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23話 拠点防衛戦をする小悪党

 ランピーチマンションは広い。広すぎる。建物はモールとマンションを重ねた億の金を出さないと買えない立派なものだ。かつては様々な店も入っており、このマンションだけで一つの街とも言えただろう。前の世界ならば、こんなマンションを買うのは投資目的の外国人かしらと、近所のおばちゃんたちがひそひそ話をするレベルである。


 それほどの大きさの建物を防衛するには大勢の兵士たちが必要である。そして、その兵士たちは少なくとも━━━。


「ぼ、ボス。俺たちも戦うよ、ほら武器も持ってきた」


 少なくとも震える手で錆びた鉄パイプを持つ少年ではない。その後ろでガタガタと震えていても戦おうとする年若い子供たちでもない。


 ドライはここに来るまでに、声高に敵が襲撃しにくると叫んでいたらしい。その叫びを聞いて、少年たちが集まってきたのだ。


「あ〜、いらんいらん。俺だけで十分だ。お前らは他の住人と同じように隠れてろ。ドアの前にしっかりとバリケードを作ってな」


 小悪党の蔑みスマイルで、ランピーチは手をフラフラと振って、勇気ある無謀な子どもたちを馬鹿にするように睨む。


「え、でも、たくさん奴ら来ているらしいぜ。この拠点を守るために、少しでも手伝いがしたいんだよ!」


「こ、ここで捨てられたら、私たち死んじゃう」


「死ぬ気で頑張ります!」


 ランピーチと殴り合いをしてチームに入ることを許された少年ユウマ。そしてその仲間たちは悲壮な覚悟だ。まだまだ冬に入って間もない。これから本格的な寒さが到来するのに、ランピーチが負けて追い出されるのは死と同義である。だからこそ怪我を負っても、仲間が死んでも守ろうと覚悟を決めていた。


 その装備は鉄パイプを持っていれば良い方。コンクリートのかけらや石を持つ子供もいる。大人たちと戦って勝てるとは到底思えない。


 ランピーチもその心意気は買うが、小心者の小悪党はそこで任侠ものの映画のように、「ほならついてこいやぁ、お前ら」とか叫んで戦いに連れて行く気にはなれない。


「さっさと隠れてろ! どうせ誰か仲間が人質にでもなったらお前らは動けなくなるだろうがっ! 邪魔なんだよ。俺だけで十分なの!」


 なので別方向に凄むことにして、怒鳴りつける。その怒鳴り声に、子供たちは顔を見合わせて、渋々と頷くがそれでもこれだけは言って置かないとと、ランピーチへと顔を向ける。


「も、もし、ここまで来たら俺たちも戦うから! それならいいよなボス」


「ここまで来させるつもりもないから、それくらいならいいだろ。それじゃお出迎えをしにいって来るぜ」


「それじゃおでむきゃえをしてくるちぇ」


「コウメもここで待ってろ」


 ノシノシと歩き始めると、ポテポテとついてくるカルガモのヒナのようなコウメを抱き上げるとユウマに渡しておく。


「あたちも、あたちもパパしゃんと行く〜! うわ~ん!」


 後ろで大泣きする幼女に苦笑しながら、手を振ってランピーチは入口へと向かうのであった。


 そして、階段を降りてゆく中で、唯一ついてくるのを許したドライに顔を向けると、先程受け取ったポーションを摘んでみせる。


「このポーションを俺が使っていいんだな?」


「ん。ピーチお兄ちゃんのために買ってきた。すごい高性能のはず」


「ふーん……」


『最低ポーション:HPを2回復する』


『ありゃりゃ〜、なにこれ? ゴミ? 普通はポーションって5は回復するんだけど、これは酷いね〜』


 手の中を錠剤を幽体化して姿を消しているライブラが覗き込み、呆れた声を上げてケラケラと笑う。笑っちゃうのはわかる。ランピーチも同じ気持ちだ。ゲームでもこんな効力のポーションは見たことがない。


『下級ポーションの回復期待値は5から8。でもなぁ』


 笑うことはできない。期待を込めてキラキラと目を輝かせるドライの姿があるからだ。ドライはこのポーションがあれば、もうランピーチが大丈夫だと治癒するのだと固く信じていた。


『まぁ、ご期待には応えられると思うぜ?』


 肩に巻いていた包帯をとると、鼠男ラットマンの牙で抉られた肩が現れる。血が止まってピンク色の肉が薄皮のように覆っているが、まだまだ激しい激痛が走るし、動かすと肩が強張り動かしにくい。


HP:12


 半日寝たおかげで少しだけ回復していることをステータスを見て確認し、ランピーチはにやりと笑うと錠剤を口に放り込む。


 錠剤の効果は正しく働く。飲んだ途端に抉れた肩の肉が膨れ上がり、元の健康的な肩に戻る。肌もきれいでもはや傷一つない。


 神秘の薬ポーション。その力はすぐに体を癒やす。


「おお〜! さすがはポーション! 全部回復した。ピーチお兄ちゃん元通り!」


「みたいだな。ありがとうよ、ドライ。助かった」


 飛び跳ねて喜ぶドライが肩をつついてきて、感心の顔になる。現実では大怪我に見えるが、ゲームではたった2のダメージ。その差異が見た目はものすごい効果のあるポーションに見せてしまっていた。なのでドライは改めてポーションはすごいと認識した。


(不思議だな……ゲームのダメージ準拠で回復するのはわかったが、どう考えても大怪我だし疲労もあって気絶した。これ、HPが致命的なまでに下がった状態はどんな状態なんだ? 手足をもがれて内臓破裂レベルか? 試す気はないけどさ)


 肩を回しても痛みはなく、動きに阻害はない。信じられないことだが、この体はゲーム準拠らしい。


「よし、これで問題はないな。ドライは7階の階段で敵が来たら迎撃してくれ。そこまで来させるつもりもないけどさ」


「ん?? ドライは戦闘に加わらない?」


「あぁ、拠点防衛は緻密さが大事だからな」


「むぅ……仕方ない。危なくなったら呼んで。すぐに助けに行く」


「アニキトクスグカエレと電報を打ってやるよ」


 そう言うと、ランピーチはドライをおいて、さらに階段を降りてゆくのだった。


 階段を降りながら考える。不安げな顔で部屋から覗く住人たち、誰がボスになっても良いが、自分たちは巻き込まないでくれとの表情も垣間見える中で、今回のイベントの酷さにため息しか出ない。


(もしもリセットをしないで、あのままランピーチを育てて来たらどうなった? いや、リセットをしても裏ワザを使わずに普通の育成できたら?)


 たぶん、銃術レベル3、体術2程度でなかろうか? 気配察知や錬金術をとるなら、体術は1だろう。刹那も使えず、リペアも覚えられない。


(詰んでいた。今までは意識しなかったが死んでいただろう。やられ役の小悪党ランピーチの役どころどおりに)


 そこかしこで死んでいた。錬金術を取っていなければ金策はできない。取っていても、刹那がなければドライ戦で負けていた。地下フロアでは鼠男ラットマンに食い殺されていたに違いない。


 ゴクリと唾を飲み、深刻な険しい顔にランピーチはなる。改めて考えると恐ろしい綱渡りのストーリーだった。もはやランピーチを殺そうとする悪意があるようにしか思えない。


 そして、ランピーチが死んだことにより、主人公たちのクエストに繋がっていそうな予感もする。孤児たちを助ける。ドライは氷雪の腕輪を手に入れる。大ネズミが跋扈して住人が全滅したマンションを依頼で探索に行く。


 きっとこの予想は当たっている。ランピーチは主人公の踏み台として存在しているのだ。


(被害妄想かもしれないが、それを前提に行動しないといけないだろう。死ぬ気はないからな)


 2階に到着したところでアラームが鳴り、真っ赤なボードが開く。


『拠点に襲撃あり。至急防衛をしてください』

『敵兵力112人:最高レベル2』


 プレイヤーの時に見慣れたものだ。拠点防衛の始まり。戦争の開始。


『拠点防衛戦が始まるよ〜。ちゃんと準備してね!』


 くるりと巫女服を翻し、興奮気味に楽しそうにライブラがランピーチの額をビシとついてくる。


「兵力ゼロ、防衛用ギミックなし……。圧倒的に不利なクエストだが……良いだろう、俺の力を見せてやる」


 獣のように凶暴で、悪意の詰まった歪んだ笑みを見せ、小悪党は眼光を鋭くする。


 5回。このゲームを5回クリアしているのだ。難易度がどれだけ高くても、どんなに不利で最適な行動を取らなければ死ぬとしても。


「決めたぞ、ライブラ。俺は覚悟を決めた。認識を改めた」


『認識? なんなのさ?』


 不思議そうなライブラには答えずに、内心で思う。


(ここがゲームの世界だと決めた。現実準拠のよくできたゲーム世界だと認識することにしたんだよ)


 本来ならば現実世界だと認識しないといけないのかもしれない。だが、この世界を現実だとは認められないし、正気を保つのも難しくなる。


 ゲームの世界ならばヒーローになれる。何百人何万人と殺しても罪悪感は抱かない。これから防衛戦をするに辺りランピーチは覚悟を決めた。


「お前ら、いけ。パーティーの始まりだ」


 その声にビルの影から影へと複数の何者かが走っていった。


        ◇


 一階に到着すると、同時にツヨシたちが入り込んでいた。三十人近い武装した人間が元は立派だった受付フロアを泥だらけの足跡を残し、ニヤニヤと笑みを浮かべて、自身の戦力の優位を、勝利を確信して余裕の足取りをみせて歩いてくる。


「ちょうど良いタイミング。この知らせは予知能力でもあるのか? まぁ、防衛準備をしないといけないから助かるんだけどさ」


『それは『宇宙図書館スペースライブラリ』の素敵なサービスなのさ! 拠点周りを監視していて、怪しい動きをする人間やモンスターを注視。推測して襲撃をしてくる者たちをお知らせするんだよ。即ち僕の力だね! 感謝して良いよ、このこの』


 ゲームでは防衛準備をする期間があった。それが現実準拠だとそういう説明になるかと、ランピーチは納得しつつ、襲撃者たちを迎えて、ニヒルに笑う。


 ツヨシがチヒロの首根っこを掴みながら立っており、その周りを他の奴らが囲んでいる。木の銃を持っているやつが半分程度。残りは錆びた鉄パイプだ。そして、一番前に暗い緑色の鎧を着込んだ男がいた。


「よう、ツヨシ。なんだ、全員で詫びに来たのか? なら、一人百万エレで許してやる。現実的な金額だろ? 無理なら良い金融会社を教えてやるぜ」


「はっ、ランピーチよぉ。この人数だぜ? お前に詫びを入れに来た? そんなわけねぇだろぅが。お前の拠点を頂きに来たんだよ」


「ほーん、逃げたのになんで急にそんな気になったんだ?」


「発電機と飲料水製造機。新品をどうやってか手に入れたらしいじゃねぇか。この拠点を奪って他のチームに売るんだよ。手土産にすれば、俺らもそこそこの地位になるだろうよ」


 なるほどねぇと、ランピーチは納得する。あれを売れば数百万エレにはなる。リペアの弊害が出たわけだ。ゲームではなかった要素である。


「お前の恋人も人質だ。大人しく逃げれば命だけは助けてやる。どうする、ランピーチぃ?」


「ラン……ごめんなさい」


 ツヨシが凄み、捕まっているチヒロが申し訳無さそうに涙目となる。もちろん、ランピーチの答えは決まっている。


「お断りだ。この拠点は渡さない。渡したらおしまいだしな」


 死亡フラグだらけの身の上だ。ここで後戻りすることはできない。ランピーチは後ろを振り向かずに前だけを向いて走らなければ、後ろの道は壊れていくのだから死んでしまう。


「どうやら、交渉は不成立。このチンピラを殺せば依頼は成立。それでいいですね?」


「あぁ、ジャコツさん。頼みます」


 一人だけ格が違うと明らかに格上の空気を纏わす鎧を着た男が一歩前に出てくる。その口はニタニタと嗤い、手にはまるでハサミのような爪をつけてシャキシャキと音を立てて威圧してくる。


「では、簡単なお仕事を終わらせましょう。私の名はジャコツ。地獄でも私の名前を広めておいてくださいねぇ?」


「広告費は要相談ってか?」


 ランピーチは一歩踏み出し━━。


「ガハッ」


 奥に立っているツヨシを殴り飛ばしていた。掴まれていたチヒロをお姫様抱っこにすると、なにが起こったのかわからない敵たちの間を駆け抜ける。


「ウハハハハ、ツヨシ、拠点の奥で待ってるぜ! あばよぉ〜」


 そうして小悪党の叫びを残して廊下に消えて行くのだった。

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