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28話 戦争に哀しむ小悪党

 初めての拠点防衛戦は終わった。その戦いは100対1。ランピーチの人脈の無さを露呈して、ろくに抵抗できずに死亡して、新たなる小悪党がランピーチマンションのボスになる。そのような運命の流れが用意されているはずだった。


 しかしながら、運命を書き換えた人物。ゲームの流れを知っており、最適な攻略法を知っているランピーチは、未来に迫る悪意に先手を打ち、自らの戦闘力を高めるのではなく、拠点防衛術を取得することにより、自分の運命を変えたのであった。


 戦闘用の人工精霊を駆使して、百人という大勢の敵と精霊鎧を着込む傭兵を打ち破ったのは、拠点を奪おうと、遠目に様子を見ていた他のチームたちに驚愕と恐怖を与えた。


 自身の守るビルの壁を紙切れのように破壊して、さらに隣のビルの壁をも破壊するほどの威力を街中で使用する。狂気の沙汰としか思えない武器と、破壊を気にしない行動。


 あまりにも強いインパクト。スラム街の者たちは、その圧倒的な戦力に、触れてはいけないバックボーンが存在すると考えた。


 大きなチームはちょっかいをかけなければ、問題ないとそのバックボーンの大きさからスラム街のボスになるのではなく、なにかの実験施設とするのだろうと様子見をすることとし、中小のチームはなんとかそのおこぼれに預かり、甘い汁を吸えないかと考え始める。


 たった一回の拠点防衛戦は、スラム街に大きなうねりを齎して、これからの勢力争いにも混乱と混沌を与えるのだが━━━。


 ランピーチは気づかなかった。ランピーチの目線はゲーム視点であり、一つの防衛戦が終わっただけ。それ以上はなにもない。周りへの影響などないと考えていたことと、これくらいの防衛戦力は地上街区程度ならいくらでもあるから、問題ないだろうとの考えからであった。


 なので、ランピーチの意識は弱小チームのままで意識のすれ違いは進むのだが、その差異を教えてくれる者は存在しなかった。


          ◇


 外の様子など露知らず、現在のランピーチマンションは悲惨な事になっていた。


「おぉ………ド派手に撃退してくれたな……。ここはなんて地獄だっけ?」


『ウサギ地獄〜、ウサギ地獄〜、通行料は人参さんぼーん』


 冷や汗をかき、階下の様子を見たランピーチはため息を吐く。その横で宙をふよふよと浮きながら、ぷぷぷと笑う小悪魔ライブラ。巫女じゃなくて小悪魔なのだから、悪魔の羽と尻尾でも生やしてくれないだろうか。


 ランピーチたちの眼前に広がるのは、多くの死体と血溜まり、そしてぼろぼろとなったビルの壁や床、天井だ。さらに瓦礫だらけとなり、ビルはますます廃墟に近くなっている。


「死体はともかくとして、ビルの壁が破壊され続けたら、このビルは倒壊しそうだな。ダルマ落としのように、3階から下が無くなりそうだ」


 ゲームとは違う。ゲームでの防衛戦では拠点が破壊されることはなく、無敵の耐久力を持っていたのだから。しかも死体もボス以外は消えて、元の拠点へと戻っていた。


「んん、人工精霊強い。もしかして私よりも強い? これがこんなに強い?」


「はぁ………これはなんというか……。でもランが助けてくれなかったらおしまいでした。ありがとうございます」


 コテンと首を傾げるドライはウサギを抱えている。防衛戦が終わり、服や銃は亜空間に仕舞いこみ、ただの可愛らしい縫いぐるみのようなうさぎとなったのだ。そして、なにかを言おうとしたチヒロは口を噤み、深々と頭を下げる。だが、二人共に冷や汗をかいており、惨状の酷さに言及はしなかった。


 それはそうである。ランピーチすらもこの状況に頭を抱えて蹲りたいのだから。


「戦争ってのは虚しいもんだな……後片付けの方が大変だ」


『うんうん、いつの世も戦闘というのは後片付けの方が大変なんだよ。後片付けをする政治家や企業が一番儲かる仕組みだし』


『やだやだ、それが本当だと理解しているから、もっと嫌だね。精々俺は政治家と企業を兼任させてもらいますか』


 同意するライブラはランピーチの様子を観察していた。そして、その様子から人を殺した罪悪感はなく、単に面倒くさいという感情だけであると判断した。


(人類強化プログラムによるソルジャーの精神の保護は問題無い模様。それでも少しは罪悪感を持つものなんだけど……どうしてソルジャーは嫌悪も罪悪感も持たないのかな? 要観察)


 戦争へと忌避感を消すために、人類強化プログラムを受けた者はその精神にフィルターがかかる。人を殺すことに忌避感も罪悪感も持たない。とはいえ、精神の完全なる操作は人間の成長に著しく悪影響を与えるために最小限だ。だからこそ、少しは嫌そうな顔をするはずなのに、ランピーチは欠片も持たないのが疑問のライブラだった。


 まさかランピーチがゲームの世界と信じて心を現実から逃避させているとは、いかに人類の技術の粋を集めて建造された情報集合体『宇宙図書館スペースライブラリ』の端末であるライブラでも、さすがに予想はできないのだった。


「まぁ、仕方ない。それじゃハタラカンチュアよ、ここらへん全て綺麗に片付けてくれ」


 ハタラカンチュアに指示を出すだけで終わると思って、操作をする。━━が、なぜか連れてきたハタラカンチュアたちは動かない。


「ん? どうした? まずは死体。そして壁や天井を修復せよ」


 なにか操作を間違えたかと再度操作をする。5体は死体の片づけ。5体はビルの修復。


 だが、動いたのは死体を片づける5体だけだ。テキパキと血溜まりを消し、死体を分解させていく。


「あれ? 故障か? ほら、動け」


 ハタラカンチュアをつつくと、バイザーをランピーチに向けて光らせる。なんとなく怖くなって、後退るランピーチ。


 見ていると、ハタラカンチュアの背中からウィーンとクリップボードがせせり出てくる。クリップボードにはなにかが書いてある。


『自分で破壊したんだから、自分で直してください。働きたくないでござる』


 ちょっと信じられない返答で、ランピーチは驚愕とともに唸り声をあげてしまう。


「え……ええっ! まじかよ、そういうシステム? 聞いてねーよ、こんな仕様!」


『だからハタラカンチュアなのさ、ソルジャー。ハタラカンチュアは無駄に破壊をするようなことをする主人を嗜めるために、指示を無視する機能もあるんだよ』


『それを教えてくれよ! そういう裏設定はいらなかったよ!』


 このままでは、このビルは崩壊してしまうと慌てふためく小悪党ランピーチである。ワタワタとハタラカンチュアを触って、なんとか動かそうとするがびくともしない。


 その慌てふためく小悪党な姿は、人工精霊を与えられたが、説明書をろくに読まずに使えない情けない様子を見せており、ますますどこかの組織に渡されたという推測を固めてしまうのだった。


 その様子に少しだけ安堵するという不思議な気持ちになるチヒロは、クスリと笑ってしまう。


「えっと、ラン。この人工精霊を渡されるときに説明書は渡されなかったのでしょうか?」


「説明書……面倒くさくて読んでない」


 そっぽを向くと、小さな声で答えるランピーチ。


 もちろん、ランピーチは読んでない。というか、使い方はヘルプを見ればわかるが、そんな情報はどこにもない。現実準拠の弊害である。どうやらゲームの仕様も、この世界では微妙に変わりそうである。


 チヒロの生暖かい目、チームの面々の呆れた顔に気まずくなるランピーチ。


「あ〜、ちょっと解決方法を聞くわ、ちょっと待ってろ」


 手を振って誤魔化すと、天を仰いで連絡するように演技する。


『で、ライブラさんや、教えてくれよ、ハタラカンチュアを働かせる方法。知ってるんだろ?』


 こんなときこそサポートキャラの出番である。ヘルプ機能を使わないと、この少女はサポートの意味を忘れそうでもある。


『仕方ないなぁ、ソルジャーは。わかったよ、それじゃお菓子をプレゼントしてくれるなら教えてあげようかな。なにか甘い物が食べたくなっちゃった』


『むむむ……しっかりしてやがる。わかった、後払いで良いか?』


 普通に取り引きを求めてくるので、これもゲームと違うのかと嘆息しつつ頷く。しかも甘い物とか贅沢者である。


『それと、そろそろ精霊区に行こうよ。早くモンスター狩りと精霊石採取しにいかないと面白くないからさ』


『オーケーだ。俺もレベルアップを終えたら行こうと思ってた』

 

 最初から精霊区に行くつもりだ。資金もできそうなので問題はない。


『これからは、ライブラ様と毎日、踊りながら礼拝してよ!』


『調子に乗るな。さっさと言わないと一番安いお菓子にするからな』


 延々と取り引きを求めてくるので、断ち切ることに決める。そうしないと無限に請求してきて、最後は神様扱いするように言いそうである。


『ハタラカンチュアはご飯をあげると動くよ』


『なにそれ、人工精霊って、皆そんなんかよ。まぁ、わかった』

 

 ポケットに入っているガドクリーメイトを取り出すとハタラカンチュアの前に置く。

 

 ライブラの言う通り、ハタラカンチュアは動き出し、コロンとひっくり返り腹を見せた。クリップボードに『ストライキ』と書いてもある。どうやらガドクリーメイトが気に入らなかった模様。


「ガドクリーメイトで良いじゃん。我慢しろよ、ここは今は食料ないの! あ、ウサギでも食べるか?」


「キャー! この司令官は酷いウサ! ウサギ虐待ウサ!」


 ドライに抱きかかえられていたウサギがジタバタ暴れて、てってと走り去る。ビルの影に隠れて、ぷるぷる震えて覗くので、罪悪感マックスである。


「悪かった。冗談だよ、冗談。後で戦闘のお礼のご飯も買ってきてやるから。で、ハタラカンチュア様も後払いでよろしいですかね?」

 

 うへへと揉み手をして、信頼あふれる小悪党スマイル。その信頼の高さにハタラカンチュアは腹を出したまま動かずに、ウサギはご飯なのと目を輝かせてよちよちと近づいてきた。ウサギの警戒心の無さに心配である。


「お願いだって! この通り、お願いしますハタラカンチュア様!」


 頭を下げると、ようやくハタラカンチュアたちは動き出し、修復を始める。


『うぬぬ。いらんイベントだよ、これ』


『アハハハ、ソルジャーにお似合いのイベントだったよ。アハハハ』


 笑い転げるライブラを殴ってやろうかと拳を震わせながらも、耐えるランピーチである。


「あぁ、それじゃ資金を得るためにも行動を開始するか」


 まずはジャコツから手に入れた精霊鎧を売りに行くかなと、ランピーチは拠点を後にして再び地上街区に向かうこととしたのだった。

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