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エピローグ

「納得いかなーい」


 ルクスとベネッタがミスティの家に来たことが無いという事を口実に五人はミスティの家に集まった。

 五人はミスティの使用人であるラナの淹れた紅茶を飲みながら雑談に興じている。

 ぶーぶーと文句を言いながら腐るエルミラにはベネッタが抱き着いていた。

 普段なら引きはがすところだが、エルミラは一向にベネッタを引きはがそうとしない。

 ソファの上で密着する二人を見て、隣に座るルクスが首を傾げる。


「最近、エルミラはされるがままだね?」

「へへへ……約束だからねー」

「これには事情があるのよ……勢いって恐いわよね……」

「?」


 ルクスにはベネッタがシャーフの怪奇通路に突入する前の二人のやり取りなど知るはずもなく。

 エルミラはため息をつきながら答えるも、ルクスにはその意味もわからない。

 抱き着くベネッタを受け入れるエルミラのその姿は違和感はありつつも、満更でもない気持ちがあるのが見て取れた。


「しみる……」


 その三人がいるソファの正面にはアルムとミスティ。

 アルムは紅茶を飲むと、少し痛そうに顔を歪ませる。


「アルムは水のほうがよかったかもしれませんね、ラナに頼んで新しいものを持ってきてもらいましょう」

「いや、せっかく淹れてくれたんだから頂くよ。次は水にして貰おうと思う」

「そうですか、でも無理に飲んでは駄目ですよ?」

「ああ、ありがとう」


 アルムはそう言ってもう一度カップを口に運ぶ。

 何度飲んでもやはりしみるが、一口目と比べればましだった。


「でも、エルミラが言いたくなる気持ちもわかるよー……あんなに頑張ったのにねー」

「ほんとよ!」


 ルクスとベネッタがミスティの家に来たことが無いという口実の今回の集まりは、その実エルミラの愚痴を聞こうの会でもあった。

 【原初の巨神(ベルグリシ)】の侵攻からベラルタが救われてすでに二週間が経つ。

 【原初の巨神(ベルグリシ)】が破壊されたことによって、マナリルに侵攻しようとしていたダブラマの動きは無くなった。

 計画が完全に狂ったことによって、マナリルのほぼ全戦力を相手しなければいけなくなるのだから当然だろう。

 アルム達の活躍によって救われたベラルタだが、その功績はオウグスとヴァン、そしてベラルタに勤める憲兵達のものとなった。

 その理由はある意味アルム達を守る為だ。

 今回の事件はダブラマの引き起こしたもの。

 その計画を狂わせたのがたった五人の生徒なんてことが露見すれば、五人はマナリル以外のほぼ全ての国から注目される。

 五人に対して過激な計画を行う国も出てくるかもしれないと、アルム達の名前は完全に伏せられることとなった。


「せっかく成り上がるチャンスだったのにー!」


 それを一人嘆いているのがエルミラだ。

 必死の思いでベラルタを守ったにもかかわらず、その功績は評価されない。

 没落している家の復興を目標としているエルミラにとっては一番ショックな出来事だった。


「可哀想なのはアルムもだよ、残念だったね」

「そうですよ。あの巨人を破壊したというのに表彰すらされないなんて……」


 アルムが【原初の巨神(ベルグリシ)】を破壊したという事実も伏せられることになる。

 【原初の巨神(ベルグリシ)】はベラルタに運び込まれた魔法の核を見つけたオウグスが破壊した事によって、そのまま消滅したという事になった。

 平民であるアルムにとっては一気に成り上がれるほどの功績ではあり、家名を持つ事すらあったかもしれないチャンスは闇へと消えた。

 裏で、平民が【原初の巨神(ベルグリシ)】を破壊したとなれば貴族の沽券に関わる、という話があったことをアルムは知る由も無い。

 しかし、当の本人はあまり気にしていなかった。


「まぁ、仕方ない。別に褒められたくてやったわけでもないし」

「甘い! 甘いよアルム!」

「それに、お金は結構貰えたし」

「あんなのはした金だったじゃない!」


 エルミラの言葉に、アルムはショックをうけたような悲しい表情へと一変する。

 功績が公表されない代わりに、国を救ったせめてものお礼だと五人には賞金が渡された。

 その額はミスティやルクスにとってははした金と言える額であり、エルミラにとっても多くはない金額ではあったが、自分達の功績に比べたらという意味ではした金だったので不満だったのであった。


「は、はした金……あれは、はした金だったのか……?」


 しかしアルムにとっては違う。

 アルムにとっては軽く二か月分、優雅な生活を送れるほどの金額だったのだ。

 こんなところで互いの立場を実感するとは思わず、エルミラもつい口をおさえる。


「あ、ごめ……」

「そうか……そうなのか……」


 わかりやすいほどにアルムは意気消沈する。

 心なしかその姿が小さく見えるほどに。

 功績が公表されないと知らされた時は特に気にしていなかったアルムが今回の件で最もダメージを受けた出来事だった。


「あーあー……エルミラがアルムくん傷つけたー……」

「エルミラ……お金に文句を言うのはよくないよ」

「う……」


 横で抱き着きながらエルミラを非難するベネッタと若干、ずれた説教をするルクスにエルミラは圧される。


「あ、アルム……今のはきっと言葉のあやですよ。エルミラは少し拗ねてるだけです。そうですよね? エルミラ?」

「そ、そうです……賞金……嬉しかったです……」


 有無を言わせぬミスティの圧によってエルミラは前言を撤回する。

 こうなった時のミスティには逆らえない。

 この力関係はこれから先も変わることはないだろう。


「だ、だよな?」

「はい……嬉しかったです……」

「そうだよな……俺も中身を見た時は間違いだと思った」


 アルムはエルミラの言葉を信じて元に戻る。

 貰った賞金の話は無しだと、アルム以外の四人は視線で固く約束をかわした。

 今回の事件を解決した主役を些細な事でがっかりさせるわけにはいかないという一致団結によるものである。

 そしてベネッタがすかさず話題を変えた。


「それにしても、アルムくん体大丈夫なのー?」

「ああ、もう動けるようにもなったからな。傷のほうも大分いい」


 アルムはベラルタ魔法学院の医務室で一週間眠っていた。

 ベラルタには普通の病院もあるのだが、なにぶんアルムの怪我の全てが魔法に魔力をつぎ込んだ反動によるものという事で、治癒魔導士が常在するベラルタ魔法学院で預かることになった。

 その場にいたエンケルによって運ばれたアルムは血だらけで死んだように眠っていた。

 その体には魔力の流れによって出来た裂傷が細かなものも合わせて五十近くあり、ベラルタに勤務する治癒魔導士だけでは魔力も足りず、ベネッタも毎日医務室に通ってアルムの回復に貢献していた。

 それでも一週間眠っていたのは急激な魔力の消費によるものだろう。

 目覚めた後も、しばらくは動くことができず、アルムの使った魔法がどれだけ壮絶だったかが窺える。

 口内の傷が治りきっていなかったりはするものの、昨日ようやく体が自由に動くようになり、この集まりが企画されたというわけだった。


「魔力はまだ全然だが……こうして自由に動けるだけありがたい」

「ボク頑張ったよー」

「ああ。ありがとう、ベネッタ」

「へへへー、魔力空っぽにし続けた甲斐があったよー」


 アルムはベネッタに礼を言うと、今度は他の全員を見渡す。


「それに、皆も俺が目を覚ます前から見舞いに来てくれたと聞いた。ありがとう」

「当然でしょー」

「ずっと眠っていて心配だったからね」

「学院も……お休みでしたしね」

「そうだな……」


 一転してアルムの目に少し寂しさが浮かぶ。

 ベラルタ魔法学院は【原初の巨神(ベルグリシ)】の侵攻が解決した後、一か月の休学となった。

 理由はもちろん今回の事件が起こった原因でもあるスパイが潜入していたことである。

 リニスは事件の後、捕縛されて王都へと連れていかれた。

 リニスの家の状況、そしてリニスの活動は父親の命令によるものという事が判明したのに加えて、リニスの魔法の属性が珍しいことから、リニス自身は死罪は免れた。

 だが、アーベント家は領地と財産を剥奪。父親は死罪となった。

 国を裏切った貴族には当然の没落を超えた処置であり、これからアーベント家が復活するとしても何世代も後になるだろう。

 少なくともリニスの世代で表舞台に返り咲くことは無い。ベラルタ魔法学院からも除名され、今後彼女がどうやって生きていくかは知る由も無い。

 同じく国を裏切ったルホル・プラホンもほぼ同じような処置で、ルホル自体はミスティの計らいで死罪を免れた。

 リニスとは違い、自ら国を裏切ったルホルをどうやって死罪から免れさせたかはミスティの胸の中であり、シンシアとの約束を果たす為に尽力した事はこの場の誰も知らない。


「リニスという人はアルムの友人だったもんな……残念だったな、アルム」

「友人と言える間柄であったかどうかはわからないが……。

まぁ、確かに……戦ったエルミラには悪いが……今でも悪人だったとは思えない」

「……」


 アルムのその言葉にエルミラの反論は無い。

 直接対峙してなければその実感も薄いだろうとエルミラもわかってくれていた。

 アルムがリニスの魔法について隠し事をしていたのも、エルミラは責める気になれなかった。


「でも、いいんだ。仕方のない事だったんだ……会うタイミングが悪かった」

「アルム……」

「タイミングは悪かった……悪かったけど……あの朝……」


 アルムは思い出す。

 リニスと出会った第二寮の共有スペース。

 誰もいない時間、二人でコーヒーを飲んで過ごしたあの短い時間を。


「あの時だから、リニスと知り合えたんだ。そしてあの時だから、俺はリニスの本当の声を聞いていたんだと思う。スパイのリニス・アーベントじゃなくて、知人のリニス・アーベントの声を」


 寂しさと嬉しさが混じったような、そんな言いようのない表情でアルムは笑う。

 あの朝だからこそ出会えたのだと。

 あの朝にリニスと交わした何気ない会話が根拠も無く、そう思わせていた。

 マナリルを裏切ったスパイだとわかった今でもリニスに貰ったカップをアルムは捨てることは無かった。


「それに死んだわけじゃない……あいつがあの朝と同じようにコーヒーを飲めるようになってたら、またどこかで会えるさ」

「そうそう、忘れた頃にばったり出会うわよ。あの珍しい属性ならどっかに使われたりするんじゃない?

まぁ。次に会ったらあいつのせいで生徒全員が調べられて迷惑した事に文句は言ってやらないといけないけどね」

「ふふ、違いない」


 ベラルタ魔法学院はスパイが潜入していた事から、敷地全体の調査や、在籍している生徒の家全ての調査に入った。

 アルム達はこの計画を止めた張本人であり、スパイならこんな事をする必要も無いので最低限の面接程度で終わった。

 アルムだけは平民で魔法を使えるという本来ありえない事と、平民ゆえに身分が定かではない事もあって、敵国が派遣してきたスパイなのではと少し疑われた。

 だが、医務室のベットの上で包帯をぐるぐる巻きにして寝ているアルムを見た王都の使者は、敵ならばこんな状態になってまでベラルタを救おうとしないだろう、と結論付けていくつか質問をして帰っていった。


「それにしても……あと二週間、暇になるな」

「ねねね、どっか遊びに行くー?」

「お、いいわね!」


 ベネッタの提案にエルミラが即座に乗る。

 ミスティはその提案を聞いてアルムをちらっと見た。


「もう……アルムは病み上がりなんですよ?」

「いや、心配しないでくれ。それに二週間も動いていなかったから少し動くくらいが丁度いい」

「そうですか? でも……無理はなさらないでくださいね?」

「ああ、ありがとう。ミスティ」

「僕の家はどうだい? 招待するよ?」


 ルクスからの提案にエルミラとベネッタは顔を見合わせる。


「オルリック家……」

「私達なんかが入れてもらえるのかしら……」

「君達は僕の家を何だと思ってるんだい?」

「だってねー……」

「オルリック家だからねー……」

「身分がーって言って執事に門前払いされそう」

「厳格なお父様に出ていけーって放り出されそう」

「なら、カエシウス家にいたしますか?」

「そっちこそボク入れてもらえないんじゃないのー!?」

「ふふふ、どうでしょうか?」

「……」


 アルムは話し合う四人の顔をじっと見る。

 今まで思ってもいなかったが、あの巨人を破壊してなければこんな時間も無かったのか、ともしもを想像してしまう。

 それは何か、自分の何処かが空っぽになってしまうような、そんな気がして寒気がした。

 同時に今こうして話せている事に、あの時感じた達成感とは違う、何か誇らしい気持ちが芽生えたのを感じていた。


「アルム? 聞いていらっしゃいますか?」

「あ、ああ……すまない」


 ミスティの声で我に返る。

 誰かに名前を呼ばれたのが無償に嬉しくて、顔を綻ばせてしまう。

 ミスティはアルムの様子が少しおかしい事を感じて、小声で耳打ちをする。


「どうかしたのですか? まさか、どこか痛むとかでは?」

「そういうんじゃないよ……そう、いい天気だなって思っていたらぼーっとしてしまったんだ」

「天気……ええ、そうですわね。今日も気持ちのいい快晴です」


 誤魔化すように、見てもいなかった窓のほうにアルムは目をやる。

 ミスティの言う通り、今日は快晴。

 青い空に白い雲が広がっていた。

 だが、アルムにはそんな綺麗な空よりも、窓から見えるベラルタの景色のほうがよく目に入った。

 少し前までは慣れなかった街並みに、アルムは何か特別な思いを抱く。

 行ったことがない場所だって当然ある。むしろ行ったことのない場所の方が多いはずのベラルタに抱くこの気持ちは一体何なのだろうか。

 それはどこか、故郷のカレッラを思った時の気持ちに似ていたが、アルムの中で結論は出ない。

 こんな気持ちになるのは二週間、医務室に閉じこもっていたからだろうか?


「ああ……晴れてよかった」


 とはいえ、この気持ちは決して嫌なものでは無く、何なのかを急いで明らかにする必要もない。

 例えば……ベラルタを離れる時になったらこの気持ちが何なのかわかる時が来るのだろうか?

 その時はきっとアルムが自分の夢を叶えている時だが、今のアルムにはどちらも想像がつかなかった。

 自分がどんな魔法使いになりたいか、その答えは未だ無く、あの質問がどういう意味だったのかもアルムにはまだわかっていない。


「ま、慌てる必要は無いか……」


 今考える事では無い、と改めて結論付けてアルムは紅茶を口に運ぶ。

 口内の傷にしみて味はよくわからない。

 傷がなくてもわかったかどうかは内緒である。

 どうせこのベラルタにはあと二年以上も住むことになる。急いで結論を出すことも無いだろう。

 そんな事より今は、友人たちとどこに出かけるかという相談だ。

 友人と何処かに出かけるというイベントに胸が躍る。


「アルムくん! 王都のカエル専門店興味ないー?」

「何で王都まで行ってカエルなのよ! 特産品とかでもないでしょーが!」

「いや、でも美味しいは美味しいんだよ? ちょっとビジュアルが悪いだけで……」

「その悪いビジュアルの食べ物を王都に行ってまで食べるべきかという話ですよルクスさん……」


 ……一体ルクスの家の話はどうなったのか?

 いつの間にか話の舞台は王都のカエル専門店? という奇怪な店の話題に移っており、そこにどんな過程があったのか全くわからない。

 少しの間とはいえ、耳を傾けていなかった自分の落ち度だ。


「あー……すまない、少しぼーっとしてた」

「アルムくんー」

「もう、どこからよ?」

「えーっと、ルクスの家がどうこうまでは聞いてた」

「最初も最初だね……」

「すまない」

「ふふ、では、もう一度お話しますね?」

「ああ、頼む」


 アルムが素直に謝ると、エルミラとベネッタから非難を受け、ルクスに呆れられながら、ミスティから話の経緯を聞かされる。

 聞かされる場所はどれも彼には捨てがたく、どれがいいか、という問いに、全部行きたいな、と答えたせいで話はまたややこしくなっていく。


「いや、だって全部行きたいぞ……どれかを選ぶのが難しすぎる」


 どれか一つと言われても彼は答えを出す事ができず、彼を味方につける為のお出掛け先プレゼン対決が始まろうとしていた。


 そんな我が儘な彼の名はアルム。

 今まで知らなかった人。

 今まで知らなかった出来事。

 今まで知らなかった別れ。

 今まで知らなかった自分の思い。

 魔法が無ければ知る事の出来なかった全てを得て、このベラルタで"魔法使い"となる為の日々を過ごしていく。

第一部『色の無い魔法使い』完結となります。

でっかい巨人をぶっ壊すシーンが書きたいという所から始まったお話で、楽しく書けました。

よろしければブックマークや下にある☆マークを押してこの作品をこれからも応援して頂ければ幸いです。

第一部は完結しましたが、白の平民魔法使いはまだ終わりではありません。

第二部も是非お付き合いください。

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