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25話 ウサギたちと小悪党

 ランピーチマンションの3Dマップを確認しながらランピーチは階段をゆっくりと登っていた。その様子には余裕が感じられ、笑みすら浮かんでいる。


 マップに表示されている赤い輝点が次々と消えていき、小さなウィンドウがボコボコ映し出されてくる。


『アルファ、敵を殲滅ウサ』


『ブラボーはお片付け中』


『あ、チャーリーは今会敵したウサ』


『デルタは敵がいなくて退屈ウサ』


 画面に映るのは、ランピーチマンションを守る人工精霊『キラーラビットガンナー』である。

 

 1メートル足らずの身長。純白のふさふさもふもふ毛皮をしたリアル志向ではなく、デフォルメされた可愛らしいぬいぐるみのようなウサギたちだ。つぶらな赤い瞳がくりくりと動き、小さなお鼻がスンスンと動く。


 迷彩ヘルメットを被り、迷彩服を着て、ミリタリー風ぬいぐるみに見えるだけの危険には見えないウサギたち。だが、その手に持つ物は凶悪だ。


 二メートルを超える長さの長方形の銃は縦並びに二個の銃口があり、マシンガンとショットガンに切り替えられる切り替え式改造銃KRG百式だ。


 以前の地球ならば、銃弾を切り替えられるなど不可能。弾倉はどうするのだという技術的問題があったが、この世界では解決されており、弾倉は精霊エネルギーパックだ。エネルギーパックから流れるエネルギーが固形化し弾丸になるため、銃の種類の切り替えが可能。

 

 しかも魔力の塊のため、威力は通常弾よりも遥かに威力がある。魔力コーティングされていない装甲などは紙切れのようにやすやすと破るし、弾丸も発射後に膨れ上がり、その威力はイージス艦に登載されている20ミリガトリングファランクス砲並である。直撃すれば戦車すら、穴だらけのスクラップに変えられる力を持っている。


 なんの装備もしていない人間ならば掠っただけで、肉塊になってしまうし、ビルの壁すらもあっさりと貫く恐ろしい銃だ。その他に、KRGサブマシンガンとKRGハンドガン、三個ずつの手榴弾と閃光弾、魔法阻害スモークを装備しており、迷彩服は『隠蔽』『精霊障壁』を兼ね備えている魔法の服である。


 人工精霊の身体能力も高く、数百キロの重量を持てるし、走る速さは大型バイクを優に超え、家屋内の立体機動を得意とする。銃術の腕前もレベル3、体術や気配感知、支援魔法も兼ね備えているモンスターレベル3の人工精霊だ。


『キラーラビットガンナー』

『モンスターレベル3』

『KRG百式(攻撃力70)』

『他サブマシンガンなど各種装備あり』


 今のランピーチよりも遥かに強く、拠点防衛として計10体が創造できる。ゲームではこのウサギたちがいれば防衛戦力は充分だった。


 これ以上の防衛戦力が必要になる場合は人間に頼らないと駄目ということもあったが、終盤まで保ったので、もはや以降はプレイヤー一人で防衛可能であったので、やはりキラーラビットガンナーたちだけで充分だったのだ。


 なぜにこれだけの性能があるかといえば……運営が拠点防衛システムを凝って作成したくなかったのだろう。正直手抜きで防衛は至極簡単だったからなのだった。


「まぁ、この点は運営に感謝だ。この拠点内であれば、安全は確保されたも同然だろう」


 ゲーム世界だと認識して、冷淡な瞳で、人の命を数として認識し、ランピーチは結果を確認して満足そうに頷く。


 その性能はゲーム世界に似たこの世界でも充分に発揮されている。


 ツヨシは100人以上の兵士で攻めてきたのだが、次々と敵を示す輝点は消えていき、こちらのウサギたちはダメージも負っていない。


『我が軍は圧倒的ではないか、ソルジャー、むふふ』


 とても嫌なセリフを吐くサポート役がいなければ完璧だったのにと、死んだ目でドヤ顔で宙に浮いているライブラを見たりもしていた。


「まぁ、どんどん死亡フラグも負けフラグも立ててくれ。もはや俺は恐れない。なぜならば、ランピーチは既に死亡フラグは立っているからな」


『強気だねぇソルジャー。開き直ったソルジャーはかっこいいと思うよ。で、全滅させるまでここで待機するのかな?』


 クスクスと笑って、胸を押しつけるように抱きしめてくるライブラに、柔らかいなぁこのサポートキャラはと、ニヤけそうになるランピーチだがマップを見て、にやりと嗤う。


「俺の戦闘力も確認したい。この機会に確かめておこうか」


『イエッサー、ソルジャー!』


 戯けて敬礼するライブラがケラケラと嗤う。


 そうして二人は住人が下階から聞こえる銃声にしては大きすぎる轟音と破壊音を耳にして、息を潜めて隠れる中で、悠々とした足取りで廊下を歩いていくのであった。その様子を恐ろしい魔王でも見るかのように住人たちは覗き見ていた。



          ◇


 ツヨシの部下たちは地獄の中にいた。最初は僅かなる抵抗として木の銃で対抗していたが、すぐにそんな哀れなる抵抗は止み、今は断末魔の悲鳴があちこちから響き、血と肉塊が辺りに飛び散り、壁や床が破壊する悪魔のような咆哮の銃声が支配していた。


 もはや元からなけなしだった統率力は欠片もなく、涙を流して汗を濁流の如く流しながら逃げ惑っている。


 廃墟にも似たランピーチマンションの廊下をほうほうの体で、数人が走っている。


「な、なんだよ、なんだよ、あれ! ランピーチ一人だったんじゃねぇのかよ!」


「ありゃあ人工精霊だ。しかも軍用だぞ! どうしてあんなもんがこんなスラム街にいるんだよぉっ!」


「知らねえよ! それよりもさっさとトンズラするぞ。こんな場所にいつまでもグズグズといたら死んじまう!」


 彼らは報酬のデカさに釣られて参加した。とは言っても、ほんの数万エレが約束されているだけだ。それでもスラム街では大金だった。


 だが、その僅かなる金額が彼らの香典代わりになろうとしていた。最初は抵抗などなく、どんどんと階を登り、男は皆殺し、女はお楽しみに、残っている物資は奪い取れると捕らぬ狸の皮算用で、笑いながら進んでいたのだ。


 様子が変わったのは3階に到着してからだ。二階に続く階段が爆発と共に破壊されて退路が絶たれると同時にウサギが襲いかかってきた。


 それはもはや戦いなどではなく殺戮であった。たった一回ウサギが引き金を引いただけで先頭の連中は一瞬のうちに血煙をあげて肉塊となった。


 木の銃を向けた時には、床を蹴り鋭角に壁や天井を踏み台に立体機動にて後ろに下がりつつ、バカでかい銃を撃ってきたのだ。

 

 その信じられないような動きと素早さに、チンピラ崩れのスラム街の者たちが対抗できるわけもなく、残りの連中もあっさりと肉塊に変じて、少しだけ臆病で後方にいた者たちだけが難を逃れて廊下を駆けていた。


 彼らは奇跡的に凶悪すぎるウサギたちの魔の手から逃れて、正面玄関へと回り込むことに成功していた。


 正面玄関が目に入り、希望の光が灯る。そして正面玄関の中心にのんきにボス気取りで立っているツヨシとその取り巻きを目にして怒りが湧いてくる。


 こんな地獄のような場所に誘い込みやがって、話が違う、ぶっ殺してやると口を開く。


「てめぇ、ツヨ」


 セリフはそこまでであった。廊下横の壁が爆発する。コンクリート片が飛び散り、己の身体が強い衝撃と共にバラバラになり、散っていくのであった。


 ━━━その様子はちょうどツヨシたちの目に入った。なにか恐ろしいことが、予想外のことが起きている。誰か生き残りが報告しに来ないかと話し合っていたところであった。


「あ、あぁ……。な、なんだよ、これ」


 分厚いはずのコンクリート壁が破壊されて、その横を走っていた部下たちがミキサーにでも巻き込まれたかのように捩じ切られバラバラになっていった。


 その衝撃の光景にツヨシを始めとして、取り巻きたちは言葉を喪い立ち尽くす。


 と、壊れた壁からなにかが出てくる。ぴょこんと長い耳が突き出されて、その後に可愛らしい白い手が壁を掴むと小柄な可愛らしいウサギが這い出てきた。


「追いかけすぎたウサ。ここってウサの担当区から外れているかもウサ」


 コロコロした可愛らしい声音は、死体が飛び散る中で酷く不気味で、アンマッチして歪んだ光景だった。


「な、なんだ、て、てめぇ。お、俺のぶ、部下に何してやがるんだ……こ、こらぁ」


 ツヨシはウサギを睨んで、いつものように脅し文句を言う。それは戦場においての脅しの言葉にしては酷く滑稽で、酷く哀れなるセリフで、酷く場違いだった。

 

 明らかに普通ではない。極めて危険な状況であるのに、死体とウサギの組み合わせがアンバランスで現実感を感じないために、ツヨシは虚勢をはった。


「ひ、ひいっ、に、逃げろぉ」

「こんなの普通じゃねぇ」

「さっさと逃げろぉ」


 状況を知った取り巻きの何人かが玄関へと向けて恐怖で顔を歪めて走り出し━━━。


「あ、逃げちゃ駄目ウサよ」


 呑気に呟くと、ウサギは銀色の長銃を逃げる部下へと向けて引き金を引く。


 轟音が響き、玄関ロビーを突風が撒き起こり、部下たちは放たれた銃弾を前に木っ端のごとくバラバラになった。玄関ロビーのかろうじて残っていた扉が粉砕されて、隣のビルの壁に大穴が開く。


「は、は、な、俺は酔ってるのか? こ、こんなこと現実じゃねぇ。そうだ酔ってるんだ。こりゃ夢だ」


 震える手でツヨシは木の銃の引き金を引く。パンと乾いた音がして、ウサギに向かうが命中する寸前に空中でどんぐり弾はなにかにぶつかり破砕した。


「夢だ、こりゃ夢だ。きっと俺はまだランピーチの部下で、マンションで馬鹿を言い合い、金がねぇと笑い合ってるんだ。そうだ、そうに違いねぇ」

 

 なおも引き金を引き、ウサギの目の前で弾丸は阻まれて砕けていく。


「そもそもランピーチがあんなへんてこな力を持つわけがねぇ。おれぁ知ってるんだ。あいつは小悪党だ。このチームを率いるのが精一杯。お前みたいなのが部下にいるわけがねぇ」


 夢だ夢だと、繰り返しながらもツヨシは引き金を引き続ける。瞳は恐怖に塗られて、その声は乾いている。自身が夢ではないと思いながらも、なおも夢だと言い募る。


 既に弾丸は空になって、虚しく引き金を引く音だけがカチカチと鳴る。


「う~んと、残念だけど夢ではないウサよ。夢なら良かったって、死ぬ人間はだいたい言うウサね」


 銃口をゆっくりとツヨシに向けるウサギ。その赤い瞳は酷く不気味で怖気を感じ━━━。


「う、うわぁぁ!」


 ツヨシは木の銃を投げ捨てると、拳を握りしめてウサギへと向かう。


 そうして一歩踏み出して、その体は爆発したかのように砕かれた。


(なんだよ、ランピーチ……こんな力があるなら俺にも一枚噛ませろ……)


 最後に考えたことは口から出ることはなく、その命を終えるのであった。

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