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27話 ボス戦と小悪党

『早撃ち』

『先制攻撃となりました』

『銃攻撃の速度が50%アップします』


 ゲームと同じくスキルを使用したログが片隅に流れていく。ランピーチは表示されたログを懐かしいと薄笑いを浮かべてG1突撃銃の引き金を引いた。

 

 『銃術レベル2』によりランピーチの構えは補正され、ベテランの域に達している。腰だめに構えて、射撃の反動を抑えブレることなく、銃弾は発射された。


 セミオートにて引き金を引いた回数は3回。9発の銃弾は風の通路を跡に残し、不意打ちにも近い攻撃に驚くばかりで、回避することもなく案山子のように立ち尽くすジャコツの胴体に全て命中する━━かのように思われた。


 だが、ジャコツに命中する直前、厚さにして数センチのところで銃弾は弾けてあらぬ方向へと飛んでいき、火花だけが残る。


「……っ! やりますね、ですが『精霊障壁』の前にその程度の銃では効果はありません」


 目をわずかに見開き、ランピーチの予想外の速さの銃撃に驚きつつも、ジャコツは余裕の笑みで両手を向けてくる。


影牙シャドウファング


 見た目にはなにも起こらないように見えるが、ランピーチはステップを踏み飛び退ると、再度銃撃を放つ。足元には小さな影の蛇が近寄ってきており、ランピーチが回避すると消えていく。


 『影魔法』だ。影が攻撃をしてくるまさに魔法の攻撃。しかしランピーチはその魔法を知っており、『影魔法』は速度が遅いので、知っていれば回避することも簡単だった。


 正確に銃弾はジャコツに命中するが、やはり命中する寸前で弾けてしまう。


『ソルジャー、あれは『精霊障壁』だよ! 『精霊鎧』のシールドだから、攻撃が通じてないのさ!』


『わかってるさ。そして、相手の馬鹿さもな』

 

 ランピーチは置いてある椅子に駆けてゆくと、その背もたれに足をかけてジャンプをして、天井に手をかける。


「ぼろいビルも少しは良いもんだ!」


 天井は大穴が開いており、ランピーチは両腕に力を込めると、一気に身体を持ち上げて上の部屋に移動する。


 最初から逃げるルートを考えて計画し、わざと椅子をその真下に置いておいたのである。


「パルクールってのなかなか面白いもんだ、ジャコツさん。あんたはついてこれるかな?」

  

 小悪党スマイルで煽りつつ、ランピーチは再度銃撃をする。銃弾の速さにジャコツは敵うわけもなく命中し、またもや精霊障壁が銃弾を阻む。


「舐めてもらっては困ります。この『精霊鎧』の力をお見せしましょう。起きろ『影蛇シャドウバイパー』!」


 ジャコツの体から影の魔力が吹き出すと、両腕が変性して、床まで伸びてゆく。人間の関節はなくなり、黒い鱗を纏う二匹の大蛇へと変じて、手が蛇の頭へと変わった。


 『人工精霊』の力。かつて精霊たちを砕いて粉に変えた人類が天然の精霊の代わりに作成した物だ。精霊石や魔力をエネルギーとして、この世ならざる特殊な物質から作成した機械の力で創造された機械のように従順で、人を超える力を持ち主に与えるものだ。


 『精霊鎧』はその最たるもので、鎧に人工精霊を付与させて、装備者の身を守る『精霊障壁』を展開し、人ならざる身体能力を付与し、人工精霊の種類によって特殊な能力を人間に与える物だ。


 ジャコツは『影蛇』の『精霊鎧』を着込んでいた。その能力は影を操り、身体の一部を蛇へと変える。


「逃しませんよ、ランピーチ。あのウサギたちと合流される前に殺します!」


 大蛇と変じた腕を跳ね上げて、ランピーチが登った大穴の開いた天井の壁に噛みつくと、身体を一気に引き寄せて、天井へと向かう。


 体を持ち上げて、大穴を潜り抜けると、銃弾がまたもや目の前で弾けるので、ランピーチの姿を探すと部屋を出ていく背中があった。


「コソコソと逃げるだけですか、ランピーチ。そのような体たらくでは、貴方のスポンサーに見捨てられるんではないですかね?」


「あのお方はあまり気にしないと思うぜ! なにせ初陣だしな!」

 

 廊下を走るランピーチを追いかけると、崩れている壁の穴に飛び込み他の部屋に入っていった。


 ランピーチが息を吐くように平然と嘘をつくのを本気にとり、舌打ちするジャコツ。役立たずとなると焦らせて、無謀な攻撃を誘発させて、その隙に殺そうとしたのだが、いまいち効き目がなかった。


(小悪党らしく、コソコソと攻撃をしてくるようですね。……ですがウサギたちの援護はないと見て良いでしょう。地下街区の方はランピーチがどれだけ使えるかを確認しようとしているようです)


 どうせ口八丁で、たまたま拾ってもらったのだろうとジャコツは推測し、蔑みの笑みを浮かべるが、すぐに真剣な顔へと変える。


(『精霊障壁』のエネルギーがかなり消費されている………。なぜだ? ランピーチの持っている銃はG1突撃銃。こんなにエネルギーを食うはずがない……。見た目だけG1突撃銃で内部は改造された他の銃? 目立たないようにしてあるだけ? ありえます。ということはエネルギーが尽きる前に殺さないといけません)


 ジャコツの網膜には様々な情報が映し出されている。それは蛇の『熱感知センサー』を経由した視界や、エネルギーの残量、敵の魔力量測定や精霊鎧の状態などだ。その中でも命綱ともいえる『精霊障壁』の残りエネルギーがかなり減っていることに違和感を覚えていた。


(この消費量だと、先程の銃撃を4、5回受ければエネルギーは空となる。エネルギーパックを変える隙を見せるとも思えません。さっさと片づけなければ。……少し危険ですが仕方ありません)


「ゆけ、我が腕たち!」


『影大蛇』


 ジャコツの肩がゴキリと鳴り、肩から先の腕が千切れる。腕は完全なる大蛇となり、その体も膨れ上がり、子供ならば呑み込めるほどに巨大化すると、床を這いながらランピーチの飛び込んだ部屋へと入っていくのだった。


 腕を切り離すという荒業であり、ジャコツの必勝パターンでもある。なぜならば人工精霊は物理的攻撃をかなり減衰する。そして影の大蛇たちの攻撃は強力であり、ステルス能力も高いからだ。


「さて、影大蛇がランピーチを殺すまで、私は影の中で高みの見物といいましょうか」


 この技で何人ものターゲットを殺してきたジャコツは余裕の笑みで影の中に潜るとゆっくりとランピーチを追うのであった。


 部屋に滑り込むように入ってきた大蛇たちを見て、ランピーチは嘆息しつつ銃撃する。


 大蛇の頭に命中するが、金属の塊にでも当たったのように銃弾は弾かれてしまう。


「こんどは『精霊障壁』じゃなくて、素の防御力か!」


『人工精霊だよ、ソルジャー! 物理攻撃は減衰されてるよ!』


「知ってるよ。何回戦ったことやら、パンを食べた回数よりもたくさん倒したね」


 ランピーチへと銀髪ツインテールを揺らして、ライブラが敵の正体を教えてくれる。だが、ランピーチの予想通りであったので、慌てることはない。


「銃如き、銃如き。『精霊鎧』を持っている奴らは、銃をバカにしてるんだよ」


 たしかに剣や槍、弓ならば筋力のステータスが攻撃力に乗る。魔法ならば魔力だ。しかし、銃はステータスの恩恵を受けない。だから強い奴ら程使わないのだ。


 そういえばゲームでもボスに限って銃を持っていなかったと冷笑を浮かべる。


「だが、強いってのは6レベルは超えないとな。その程度じゃ、銃の方が強いっ!」


 身体を投げ出して、ランピーチが飛び退くと、その場に大蛇が通り過ぎてゆく。


「このっ!」


『パリィ』


 ランピーチを追いかけて、もう一匹が牙を剥いて、襲いかかってくる。手を前に出し、迫る大蛇の側頭につけると、その軌道をずらして、ランピーチは受け流す。口がコンクリートの壁にめり込むと、ガチリと噛むと歯型を残してアイスクリームのように噛み砕いてしまう。


「なんつー威力だ。わかっちゃいるけど泣けてくるガハッ」


 コンクリートに歯型を残す恐ろしい威力に口元を引き攣らせるが、最初に躱した大蛇が尻尾を弛ませて、鞭のように薙いでくる。風切音をたてて、丸太のような太さを持つ尻尾の一撃をまともに胴体に食らってしまう。


「グッ、クハッ」


 ボールのように吹き飛ばされて、ランピーチは壁に叩きつけられると、激痛がはしり、衝撃で肺の中の酸素が吐き出されて、顔色を蒼白に変える。


「畜生め、この蛇がやるじゃねーか」


『蛇は爬虫類だから、畜生じゃなくて、爬虫生だよソルジャー!』


「そのボケは今必要? ととっ」


 混乱して慌てるライブラが血相を変えて言うありがたいお言葉に涙しつつ、慌てて腰をかがめる。頭上を超えて大蛇が壁には体当たりをして穴を開けてめり込む。


『チャンス! ソルジャー、横面に攻撃!』


「その暇はないっ!」


『パリィ』


 わざと頭上を狙ったのか、腰をかがめて逃げようがないランピーチに二匹目の大蛇が突進してくる。その横面に叩くように手を打ち付けると無理矢理軌道をずらす。手が滑り、大蛇の鱗により手のひらがざりざりと削られて、皮膚が破け肉が抉れて血が吹き出してしまう。


「ググッ……こんなもんか」


 鋭く刺すような激痛に苦悶の表情となりながらも、ランピーチは無理矢理嗤う。体術レベル1、銃術レベル2のソロでのボス戦。勝ち目はゲームならほとんどないのだ。


 大蛇の連続攻撃は凶悪で威力は高い。いや、本来はそこまでダメージは負わない。ランピーチが弱いのだ。弱いからこそ、追い詰められていた。


 手から血が滴り落ちて、吐く息は荒く、額は暑い。たった一撃でランピーチは既に瀕死だった。


 HP:6


 ゲームなら投げ出している。ロードをして仲間を加えて再開だ。


 だが━━。


「このゲーム、少しだけ前と……差異があるっ!」


 絞り出すように声を上げるランピーチに、再び尻尾が振るわれる。体術が発動し、腕を無意識に交差させると、ランピーチはジャンプする。予想通りに尻尾を躱しきることはできずに、ランピーチは床へと叩きつけられて、呻いてしまう。


 が、それでも嗤うことは止めなかった。


 ━━━俯瞰視点で見えていた。見えていたのだ。わざと目的の地点に吹き飛ばされたのだ。


『ライブラッ!』


『アイサー! ウルトライブラキック!』


 ライブラが姿を現して、くるりと前回転をして蹴りを繰り出す。巫女服を靡かせて、美しき銀髪ツインテールの巫女は、笑みを浮かべて床に足を突き刺した。

 

 小さな影へと。


「な、何っ!」


 影からジャコツか飛び出してくる。驚愕の表情で動揺した声をあげて現れたのだ。


「予想外だろう! 『影移動シャドウムーブ』は物理的には無敵だが、魔法には弱い。そして魔力の塊である人工精霊の攻撃は全て魔法だ!」


「く、そこまで影魔法を熟知していたとは!」


 『影魔法』はステルス能力が高い。影の中に隠れるというチートな能力。だがそのデメリットも大きく、たとえダメージが1でも、魔法攻撃なら解けてしまう弱点があった。


 そしてライブラのステータスはオール1だが、人工精霊は精霊力が集まった存在。たとえダメージが小さくても、『影移動シャドウムーブ』を解除できるのだった。


 遠隔操作での攻撃は大雑把だ。自身が操る必要があると、絶対にジャコツは影の状態で接近してくるとランピーチは予測していた。


 G1突撃銃を構えるランピーチ。両腕のないジャコツは動揺を露わにして、予想外のランピーチの戦法に驚愕をしていたが、まだ余裕があった。


「その銃では私は倒せませんよ。その間に大蛇が貴方を食いちぎる!」


 まだ銃撃に『精霊障壁』は耐えられる。そう考えていたジャコツは自身の優位を信じていたが━━━。


「そうかい。でも『精霊障壁』の耐久力を俺が計算しないと思ってたか?」


 ランピーチはニヤリと嗤い、左手をクイと動かす。


『刹那』


『テレキネシス』


 部屋の隅にあった一抱えはある瓦礫がジャコツに命中する。ジャコツにとってはなにがなにやらわからない。時が停止し、過程を飛ばされて結果だけが残るからだ。


「クアッ!? な、瓦礫が!」


「おかわりだ。銃弾とは違う質量攻撃は美味いかい?」


『テレキネシス』


 のけぞるジャコツに再び瓦礫が飛来する。単に投げつけられたのではない。バリスタから撃ち出されかのような速さ。そして銃弾とは比べ物にならない重量。


 『テレキネシス』は自身が持てる重量を念動力で操れて、なおかつ砲弾のように敵に飛ばせる能力を持つ。落ちている鉄パイプや瓦礫を念動力で投擲し、敵を倒すのは初期のゲームの最高ダメージを出す技だった


 そして、瓦礫だらけの部屋は、ランピーチにとっては強力な弾丸が置かれているボーナスルームであったのである。


「ま、まずい、『精霊障壁』が。も、戻りなさい大蛇よ」


 瓦礫を食らったことにより、『精霊障壁』のエネルギーは尽きて、放電しながら消えていくのを、ジャコツは恐怖の面持ちで見て、慌てて大蛇を引き戻そうするが遅かった。


「あばよ、ジャコツさん。地獄でランピーチの名前を広めておいてくれ」


 ランピーチが突進し、ジャコツの顔に銃口を押し付ける。ここに来て、ジャコツは詰将棋のように追い詰められてきたことを悟るがなにもかも遅かった。


「貴方を見誤ってました、ランピーチ」


「だろ? よく言われるんだ。小悪党ってのは辛いね」


 引き金が引かれ、ジャコツの顔に銃弾が炸裂し、命を刈り取るのだった。

 

 大蛇は変化が解けて、ただの人間の腕へと戻り、戦闘が終わったのだと、ランピーチは腰が抜けたように安堵で床に座り込む。


「なんとか勝ったか」


「瓦礫のある生活も良いと思ったんじゃないソルジャー?」


「インテリアにしては無骨だけどな」


 ライブラと笑いあい、ランピーチは寝っ転がる。


『ランピーチマンションの防衛に成功。経験値10000を取得しました』

『ボスのジャコツを倒しました。経験値1000を取得しました』


 どうやら俺は生き残り、かなりの報酬をもらえたらしいと、ゆっくりと目を閉じるランピーチだった。

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