78.未知の敵
「おい、なんで――!」
マキビは驚きを声にし、
アルムとルクスは走り出した。
滝の落ちる音と岩肌を駆ける音がマキビの声を遮る。
スピードはルクスのが上。
先にマキビに到達し、その駆けたスピードのまま腹部へと蹴り込む。
「くっ……!」
足の動きから狙いを推測し、マキビはルクスの蹴りを跳んでかわす。
自身を強化せずともかわせるのは当然だ。
マキビは魔法使い。
強化によって動きが早くなった敵など見慣れている。
ましてやルクスは知識の少ないマナリルの魔法とは違って、マキビの
「『
ルクスをやり過ごしたマキビはその一瞬で魔法を唱える。
ルクスの影から飛び出す白い獣はその様相を見た。
ただ水を纏ったように見える丸いフォルムだが、それは間違いなく生物を模している。
アルムにも身近なその生き物は亀だった。
特徴的な四足と背の甲羅。
一瞬。見知らぬ魔法と見知ったイメージが重なり、思考が割かれる。
「獣化か」
敵の魔法が何たるかを判断してもアルムはその爪を伸ばす。
今の状態でこの爪がこの獣化を貫くことはまずできない。それはこの魔法を作り上げたアルムが一番よくわかっている。
攻撃の予定だった片手の三本の爪は撒き餌だ。
獣化のモチーフが亀だったとして、その動きがわからない。
水中以外での鈍いイメージが果たしてこの魔法にあてはまるのか――
「馬鹿が!」
「!!」
声とともにマキビは水を纏う手でアルムの爪を迎撃する。
結果、マキビが振るったその手はアルムの爪をいとも簡単に破壊した。
魔力の爪ゆえ痛覚は無い。
その水は亀の前足を象り、自身の魔法を裂いていたのをアルムは確認する。
「あ!?」
驚きの声を上げるのはアルムではなくマキビ。
亀は捕食者だ。
自身の数倍の重量を運ぶことが可能なほど力は強く、その足には爪のある種もおり、顎の咬合力は有名かもしれない。
マキビの魔法は亀の捕食者としての特徴を前面に現実への影響力としてのせている。
自身の魔法の腕はそれなりにある事も自覚しており、この魔法の完成度が高い自負がある。
だが――同じように獣化魔法で作られた爪を粉々にできるほど圧倒的だとは思えない。
目の前の男の白い爪と牙から明らかに肉食獣、または魔獣を模している獣化魔法を使っているはず。
だというのに、その強度が余りに脆すぎる事がマキビに困惑をもたらす。
「それも無属性かよ! なんなんだお前!?」
もう一人の敵であるルクスの魔法の完成度が高いゆえにマキビは困惑する。
同じ制服を着ている癖にいくらなんでも差がありすぎると。
気付けばその違和感ばかりを作り出す子供にマキビは無意味な問いを投げかけていた。
「アルムです」
そんな問いをアルムは馬鹿正直に名前で答えた。
「そういう事じゃねえよ!」
即答するアルムに苛立つマキビ。
どう返ってくれば満足だったのかはマキビ自身もわかっていない。
「『
その疑問が解消されるまで待つほどルクスはお人好しではない。
魔法を唱え、ルクスは指差すマキビの背に向けて巨大な雷の矢を放つ。
マキビは背を向けたまま振り向こうとしない。
――それも当然。
「む」
一点を貫くはずのルクスの魔法はマキビの背を守る水に弾かれ拡散する。
マキビが今使っている獣化のモチーフは亀。
背中の防御力こそ、この魔法の本領だ。
「いって……! くそが!」
魔法そのものは防ぎ切ったものの、雷の特性で本体のマキビに一瞬痛みが走る。
しかしそんな痛みで魔法使いが怯むはずも無い。
即座にマキビはルクスのほうに顔を向けた。
「"咬め"!」
声とともに顔に当たる部分の水が突如ルクスへと伸びていく。
水は亀の顎の形を作り、ルクスへと襲い掛かった。
「……もうちょっと……」
不満とともに一閃。
アルムは回り込んで、その伸びた亀の首?に当たる部分を両手合わせて六本の爪を総動員して下の岩へと叩きつける。
切断こそできないものの、ルクスのもとにその顎が届く事は無い。
獣化は魔法だが、使い手の身にある事で効力を発揮する魔法。伸びるような力があったとしても限界がある。
首を切って首だけをルクスに襲わせるような事はできない。
「ちっ……! 『
仕方なくマキビは魔法を切り替える。
防御能力が高いとはいえ首を抑えられた状態をルクスの相手をするのは難しいと判断し、獣化を解いた。
ミスティの魔法を叩き落とした二本の水の鞭。
扱いやすく、それでいて威力もあるマキビの得意な中位の水属性魔法。
その二本の鞭をもって、目障りなアルムのほうを狙う。
「さっきのやつだな」
しなる水の鞭に白い爪でアルムは迎え撃つ。
「そんなボロで防げるかよ!」
「今なら防げる」
アルムの使っている魔法『
意図的に人間を暴走させる量の魔力を魔法につぎ込むのは時間がかかる。
ゆえに唱えてから少しの間、その力をほとんど発揮できない。
唱えたばかりの状態ではその爪も硝子細工のように脆い強度だ。
「な――!?」
だが、その少しが過ぎれば、この魔法はつぎ込まれた魔力によってその真価を発揮する。
強度、速力、そして攻撃力は唱えた時点でのそれとは比べ物にならない。
アルムの宣言通り、マキビが操る鞭をアルムは白い爪を振るって切り裂いていく。
しなる水の鞭を切る、切る、切る。
上から、右から、巻き付くように、どう動いてもアルムの目と警戒網をマキビの魔法はかいくぐれない。
ひとつ前の攻防ではまだ鈍らだった六本の爪はようやく魔法としての脅威に至る。
不規則な鞭の軌道をアルムは正確にその爪で捉え、そのままマキビへの距離を徐々に詰めていく。
「この……!」
苛立ちが加速する。
さっきは軽く砕けていたはずの白い爪が今度は蒼髭を防ぎ、そして切り裂いている。
別の強化を唱えたのか?
はたまた似ている別の獣化魔法を使ったのか?
脳内に押し寄せる疑問に答えは出ない。
"というか、何でその爪再生してんだよ――!"
獣化の首を抑えつけられた時に持つべき疑問までもが今更マキビの脳内に浮上する。
同時に、未知に対して抱く高揚にマキビは笑っていた。
「『
その笑みでマキビは次の魔法を繰り出す。
繰り出すのは水で作られた巨大な剣、のような尾。
鱗まで再現された爬虫類の尾のような魔法は今までマキビが使っていた魔法とは違う。
高揚は苛立ちによって乱れた精神力を無理矢理修正し、さらには今までより質の高い"変換"を可能にするところまでマキビを引き上げる。
その鋭さと細微に構築された現実への影響力を持ってアルムとルクスに危機を察知させていた。
「これはまずい……!」
魔法をその目で捉えた瞬間、ルクスは強化の身体能力を持って離れる。
「綺麗だな……」
見知らぬ魔法にアルムはつい小さく笑みを浮かべる。
マキビはその巨大な尾をその笑みに振り下ろす。
彼の望む形では無かったが、この場での決着はすぐにつくこととなった。
エルミラさんはめっちゃ恐い顔しながら森の中からの奇襲とマキビどっちも警戒してます。