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12話 稼いで戻る小悪党

 チヒロは落ち着きなく拠点の出入り口に立ってそわそわしながら外をチラチラと見ていた。ランピーチはそろそろ夜になるのに戻ってこない。


 スラム街の小さい拠点のボスにはなれても、探索者としては半人前。それが客観的に見たランピーチの評価だ。だからこそ、ランピーチが探索者として金を稼ぎに行くと言ったときに困惑して、止めようか迷った。


 だが━━。


(どう考えても、この拠点は詰んでるものね。やっぱり子供たちだけでは無理だったのよ)


 チヒロと同じようにビルの陰に隠れて外を見ている子供たちを見て、この面子でチームは無理だと自分でも思う。


(ランピーチは逃げたのかしら? 死んだ……ということはないわよね、あの狡猾なランピーチだもの。それなら逃げたんだわ。私たちという荷物を捨てれば生きるのは簡単だものね)


 その予想は朝からあり、段々と沈んでいく太陽と共にチヒロの心を絶望に落としていった。捨てられたら最後、自分は野垂れ死に確定だ。


 目からポタポタと涙が落ちていき、泣き崩れそうになったとき━━。


「ボスが帰ってきたぞ!」


 はしゃいだ声に慌てて俯いていた顔を持ち上げると、紙袋を担いだランピーチがこちらへと歩いてくるのが、涙でぼんやりする光景の中で見えた。


「ラン!」


 帰ってきてくれた。その事に喜びを露わにして駆け出そうとして━━。


「ピーチお兄ちゃんはなんの精霊使い? ドライに教える。ドライ以外の精霊憑き初めてみた」


「ピーチお兄ちゃんってなに? 俺は亀に攫われる王女なわけ?」


 覚えのない美少女がランピーチの周りをうろちょろしているのを見て、ピシリと表情が固くなるのであった。


          ◇


 ランピーチは一日で36万エレを稼いだ。それはゲームのあるある知識で、ちょっとした金策である。正直小銭なので、攻略サイトでは金策方法としてはお勧めしないと書かれているくらいだ。


 なので、本人としては百円や二百円を儲けた感覚なので、まったく大したことはしていない。それはこのゲームがというか、他のゲームもそうだが、ゲーム内の武器などのインフレはスーパーインフレーションを超えるハイパーインフレーションだからだ。


 序盤の武器は180ゴールドで最強どうの剣が買えるのに、最後は8万ゴールドで店売り最強とか、数百倍の金額になるのだ。現実で考えると頭おかしい金額と言えよう。


「あ、あの、こんなに頂いてよろしいのでしょうか?」


 だから、チヒロが震える手でお札を持ちながらランピーチに尋ねてきても、特にどうと思うことはなかった。


「気にするなよ。それよりもカップラーメン食べようぜ、カップラーメン」


 一つ百エレの貧民向け万能栄養食ガドクリーラーメンにお湯を入れながらランピーチはようやく飯だ、飯だと喜んでいた。朝の不味いガドクリーメイトよりはマシだと考えているし、ゲームの中の飯を味わえるのは貴重だなとも思ってワクワクしていた。


 割り箸をカップラーメンの上に置き、早く3分経たないかなと、あぐらをかいて、いそいそと待つランピーチの姿は貧乏な小悪党といった感じだった。


 周りの子供たちもお湯を入れて、そわそわとして待っている。まさか自分たちへのご飯をランピーチが買ってきてくれるとは夢にも思わなかったらしい。


「えっと……ラン、このお金はどうしたんですか? 十万エレありますよ?」


「あぁ、それでなんとか一週間くらいは食費をやりくりしてくれ。少なくて悪いけど、俺も探索者として活動しないといけないからな」


「は、はぁ、これで……わ、わかりました、任せてください!」


 だが、チヒロにとっては大金であった。手の中のお金の重みは、うろちょろする少女を尋ねたい気持ちよりも大きい。


 スラム街で10万エレは大金だ。盗まれた拠点の資金が30万エレ程度であり、ランピーチのヘソクリも五千エレ程度だと知っているために、まさかたった一日でこれだけの大金を稼いでくるとは想像もしていなかった。


「うぬぬ……許容範囲か? あれだ、チキンの……うう~ん、3日で飽きそうだな」


 ズズッとラーメンをすすって、味が微妙だという顔のランピーチを見て、ますます戸惑う。


(味なんか今まで気にしなかったのに……酒だって怪しい出処のやつで……この大金を一週間で使って良いのかしら? まぁ、今日はたまたま大金を稼げたのかもね。きっと機嫌が良いから、そんな太っ腹な事を口にしたんだわ、節約して大事にとっておきましょう)


 昨日までのランピーチとはまったく違う姿に違和感をもちつつも、尋ねることが藪蛇になるかもとチヒロは考えて、そのことは聞かないことにしておく。


 だが、もう一つ質問はある。


「これ、色々味の違いある。ドライはこれのカレー味好き。ピーチお兄ちゃんはどれが好き?」


「マジで? このラーメン味に種類があるのかよ。失敗したなぁ、なぁ、どんな種類があるわけ?」


 ランピーチに子犬のようにまとわりつく少女に険しくなりそうな表情を鉄の心で我慢する。


(新しいチームの一員かしら? なにあれ、やけに親しそう……。あの娘がお気に入りになったら、私はどうなるか……ここは嫉妬を見せても良いか慎重に考えながら様子を見るしかないわ)


 単純にランピーチに嫉妬を露わにすると嫌われるかもしれない。単に容姿が好みだからとそばに置いていると知っているから、簡単に捨てられる可能性は高い。チヒロはランピーチの庇護がないと生きていけないのだ。そこに愛はない。冷徹な計算があるだけだ。

 

 ……ないけど、さっき帰宅したランピーチを見て、チヒロの心は安心と高鳴りを感じた。それがなんなのかはわからないので、モヤモヤしながらもランピーチのお気に入りは譲らないと笑顔で話しかけるチヒロであった。


 少年たちもランピーチの行動には驚いていたし、食事が取れることに感謝をしていた。


 冬の寒さの中で、温かい食事を取れることは感動しかない。それが最安値の貧民向けのラーメンでも同じである。その事を孤児院から追い出された少年たちは痛切に理解していた。


 ぺりぺりと蓋を剥がすと、モワッと湯気がたち、良い匂いがしてきて、ゴクリと喉がなる。割り箸を差し入れて掬うと、ずるると啜り、口内に熱さと醤油の味が広がる。寒かった身体がポカポカしてきて頬が紅潮し、その顔が美味しさで緩む。


「美味しいな、温かいし」


「だね。この拠点に来て良かったよ、あんたが怪我をして帰ってくるんじゃないかなって恐れてたんだけど、たんこぶ一つだったし」


 隣の少女がニカリと微笑み、美味しそうにずるると麺を啜る。


 たしかになぁと少年もラーメンを食べながら思う。恐らくは試験とか言ってボコボコにされるのではと考えていたのだ。だが実際はたいした怪我も負うことなくこの拠点のチームに入ることができた。


「おいちーね!」


 一番幼く、最初に死んでしまうだろうと悲痛な考えをしていた幼女が割り箸を棒のように握って、ラーメンを懸命に食べていた。少なくとも今日明日に死ぬことはなさそうだと、少年は優しい笑みになる。


「見かけよりも優しい人なんだろうなぁ、ボスって」


 どう見ても、悪党にしか見えないんだけどなぁとラーメンを食べているランピーチを見て呟き、この拠点を守るためになにができるかと少年は考えるのであった。


 ワイワイと騒がしいが、子供たちの声は嬉しそうでランピーチは知らずに嬉しそうな顔となる。ゲームの中とはいえ、子供たちが死ぬイベントは大嫌いなのだ。まぁ、普通の良識だとも言えよう。


『後で私にもラーメンね! ラーメンね!』


『おまえ、飯くえんの?』


『あったりまえじゃん! なんで人工精霊が食事ができないと思ったわけ? 意味はないけど食べることはできるんだよ。趣味みたいなものだね』


『この貧困の状況でお前よくそんなこと言えるね?』


 腰に手を当てて、フンスと答えるライブラの憤慨だよと可愛く怒るその姿に、ランピーチは呆れてジト目となってしまう。でも、好感度は必要だとの話なので仕方ない、後でこっそりとあげよう。


「2個目食べて良い、ピーチお兄ちゃん?」


「今日は駄目だ。それよりもピーチお兄ちゃんってなんだ? さっきは殺し合いをしてたじゃんか」


 蓋の開いていないカップラーメンを手にするドライへと半眼で見つめると、ブホッとチヒロが吹き出し、殺し合い? とか動揺していたが見ないふりをしておく。それよりもドライとの会話が重要だ。


 ドライとしては、なに言ってんのと言う顔で小首をコテンと傾げる。


「ピーチお兄ちゃんはドライ殺さなかった。殺し合いでそんなことしない。感謝でチームに入る」


 スラム街で命を狙ってきた相手を殺さずに、何もしないで帰すなどありえない。そんなことをすれば周りに甘く見られて舐められて、つけこまれて襲撃されるからだ。


「え? だってドライ可愛らしいじゃん。見た目好みだしな。殺すとかありえないから」


「う、あぅ……そーゆーこと……わかった」


 ランピーチとしてはそこまで考えていない。ゲームのお気に入りキャラを殺すのはあり得ないよねとの考えからだ。なので、キョトンとした顔で答えるとなぜかドライは頬を染めてモジモジし体を揺らす。そして、なぜか隣からプレッシャーを感じるが、気の所為だろうとランピーチはスルーする。


 それよりも遥かに重要な話があると、目を細めて食べ終えたカップラーメンを床に置く。


「それよりもドライ、聞きたいことがある。フェンリルと出会ったのはいつだ?」


 フェンリルと出会うのが、いや、精霊と出会うのがゲームのそれぞれの主人公たちのオープニングだ。開始は春頃だったので油断していたが、まさか冬なのにもう始まっているとは思っていなかった。


 ゲームが開始されているとなると、便利な万能小悪党ランピーチの死亡フラグも立ち始めているということになる。なので確認することにしたのだが━━━。


「ん? 春頃」


「は、春頃ぉ〜っ! お前、五万貯めるのに一年近くかけたのかよ!」


 ケロリとした顔で答えてくるドライの内容は予想外だった。叫ぶランピーチに、皆がちらりと見てくるがかかわらない方が良いと考えて、また食事に戻る。


 そして、ランピーチの呆れた顔に、ドライはムッとした顔で、口を尖らす。


「五万も大変だった。頑張ってドライ貯めた」


 ドライの表情には嘘はなさそうだとランピーチは悟り唸りながら、なぜそんなことになったのかと考え込むがすぐに気づく。


(そうか、設定ではドライだけはスラム街出身で文字も読めない頭の悪い人間とあった。スタートが厳しいから『氷雪の腕輪』イベントがあったんだと言われていたけど……)


 ゲームではドライの設定はあくまでも設定だ。プレイヤーは頭の悪い行動などしない。効率的な金稼ぎにクエストクリアの最短ルート。頭の悪い行動などするどころか、最適の行動をしていく。普通のプレイヤーだって、苦労はしない行動を選ぶ。


(たしか四季が移り変わるのはゲームでは10日毎。それを現実に当て嵌めて、ドライを設定通りに動かすとなると……スラム街出身だ、充分あり得るかもしれない)


「ねーねー、ピーチお兄ちゃんは五万をどれくらいで貯めた?」


「3時間だな。それよりも考えているので邪魔しないでくれ」


 手をひらひらと振って、適当にあしらい思考を再開する。


(とすると、他の主人公たちはもっと先に行っている可能性がある。いや、他の主人公たちも色々とめんどくさい設定だった。ランピーチが死んでいないし、そこまでストーリーは進んでいない? ……わからないな、確実に起こるストーリークエストが起きてないか調べる必要があるな)


 まだまだ冬だからゲームがスタートするまで余裕がある。そう考えていたが、余裕どころか周回遅れくらい遅かったらしい。


(まぁ、ある意味一番自由に動けるドライがレベル3だったんだ。そこまで他の主人公たちは強くはなっていないと信じたい)


 嘆息すると、薄笑いをして仰向けに寝そべる。


「焦っても仕方ない。着実に強くなっていこう」


 ランピーチの有利な点は経験値報酬5倍、固有スキル3個、そして、メインストーリーを知っていることだ。


 周回遅れでも追いつける可能性はあると天井を見て、ランピーチは強くなることを決意するのであった。

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