10話 買い物をする小悪党
クリタ雑貨屋はそこそこ繁盛している店だ。買い取りも行うし、様々な商品を売っている。扱う品も節操がなく定規やノートを売っている横で本来は薬屋が扱うポーションや銃器店が扱うはずの銃器や精霊鎧が飾られていたりする。
薬屋ではないので、ポーションは品質が怪しいし、銃器もしっかりと整備されている新品とはいかない。精霊鎧に至っては性能通りに動作するのかわからない。
だが、その分、専門店よりも数割は安いのでお客は結構いた。ポーションも回復量は低いがしっかりと回復するし、銃器は整備すれば良い。精霊鎧は性能が怪しくても、着ないよりはマシだと買っていく者が多いのである。
貧乏人に優しい店。それがクリタ雑貨屋だ。本当に優しいかは不明であるが。
雑然とした店内で、40歳を超えたヒゲモジャの痩せぎすのおっさんが暇そうにあくびをして、ポータブルテレビを眺めて客が来ないので暇潰しをしていた。
最近はつまらない。つまらないとはクリタにとって、金稼ぎのチャンスがないという意味を示すのだ。
冬になり危険度の増した精霊区を探索に行く者は実力のある者たちで、他の十把一絡げの一般的な探索者は探索者協会の依頼でスラム街や下水道のモンスター狩りで糊口をしのいでいた。
即ち、クリタの店に来る者は少ない。実力のある探索者たちは真っ当な店で武器や薬を買い込むからだ。
だからこそつまらない漫才をぼーっとしながら見ていると、チリンとドアベルが鳴った。笑顔で顔を上げて入ってきた客に対して声をかける。
「へい、いらっしゃい」
だが、その笑顔は客を見てみるみるうちに消えていき、白けた顔に変わる。
入って来たのは男だった。探索者なのだろう、弱気な目はこずるそうな光を宿し、口元がわずかにつり上がって、どこかその動きは怪しい痩せたもやしのような体つきの男だ。その目は店を物珍しそうに見渡して、ニヤニヤと笑みを浮かべているが、その様子がチンピラが金目の物があったら盗もうと考えている小悪党のようだった。
(持ってるのはモンスターに辛うじて効果のあるG1突撃銃、防弾服も最低の安物だ。探索者くずれか、成り立ての探索者か。どちらにしてもスラム街の奴だな。金にはならねー)
すぐに男に対して興味を無くしたクリタはテレビに向き直る。高価なポーションや武器などの商品は見本であり本物ではないので、盗まれる心配もしていないし、学のないスラム街の奴なら、ノートやペンを盗まれる可能性はないし、盗難に気付ける『スプリガン』の腕輪をつけているので、それくらいは気付けるのだ。
買い物をするにも安物だろうと、あくびをしてテレビを見ていると━━。
「店主、売りたい物があるんだけど良いか?」
予想外のことに、振り向くと男が眼の前に立っていた。
「あ、あぁ、何でも買うぜ? 何を売るんだ?」
「これなんだけど売れるか?」
そうして男が取り出してきたのは、木の銃、木の銃、木の銃、たまに汚い羽飾り。全てゴミばかりだった。全てスラム街を彷徨けば手に入るものばかりだ。
「なんだこりゃ、探索者が倒したゴブリンを剥いだのか? 悪いが買い取れねーぞ。ゴミ箱に捨ててけ」
(あんだよ、盗品かと思ったら、盗品どころかハイエナかよ。こんなもん買い取れるわけねーだろうが)
内心で侮蔑の言葉を吐くと、男は酷く驚いた顔でクリタを凝視してくる。男というか、ランピーチだ。
「ガーン、ゴミでも買い取るのが、クリタ雑貨屋じゃねえのかよ」
「なんだ、喧嘩売ってるつもりか! 誰にそんな噂を聞いたんだよ。そんなわけねーだろうが!」
殴ってやろうかとクリタは思ったが、ランピーチの顔に浮かぶ驚愕とショックの表情が本物だとわかり、矛を収めて哀れに思う。きっと仲間に騙されたのだろう、小悪党同士の悪ふざけだ。
ランピーチはランピーチでゲームと違うとショックを受けていた。
『ソルジャー、こんなごみを買い取るお店なんかないよ!?』
『クリタ雑貨屋だと、小石やバナナの皮でも1エリで買い取ってくれたんだよ』
『どんなお店!?』
呆れる目を向けて、頭大丈夫? とペチペチと頭を叩いてくるライブラ。現実だと小石やバナナの皮は買い取ってくれないのかよと、ランピーチは肩を落としてがっかりするのであった。
もはやクリタにとって、この男はアホなチンピラだと確定した。騙されて金になるとこの寒空の下でスラム街を歩き回ったのだろうと。
「ほら、さっさと帰れ、帰れ。もう用はねーだろ?」
「あぁ、いや、これはゴミだったんだ。本命はこっちだ」
ゴミだとわかってたのかよと怒鳴ってやろうと思い……テーブルに置かれた物を見て、その口が閉まる。
「こ、これは……『氷の飴玉』か?」
ザラザラと出されたのは飴玉だった。だが、ただの飴玉ではないことはひと目で分かる。なぜならばクリタが付けている『スプリガン』の腕輪のお陰だ。宝を守る精霊『スプリガン』の腕輪は『盗難防止』と『鑑定』のスキルが付与されている。
そのため、目の前の飴玉が氷の精霊力を宿しており、魔法の品だということがわかった。
『氷の飴玉:高品質。氷の抵抗力10%、寒帯の継続ダメージ無効化、効果時間6時間』
しかも全て同じ性能だ。手作りでしか作成できない魔法の食べ物はその性能もバラバラだ。それなのに全て高品質と表示されており、その性能もずば抜けていることに、息を呑む。
「120個ある。どうだ、買い取れるか?」
どことなく不安気で尋ねてくるランピーチに、クリタはこいつが作ったのではないと見抜いた。どこで盗んできたかはわからないが、売れるかどうかもわかっていないに違いない。
「あ〜、そんなにあるのかよ。それだけあるとなぁ〜、うちも厳しいな〜」
だが驚愕を表に出さすに、クリタは表向き困った顔で椅子にもたれかかる。
(旭川精霊区に向かう奴らにこれはバカ売れだ。なにせ吹雪を防ぐからな!)
旭川精霊区は雪の精霊区で、常に吹雪が吹き荒れて、金が稼げるが危険な場所だ。体温は奪われて徐々に体力が失われてゆく。だが、吹雪を防ぐ効果があるとなると、吹雪無効の精霊鎧を着ている者以外にとって、この飴玉は千金の価値があるだろう。仕方なく吹雪無効の精霊鎧を着ている者も他の精霊鎧を着るという選択肢が増える。
クリタは頭の中で金勘定をしていき、その膨大な利益に目が眩む。しかも食べ物だから食べてしまえば盗品だろうが、足はつかない。
「まぁ、こんだけ作るのも大変だったろう?」
「あぁ、半日かけたんだぜ? 少しでも買ってくれよ」
(ウソつけ、盗んだんだろうが! だが、この様子だと価値がわかってねーな)
錬金術は普通に魔法を使うことは違い、しっかりとした知識が必要だ。専門の学院で学ばなければ錬金術は使えない。地上街区でも、錬金術師は少なく、腕の良い錬金術師となるとさらに少ないのである。こんなチンピラが作れるわけがない。クリタはそのことすらチンピラは知らないだろうと内心で呆れてせせら笑う。
「仕方ねぇ……本当は買い取り拒否だが、一つに付き、そうだな3000エレでどうだ?」
綺麗に包装をすれば2万エレでも売れる飴玉を3000エレと言ってみる。
と、それを聞いてランピーチはおぉと喜ぶ顔になる。
「おぉ、予想よりも高いな。それでお願いする!」
「そうか、予想よりも高いか。うちは良心的だからな、それじゃ交渉成立だ!」
ランピーチにとっては、千エレの品物だ。なので儲かったと内心で小躍りして、クリタはぼったくれたぜと内心で、サンバを踊っていた。
クリタ雑貨屋は常に客の立場を考えてくれる良心的な店なのである。
◇
「ほら、金だ。えぇと名前は?」
「ランピーチだ」
「今後ともヨロシクな、ランピーチ。ガハハハ。これからも変わったアイテムを手に入れたら売りに来い。ゴミ以外なら買ってやる」
クリタはランピーチの気が変わらないうちにと、札を置く。結構な分厚さの札をランピーチは受け取ると大事にリュックサックに仕舞って、金ができたからと店内を彷徨く。
「おぉ、うちの店はお前みたいなのに優しい店だからな、買ってけよ、他の店よりも格安だぞ」
「そりゃどうも」
予定では12万エレだったのが、36万エレ。予想外のことにランピーチは内心でほくそ笑み、『掘り出し物』とタグのついた品物の前で足を止めた。三十個近くの品物が飾られており、5万エレ均一で価格が定められている。
「店主、この品物はどんな性能なんだ?」
「あん? 掘り出し物は掘り出し物だ。鑑定不可だが、精霊力を宿している。そんなアイテムだから効果なんぞわからねぇ。幸運なやつが価値以上の品物を手に入れられるクジみたいなんもんだ」
クリタが知り合いの薬屋に電話をしながら適当な返事をしてくる。その言葉にランピーチはクリタに気づかれないように口元を綻ばせる。
(予想通りだ、ゲーム準拠で助かったぜ)
ランピーチは掘り出し物の内、2つを手に取るとカウンターに置く。それは明らかにガラス玉の青い玉が嵌められた銅の腕輪と、錆びたなんの装飾もない指輪だった。
クリタが電話に夢中になっていなければ、その迷いのない行動に違和感を覚えて、売るのを躊躇ったかもしれない。それだけクリタは掘り出し物に注意していた。躊躇いなく買う品物はなんだかんだ理由を言って売らずに、後でじっくりと金をかけて調べるという小狡い方法をとっていた。
だが、今回は『氷の飴玉』に注意が向かい、ランピーチをただの小悪党だと考えていたために、その用心深い小狡い方法は取らなかった。
どうせ宝クジ代わりに買ったんだろうと適当に会計を済ませて、薬屋との取り引きに夢中になってしまうのだった。
「2つも買ってくれてありがとうよ! それじゃまた来いよ!」
「あぁ、飴玉を買い取ってくれてありがとうよ。それじゃまた良いのが手に入ったら売りに来るぜ」
ランピーチは手をふると、なんとか嬉しそうな顔を我慢して押さえると、店内から逃げるようにカサカサと外に出るのであった。
『ねーねー、ソルジャー、そんなゴミどーすんの?』
『ゴミじゃねーんだよ。後で教えてやる、ぬふふふ』
ライブラの疑問の表情に思念で返し、扉を開けようとして━━。
「おっと、すみません」
「ん、こちらも悪かった」
自分の半分ほどの背丈のフードを被った少女にぶつかりそうになり、慌てて躱すと謝罪する。
そうしてランピーチは足取り軽くクリタ雑貨屋を後にするのだった。