悪が見えるので、ランピーチの立ち位置を嫌でもわからせてくる。そして、その悲惨な暮らしぶりも。


 ランピーチ・コーザと名乗り、この夢を楽しむことにした男は、そのディストピアの様子に内心で心をワクワクとさせて、悪役にふさわしく、ブーツを履く足をわざと強く踏み込み、足音が聞こえるように、威圧的に歩いて、皆が怯えるのを楽しむ。


「おぅおぅ、何を見てるんだ、こりゃぁっ」


 風を切るように肩を怒らせて、できるだけ悪者っぽく歩く。オットセイの真似をして、周りを威圧しながら機嫌良く鼻歌も歌う。


 もちろん男は現実では普通の社会人。人を痛めつけるのに嫌悪と恐れを持っており良識もある。だが、ゲームの中や、ましてや夢の中ではストレス解消と、少しばかり残虐に行動しても構わないと考えている。


 時折天井が崩れて瓦礫で埋まり、道を塞いでいるが、そのたびに少女が迷うことなく歩くので、わざと歩幅を少女に合わせて、僅かに後ろからついていき、案内するように誘導する。


 ランピーチとなったのに、道がわからないなどあり得ないからだ。不自然な態度が面に出ないように気をつけている。夢なのだから補正は効くだろうが、それでもリアル感を楽しみたかった。


「あの……私に歩幅を合わせてくれてありがとうございます」


 だがその行動は奇妙に思えたらしい。少女にとってランピーチという男は遠慮なく前をズカズカと歩き、少女のことなど気にしないからだ。


 だが、今日は少女の歩幅に合わせてくれている。先程の洗顔も合わせて、違和感を感じたが、表情には出さずにお礼という形でなにがあったのか確かめようとしていた。


 そのことに気づかない男は、少女を見て少しだけ思案すると答える。


「いや、別に。お前の後ろ姿も可愛らしいと思ってな」


「えっと……ありがとうございます?」


 照れると言うより、変なことになる少女はランピーチの顔を窺うようにしていた。


 本当のことを言う訳にはいかず、誤魔化しのセリフをなんとなしに言う。少しばかり臭い言葉でイケメンにしか許されないセリフに思えるが、今の自分は夢の中、横暴なる悪人ランピーチ。なにを言ってもよいだろうと、考えていた。


 本音を言えば、部屋の中とかどうなってるの好奇心旺盛に詳しく知りたいが、夢の中でもキャラの個性は守らないとなと一応自重する。


 というか、この少女の名前は何だろう? さすがに、お前の名前はなんだっけとは聞けない。明らかに親しい関係。恋人と言うには歳が離れてはいるが、薄汚れているとはいえ、美少女だ。ランピーチならば囲っていてもおかしくない。記憶喪失という設定ではないのだ。尋ねる方法を考えるか、他の奴が名前を呼ぶのを待つしかない。それまでは強面を利用して睨むだけでよいだろう。


 でも、どこかで見たことあるんだよなぁとは思いつつも思い出せないので、ランピーチのように悪人役ではなく、ほんのちょい役なのだろう。


 まぁ、結局はどうせ夢だしと男は考えるのを止める。


 瓦礫があるせいで迷宮のような入り組んだ廃ビルの中を通り、ようやく目的地らしき場所に到着する。それは分厚い金属製の両扉がある部屋だった。今は開け離れており、部屋の中には十人近くの男たちがいた。


 とっても人相が悪く、着ているものはランピーチと同じである。防弾服と汚れてはいるが頑丈そうな服。髪型は適当でザンバラ頭だ。『パウダーオブエレメント』はリアリティを重視しているので、とんがった髪や変わった髪はいない。そりゃ、髪型は維持するのに金がかかるので、リアリティを大事にするとザンバラ頭になるわけだ。


 夢でなければ、こんな恐ろしい集団のいる部屋には入りたくない。


「あ〜、今日はなんだったか。なんの集まりだ、これは?」


 ドレッドヘアーの髪の毛を乱暴にかきつつ、不機嫌そうな顔でランピーチは部屋の中にいる男たちへと睨むように尋ねる。


 目的地不明。目的条件不明。ならば、尋ねたいが、その方法は俺につまらねぇことをやらすんじゃねぇだろうなぁと不機嫌そうな顔で睨むという方法だった。


 部屋の中の男たちはニヤニヤと媚びへつらう顔でランピーチを見て、その中でも熊のような体格の男が口を開く。


「あぁ、ボス。今日は新入りの試験だろ? こいつがどれだけやれるのか試すのが、チームのルールじゃねぇか」


 たぶんナンバー2。他の男たちもニヤニヤと嗤っており、ドンと若い少年を前に突き出して来た。15、6歳くらいで目つきは少し鋭いが体格も普通の少年だ。


「上納金がねぇけど、どうしてもチームに入りたいって言うからよ。だから試験を受けさせようって伝えたじゃねぇか。なんだよ、チヒロ、伝えてねーのかよ」


「私は伝えたわよ、ツヨシ。ランが今日は少し疲れているようなの」


 少女の名前がチヒロだと判明した。そしてナンバー2はツヨシと、ランピーチはラッキーと内心で喜び、メモしておく。


 そして、これは慣例的な虐めなのだろう。少年は栄養不足であるのか、痩せているし、ランピーチに敵うわけがない。ボコボコにされて廃ビルの外に放り出されておしまいだ。


 嫌な慣例だと、ランピーチは目を鋭く細めて舌打ちする。虐めは大嫌いだ。たしかに悪党のチームにふさわしい試験、夢の中とはいえ納得であるが……モヤモヤする。


「お前、本当にやる気か? 俺と戦おうってのか? まともに戦えなかったからボコってビルの外にポイ捨てだぞ?」


「あぁ、や、やってみます。お、俺がこのチームに入れば」


 威圧すれば逃げるだろうと思いきや、少年は強い意思を示すように見返してきて、反対にランピーチの方が怯んでしまう。身体はランピーチだが、中身は喧嘩もしたことのないおっさんなのだ。その精神はか弱いのである。


「それじゃ、仕方ねぇ。せいぜい頑張るんだな!」


 だけど、ここは夢の中なのだ。まぁ、良い気分で目を覚ますことはできなさそうだが、仕方ないなと拳を構えるのであった。


           ◇


 金のない身の程知らずのスラム街の少年など、チームにとっては公開処刑の生贄である。いつもボコボコのして気絶したら、残念だったなと嘲笑をぶつけて服を剥ぎ取りゴミのように捨てる。


 たまのチームの娯楽であった。


 そのはずであった。


 だが、いつもはランピーチの強さとボコられる生贄を見て歓声をあげるはずのチームの男たちは戸惑いの表情を浮かべていた。


「……なぁ、ランピーチのやつ、本当に調子悪いんだな」


「そうね……朝から変だったわ。そういえば昨日崩落して見つかった地下があったでしょ? そこにあった変なポーションを飲んだわね。それから悪酔いしたようにふらついて寝てしまったの」


「なんだそりゃ、馬鹿なのかよ。普通そんなの飲むか?」


「お酒代わりといって飲んでしまったのよ……それから調子悪そう」


 ツヨシとチヒロの視線の先は、少年と殴り合いをしているランピーチの姿があった。だが、いつもは視線で威圧して、動けなくなる相手を力任せで殴って強引に終わるパターンなのに、今日は違った。


 有利なのは変わらないが、少年の隙を狙うかのように殴るのをためらい、後が無い少年が殴って来るのを許していた。


「あだだ、あでっ」


 そしてとっても痛がっていた。喧嘩慣れしていないバタバタした喧嘩である。下手をすれば、少年が勝ちそうである。少年は別にちっとも強そうには見えないし、その動きもひょろりとしたものなのにだ。


「そうか……調子悪いのか……そりゃ心配だ」


 ツヨシはその様子を見て、口元を薄く笑みに変えていた。


 皆が戸惑っている中で、一番戸惑っていたのがランピーチその人である。


 バスンと腹に拳が食い込み、顔を歪めて少年に思わず蹴りをいれる。少年はあっさりと吹き飛び床に転ぶ。ランピーチの体格なら楽勝なのだ。それはわかっている。


 わかってはいるのだが━━。


(パンチ見えねーよ! 怖くて見れねーよ! 漫画とかだとはっきりと見えるのに、気づいたら殴られてる。もしやこいつは体術の天才?)


 体術の天才ではない。ランピーチが、いや、中の男が喧嘩慣れしていないだけである。一般人では相手が殴ってきたら、見切って受け流すとか無理だ。パンチを防ぐには腕を持ち上げてガードするしかない。


 なので先手必勝、どんどん殴りかかるのが素人の喧嘩の初歩である。だが、男の普通の精神では少年を殴るのを気にしないなどとできなかった。でも、ガードをするのはボスとして情けない。なので、互角の喧嘩となっていた。ランピーチが筋肉の塊でなければ、負けていたのは間違いない。


(ちくしょ~、これは夢、夢の中……リアルすぎる夢だな、おい!)


 覚悟を決めると、立ち上がってきた少年へと思い切り拳を振り上げて頭に叩きつける。ゴスッと鈍い音がして、少年は倒れると気絶するのであった。


 本来は喝采するであろう男たちはなんとか勝ったランピーチを褒めて良いのか迷い黙っている。


 これはやばいとランピーチは手を乱暴に振ると不機嫌そうに怒鳴りつける。これはまずい展開だと自分でも思っていたからだ。


「こいつはなかなかやるな、チーム入りだ。これでショーは終わりだ、ほら出てけ!」


 ランピーチが調子が悪いのは見てわかるので、チヒロたちは部屋を出ていく。その様子にホッと安堵しながらも、床に座ると半眼となってしまう。


「ランピーチのステータスってどうなってんだ? えーと、ステータスオープン、駄目か、ウィンドウオープン、これも駄目。……4。よし、ビンゴだ」


 ステータスを見るべく、何回か試行して、そういやパソコンで設定していたステータス表記キーは4だったなと呟くと眼前に半透明のステータスボードが表記される。


 ネームドキャラなのだからオリジナルキャラよりも強いだろうと期待して眺めていき……段々と顔を歪めていく。


ランピーチ・コーザ

経験値:864

HP:36

MP:0

体力:18

筋力:20

器用度:11

敏捷:8

精神:10

魔力:0


固有スキル:小悪党レベル4

スキル:ピッキングレベル2、筋肉向上レベル1


「そりゃ、素人にも苦戦するよなぁ………」


 戦闘スキルが一つもない。よくぞこれでチームのボスを張っていたものであると、ある意味感心しながらも、ため息を吐き、眉間に皺を寄せてしまう。


「仕方ない……『リセット』だ」


 ランピーチだけが残る部屋で、ぽそりと呟くのであった。

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