15話 地下室に向かう小悪党
やはりフラグは立っていたようだ。翌日、ランピーチは苦々しく思い舌打ちしながら、内心でゲームご都合主義って大嫌いだと愚痴り地下へと向かう階段の前に立っていた。
地下階は薄暗く、まだ稼働している天井の弱々しい明かりでは、周りを完全には照らせていなかった。元は食品を販売するエリアだったのだろうか、もはや風化して名前もよくわからないボロボロの布切れと化した幟が立っており、大きめのワゴンがそこかしこに設置されて、素直に前へと歩けるようにはなっていない。
どこからかネズミの鳴き声が聞こえて、どこかの隙間から風が入り込んでいるのか、亡者の苦悶のうめき声のように聞こえてくる。
「あの……ラン、本当に行くのですか?」
チヒロが不安そうに心配をしていると声に乗せて言ってくる。裾を掴んでいじらしいところを見せての上目遣いをしてきて、普通の男ならば、やはり行かないと引き返すかもしれない。
「駄目だ。水が出ないのは死活問題だ。ここは水が出るから拠点にできたんだぜ?」
『それに無理矢理八階まで水道を通したから壊れたのかもしれないしね。ぷぷぷ』
『黙れライブラ。そんなことはわかってる』
クスクスと笑うライブラに、鋭い視線で黙るようにランピーチは威嚇する。大きな負荷をかけてしまったので、故障させたのかもとランピーチはライブラに言われるまでもなく気づいていた。なので罪悪感マックスのランピーチだ。
「チヒロ、こんな所パッパと行って片付けてくるから安心しろ。斜め上45度にチョップすれば直るだろ」
微笑みながら古臭いことを口にして、心配をかけないようにする。小悪党スマイルなので、どこまで安心させたかは不明である。
自己責任となるならば、行くしかない。精神力9の男は内心で震え上がり、帰って寝たいと思いながらも、表面上は不機嫌でこんなつまらない用事をやらないといけないのかと、遠回しに簡単な仕事だと伝えて、軽く深呼吸をして心を落ち着かせる。
「私も一緒に行く。ピーチお兄ちゃんと共に探索」
「ヒャンヒャンッ」
どことなく楽しげで嬉しそうにドライが言う。一晩たち復活したポメラニアンに見える氷雪の精霊フェンリルも元気よく鳴いて、尻尾を激しく振る。
「頼りにしてるぜ、ドライ」
「任せる。こんなフロアは探索者なら楽勝。すぐに用を終えて帰ってカップラーメン食べる」
『二人共フラグをたててるねぇ。ぷぷぷ』
「フラグをへし折る所からスタートだな」
宙を舞いながら、ランピーチの肩に乗るように体を押し付けてきて、おかしそうに笑うライブラに、肩をすくめて、アサルトライフルを構える。
「それじゃ、出発だ」
ランピーチが宣言すると階段を降りていく。コツコツと響く足音が地下階へと吸い込まれていき、酷く不気味な感じを与えてくるのであった。
◇
地下フロアはかなりの広さがあり、歩く邪魔をするかのように、大型ワゴンが道を塞ぎ、元はただの食品売り場を迷宮のように危険なるエリアへと変えていた。
ランピーチは中途半端な明かりの中で、腰を屈めて最大限の警戒をしながら、腰の悪いお爺さんのように慎重に歩いていた。だって怖いのだから、仕方ないのだ。
「遅いピーチお兄ちゃん。このワゴンは上に乗って乗り越えれば早く進めるよ?」
「駄目だ乗り越えちゃ!」
牛歩の歩みに待ちきれず、栄養不足のために16歳にしては背が小さいドライはワゴンに身体をもたれて押し付けるように登ろうとする。
だが、素早くパーカーを引っ張り、ランピーチがドライを引き戻すと同時にG1突撃銃の引き金を引く。タタタと乾いた音が数回響くと、ボールのように突如飛んできたネズミを正確に撃ち抜いた。
「なんでゲームでは乗り越えられる程度の障害物を乗り越えないのか理解したぜ。乗り越える隙を狙われるからなのか」
今のランピーチは恐怖に支配され、その視界は狭量だ。ほとんど前しか見えていないと言って良い。だが『気配察知』スキルは正確に敵の居場所を告げてきて、『体術』スキルは自然と敵へと構えることができ、『銃』スキルはベテランの動きを教えてくれる。
戦闘の知識を長年訓練してきたかのように、脳にインストールされたスキルは身体に染み込み、ランピーチは恐るべき強さを見せるのであった。
「おぉ、ちょっと驚いた。ピーチお兄ちゃんありがと」
「どういたしましてレディ。紳士として助けただけさ」
銃を肩に乗せ、紳士からは程遠い悪巧みしていそうな笑みを見せて、映画のようにセリフを口にするランピーチ。ちょっと赤面しているのは恥ずかしさがまだ残っているからだった。
『ソ、ソルジャー、わたしを笑い死にさせるつもりでしょ! もう、困っちゃうでしょー! アハハハ』
「お陰様で緊張はとけたよ」
ゆらゆらとツインテールを揺らして、腹を押さえて爆笑するライブラだが、その反応は予想できたと憮然とした顔でランピーチは先に進む。わかってはいたが、それでも笑われるのは複雑な男心なのである。
「レディなんて初めて言われた。ふざけているのはわかるけど、それでも嬉しい」
言葉だけで、まったく顔を赤らめてもいないし照れることもないドライ。
「頬も赤らめないで淡々とした答え、どうも。それにしても、なんでそんなに好意的なわけ? 昨日会ったばかりだろ?」
ランピーチはゲーム仕様でチョロインなのかと内心で呆れながら歩き始める。不気味な光景なので少しは気を紛らさないと恐怖に押し潰されそうなのだ。
「ピーチお兄ちゃんはドライを殺さなかった。命の恩人。絶対に殺すつもりだった相手を生かすなんて無理」
思いもかけず、真剣な声音のドライを見て、からかおうとして、その瞳に本気の色を感じて口を噤む。
「スラム街でそんな事をする人はいない。甘い人間だと舐められて狙われるしつけこまれる」
「……そうだな、そうだったな」
あの時、殺されたと思ったドライは本気で感謝していた。それは恋愛という感情よりも遥かに重い。
「命を助けられると主人公に靡く少女のことをチョロインと呼んでいたが、なるほどねぇ……それは命の奪い合いをしたことのない人間だけの思考なのかもな」
本当に命の奪い合いをしていると、自分が殺しにかかったのに助けられたら、ドライのように深く感謝をするのだろう。そこに恋愛感情を乗せることもあるかもしれない。それは常に殺し合いの生活をしてきたドライの人生を垣間見たようで、平和ボケした元日本人のランピーチにとっては心にズシンとのしかかる程重かった。
「聴かなきゃ良かったよ」
『小心者だね、ソルジャーは』
「小悪党は小心者と相場が決まってるのさ」
ライブラの優しい笑い顔をスルーして目を細めると、素早く構えて引き金を引く。またもや陰から飛び出てきたネズミたちだが、既に銃弾は放たれて、まるで吸い込まれるようにネズミの頭を貫いていく。
「ビッグマウスか。大口叩くだけで弱いことはわかったな」
1メートル程のネズミたちの死骸を見て舌打ちする。病気持ちであり、その牙は薄い鉄の板なら簡単に引きちぎられる。ただそれだけで魔物の中では最弱で、銃弾一発で倒せるのだが、このような奇襲されやすい場所ではそれなりに脅威だ。
「寒いからやめてほしい。今は冬」
『うんうん、私もドライに一票! あと、経験値ゼロ手に入れた』
「さーせん」
どうやら恩義はあるが、恋愛感情のなさそうなドライである。ライブラも片手をあげて、ランピーチの前で視界の邪魔をする。さらにトドメと経験値ゼロと告げてくるのでため息しか出ないランピーチであった。
このマンションはかなり広く、レベル1の『気配察知』では隅々まで感知することはできない。だが、それでもカバーする範囲は広く、尽きることなくネズミが現れるのがわかる。いったいどこから現れるのか不思議なくらいだ。
「しっかしネズミ多いな。よく登ってこなかったな」
「身体が大きいのが難点なのだと思う。すぐに見つけることができて、貴重なしょ」
「ドライ、この様子だとたくさん来そうだ。その時の作戦を決めておこう」
『色々やろうよ』
『ろくなことをしないから、その作戦は絶対に選ばない』
ドライの本気っぽいセリフに言葉を被せて、小悪魔ライブラの言葉をあしらいながら、ドライに説明しておく。
「わかった。でも、その魔法で本当に良いの?」
「あぁ、よろしく。魔法の━━来たぞ!」
まるで作戦のチュートリアルが終わるのを待っていたかのように、気配察知に前方から駆けてくるネズミの群れを感知して、ランピーチは真剣な顔で腰だめに構える。
広がる地下フロアの前方からガサガサと床を擦る音が大きく響き、端から端まで通路を埋め尽くし、床を灰色の波が流れてくる。その全ては大ネズミであり、爛々と光る目が無数に迫ってくる。
『ネズミの第一ウェーブかな? バトル開始!』
楽しそうにライブラがポーズを取って宣言する。ライブラは楽しそうだが、あの群れに襲われれば骨も残らないだろうと、生きながら食われることを想像し、ランピーチは動揺しながら銃を構える。
「どうしてあんなにいるわけ? どこに隠れてたんだよ、おかしいだろ! ドライ、作戦通りによろしく!」
顔を引き攣らせて、ゲームの世界は本当に嫌だなと思いながら、ドライへと声をかける。サポートキャラの助けは諦めたランピーチである。
「ドライに任せる。うー、うー、たー!」
「ヒャンヒャンッ」
四肢を踏ん張り、獣のように気合いの咆哮をドライがあげると、パーカーに潜り込んでいたポメラニアンがヒョコンと姿を現す。名前はポチフェルと言うらしい。
『精霊融合』
ドライの身体が光ると、ピンと伸びた青い狼の耳を生やし、ふさふさの尻尾を持つ狼少女ドライへと変身する。キッと狼のように凛々しく瞳になると大きく口を開ける。
鋭い牙を生やした口を大きく開けて、ドライは魔法を発動させる。
『氷場』
迫るネズミたちの前方の床が冷気が吹き出す。まるで蒸気のように吹き出した冷気は床に霜を作り、真っ白な氷原へと変えて凍りつかせていく。大ネズミたちが足を踏み入れると、氷の床を前に踏ん張れるわけもなく、その体がすっ転び四肢を滑らせてうつ伏せに倒れる。
「よし、片端から転がせて行け!」
「了解、片端から倒していく。地味だけど。もう少し派手な魔法で倒して行きたかった」
「いいんだよ。その魔法は魔力消費しないだろ」
銃を撃ち続けて、ランピーチがにやりと不敵な笑みにて答える。大ネズミたちは転んだネズミの上にネズミが重なり、山のようになっている。
顔はひきつり、まるで戦いを前にする戦士には見えない。だが、引き金を引く指は震えることなく、狙いも正確に倒していった。
『氷場』はただ床を凍らせるだけで、相手の移動力を削ぐだけの効果だ。初歩の移動阻害魔法で、ろくに役に立たないからドライは使用したことがほとんどなかった。
ランピーチの作戦は魔力を消費しない基本技の一つ『氷場』を使い続けることであった。ドライとしては攻撃魔法で派手に一気に倒したかったが、不満であるがその効果は極めて高いと理解できた。
渋い作戦であるが少し気になることもあると、ドライは不思議に思う。
(どうしてドライの使える魔法を知ってたんだろ? そういえば、最初の戦いの時も使ってくる魔法を知っているようだった)
ドライは使用可能な魔法を誰にも教えたことがない。なのにランピーチが知っているのはおかしいと疑問に思ったが、命を助けてくれたのだからとすぐに忘れた。
そして、数分後、全ての大ネズミは倒されたのであった。