16話 地下に巣食うモノと戦う小悪党
全ての大ネズミを倒し、ランピーチとドライは地下フロアの探索を再開した。ドライによって凍りつかせた床で転ばないように気をつけながら、地下フロアの奥、飲料水製造機の元へと向かう。
「弾がもうねーよ〜、補充できる弾薬箱はどこにあるのかな? それに宝箱はどこに隠れてるんだ?」
「そんなものはないピーチお兄ちゃん。あるのはネズミの死骸だけ」
なにを言ってるんだろうと、ドライが諦め悪くフロアを探しながら歩くランピーチへときっぱりと告げる。
「だなぁ。モンスターも金にならねーし。あー、探索者って夢のない職業だよな」
『こんなところに弾薬箱があっても使えるわけ無いと思うよ? たとえあったとしても、暴発が恐ろしくて使用はお勧めしないしね』
ライブラはドライよりも冷たい呆れた視線で、頭をペチペチ叩いてくる。ゲーム感覚なのかと呆れつつも、なぜそんな言動をするのか少し気になったが、深くは問い詰めなかった。
イベントバトルが終わったのに、弾薬箱がないとはとランピーチは落胆しつつ、やはり現実は違うなと舌打ちする。ゲームでは不自然に一回だけ補充できる通常弾の弾薬箱がテーブルの上や部屋の片隅に置いてあったのだ。それか新品の弾倉が転がっていたり、木箱や段ボール箱に金目の物が入っていた。
『氷の飴玉』のように簡単に稼げる方法はあるが、アイテムの入手難易度はナイトメアレベルだとランピーチはがっかりする。
「頑張るピーチお兄ちゃん。後でドライのお金儲けの方法を教える」
「それはいいや、自分で使えよ」
気遣う優しさをみせるドライだが、たった五万エレを貯めるのに一年かかった金策の方法を聞くつもりはまったくない。
軽口を叩きながら進むランピーチたち。だが、先程の地下を探索する未知の恐怖は、大ネズミたちの群れをきっちりと無傷で倒したことによりなくなっていた。
ゲームではレベル1平均かよと鼻で笑うところだが、一人前の兵士並みに強くなり、気配察知で敵が接近する前に気づけて銃で簡単に倒せる。その圧倒的な力に酔い、ランピーチは突然力を手に入れてその力に溺れた小悪党らしく慢心していた。
そして探索者が命懸けだということに、ゲーム感覚の抜けないランピーチは気づかなかった━━━。
◇
「この階段を降りれば、地下倉庫だ。この一番奥に飲料水製造機と発電機がある」
スタッフオンリーと書かれたドアをゆっくりと開きながら後ろにいるドライへと言う。その確信めいた口調にドライは少しだけ不可解な顔になる。
「ピーチお兄ちゃん、このビルの地図が頭に入ってる?」
「まぁな。ここらへんは制圧外と表示されているので、詳しくはわからないが」
ドライの疑問は尤もである。大ネズミがあれだけ大量に繁殖していたことから、このフロアにはしばらく人間は出入りしていたなかったはずなのだ。それなのに迷うことなく進むランピーチは不自然極まりない。
ランピーチは視界の左隅に小さなマップを表示させながら移動をしているだけだ。地上階は青く表示されているのに、地下は赤く染まり制圧外と表示されているので、システム的な仕様で人工精霊工兵も人工精霊兵士を送り込めないため、モンスターが棲息しているところまではわかっていた。
『ここのモンスターを殲滅して、制圧済みにすれば、人工精霊を送り込めるから頑張ろうねソルジャー。そうすれば後は楽だと思うよ』
『それは嘘だね。これが終われば次はこれと、拠点運営ってのは、終わりが遠いんだよ』
『あはは、そうかもね。人間の欲というのはきりがないから。それじゃ、最初のクエストをクリアしちゃおうよ』
『了解です。司令官殿』
ライブラが笑い、ランピーチはおどけながら降りていく。コツンコツンと足音が響き、最下層へと到達する。
スタッフ専用とあって、先程の食品フロアと違い、ガランとした地下駐車場のようなフロアだ。飾り気もなく、壁や床のコンクリートが寒々しい。真っ暗で用意しておいた懐中電灯で辺りを照らすと、視界が通らないことにランピーチはゾンビ映画とかで、こんなシーンあったなと怖がりながらもどこか楽しんでいた。
なぜならば『気配察知』スキルがあるからだ。暗闇の中でも不意打ちはされない。さっきの大ネズミも数は多く少しだけ脅威であったが、百メートル範囲内に入れば察知できるのだ。そのため、柱の陰や床下などに隠れていても、恐れることは無かった。
奥の床が光を反射して、僅かに波打つのを見て、ランピーチは顔を険しくさせて、嫌な予感を口にする。
「ドライ、奥に水が溜まっているようだ。どこかヒビでも入って浸水してるようだ。もしかしてこの気温で水の中に入る展開とかないよなぁ?」
「ドライは泳げない。ピーチお兄ちゃん頑張って直して」
きっぱりと水に触れるのを断るドライに、ちゃっかりしてやがると、ランピーチも軽口で答える。
「潜るほどじゃないし、俺は攫われるお姫様役で助けてくれる水道管工のおっさんたちじゃない」
「水道管工の知り合いが、ギャンッ」
「ドライッ!?」
だが、ドライの悲鳴に慌てて振り向く。ランピーチの目に入ってきたのは、人ほどの大きさのネズミに頭を噛まれて倒れようとするドライの姿だった。
泥がへばりつき、ベッタリと肌に張り付くかのような汚らしい灰色の毛皮、爛々と光る赤い目に杭のような長さを持つ牙を生やしている二本足で立つ2メートルほどの獣。
「鼠男か!」
ゲームでは見慣れた雑魚モンスターに、ランピーチは舌打ちする。ドライは不意打ちで杭のような長い牙に頭を噛まれており、精霊融合が解除されようとしていた。
『『黒牙』を受けたみたいだよ、ソルジャー。あれは魔法が付与されてるから、精霊憑きでも防げないかな』
『だな。雑魚モンスターでも技は魔法付与されてるから、精霊融合は意味をなさないんだ。モンスターは近接攻撃がメインな分、精霊融合でもダメージを与えられるようになっている』
魔法しか通じない主人公たちへの対応だ。鼠男は、のしかかったまま、ガリガリとナッツでも食べるかのようにドライの頭をかじっており、魔法使いタイプのドライがその攻撃に耐えられるわけもなく、光の粒子へと変わって消えていく。
「くそっ、ゲームみたいに一度攻撃したら、一旦距離を取れよ、鼠野郎!」
罵りながらも、でも、俺じゃなくてよかった。俺なら死んでたねと、ドライは精霊融合が解除されるだけだから大丈夫だと安堵をする。ランピーチなら、頭蓋骨を砕かれて、脳味噌を昼ご飯にされていたのは容易に予想がつき、背筋が凍りつくほどに恐怖を覚えて顔を歪める。
(『気配察知』で気づかなかった。たしか鼠男の『隠蔽』レベルは1。同レベルだと、『隠蔽』の方が上なのか、畜生め)
そういえばドライの時も気付けなかったことを思い出し、迂闊であったと舌打ちをする。鼠男は餌が消えてしまって、不思議そうに動きを止めるが、光の粒子がまたもや集まり始めていく。
すぐにドライが元の姿で現れ始めて、鼠男は隙を逃さず、ドライを噛み殺すだろう。ランピーチは恐怖で心を縛られながらも、頭の片隅で理性が体を動かす。
『刹那』
時が停止する。目の前の鼠男も集まり始めた光の粒子もその場で彫像のように固まり動かなくなる。
『刹那』は時を止めるチート技。敵はいないのだ。
(今日のテメーの昼ごはんは抜きだ、鼠野郎!)
小悪党らしく、脅かせやがってと憤り、鼠男の頭を狙おうとして━━━。
『鼠男A:レベル1』
『鼠男B:レベル1』
脳内に2体の敵のどちらを選ぶか選択肢が現れて、ギクリとしてゾッと戦慄する。
(に、2体? なぜだ? ま、まさか!?)
動揺のままに事態を把握してしまう。知りたくなかった情報がランピーチの背中に感じられて、停止した時間の中で恐怖に再び襲われる。
もう一体いたのだ。今まさに背後からランピーチの頭を齧ろうと飛び出してきたのだ。その牙は既に頭に触れる寸前で『刹那』が解けた瞬間にランピーチの頭に噛みつき、くるみのように砕くだろう。
(後ろの鼠男を先に倒さねーと! だ、だがそんな事をしたら……)
触れるほどに迫っている敵ならば、攻撃を外すことはない。反対に相手の頭を撃ち抜いて、あっさりと倒せる。
━━だが、その場合はドライは襲われて死ぬ。絶対に間に合わないと『銃術』レベル2が教えてくれる。ベテラン兵士の認識に間違いはあるまいし、そもそもランピーチも同じ意見だった。
(どどど、どうすれば、どうすればよい? どちらを狙う!?)
『ソルジャー! 迷っている暇はないよ。『刹那』の時を停止できる時間は10秒だよ!』
停止した時間の中でもライブラも意識はあるようで、焦った声音での思念を飛ばしてくる。
(その仕様も同じか!)
ゲームでは『刹那』をポーズ代わりに使われて、戦闘中に最適な戦法を考えられないように運営は制限をかけていた。その時間が十秒だ。
初心者だと慌ててコマンドを選び、適当なコマンドを選んでしまい短すぎると文句をつけて、熟練者なら迷わずに行動をとるので、十秒は長いと感じる絶妙な時間。
5秒、6秒と時間は経過していく。
このままドライを見捨てるか。
自分だけ助かるのか。
(し、しくじった主人公が悪い。小悪党役の俺のせーじゃねー! 悪いな、ドライ! ここは小悪党らしく保身に走る!)
所詮ランピーチは小悪党。己の命を大切にし、仲間を見殺しにする奴なのだ。ドライが死んでも、多少悲痛な顔で悲しむふりをして、後はあたふたと恐怖に駆られて逃げ出して終わり。
実にランピーチらしい。その姿が容易に想像でき━━。
『鼠男Aの頭部:命中率百%』
時は解除され、過程を飛ばし、結果だけが現れる。鼠男の頭部に銃弾が命中し、その体を吹き飛ばす。
ドライに襲いかかっていた鼠男を。
元の姿として現れたドライが驚きの顔になっているのを見て、苦々しくランピーチは歪んだ笑みを向ける。
「見捨てられるか、こちとら小心者の一般人だぞ! 一生モンのトラウマになるわ!」
銃を構えた体勢へと、ランピーチは変わり、愚痴をこぼすように怒鳴る。自分の保身を捨てたランピーチに鼠男の牙が容赦なく食い込むのであった。