18話 たおれる小悪党
まさに死亡フラグだと、ランピーチは自身の小悪党的な存在がこれほどに危険であったことに戦慄を禁じえない。これではメインストーリーをいくら注意しても死ぬ可能性はそこら中に転がっているからだ。
手紙を運んで行方不明、夜に出歩いていたら死体となって転がっている、薬草を採取しに行き戻ってこない。高度な演算処理を行う自動クエスト生成システムが搭載されている『パウダーオブエレメント』は、誰かが死んだり、行方不明になって始まるクエストが非常に多いのである。
そして、ランピーチはその全てに便利な万能型やられ役の小悪党として、扱われる可能性が非常に高いことが判明した。
(気のせいかもしれない。思い過ごし、考えすぎなのかもしれないが……今はそう考えて行動したほうがよいだろう。なにせ一歩間違えると死ぬ薄氷の人生だからな! 顔を洗っていただけなのに、なんでこんなことに!? 誰が仕組んだのかは知らないがただじゃおかないからな!)
死と隣り合わせの人生、なんというスリリングで胸高まる人生だろうかと悪態をつき、戦闘中から激痛が走る肩を見て、うげぇと顔を歪め見なけりゃ良かったと身体がふらつく。
皮膚は貫かれて肉はめくれ、溢れるように血が流れていき白い骨が覗いている。よくぞまぁ動けたものだとランピーチは感心し、怪我の程度を改めて認識をしたことにより、倒れそうになってしまった。
「ピーチお兄ちゃん、肩を貸す。ドライの肩にしがみついて!」
「しがみついてと、もたれかかるは違う意味なんだ、つつぅ、いてぇ……」
大怪我であるのに軽口をたたけるランピーチに、ドライは慌ててつつも呆れながら、懐に入り込み無理矢理肩を貸す。
ランピーチは軽口を叩いても、その体は限界で、自分よりも小柄な少女に倒れるようにもたれかかってしまった。その力ない動きにドライは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「ごめんなさい、ピーチお兄ちゃん。油断した、死ぬかと思った。ううん、死んだはずだった。ピーチお兄ちゃんが助けてくれたおかげ」
俯きながら、ぽつりぽつりと呟くように小声で感謝を口にする。さっきの戦いでは完全に不意をつかれていたドライは、あっさりと精霊融合が解除されて、衝撃と共に死を覚悟していた。
ランピーチが助けてくれたのは、この人が優しいからだとは思っていた。だが自分の命をかけて助けてくれるとは思いもよらなかった。
よくわからないが、認識できない魔法をランピーチは使えるとドライは考えていた。だからこそ、余裕があるのだろうと。
なにせ、こちらが認識するのは、ランピーチが既に攻撃が終わった後なのだ。無敵の魔法であり、どのような相手も勝てない。そう考えて恐ろしくもあったのだが━━━。
無敵の魔法で、ドライにのしかかり、今にも食べようとしてくる鼠男に銃弾を撃ち込み終わった後となったことを、結果だけが残る不思議な魔法を使ったのだと、理解した。
そして、自分に襲いかかってくる鼠男に襲われているのに使わなかったことを見た。いや、使わなかったのではない。使えなかったのだ。きっとあの結果だけが残る無敵の魔法は連続して使えないに違いない。
その貴重な魔法を自身を救うためではなく、ドライを救うために使用したことは、前回よりも遥かに重い恩となり、感謝の気持ちでいっぱいだった。
だからこそ、倒れそうなランピーチを絶対に守ると、まだまだ魔力が潤沢にあるドライは可愛らしいあどけない顔を厳しくしてランピーチを支える。
これからは私がランピーチお兄ちゃんを支えよう。そう固く決意しドライは心に誓う。命を2回も助けられた恩は必ず返す。ランピーチの身体を懸命に支えてよたよたと歩く。だが、ランピーチの肩から流れる血の量とその大怪我に不安と心配で顔をあげる。
「大丈夫? ここは一旦帰って養生する。ポ、ポーション買う、お金貯めて買ってくるから少し待ってて」
「ま、まぁ、パーティーメンバーを助けるのは当たり前だし気にするなって。それにドライがポーション代を稼ぐ間に治っちまう」
「自然に治る怪我じゃない。だって、だって、肩に穴が開いてる」
「それがこの程度なら治っちまうんだ。まぁ、数日はかけるだろうけど心配すんなって。……というか、あのダメージでも3しかHP減ってねぇ……恐ろしいな」
心配げに涙目となり青髪の美少女が上目遣いで言ってくるので、空元気での笑顔でランピーチは応える。それに瀕死ではない証拠があった。
HP:11
ステータスにはそう表示されていたのだ。たしかにゲーム上では鼠男から受けるのはその程度のダメージだったはずだ。そこに苦痛は考慮されていない。冷徹なる数値しか表示されていないのだ。
だからこそ、ランピーチは命の危険をもはや感じてはいなかった。『超越者』スキルによる弱い性能だが自動治癒もある。数日寝れば治るだろう。そう考えていた。
それはまだまだランピーチがゲーム感覚なのか、己の命を数値化することに戸惑いを持たない者なのかを示していたが本人は異常であると気づかない。
それよりも俯瞰視点と『宇宙図書館』の関係の方が気になった。
(ゲームの世界なのか? それともまだ夢の中に俺はいるのか? 現実ではない? それともゲームのような世界なのか? わからないな……)
考えることは山ほどあるが……。当面の問題を片付けることにしようとランピーチは決めた。だからもう帰ろうとして懸命にランピーチを支えながら歩くドライを呼び止める。
「駄目だ、ドライ。帰るのは無しだ。早急に飲料水製造機を直さないと行けないんだ。ユーターン、ユーターンでよろしく。水が使えないのは死活問題だからな」
「……そこまで言うならわかった。ピーチお兄ちゃんはお人好しすぎる」
ドライはその言葉は自分自身ではなく、拠点に住む人たちのことを思ってのことだったと気づき、困ったように嬉しくもあり顔を緩める。
「小悪党ではなく、お人好し呼ばわりとは新鮮だね。少し照れちまうよ」
『蒼白した顔では全然説得力がないよ、ソルジャー。血の流しすぎでフラフラだよ!』
『そりゃ、命を落としてもすぐに復活する巫女とは違うんでね。コケたりすれば血を流すのさ』
ライブラも心配げにしてくるが、やはり軽口で返すと、鼠男の死体の中を二人三脚のように歩いていく。
暗闇の中で、頼りになるのは懐中電灯のみだが俯瞰視点を手に入れたランピーチは警戒しながら進むと、ぴちゃんと踏み込んだ足音が変わる。
「水だ。どうやら目的地に到着したようだな。踏破おめでとうといったところ、いててて」
激痛により顔を顰めながらも、懐中電灯を前方に向けると、金網の壁に囲まれた2台の機械が鎮座していた。かなり巨大であり、小型のコンテナ程度はあるだろうか。大人の腕ほども太さのある絶縁ゴムで覆われたケーブルが床を木の根のように這っており、隣の機械に接続されていたり、ビルの壁の中に接続されているのもあった。
「だいぶ古ぼけてる。サビだらけでいつ止まってもおかしくない」
「だな。明日壊れてもおかしくないぜ、これ。老朽化が激しい。もう限界だったんだ」
発電機と飲料水製造機は赤錆だらけでで汚れきっており、明らかに劣化していた。モニター用のパネルは割れており、パイプから水が漏れている。
『もしも発電機の絶縁ゴムが劣化していたら、ソルジャーは一巻の終わりだったね。ピリピリ〜ってさ』
『その擬音だと静電気みたいだな』
怖がるふりをして、クスクスと笑う可愛らしい巫女に苦笑しつつランピーチは周りを見る。元々飲料水製造機のパイプが破損していたのか、かなりの水が漏出し、機械の周りに溜まっている。ネズミの死骸がポツリポツリと転がっているので、あの鼠男たちはここを水場として繁殖していたのだろう。
万が一放置していれば拠点内に攻め込んで来る可能性もあり、だいぶやばかったとランピーチは冷や汗をかく。
『ここは制圧区域に変わったし『ハタラカンチュア』が修復に向かえば終わりだね。探索お疲れ様、ソルジャー』
いたわりの言葉をかけて、パプゥと口ずさむライブラに多少緊張が緩んでしまい、ガクリとランピーチは膝をついてしまう。パシャリと水音がして膝が水でぬれてしまう。
「ピーチお兄ちゃん、大丈夫? もう限界に見える。早く帰るべき」
『もう限界のようだね、ソルジャー。それじゃ超能力をレベル3にして『ヒール』を覚えよう〜。それでぴったり経験値5000でしょ』
慌てるドライをよそに、サポートキャラのライブラは顔を近づけてきて、きっちりとお勧めのスキル取得を進めてくる。
『だな。取得しよう』
『うんうん、取得しよっか』
こくこくと頷くライブラに、ランピーチも笑顔を向けて迷いなく告げる。
『機械操作レベル2まで、超能力をレベル2取得せよ』
『取得しました。機械操作と超能力がレベル2となったので、隠し超能力『リペア』を取得可能となりました』
『もちろん『リペア』を取得だ』
『取得しました』
『取得しました、じゃなーいっ! なに考えてんのさ。ソルジャーの頭の中はスポンジでできているの? なんで回復を取らないの!? 心配してあげてるのにさ!』
ライブラは予想外のランピーチの選択に、心配してあげてるのに、なんでさと頬を膨らませて怒る。当然だろう、ランピーチの状態は少なく見積もっても大怪我であり、入院レベルだ。
『待て待て、3しかダメージは負ってないんだ。ここは目的のスキルを取得するに決まってるだろ』
生きていれば、後は宿屋で寝れば全快だろと、やはりゲーム感覚が抜けきらないランピーチはボス戦は終わり、後は帰るだけで戦闘はないと見込んで、回復術を覚えなかった。その代わりに機械操作レベル2を取得した後に超能力レベル2にすると覚えられる隠スキル『リペア』を覚えたのだ。
『機械操作:レベルまでの機械操作が可能となる。レベルが上がるごとに器用度+2』
『リペア:小破までの機械を素材無しに修理することが可能な超能力』
この超能力は絶対に欲しかったのである。ゲームでもこの超能力は大人気で、ほとんどの者が取得したのだ。
ランピーチは手を飲料水製造機と発電機に向けると、世界の理を根本から変貌させる力を使用する。
『リペア』
その力はエフェクトは何もなく静かなものだった。だがパイプは修繕されて、割れていたモニターの水晶パネルも巻き戻すかのように元に戻っていく。赤錆だらけで汚れた外装もきれいになっていき、まるで新品同様となるのであった。
「な、なにこれ……新品? 新品になった。どんな力!?」
『それはだなぁ……秘密だ』
言葉を失い、目を疑う光景に驚愕しドライがぽかんと口を開ける。そのドライの顔を見てランピーチはからかってやろうかと笑おうとして━━━。
力が抜けて、クタクタと倒れるのであった。
『ギャー、だから言ったのに! だから言ったのに!』
慌てるライブラとドライの心配げな顔を見て、ステータス上のHPとは別の数値があるのだろうと思いながら、現実はやはり大怪我だったのかと苦笑して、その意識を闇へと沈み込ませるランピーチであった。