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13話 拠点の小悪党

 まずはこの拠点を守る必要があるとランピーチは決意した。冬のメイトストーリーのイベントはどれもこれも厳しいのばかりだが、厳しい分、最初の年には起こらないと記憶している。


 冬は危険なモンスターや大雪によるデバフがかかるので、外に出られないからだ。この時点でレベルは一つ二つのスキルに絞っていれば、普通なら四か五には至っているが、一つだけ特化だとプレイヤーといえども、冬場のモンスターは特殊な上に強力で対抗できない。


 初年度は生産スキルを使って引き籠もるのが普通であり、生産スキルを使わせたい運営の思惑も透けて見える。


 だが現実となった今ではそれが助かる。冬場にランピーチが準備をする猶予ができたからだ。


(死んだら夢だったと起きる可能性はあるが、そんな可能性を頼りに自殺する気はない)


 コンクリート打ちっぱなしで、広々としてなにもない寂しい自室にて、ランピーチは匙を投げたいが、投げることはできないと、渋々ながらステータスボードを開く。


 なにかやろうとしていることに気づき、ランピーチの横で浮きながら寝ていたライブラは目聡く面白そうな顔を近づけてくる。


 暇であると、寝ていたり、漫画を読んでいたり、歌を歌ったり、お菓子を食べていたりと自由すぎる人工精霊だ。だが、ゲームでも、キャラを動かさないと同じような行動をとる凝ったシステムなので、ランピーチは疑問に思わない。


『おお、なにかスキルを取るんだね。なにを取るのかな? やっぱり料理スキル?』


 だが、本能で生きていすぎではないかとも思う今日この頃だ。


「料理スキルは取らないし、なんで料理スキルなんだよとツッコミを入れもしない。それよりも、この拠点を守る必要がある」


 ぴしりと告げると悪どそうな笑みで、なにやら悪巧みをしていそうな風に見える小悪党ランピーチ。真面目になればなるほど、小悪党に見えるという悲しい男だが、小悪党スキルをレベル十まで上げた弊害であり、自業自得とも言えよう。


 ライブラはランピーチが笑うと他者からの印象がますます悪くなると知っていたが、面白いので忠告するつもりはない。


『この拠点を守るために? そんなにここの拠点が重要なの? まぁ、ソルジャーのせっかくの拠点なのはわかるけど、どこかのチームに譲って、探索者として活動するという選択肢もあるよ?』


「ふざけんな、小さい子供もいただろうが。スラム街は弱肉強食の世界。簡単に死んじゃうだろ。テレビで他国が戦争で苦しんでいる子供たちを見ても可哀想ですむが、自分の行いで死ぬとなると耐えられねぇよ」


『あぁ、自己の責任となると嫌なんだね。まぁ、わかるよ、そ~ゆ〜人は多いし』


 嫌そうに顔を険しくするランピーチだが、博愛主義というわけでもないし聖人というわけでもない。これは良識が善人よりであれば珍しくもないことだ。


 噂話やテレビで聞いてもなんとも思わず、自分に関わることになると気にするタイプだ。


「それに拠点を持てば身を守ることにも繋がる」


 ゲームでは万能やられ役の小悪党ランピーチは、7人の主人公を前に様々な姿で現れる。ドライの場合はチュートリアルで殺されるチンピラ役だが、他の主人公では盗賊団のボスだったり、殺し屋だったり、改造人間だったり、拠点を支配するチームのボスだったりすることもあるのだ。


 正直、運営は使い回しすぎるだろとランピーチの身体になった今は、クレームを入れたい。手抜きするならせめて服の色違いで、名前を変えた小悪党として用意してくれば良かったのにと。


 全ての死亡フラグを回避するのは難しいが、その中で一番勝ち目があるのが『拠点防衛戦』である。これは難易度が高く、プレイヤーとして何回か死んだ覚えがあるのだ。


 そして、それだけの固い守りであるならば、他の死亡フラグも拠点で待ち構えればなんとかなるのではないか。有利に運べるのではないかとの思惑がランピーチにはあった。


「さらにだ……。この拠点の問題がある」


『問題? この拠点は問題だらけだと思うよ? というか問題がないところなんてあるのかな?』


 ライブラの質問は当然であるが、ランピーチはあるだろうと真剣な顔となる。


「耐えられないんだよ、この部屋を見ろ、部屋を」


『部屋? なにもないけど? 敷いて言えば瓦礫があるくらいかな?』


 ライブラはまったくわからないと、宙で身体ごと傾けてツインテールをぷらぷらとさせる。


 ガランとしたコンクリート打ちっぱなしの数十人が宴会を行えそうな広い部屋。自室とは言うが、ゲームで言う主人公を待ち構えるだけのボス部屋だ。ポツンと椅子が奥に置いてあり、後は瓦礫が部屋の隅にあるだけで窓枠も木の板で打ち付けてあり、殺風景な部屋である。


「わかんねーの? きたねーんだよ、汚いの! 俺はこういう部屋すっごく嫌なんだよ。寝室もそうだ、パイプベッドで泥だらけに瓦礫も転がっていて同じ感じ。見ろよ、床はホコリや泥で汚れているし、なによりも部屋に瓦礫があるとかおかしいだろ!」


『あぁ、ソルジャーって、綺麗好きなんだねぇ。いや、普通の感覚かぁ。スラム街の感覚とは違うとは思うけど、たしかに汚いもんね』


 絶叫するランピーチにライブラはなるほどと小指を頬につけて納得する。


「だろ? 定期的にお湯とかで身体を拭いているのか、皆は辛うじて臭くはないのは助かるが、ゴミだらけの部屋とか耐えられねーんだよ」


 汚すぎるのだ。日本人的な感性では耐えられない。そもそも室内で靴を履いているのも嫌なのだ。ランピーチとしては部屋内は土足厳禁にしたいが、とりあえずはこの拠点を綺麗にしたい。


 死亡フラグを回避するよりも、清潔さを気にする小悪党ランピーチなのである。


「というわけで、拠点防衛学を取得する」


『拠点防衛学を取得』


『取得しました』


『拠点はここにする。ん、できるのか? お、一覧表示されたな』


 テンポ良く選択しながら、ランピーチはゲームどおりだなと安堵する。


『『ランピーチビル』を拠点として登録しました』


 さらに表示はずらずらと続く。


『チュートリアル:初めての拠点を手に入れようをクリアしました。経験値五千取得』


『拠点防衛学をレベル三まで取得』


 躊躇いなく残りの経験値も使い果たす。これは絶対に必要なことである。ゲームでも『拠点防衛学』はレベル三にしないと使い物にならない。


『人工精霊(工兵)創造を取得しました』


『人工精霊の防衛用兵種を選択してください』


『白兵:近接専用の兵士』

『盾兵:敵の攻撃を防ぐ兵士』

『弓兵:サイレントキル用の兵士』

『銃兵:銃専用の兵士』

『魔法兵:魔法専用の兵士』


 レベル三からは人工精霊での兵士を取得できるのだ。三、五、七、九、十とレベルが上がることに一つだけ兵種を獲得できる。なので、結局は全ての兵種を取得できるのだが、最初に取得するのは決まっている。


『銃兵だ』


『取得しました。人工精霊(銃兵)を取得しました』


 銃兵以外に選択肢はない。拠点防衛では銃を持った者が圧倒的に有利だ。というか、もうこれで『拠点防衛』を上げる必要はない。


『いつも思うんだけど、ソルジャーってスキル取得に迷いがないよね。普通は強化システムの保護を受けたら、迷わない? それになんか普通では知らないことも知ってるし』


 不思議そうにランピーチの顔を見つめてくるライブラ。とぼけたような口調で無邪気な可愛らしい顔で尋ねてくるが、ランピーチは飄々とした表情で答える。


「そうか? 思い切りの良い性格だからだろ。他の人間はどうやってスキルを取得しているわけ?」


 まさかゲームの世界だから、俺はこの世界のことを知っているとはいえずにランピーチはすっとぼける。それよりも他の人がどうしているのか気になる。


『え? この時代に強化システムを受けているのはソルジャーだけだよ? 1260年ぶりに『宇宙図書館スペースライブラリ』にアクセスした人間だったから、とっても驚いたんだよ?』


「……俺だけ? 他の人間はスキルを取得するのにどうしてるんだ?」


『インストールができないから、人間同士の断片的な記憶を共用し、スキルを取得しているね。でも、ソルジャーみたいに固定化された技名とかなく、既に元のスキルから変貌、劣化しちゃってる』


 かつては全ての人類は精霊術を使用できるように遺伝子改造していた。それは今のランピーチのようにパッケージされた固定化されたスキルだが、その記憶が現代の人間の遺伝子には因子として記憶されている。


 『宇宙図書館スペースライブラリ』によるメンテナンスが行えないので、その因子は段々と変貌していった。同じようなスキルに見えても、今は昔よりも大幅に劣化したり、現代に合わせた能力に適応したものとなっているだろう。


『時を止める『刹那』なんかソルジャーにしか使えないスキルだよね。他にも色々と違うところはあると思うよ』


 指をふりふり、ドヤ顔でライブラは説明する。意外な事実にランピーチはゲーム設定のご都合主義だからじゃなかったのかと一応納得する。たしかに『刹那』はプレイヤー専用だった。敵が使えれば、絶対にクリア不可能だからだ。


「なるほど。あ〜、それじゃプレイヤー専用のスキルは他人になるべく見せないほうがいいだろうな」


 どれがプレイヤー専用なのかはあまり覚えていないけど、怪しい能力は注意したほうが良いかもしれないと、意外な縛りプレイになりそうだと苦々しく思う。色々とバレたら厄介なことになる予感もする。


 何周もクリアした経験もあるランピーチだ。自身の注意深さには自信があるし、大丈夫だろうと考えるのであった。


「まぁ、いつも慎重に自重しているから、そこまで注意する必要もないか」


『拠点表示』


 眼の前に自分の拠点を表示させる。3D化した半透明の建物が空中に映し出される。そんなことよりも、この拠点を快適な空間にしたい。外側はスラム街だから諦められるとして、中身はホテル並にしたいとゲーマーとしても、強く思う。


『うんうん、自重って大切だよね。ライブラも本当にそう思うよ。で、なにをするのかな?』


「まずはお片付けだ」


『人工精霊(工兵)創造』


 ランピーチがスキルを使うと、眼前に複雑な幾何学模様の魔法陣が描かれて、その中から十体の人工精霊が姿を現す。


「これでとりあえず瓦礫を片付けるつもりだ」


『うんうん、自重って大切だもんね』


 ふんふんふーんと鼻歌を歌いながら、自身の行動にまったく疑問を持たないランピーチに、ライブラは生暖かい目で見つめる。


『1260年ぶりの兵士なんだ。頑張ってね、ソルジャー』


 その瞳は妖しく蠱惑的で、そしてどこか恐怖を感じさせるものであったが、拠点マップに集中しているランピーチは気づくことはなかった。

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