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29話 戦果を金に変える小悪党

「三百万エレだな」


 クリタ雑貨店の店主である貧乏人に自称優しい男クラタは、カウンターに置かれた精霊鎧『影蛇シャドウバイパー』を鑑定して、優しい金額を口にした。無論、優しいのはクリタにとってである。


「おいおい、良く見てくれよ、これ新品同様だぜ? 下取りに出したら五百万エレはするだろ? それを三百万エレはボッタクリすぎだろ。もう少し譲歩をしてくれても良いんじゃないか?」


 カウンターに肘をつけて、ヘラヘラと軽薄そうな笑みで文句をつけるのはランピーチだ。不満を露わにせずに、それでもしっかりと値段交渉をしてくる姿は、盗んだ品物を売りに来て儲けようと考える小悪党にしか見えない。


『小悪党が発動しました。好感度がマイナスから始まります』


 身体をカクカクと動かし、ブリキ人形のように口をパクパクさせて、ライブラが言ってくる。


『止めてくれる、そーゆーシステムみたいな口調で、嫌がらせをするの? 俺、泣いちゃうからね?』


『ごめんね、ソルジャー。あまりにも似合っている行動だったからさ。お詫びにこしょこしょ〜』


 二人の様子を見て、からかってくるライブラである。他者視点から見たら、どう見えているかを教えてくれた模様。完全な嫌がらせであり、面白がってもいる。


 でも、姿をランピーチ以外には見えないようにしながら、自分の銀髪ツインテールを手に持って、ランピーチのこしょこしょと頬を撫でながら、小悪魔のようにクスクスと可愛らしく笑うので、本気で嫌がることはできない。


 なにせ美少女がからかってくるのだ、男にとってはご褒美と言えよう。跳ね除けることも嫌がることも無理なので、男心をわかっていやがる、小悪魔めとランピーチはされるがままになる。


 ランピーチとライブラが微妙なるイチャつきを見せるが、一緒についてきたチヒロとドライはほのぼのする会話をしていた。


「さ、三百マンエレデスカ、三百エレじゃないんですよね?」


「しっかりする。三百万エレだと、美味しいご飯食べられる?」


「な、なんでも食べることができると思います。多分地上街区の定食屋にも入れると思うの」


「ん、それは凄い。ランピーチにおねだりする。グネグネとして身体を押し付ければ良い?」


「上から胸がチラ見できるように胸元がぶかぶかの服で、くねくねと押し付けるのよ」


 あまりほのぼのとはしていない会話であった。たしかにそういったブラチラの方がエロスを感じるものがあるかもしれない。


 だが、チヒロとしても普段ならこんな話をランピーチの前で話さないくらいには理性が働いている。だが今回は無理であった。


 チヒロもドライも三百万エレなんて大金は見たこともない。スラム街でそれだけの大金を手に入れれば、殺してでも奪い取る者たちが列を成して襲いかかってくるのは間違いないくらいに大金だ。


 なので、クリタが提示した金額は彼女らの思考を止めて、オロオロとどうしようかと困惑するのであった。


 だからこそ、ランピーチが喜んで頷くと考えて、交渉を始めるとは夢にも思っていないし、聴き間違えだと頭が理解を拒んでいた。


 そんな混乱する二人を横目に見て、普通はそういう態度になるよなと、クリタはさらなる金額の上乗せを求めるランピーチに違和感を覚えていた。


(なんでこいつは大金を提示しても意に介さねーんだ? 大金に喜んでいることはわかる。だが、大金に畏れや怯みがねぇんだ。それにこの精霊鎧『影蛇シャドウバイパー』をどこで手に入れたんだ?)


 『影蛇シャドウバイパー』は探索者に人気のない精霊鎧だ。隠蔽にリソースを振っているために、身体能力の強化も弱いし、魔法もろくなものがないために、モンスターとの戦闘に役に立つとは云えない。対人用の暗殺兵器として扱われる事が多い。それでも精霊鎧は普通の武器とは桁が違う価格の兵器だ。


 この間の『氷の飴玉』を盗むのとはわけが違う。精霊鎧は嵩張るし、厳重なセキュリティであるために、店からも倉庫からも盗むことはできない。盗もうとした時点で警備に殺されるだろうし、小悪党ぽいランピーチに盗めるとは到底思えなかった。


 そこが違和感を感じる。


「この精霊鎧はどうやって手に入れたんだ? 盗品だと、うちも扱いに困るんだがなぁ」


 なので、あえて挑発的に顎を上げて、見下すように言う。ここで、挑発的に負けて口を滑らせて入手方法を教えてくれればと算段していた。


「襲いかかってきたやつを返り討ちにしたんだ。盗品じゃない」


「あぁ、スラム街は治安が悪いからな。わかるぜ精霊鎧を着た奴が襲ってきたんだろ?」


(嘘つけ。そんなしょぼい武装で精霊鎧を着た奴を殺せるか。しかもこの精霊鎧は新品同様、傷もねぇ。少し使われた痕跡はあるが、完全なメンテナンスが行われている。絶対にスラム街に転がってて良い品物じゃねぇんだよ!)


 精霊鎧はランピーチがリペアで修復した。それにより、地上街区の中心にある兵器工場でも、ここまで高度なメンテナンスが行えないレベルで修復されて新品同様となったのだが、ランピーチはステータスとして修復されたとしか表示されなかったので、そこまで高度なメンテナンスが行われたとは、ゲーム感覚のために気づかなかった。


 当然と言えるだろう。ゲームでの修復は高度なメンテナンスが行われたなどとは表示されない。ゲームと現実との差異であり、ランピーチの認識に対する弊害でもあった。

 

 そして、ゲームの世界での売却価格を知っている為に、三百万エレは安すぎると確信を持って交渉に至っていた。その金額が五百万エレなのである。


 ライブラはランピーチの認識がズレていることに気づいていたが、尋ねられないので答えることはない。ランピーチという不思議な人間を解析するヒントになればとも考えて、自身が積極的に教えるつもりはなかった。


「ふむ……まぁ、良いだろ。それじゃ五百万エレだな。どの口座に入れれば良い?」


 ここに来て、クリタはランピーチへの態度を変えることにした。外見からくるイメージと、齎される結果が違うランピーチに興味を持ったのだ。


(ポーションが必要だったのはこいつだろう。だが死にもしないでピンピンとしていやがる。動くときに痛みを感じるような表情になるから怪我はしているんだろうが…)


 とにかく普通ではない。見た目と違い、こいつにはなにかがあると、金の匂いがすると、長い付き合いになるように舵の向きを変えたのだ。


「口座……持ってねぇ」


「はぁ? お前さん探索者だろ? 口座作れよなぁ。それじゃ現金か。少し待ってろ」


 気まずそうにそっぽを向くランピーチに、やはりこいつはただの小悪党かもしれんと、クリタはランピーチの評価を少し低くしたのであった。


 ドサリドサリと札束が目の前に積まれて、チヒロとドライは息を呑む。ランピーチはというと、円ではなくエレの札束は玩具みたいだなと改めて思い、物珍しそうに眺めるだけで大金を前に感動した様子もない。


「それじゃ、少しはうちで買い物をしとけよ。値引きしてやっても良いぜ」


 その様子がスラム街の人間としてはまったくふさわしくないことにランピーチは気づかなかったので、ますます興味を持つクリタは商人の笑みで買い物を勧めるのだった。


         ◇


 その後、ランピーチたちはクリタ雑貨店に置いてある作業服を買い込んだ。灰色で飾りもないが頑丈そうで今までの服とは違い、少しだけ冬でもましな厚さの服だ。

 

 警戒されないように、店外に待たせていたユウマたち少年少女たちを店に入れて、ぶかぶかではあるが大人用の作業服を30着購入。一着八千エレで合計24万エレ。そして冬でも一応は暖かそうな厚手の掛け布団に敷き布団一式二万で60万エレ。半分の子供たちはドライの護衛で布団を持って拠点に戻る。


 服は今までの薄布に襤褸切れのようにほつれや穴が開いていたり、少し臭う服とは違い、まともである。それは地上街区の外縁なら店に入っても追い出されない姿だった。


「まぁ、無骨なのは勘弁してくれ。着飾るのは自分たちで稼ぐことができてからにするんだな」

 

 肩を竦めてランピーチは隣を上機嫌で歩くチヒロに言う。


「いえ、ランがここまでの物を用意してくれたんです。皆はとっても喜んでます」


 チヒロは笑顔を見せて心から礼を言う。それは本心だ。人質となったときも命をかけて助けてくれたし、今度は稼いだお金を太っ腹にも皆へと服や布団、そして食べ物としてプレゼントしてくれている。


 今までのランピーチとは明らかに違う。雰囲気はこれまでよりも小悪党に見えると少し酷いイメージを持っていたが、その行動は優しい。これまでよりも心を近づけたいと無意識に願い、ランピーチの腕に寄りかかる。


「あだっ。すまんチヒロ。少し離れてくれ。戦闘での傷が治ってねーんだ」


「あ、はい。すいません」


 だが、本来は嬉しいが、ジャコツとの戦闘ダメージが治っていないランピーチは痛さで顔を顰める。


 ロマンチックなイベントを台無しにする能力もランピーチは持ち合わせているのかもしれないと、微妙な笑顔になりつつも、守ってくれたランピーチに感謝をするのであった。


「こ、これも買っても良いのか、ボス?」


「あぁ、一ヶ月分の食料だ。どんどん買ってけ、買ってけ」


 そうして、皆が訪れたのはスーパーだ。ユウマが段ボール箱に詰まったガドクリーラーメンを恐る恐る見せてくるので、適当に手を振りランピーチは答える。


 一行はスーパーに来た。探索者御用達の有名なスーパーで、簡単で栄養がとれる食料が山と売っている。スラム街の少年少女たちにとっては、圧倒される光景であり、怯んでしまうのも無理はない。


 それでも、荒っぽい探索者たちも同じように買い物をしているので、スラム街の光景にも似た感じがして、なんとか買い物を始める。

 

 ガドクリーラーメンにガドクリーランチ。一食100エレもしないが栄養はある。ガドクリーランチはラーメンよりも少しはマシだ。少年少女たちが食事をする光景を見ても罪悪感は湧きにくい。


「これは買っても良いのかな?」


「うん、ガドクリー製品だし大丈夫だと思うよ」


「これだけあれば冬も安心だよ」


 山程の食品を前に、笑顔で籠に入れている少年少女たち。これから本格的な冬が始まる前に服や布団、食べ物と幸福が形になって幸せそうだ。


「………」


 だが、コウメが裾を摘んでじ~っと見つめている先。


「おかーさん、このお菓子買って良い?」


「仕方ないわねぇ。一個だけよ」


 スーパーに買い物に来た母親と子供のやり取りを見て、指を咥えて黙ったままだ。羨ましそうにしているが、おねだりをするわけでもない。ランピーチは幼いのに我が儘を口にしない様子に悲しくなり嘆息してしまう。


 コウメの頭にポンと手を乗せて笑ってやる。


「ほら、コウメ。お菓子を一つだけ買ってこい」


 こんな可哀想な顔を子供にさせたくない。


「良いの、パパしゃん!?」


「あぁ、できるだけたくさんお菓子が入っているのを買ってくるんだな」


「あい! できるだけおっきいのかってきましゅ!」


 転がるように勢いよくコウメはお菓子コーナーへと走っていく。お菓子ももちろん欲しかったが、母娘のやり取りが羨ましかった。パパしゃんが、同じように頭をポンと撫でてくれて言ってくれたので、嬉しくて満面の笑顔だ。


「どれにしよっかな〜。このおいちそーなえのにしよっかな〜」

 

 そのウキウキとした足取りと、お菓子を手に持って迷う微笑ましい姿に、見ていてランピーチも嬉しく思う。


「ゲームの世界。そう考えても救いは必要だよなぁ」

  

 人々の笑顔というものは、どんな時でも生きる活力になるかもしれないと、微かに笑う。


「やっぱりランは変わりましたね。優しい顔をしています」


「そうかねぇ。残酷になったかもしれないぜ」


 チヒロの言葉に素直に頷くことはできない。これからどうやって生きてゆくか、選択肢により変わるだろう。


 ツヨシたちを殲滅したことも、子供たちを助けることも、どちらもランピーチは選んだ。これからも敵を前に選択肢を選ぶだろう。それは残酷な悪人ルートかもしれないし、人々に好かれる善人ルートとなるかもしれない。


「だが、まぁ、今日のところは考えなくて良いか」

 

 食べ物を抱えて笑顔の子どもたちを見て、優しく微笑むランピーチであった。

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