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14話 掃除をする小悪党

 拠点は大事である。だが、役に立たない拠点は足を引っ張るばかりだ。なので、ランピーチはまずは現状を把握することから始めた。


 眼前には巨大なマンションの3Dマップが表示されており、その横に拠点のステータスが表示されている。


ランピーチマンション

8階建ての元モール兼マンション

人口:334人

兵力:0

生産力:0

防衛力:0

施設:電力発電機、飲料水製造装置

スキル:人工精霊(工兵)創造、人工精霊(銃兵)創造


 元モール兼マンションと表示されているだけあって、ランピーチマンションはかなり巨大だ。団地を4棟ほど合体させたらこれくらいの大きさで、瓦礫などで上手く通路を塞いであるので、迷宮のような建物である。よくこんなところを拠点にできたとは感心するが、感心する以上に落胆する内容が表示されているので嘆息してしまう。


 泣ける結果である。生産力はまだわかる。わかりたくないが、わかってしまう。


「子供たちは兵力として数えられていないな。予想通りだけど、予想通りすぎて笑える」


 334人がランピーチマンションの住人だ。これはチームに入っているわけではなく、ランピーチマンションの部屋を家賃を支払って住んでいる者たちの事を示す。家賃と言ってもある時払いか時折むりやり徴収するだけだが。屋根があり、一応チームが守ってくれているというスラム街では裏路地で寝るよりマシな所という扱いである。


 なので、ジト目でライブラへと視線を向けると、当然じゃんと、ケラケラと笑ってライブラは楽しそうにする。


『最低でもレベル1は戦闘スキルがないと兵力として数えられないに決まっているじゃん。子供たちはその基準には至ることはないんだよ』


「スラム街の住人は兵力として数えられないことを理解した。レベル1は一人前の兵士だぞ?」


 レベル1は3年程度訓練した結果だと、脳にインストールされ強引に銃の使用方法を手に入れたランピーチはインストールされた知識からそのことを理解していた。


 レベル2がベテラン、3が天才で、4が達人だ。5になると天才と達人が合わさったものとなり、6以上は人知を超えた能力となる。


 今日の飯も手に入れるのが難しいスラム街の住人がそんな能力を手に入れることなど天地がひっくり返らない限りあり得ない。


「発電機や飲料水製造機があっただけマシか。まぁ、この世界で電気や水は結構簡単に手に入るしな。それでもこの大きさの建物で用意するのは大変だったろうに」


 良くやったぞランピーチと、過去のランピーチを褒めるランピーチに、ニヤニヤとライブラがおかしそうにマップを指差す。それは建物のだいぶ地下を指差していた。


『残念でした。この発電機とかは大分古いようだし、地下にあるみたいだよ。ほら、ここらへん。浸水しているようだし、いつ停止してもおかしくないね』


「そーゆーフラグを立てるようなことを口にするのはよそうじゃないか」


 顔を顰めるランピーチだが、たしかにライブラの言うとおりだった。よくよくマップを見るとたしかに地下に大型の機械が設置されていた。発電機と飲料水の製造機だ。そして、そこには水が溜まっているとも表示されている。


 嫌な予感しかしない。ゲームでこのようなシチュエーションがどのようなクエストを発生させるかを良く知っているランピーチは顔を歪めて、ライブラは楽しそうなイベントだとニヤニヤと笑っていた。


 だが、今ではないだろうとかぶりを振ると、待機モードの人工精霊工兵を横目に、マップを操作していく。そうしてマンションの中を網の目のように存在する電線とパイプを見て舌打ちする。


「電線も上下水道のパイプも九割方破損してつかえねー。それに通路を塞ぐ瓦礫が多すぎる。瓦礫の方は絶対にわざとだろ」


 恐らくは人海戦術で瓦礫を運ばせたに違いない。敵が攻めてきても守れるようにランピーチが考えたか、前のチームのボスが考えたかはわからないが。


『良いバリケードじゃん。手勢がいないから使えるギミックじゃないかな?』


「嫌だ。瓦礫のある我が家は芸術家だけで良いと思う。俺の家は綺麗にしたいんだ」


 絶対にからかっているとわかる口調のライブラに、憮然とした顔で、ランピーチは慣れた様子でボードを叩く。ランピーチマンションの通路を埋める瓦礫にタッチする。


『瓦礫:入手できる素材:鉄、コンクリート、木屑、スクラップ、布切れ』


「良し。瓦礫を除去及びその素材を使用して水道、電線を俺の部屋まで修復せよ。えっと操作方法はと」


 あまり拠点防衛はしたことがないので、記憶を懸命に思い出しながら操作をする。マンション内のこの部屋に比較的近い瓦礫をタップして、担当人工精霊工兵を選ぶ。本来は人工精霊工兵はサブで人間に担当してもらうのだが、システムはチームの子供たちをただの住人としてしか認識していないので仕方ない。


 恐らくは最低1レベルの工兵の類のスキルを持っていないと駄目だということだろう。即ち、スラム街にそんな人間がいるはずないので、今後とも人工精霊工兵しか使えないことになる。


 ゲームではレベルの高い専門スキル持ちの仲間が入ったが現実だと、そりゃ貧乏なスラム街のチームになんて来ないよなぁと苦笑しつつ、更に操作を続けていく。


「瓦礫を除去した際の素材を利用して、水道及び電線の修復。それと俺の部屋のリフォームよろしく」


 全ての設定を終えると、人工精霊工兵が起動し始める。総計十機の蜘蛛型人工精霊だ。


 驚くことに精霊力により体長は変化でき、五十センチから五メートルまで体長を変えられる。大型から小型までどんな重機の代わりにもなれる万能工兵『ハタラカンチュア』である。ネーミングセンスは最悪と言えよう。たぶん運営はこの時、とても疲れていたのだと思われる。


 外骨格はつるりとした金属製。単眼の代わりにバイザーが目となっており、前脚の先はドリルからピンセットまで切り替えることができ、他の脚先にはタイヤが設置されており、時速五十キロまでは走行可能。背中はへこんで台車のように平となっており、荷物を載せて運べる。重量300キロまで持てる優れものだ。


 指示に従い、ハタラカンチュアはタイヤを回転させて、部屋から出ていく。静音性が高く夜中でも工事をしていても文句を言われることもない。


「たった十機だから工事に時間はかかるだろうけど、そこはのんびりと待ちますか」


『あー、本当にあれでいいの?』


「分担のことか? まずは瓦礫除去に八機、電線、水道に一機ずつで良いだろ。素材を最初に集めておいたほうが後々楽になるんだ」


 一仕事終えたなと満足そうなランピーチに、ライブラが頬をポリポリとかきながら、なにか言いづらそうな、気まずそうな顔で口籠るので、安心しろよとにやりと笑う。こちとらゲームで鍛えた経験がある。結果を御覧じろだ。


 だが自信満々のランピーチを見て、ライブラはますます言いづらそうにする。


『そうじゃなくて……』


「そうじゃなくて?」


 なにが言いたいんだと詰め寄ろうとして━━。


「きゃー! モンスターよ!」


「任せる! こんな奴ら一撃!」


 聞き覚えのある少女の悲鳴が部屋の外から聞こえてきて、その後にガッシャンとなにかが壊れる音が響いてきた。


『ね? いきなりあの大きさの人工精霊を誰にも告げずにマンション内を移動させたら、皆は怖がるんじゃないかなぁって思ったの』


 ライブラは予想通りだったと苦笑する。


 ゲームでは大丈夫だったんだと、現実との差異はこんなところでも現れるのかと、苦々しく舌打ちし、全てのハタラカンチュアが破壊されないようにランピーチは止めに入るのであった。


 ハタラカンチュアは破壊されると再配置まで24時間かかることがわかった。


          ◇


 結局、ランピーチが容赦なくハタラカンチュアを破壊するドライを止めたのは五体も破壊された後であった。


「あー、これは俺が修業の果てに遂に編み出した人工精霊だ。まぁ、地上街区でも使用されているから珍しくもないとは思うが、一言伝えておくべきだった。だから次に壊した野郎は相応の目にあうのを覚悟するように」


 ランピーチがドライの頭を掴んで、顔を引き攣らせて集まった皆へとどう考えても適当な言い訳を告げているのを、チヒロは不可解な事態に混乱しながら聞いていた。


「ん。どこからどう見ても、モンスター。ドライは悪くない。なので、この手を離すべき。とても痛い」


 新入りのドライはハタラカンチュアという名前の人工精霊を破壊した罰とばかりに頭を掴まれているので、剥がそうとランピーチの手のひらをペチペチ叩いている。筋肉の衰えた今のランピーチでもそこまで痛くはないらしく余裕があるので、じゃれているようにも見えてモヤッとする。


 周りの皆も伝えられた内容に困惑を隠せない。今は水道管を直しているらしく、器用に蜘蛛型精霊はコンクリートの壁を剥がすと、水道管に前脚を近づけて、その先端を細い糸みたいなピンセットのような爪で水道管を分解、接着をしている。


 火花が散ることもなく、まるで植物の蔦が生長するように穴が塞がっていき、直っていく水道管は驚きの一言である。皆もその様子を物珍しく眺めており、興味津々で幼女が蜘蛛型精霊の背中に乗ろうとして、慌てて少年に抱き抱えられていた。


(たしかに地上街区では時折人工精霊は見るけど……あれって高度な魔法じゃないのかしら? それともスラム街の住人から見ると高価に見えるだけで、実際は当たり前の安い技術だったのかしら?)


 実際、建物を作る際などに人工精霊は様々な用途で数多く使われている。チヒロから見たら天上の技術であっても、地上街区の人間にとっては日常の風景であり珍しくもない安い技術。そうなのだろうかとチヒロは考え込む。


 実際に地上街区の者が見たら、体長を変化でき、更には召喚中に魔力を使うことも精霊石を消費することもないハタラカンチュアを見て、驚きで目を剥くだろう。どのような高位の魔法使いがいるのか身を乗り出して尋ねてくるに違いない。


 だが、チヒロを含めて、皆はスラム街や孤児院出身。たぶんスラム街の人間は手が届かない高価な物だろうが、地上街区の人間にとっては安物なのだろうと勘違いをするのであった。


 そこにはランピーチも含まれてもいた。ゲーム設定では当たり前の技術であり、そこに疑問は持たなかったのだ。


 他にも瓦礫を片付ける蜘蛛型精霊もたくさんいる。ハイパワーのようで、人間では持ち上げることも難しい重量の瓦礫をどんどん片付けていくので、あっと言う間に廊下が開通していく。


 人工精霊とはすごいものだと思いつつも疑問は尽きない。だがランピーチに尋ねるのも難しい。地上街区のどこかの犯罪組織と組んで、この技術を提供して貰ったとか聞かされても困るからだ。スラム街は無法地帯だが、それだけに地上街区の犯罪組織に使い走りにされて、最後は尻尾切りされる可能性も高い。藪蛇にならないように気をつけるところである。知らなければ放置される可能性も高いからだ。


 小悪党の空気を醸し出すランピーチの行動はチヒロの勘違いを増長させるが、それでもチヒロは褒め称えることを選ぶ。


「凄いですね、ラン。これなら、快適なビルになりますよ」


「だろう? 水道管は一階までしか通じてないからな。わざわざ一階まで降りる苦労も━━。お、もう通じたのか」


 空中でなにかを見て、にやりとほくそ笑むとランピーチは勿体ぶるように、手招きする。皆でぞろぞろとついていくと、自室のもはや使われていない洗面台に近寄ると蛇口に手をかける。


「さて、結果は見てのお楽しみだ、もう俺は一階まで降りる必要がないわけ」


 そうして蛇口をひねると━━しばらくしてから、ちょろっと赤錆混じりの水が出てきて、すぐに止まる。ぴちょんぴちょんと水滴が垂れているだけとなり、皆はシンと黙りこくる。


「えっと、ラン。水道管はまだ直ってなかったようですね。でも、また人工精霊に直させれば……ラン?」


 頭を抱えてランピーチが座り込んだので、チヒロはその落ち込んだ様子に慰めようとし、ドライは周りをうろちょろして顔を覗き込もうとする。


「………だ」


「え? なんですか?」


「飲料水製造機が壊れたんだ! あーもー、だからあの会話は嫌だったんだ! チキショー、俺は寝る! 明日だ、明日!」


 ランピーチが苛立ちながら寝室に向かい、どうやら根本は以前とあまり変わりがないらしいと、こんな時こそ恋人が慰めるべきよねと思いながらチヒロはランピーチには悪いが、その様子に安心して微笑むと追いかけるのであった。

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