<< 前へ次へ >>  更新
9/506

8.雷光の巨人

「血統魔法だ!」

「見に来た甲斐があったな……」

「本当に使ったぞ!」


 雷の巨人の登場にギャラリーも沸く。

 これを見れるかもしれないと付いてきた者も中にはいた。

 それに対してルクスの表情は不満気だった。


「……少し小さいが、仕方ない」


 不意に零れる恐ろしい呟き。

 それはすでに突出している脅威がこの魔法にとっての総力では無いことを語っている。


「これが"血統魔法"か……」


 一人の師匠の下、魔法について学んできたアルムには見た事の無い魔法が多くある。

 だが、アルムはこの歳にして魔法に関しての膨大な知識は持ち合わせてはいた。

 それも自身の特性ゆえ。

 無属性魔法しか使えないアルムは魔法に飢えており、師匠とその師匠が持ってきた書物によって齎される知識を水を吸収するスポンジのように蓄えていった。

 使えない魔法も知っておいたほうがいいと当時師匠に後押しされていたのも大きい。

 無論、書物に載っている程度の知識だけなので事前に対応できたりすることはないのだが。


 しかし、見ることも、知ることも出来なかった魔法がある。


 それが血統魔法。魔法使いが代々伝えていく一族だけの魔法である。

 書物によって後世に伝えれられた数多の魔法とは違い、後継にのみ伝えられる一族の証。

 魔法使いの切り札であり、血筋のみがその発動を可能にする。

 どれだけ魔法の知識を積み重ねようとも類似品しか作り出すことしか出来ず、他の者が真にその魔法に辿り着くことは無い。


 血統魔法は継承される。

 魔法使いが今唱えて作り出す魔法とは違い、先祖が唱えた時から一族にとって世にあり続けるものとして記録される。

 風や雨、そして文明や技術、人間や動物、そういった当たり前の存在であるかのように。

 一人の幻想から生まれたそれは、魔法であって魔法に在らず。魔法という枠を飛び越えて一つの存在として現実に現れる。


「やれ」


 主人の声に応えるように、巨人は右腕を持ち上げる。

 それはルクスが掲げた右腕よりも力強く。

 そのまま実技棟の床にその巨腕が叩きつけられた。


「くっ……!」


 先程の魔法ではびくともしなかった床が粉砕される。

 魔法の威力はすなわち現実への影響力。

 オルリック家の血統魔法が最初に唱えられたのは六百年前。

 六百年前から唱え続けられた魔法は数多の魔法使いの変換を経て、今ここに確固たる存在として在り続ける。

 その巨腕は古来からある災害に等しく、当たり前のように振るわれた。


 これこそが血統魔法に真に辿り着けない理由。

 この雷の巨人を模した魔法を作り、唱えることは出来るだろう。

 しかし、六百年の記録を作ることは出来ない。

 時によって積み重ねられた現実への影響力こそ血統魔法の脅威。それを同じ形で再現することなど一代の魔法使いに出来はしない。


「思ったよりすごいなあれは……!」


 挙動から自分に当てる気は無かったとアルムは察していた。

 しかし、あの巨腕を前に飛び退くことを我慢することなど出来ようはずもない。


「早めに降参してくれると助かるね。長引くとここを壊してしまいかねない」

「もう手遅れな気がするが……」


 強化された脚でアルムは二階のギャラリーに跳ぶ。

 どこを攻撃すればいいのか皆目見当もつかない。

 ならば、と使い手を狙う。


「『魔弾(バレット)』」


 見せるのは三度目だが、『準備(スタンバイ)』の効果で威力は上がったままだ。

 アルムの右腕に五つの魔弾が展開される。


「行け!」


 魔弾の展開された右腕を振るった瞬間、自分に来るとルクスは理解した。


「……無駄だよ」


 その魔弾がルクスに届くことはない。

 巨人が一歩踏み出しただけでそれはルクスを守る盾となる。


 その一歩は粉砕された床を鳴らし、魔弾はしゃぼん玉のようにその巨大な脚の前に消え去った。

 巨人にダメージなどあるはずもない。


「こちらの番だ」


 ルクスは非情に指を鳴らす。

 まだアルムと巨人との距離は離れている。

 先程右腕を振り下ろした時にこの巨人がどんなスピードかはわかっている、巨人の手足に注視していればとりあえず虫のように潰されることはない。


"ゴオオオオオオオ!!"


 アルムの予想を裏切るように、巨人の行動は咆哮だった。

 そして咆哮とともに、その巨体からアルムに向けて魔力が放たれる。


「なっ……!」


 予想だにしていなかった巨人の攻撃。

 本来の魔法使いの戦いであれば当たることは無かっただろう。

 巨人の存在がアルムの脳裏に他の攻撃手段を失念させた。


「ぐ……っ……!」


 雷属性の魔力がアルムに容赦なく襲い掛かり、電流が流れたような痛みが体に走る。

 事前に『抵抗(レジスト)』を使っていなければ体は痺れてすでに勝負は決まっていただろう。


"その巨体で遠距離もあるとは……!"


 位置を変えながらアルムは内心で感心してしまう。

 その巨体を駆使すれば距離など関係ないだろうにと。


「すっご……」

「アルム、降参してください! このままでは……!」


 下から聞こえるミスティの声。

 このままでは、そう未来は見えている。

 先程かわした爪の魔法に潰されるのとは訳が違う。

 入学どうこうの話ではない傷を負うのはアルムにも予想できた。


「これが魔法使いだ。魔法使いの強さは先人の伝統と歴史を研鑽することにある。

君のような平民が、そんな魔法を引っ提げて敵うと思ったか? 伝統も歴史も無い君がここで敗北するのは必然だ」


 ルクスにはアルムをここで痛めつけようという黒い思いは無い。

 だが、叶わない夢を持つことが辛いと彼は理解している。胸を張るだけではどうにもならない現実があることも。

 そんな現実を突きつけるのは彼なりの良心だった。

 諦めるのは早いほうがいい。別の道を踏み出すのもまた勇気なのだと。


 しかし、これだけの力を見せつけてもアルムは降参する気配も無く、その言葉で瞳に諦めが宿る様子もない。

 仕方ない、とルクスはさらにアルムに切り込む。


「師がいるといったかな?」

「それが?」

「君は悪くない。悪いのは君の師だ」

「……なに?」

「君に魔法使いになれないと言わなかった師が悪い。中途半端に希望を持たせて夢を追わせた。君の師は君が魔法使いには向いていないと言うべきだったんだ、そして何も教えるべきでは無かった」

「……」

「こんなのはたちの悪い悪戯だ、その師とやらが何を考えていたかはわからないが、先生気取りで何かしたくなったのだろう。魔法使いならば変換もできない者が魔法使いになれないなんて事はわかっているだろうに」


 そう、本来ならば先程耳にしたアルムを送り出した師匠とやらが言うべきなのだ。

 無属性魔法は場所によっては魔法にすら数えられておらず、魔力遊び(・・・・)とする場所もある。

 師だというなら何故言わなかった?

 時には不可能だという残酷さは必要だ。

 師であるというのなら、アルムに宣告する責任があったはずだとルクスは憤ってさえいた。


「うるさい」


 だが、それは大きな間違い。


「ん?」

「五月蠅いと言った……そして、撤回しろ」


 アルムにしてよかったのは現実を突きつけるまで。

 師が悪い。その言葉を向けるべきは彼の師匠に対してであり、アルムにではない。

 ルクスは言葉を向けるべき相手を間違えた。


「俺はいい、実際出来損ないだ。だが、師匠を馬鹿にするのは許さない」


 初めて明確な怒気がルクスに向けられる。

 ルクスは理解した。門の前でのアルムの言葉はこちらを煽る意図でも、自らの腕に自信があってのものなどでは無かったことに。

 自分が平民で学院に来れたのが幸運で、格下だと思われているなら腕を証明すればいいと。

 彼はただ彼なりに事実を語っていただけなのだ。

 でなければ、自身を今出来損ないなどと言うはずがない。


「お前らにそんな権利はありはしない!」


 そして同時に、自分は彼の領域に土足で踏み込んでしまったのだと理解した。


「そうか、なら謝罪しよう」

「いや、まだするな」


 おかしな事をいう。

 あろう事か、アルムはルクスの謝罪を受け取らない。そして、


「謝罪するのは俺っていう出来損ないが使う魔法で、そのデカブツを倒したらだ」


 もっとおかしな事を言い出した。


「何を言っている。君は無属性魔法しか使えないんだろう? なら――」

「倒したらだ」


 了解以外の言葉は聞きたくないとアルムは遮る。


「……まぁ、いいだろう。その時は君と君の師に向けて謝罪をしよう」

「言ったな?」

「ああ」


 アルムとルクスの視線が交差する。

 アルムはルクスの出来るわけがないという呆れた視線を、ルクスはアルムが本気であることをそれぞれの瞳に受け取った。

 アルムは二階のギャラリー席から一階に降りる。


「『準備(スタンバイ)』」


 目標はそびえ立つ巨躯の怪物。

 文字通り"準備"が始まる。

<< 前へ次へ >>目次  更新