11話 一番目の主人公に遭遇する小悪党
「ははーんふふーん、やったね俺、偉いぞ俺、オレオレオーレ」
ランピーチは下手くそな鼻歌を歌いながら、手に荷物を抱えて歩いていた。微妙なリズムの鼻歌で、その顔はケケケと小悪党スマイルなので、とってもウザい。警備員が射殺して良いのだろうかと迷うほどだ。
だがランピーチはそんなことは気にならないほどに喜び、スキップもしようかなと警備員がジャンキーだなと、捕縛しに来ること確実のことを考えていた。それほど嬉しかったのだ。
だが、その浮かれた表情にご不満の少女ライブラは頭にへばりつき、ランピーチの顔を覗き込む。地上街区からスラム街に移り変わり、遠慮なく姿を表す。
『ねぇねぇ、なんでそんなに嬉しいのか教えてくれないかな? 私はすごーく気になるんですけど? 私たちは二心二体でしょ? 秘密を作るなんて良いことには思えないんだけどなぁ』
「それは他人同士ってことじゃないか? まぁ隠すことじゃないから教えてやるよ」
ランピーチは得意げに身につけている指輪と腕輪を見せながら説明をする。
「この指輪は『時空の指輪』。物を一つだけ仕舞えるんだ。今は封印されていて使用はできないが、『時空よ、封印を解け』で封印は解除できる」
指輪がパアッと光ると錆びた指輪から、銀の指輪に姿を変える。見た目は銀の指輪でも目立たないが、その力は発動した。
『時空の指輪:物を一つだけ仕舞える』
「これは本当は高難易度ダンジョンで合言葉を探さないと手に入らない合言葉だ。まぁ、知ってるんだけどな」
『おー! すごいや、そんな能力が5万エレとか格安だったね! なんでも仕舞えるの?』
「鎧程度までならな」
『なんだ、それじゃビミョーな能力じゃない? 家とか仕舞えると思ったのに』
「それはこの指輪のチートな能力を後で見せることでわかるだろうよ」
喜んだり、落胆したりと、ライブラは忙しいものだとランピーチは苦笑しつつ、もう一つの腕輪を見せる。
本来ならば主人公しか手に入らないアイテムである。
「で、これはだなぁ」
「『氷雪の腕輪』」
「なんだ知ってたのか。そう、これは『氷雪の腕輪』だ」
『え? 私、何も言ってないよ?』
ライブラが困惑した顔で答えてくるので、ランピーチは不可思議な顔になる。
「え? それじゃ誰だ?」
「わたし」
小さな少女の声がビルの陰から聞こえてきて、ランピーチは顔を険しくすると手に持つ袋を投げ捨てて、身構える。
「誰だっ?」
「ん、ドライはドライ。その『氷雪の腕輪』がほしい」
そこには誰もいないはずだったのに、空中から滲み出るように少女が姿を現す。
「『隠蔽』! だ、誰だお前?」
敵を感知できない理由に気づき、警戒心を最高まで上げて、ランピーチは少女へと怒鳴る。『隠蔽』スキルで隠れていたのだ。普通ではない。
青いフード付きのジャンパーを着ている。フードは頭に深くかぶり、少しだけフードから青い髪を覗かせている。
「名前はナイショ。その腕輪ほしい。ちょうだい」
端的な言葉だけで手を差し出してくる少女。その言葉を聞いて、ランピーチはガタガタと震え始めた。誰なのかを思い出したのだ。
「ど、ドライ! 氷のドライか!」
ランピーチはその少女の名前を知っていた。というか口にしてるし。
彼女はメインストーリーの主人公の一人だ。『パウダーオブエレメント』は7人の主人公から選んで遊ぶゲームなのである。
七人は歳も性別も出自も様々だ。その中でドライはスラム街の出自で一番自由に行動でき、クリアが簡単なキャラだった。
「ん? ドライを知ってる? どこかであった?」
不思議そうに疑問を口にして、フードを取り去る少女。青いミディアムヘアーの髪と、無表情で眠そうな青い瞳を持つ可愛らしい小柄な少女だった。その横に真っ白な毛皮のポメラニアンがいて、尻尾を振っている。
あのポメラニアンは氷雪の魔狼フェンリルだ。見かけと違って恐ろしい精霊なのを覚えている。
「え? なんで? この展開反対じゃない?」
そして、このイベントの内容も。
ドライは氷の精霊憑きの主人公だ。氷の精霊フェンリルを従えて戦うスラム街出身の魔法使いである。
このイベントは、初期イベントでチュートリアルだ。氷のフェンリルと主人公的偶然で出会い、フェンリルの導きで、クリタ雑貨屋で掘り出し物の『氷雪の腕輪』を手に入れるのである。
そして、たまたま雑貨屋にいたランピーチが金目の物を持っているようだと考えて、スラム街でドライを襲撃する。
「うー、渡す!」
『精霊融合』
青褪めて黙るランピーチに、短気にもドライは固有スキルを使用する。俯いて唸ると、ドライにフェンリルが突進するとそのまま身体に吸い込まれて、頭にピンと張った狼耳、お尻にフサフサの純白の尻尾を生やした。
「殺してでも奪い取る!」
そうして、ドライは牙を剥いてランピーチを睨みつける。物凄く短気である。スラム街の住人に相応しいとも言えよう。
これは『精霊融合』の使用方法をプレイヤーに教えるだけのイベントだ。精霊と融合したドライは魔法効果のある攻撃しか通じないし、倒しても精霊が解除されるだけでドライ本体は無事なのである。
そして、身の程知らずにも襲いかかるランピーチは殺されて、哀れ殺されて躯になる。ただチュートリアルをプレイヤーに教えるためだけに殺される小悪党ランピーチなのだ。
ランピーチとなった今は、ふざけんなよと怒鳴りたい。でも、まさか先回りして買うと襲いかかってくるのは想定外であった。
「ま、まぁ、待て。この腕輪譲っても良いんだぜ?」
スラム街の住人らしく奪い取ろうとしていたドライはピタリと止まると、ランピーチを見てくる。
ランピーチとしては、もはや殺される小悪党役となるので覚悟を決める。ここで逃げても絶対に追いかけてくる。
「本当に?」
「あぁ、一千万エレで。『氷雪の腕輪』は無効化貫通攻撃付与だ。妥当な金額だろ?」
チートな能力の腕輪なのである。これがあれば氷系統の魔法使いは中盤以降楽になる。
なのですぐに売り払い、高性能の精霊鎧と銃を買って、以降のストーリーを進めるのだ。初期から優遇されていて、一番クリアが楽な主人公だった。
フェンリルとの絆のアイテムと称されているが使うよりも、売る方が役に立つのである。ゲームあるあると言えよう。その売値が一千万エレなのだ。
ぽかんと口を開けて、ドライはなにを言われたのかわからないといった顔になり、すぐに理解すると唸り始める。
「そんなお金ない。五万も大変だった」
「それじゃ交渉決裂だな」
予想通りの言葉に、ランピーチは肩を竦めて嘆息する。こんな序盤にドライが一千万エレも持っているとは欠片も思っていない。そして戦いなくして、この場を切り抜けられるとも思っていない。
「奪い取る!」
からかわれたと悟って、ドライがよつん這いとなり、魔力を高めていく。その様子は離れていても危険だと感じさせるものだ。
温度が零度を下回り、チラチラと周りに粉雪が舞い始める。手がかじかむ程に寒く吐く息は真っ白だ。突然、極寒の世界へと変わったかのような光景。ランピーチにとっては、見慣れたエフェクトだった。
『ソルジャー! 敵はソルジャーよりも強いから、あっさりと殺されないでね!』
『ドライ:レベル3』
「レベルが1高いだけじゃん! あっさりと殺されないよ?」
『だって、ソルジャーって、全然強そうに見えないんだもん。やられ役の小悪党に見えるんだもん。うふふ、それじゃ手伝ってあげるよ!』
からかいながらも、ライブラが実体化する。サポートをするつもりだ。魔法なら一撃目は受け止められるはずだとライブラはサポートらしく盾となろうと考える。
ドライは空中にいきなり現れたライブラを見て、目を見開いて驚くがすぐに足を踏み込み肉食獣のように睨みつけてくる。
「最後、渡す」
「そこはきっちりと、最後通牒と告げてくれ。それとライブラ、俺が合図するまでは人間相手には姿を現さないこと」
銃を構えることもなく、ランピーチは余裕の笑みを浮かべ、ライブラはその様子になにか策があるようだとじっと見てくるが素直に姿を消す。
大丈夫、このエフェクトは見慣れたものだとランピーチは喉がからからになり心臓をバクバク鼓動させながらも余裕を演技する。
(フェンリルモードのドライは、魔法攻撃以外無効、詠唱短縮で5レベル以下の魔法はタメがいらない瞬間発動。チートな魔法使いタイプだからこそ、なにをやろうとするか予想がつく)
「ガウッ」
『氷雪槍』
ドライが咆哮すると、周囲に吹雪を纏わせた氷の槍を生み出す。そして氷の槍を情け容赦なく撃ち出してきた。
命中すると爆発を起こし、周囲を氷原に変えてダメージを与える魔法だ。銃の方が強いとはいえ、魔法のほうが効果的なことは確かなのである。
地面を凍らせて氷の壁をその後に作りつつ、氷の槍は向かってくる。冷気が世界を塗り替えて、気温が下がり雪が舞い始まり、ランピーチを凍りつかせようとしてきた。
『ソルジャー!』
「慌てんなって」
焦るライブラへと笑みを返し、ランピーチは手の甲を槍へと向けると一言呟く。
『格納』
人差し指に嵌めていた指輪が光り、迫る氷の槍がフッと消える。
「がう?」
なぜ必殺の筈の槍が消えたのか理解できないドライがぽかんと口を開けて呆然とする。ドライにとって必殺の技だった。氷の精霊ポチフェルと融合して敵は存在せず、魔法はいかなる敵をも倒していった。
スラム街の王となることも可能だと思っていた。強さが全てのスラム街ではドライが一番なのだ。
なのに、魔法が消されてしまった。
「返すぞ」
『解放』
ランピーチが嗤うと、指輪から氷の槍が格納された速度を保持して出現する。全てを凍りつかせて槍はドライに迫り、その体を貫き凍らせるのであった。
氷の彫像と化して、ドライが砕け散っていく。パラパラと破片が飛び散り、光の球体が現れると地面に落ちる。そして、無傷のドライの姿が光の球体から現れて倒れ伏す。
『刹那』
『ドライの腹部:命中率100%』
「がふっ」
過程を無視して、結果だけが生まれる。間合いを無視して、ランピーチはドライの腹に蹴りを入れていた。そのまま流れるように銃を構えるとドライの額に押し付ける。
「『精霊融合』はチートだ。融合体が倒されると本体が無傷で現れるんだからな。だがこの距離はどうしようもないだろ、ドライ」
主人公がチートなところだ。やられても復活できるため、攻撃を受けることを恐れずに攻撃できる。しかも融合体は魔法しか通じずに、その攻撃力も極めて高い。
だが、ランピーチはドライでクリアした事がある。レベル3で単体と戦闘をするならどんな魔法を使うか予想できていた。
レベル3の主人公という戦力差が離れすぎている相手に、まともに戦っても勝てないので勝負に出たのだ。
なので、ランピーチの心臓は不整脈ですねと言われるほどに、恐怖と緊張で激しく鼓動をうっていたが、自身が優位だと見せるために表面上はなんともない平然とした顔をしていた。
『おぉ〜、それがその指輪の力? なんでも吸い込んで跳ね返せるんだ!』
「そうだ。だからこの指輪の力は本来は……いや、なんでもない」
そのとおりだ。この『時空の指輪』は敵の単体攻撃を一度だけ格納できる。解放しないと次の攻撃は格納できないが銃弾も魔法も遠隔攻撃ならあらゆる攻撃を格納できるチートアイテムだった。
まあ、終盤に手に入るアイテムで、その頃は単体攻撃も連発されたり、範囲攻撃も飛び交い、いまいち役に立たず、序盤に手に入れることができればと全プレイヤーが思うゲームあるある使いにくいアイテムだった。
本来は終盤に手に入るんだぜと答えようとして、余計な情報は伝えなくてよいかと考え直す。そして、銃の引き金を指をかける。
「さようならだ、ドライ。主人公が生きていてもろくなことが起きないし、そもそも俺を殺そうとしてきたしな」
「あぅ……」
冷酷な瞳を涙目のドライに向けてランピーチは引き金を引く━━わけもなく嘆息する。
「あ〜、できるわけ無いだろ! 美少女を殺すなんて無理だから。しかもドライはお気に入りのキャラだったし」
ランピーチのお気に入りキャラは女主人公全部である。サブキャラの女性も好きである。なんで女キャラは都合よく逃したり、殺さないんだよと言われれば、美少女や美女補正だろうと答えるつもりなのだ。
そこに善悪は関係なく、女キャラを好きなランピーチがいるだけなのだ。ゲームでも弱いキャラだとはわかっていても、女性キャラだけでパーティーを組むのはデフォルトだったのだ。
『ここは涙を呑んで、引き金を引こうよ! 私が代わりに引いてあげよう』
「やめろこら、それはなし! 俺は理不尽といえど女性キャラはできるだけ助けるの!」
『小悪党が酷い差別的なことを言ってる!』
「小悪党だからな」
『開き直ったよ、この人!』
纏わりつき、引き金を引こうとするライブラを避けて、ワチャワチャするランピーチだが━━。
「ドライ、負けた、降参。精霊憑きに降参」
弱々しく言ってくるので、安堵してニヤリと嗤う。
「おぉ、それじゃ俺の勝ちだな、この腕輪は俺の物ってことでよろしく」
どうやら小悪党ランピーチは一つ目の死亡フラグを回避したようであった。