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24話 小悪党と可愛らしい仲間たち

「うぉぉぉ、うぉぉぉ!」


『ソルジャー、もう少しかっこよく逃げるか、コメディ的に逃げようよ!』


 情けなく叫びながら走るランピーチに宙を並走しながら、ライブラが呆れたジト目で言ってくる。ランピーチの顔は真っ赤だ。少女とはいえ、人一人を運ぶ腕力はランピーチにはないので、早くも息を切らせて苦しそうだ。


『黙れ、ライブラ。お前は人を抱えて走る辛さがわかるのか? 恥ずかしいとか、照れるとか云々の前に、ただただひたすら辛いっ! 漫画とかでもやしっ子の主人公がお姫様抱っこをしてヒロインを連れて行くシーンがあるが、あれは無理だから! 確実に十歩も歩かずにヒロイン落とすから! 堕とす前に落とすから!』


 ふざけんなよ、てめぇと小悪党アイでライブラを睨んで苦しそうに思念を返す。


 なにせ、もう既に腕は限界なのだ。ぷるぷる震えて体術レベル1がなかったら、身体の効率的な動かし方の補正がなければ、チヒロを落としていただろう。以前の身体なら確実に落としていた。


『正直すぎる感想! もう少しオブラートに包んだほうがかっこいいよ?』


 見栄をはらないランピーチにライブラはあははと笑いながら、額をピシピシつついてくるので地味にウザい。


『フザケ、ゲフッ。う、後ろと距離をとれたか』


 ケホケホと咳き込み、息を整えながら、俯瞰視点の使えるランピーチは後ろを振り返らずとも、敵がおいかけてきていないことを確認していた。

 

 『刹那』を使用しての瞬間移動じみた行動は、敵に予想以上の衝撃を与えたらしい。距離にして二十メートルほどの廊下を走り抜けており、角はすぐそこだ。


「あ、ありがとうございます、ラン。助けてもらえるとは思いませんでした」


「見捨てるという選択肢がなかったんだよ、気にすんな」


 素っ気無くランピーチはチヒロへと答える。なぜならば人質の救出に失敗した場合、クリア時にペナルティが発生するからだ。貰える経験値はもらっておかないと、難易度ナイトメアのこの世界では詰む可能性がある。


 なので、ちょっと耳が赤いのは疲れたからである。それ以外に理由はない。


「気にします。これからもランのそばでがんばりますね!」


 チヒロは絶対に見捨てられるか、それとも銃弾の飛び交う中で流れ弾に当たって死ぬだろうと予測していたために、一際ランピーチに感謝をしていた。そして、照れるランピーチに心がくすぐったくなりフフッと思わず微笑む。


「それよりもだ。もう下ろしてもいいよな? 後は上階目指して只管走れ。できるな?」


「あ、はい。ですが、ランはどうするのですか?」


 チヒロを下ろして、ようやく一息つけたランピーチは、肩に担いだG1突撃銃を構えると、通ってきた廊下へと銃口を向けると静かに答える。


「こうする」


 通路から数人の敵が飛び出してくる。無防備にも、追いかければランピーチを倒せると思っている愚かな者たち。


 G1突撃銃を持つ腕を伸ばし、冷静にして平然とした顔でランピーチは躊躇いなく引き金を引いた。


 敵の頭へと狙いを定めて、銃口は火を吹く。タラララと銃弾が飛び出すと、迂闊すぎる敵へと降り注ぐ。


「ギャッ」

「ゲフ」

「ニガ」

 

 三人の頭に銃弾がめり込むと、その頭を貫いて、鮮血を撒き散らし、敵はもんどり倒れる。


「わわっ、ランピーチだ!」

「止まれ、ヤベーよ」


 飛び出してこようとした敵が慌ててたたらを踏むと後ろに下がる。隠れる敵のそばに牽制射撃を加え、さらに敵の行動を制すると、ランピーチは踵を返し走り出す。


『3キルだね。なかなかやるね、ソルジャー。敵は今ので怯んだよ』


「仲間たちがあっさり死ねば、そりゃ躊躇うさ。それよりもだ、そろそろ弾倉がマジィ。あと2つしかないんだけど?」


 人間を殺したにも関わらず、まったく平然とした様子のランピーチは、それよりも生命線である弾倉が残り少ないことに懸念を見せる。

 

 その精神性をライブラは興味深く観察して、虚勢でもなく、正気を保っていると判断して、なぜそのような精神性を持てるのか興味を持ちながらも、表向きはニコニコと笑顔を浮かべる。


『補充しないといけないね。でも今はあるだけでなんとかするしかないよ』


「弾倉が転がってないもんかね。それか武器商人がそこらに隠れてないか?」


『ボッタクリの女武器商人はいないようだよ』


 軽口を叩きながら駆けていき角を曲がる。


「キャッ、な、これは!?」


 と、先に行ったはずのチヒロが驚いて立ち止まるので肩を軽く叩きながら、安心させてやる。


「大丈夫だ。こいつらは味方だ。ほれ、さっさと行かないと今度は俵担ぎで連れて行くからな」


「えっと、それもランと密着できるから良いかもしれませんね」


 なかなか気の利いた答えを返してくるチヒロに苦笑交じりにランピーチは走り抜けるのであった。


「作戦を開始せよ」


 チヒロが見たものはコクリと頷きかえした。


           ◇


「お前ら、さっさと追いかけるんだ。所詮はたった一人。後はガキばかりだからな。ランピーチを殺せば俺たちの勝ちだ!」


「あ、あぁ、おら、逃げるな、ランピーチ!」

「このクズピーチがぁっ!」

「蜂の巣にして、表に飾ってやる!」


 ツヨシが怒鳴ると、呆然としていた面々がハッと気を取り直して、怒号をあげながら追いかける。こちらは三十人。あちらはたった一人。負けるはずもなく、ドタドタと足音荒く部下たちは廊下に入っていく。


 その様子を見ながら、ツヨシは苛立ちながらも得体のしれない攻撃に恐怖していた。なので、発破をかけても自分はその場に留まり、ボスのように待機していると演技をする。


(なんだ? ランピーチとは十メートルは離れてただろ。なんで殴られた? 魔法か? この間と同じだ。あいつ……得体のしれない技を使いやがる)


 ランピーチを前にすると、なぜか体が重くなり水に浸かったように感じ、恐怖で怯みそうになるが、ツヨシは己の心を叱咤する。


(ここで失敗したらおしまいだ。ランピーチから盗んだ金も底をついた。ここであいつを殺して、この拠点を手に入れねぇと俺は野垂れ死ぬ!)


 引くことはできない。それにこの拠点はもう空っぽも同然。ランピーチだけで防げるわけも無く、念の為に他の入口からも仲間を入り込ませている。負けるわけがない。


「ジャコツさん。貴方も殺しに行ってもらっていいか? さっさと殺して祝杯をあげようぜ」


「あぁ……そうですね。貴方の部下たちの功績を奪わないためにも、私はゆっくりと向かいますよ」


 ジャコツと呼ばれた男は油断ならぬ笑みを向けて、素っ気無く答え、ツヨシの部下たちが入っていった通路を細目を光らせて見つめる。


(あの攻撃……どうやってやったのでしょうかね? 唐突に現れた。瞬間移動? いや、それほどの高位の魔法を使うなら、こんなところでくすぶってはいない。なら、なんだ? 幻術、恐らくは幻術の使い手。私が話しかけていた相手は幻で、本人は姿を消してツヨシに近づいた。そんなところでしょう)


 現にランピーチは姿を見せたあとは、普通に逃げていった。瞬間移動を使えたり、他の移動魔法を使えるならば、そんなことはしないはず。そう結論づけるジャコツだが……。どうにも勘が厄介な相手だと警告してくるのだ。


(まぁ、良いです。奴の罠は愚かな奴らに任せて、私は先回りするとしましょうか)


 傭兵として、時には殺し屋、時には探索者をしてきた男はにやりと嗤うと、自身を影の中に沈ませる。


『影移動』


「それでは、ランピーチは殺しておきます。報酬お忘れなきように」


「あ、あぁ、任せた」


 影に隠れるという物理的に有り得ない事象に、ツヨシが後退って怯むのを見て、馬鹿にしたように嗤うとジャコツは他の通路へと消えていったのだった。


         ◇


 ━━━ランピーチを追う面々はというと、恐る恐る通路の角から覗き見て、ランピーチがいないことに安堵すると、再び息を吹き返すように怒号をあげる。


「クズピーチは逃げたぞっ! 追えっ、追うんだ!」


「おうっ! 野郎ぶっ殺してやる!」


 意気揚々と、やはりランピーチは限界だったのだと考えて仲間の死体を乗り越えて、通路をかけてゆく。


 男たちもツヨシと同じく後がない。ランピーチの金を盗み逃げたのだ。そして、新品の発電機やらがこのマンションに置いてあるとも聞いている。


 ランピーチが通路の角を曲がるのが見えて、脇目も振らず走り出す。彼らにはランピーチはもはや金の成る木にしか見えなかった。


 新品の発電機がどれぐらいになるか、大金でありそれが手元に入ることを夢見て、欲望に駆られて男たちはランピーチを追いかけていき、次の通路を曲がる。


 ━━と、そこで思わず立ち止まってしまう。


「な、なんだこいつ?」


「案山子か?」


「罠……なのか?」


 男たちの前、通路のつきあたりに、うさぎが立っていた。うさぎと言ってもデフォルメされた可愛らしいぬいぐるみのような一メートルほどのうさぎだ。


 迷彩服に迷彩されたヘルメットを被り、自身よりも長い長方形の銀色の光沢を持つ銃を持っていた。可愛らしいうさぎのぬいぐるみが持つには凶悪で、その銃口は2つ縦に並んでいる。


「エンカウントウサね」


 ウサギは銃口を向けると、見た目通りの可愛らしい声音で呟き━━━引き金を引いた。


 次の瞬間、轟音が鳴り響いた。ドドドとドラを鳴らすかのように通路に響き渡り━━。


「ギャハッ」

「がぁっ」

「なんな」


 男たちは砕け散り肉片と化す。ウサギが持っている銃はその見た目通りの凶悪さを遺憾無く発揮し、人間の身体に穴を空けるどころか、砕いていってしまう。

 

 コンクリート壁に大穴を開けて、床にへこみとひび割れを生み出して、ウサギは容赦なく敵を殲滅していく。


 撃ち放つ弾丸は砲弾のような威力を持ち、防弾服など紙切れのようにやすやすと貫いていった。通路に肉片と血が撒かれて、血煙が舞う中で男たちの断末魔は銃声に消えて、その命を散らすのだった。


 およそ、その威力は人間に向けて良いものではなく、家屋内で使用するものでもない。


 幸運にもまだ通路の角に到着していなかった者たちが突然の殺戮劇の開幕に顔面を蒼白に変えて、慌てて逃げようと踵を返し━━。


 通路の途上にある部屋の扉から、ひょっこりとウサギが顔を出していた。可愛らしいつぶらな瞳でこちらをジッと見てきて、にゅっと銃身の短いサブマシンガンを突きだす。


「ま、待ってく」


 タタタ


 タタタ


 生き残りの者たちの叫びは、軽く乾いた銃声にかき消され、ピシピシと身体を穴だらけにされ蜂の巣となって次々と倒れ伏す。


 ウサギは全ての人間が息絶えたことを確認すると、鼻先を空に向けてスンスンと鳴らす。


「こちらアルファーチーム。敵を全滅させたウサ」


 そうして、ウサギはピョンピョンと飛び跳ねて、その場を離れていくのであった。

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