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70.白の平民魔法使い4

「"変換"……"変換""変換""変換"――!」


 魔力はアルムの体内から外へと。

 現実に現れた変換の魔法式はアルムの胸の辺りから床についている手足へとその線を伸ばしていく。

 さっきと同じように、アルムの体だけでなく、城壁の床にもアルムの作る変換の魔法式が伸びていく。

 違うのは、その線が床だけに留まらないことだった。


「なんだ……! 案外いける……!」


 手をついていた城壁の床を放す。

 床に作り終わった変換の魔法式。

 そこから更に次の段階へと進む為にアルムは体の横に手を伸ばす。

 そこには魔法式を描ける場所など無く、ただ空があるだけだ。


「作、る――!」


 なお加速する体内の魔力。

 床に描かれた魔法式は何も無い場所へとその線を伸ばした。

 アルムの伸ばした腕を目指すように、空中に浮かんだ魔力の線が伸びていく。

 あの巨体を壊せるほど大きな砲身が無いのなら、作ってしまえばいい。

 それがアルムの出した結論だった。

 そんな事出来ない?

 そんな事はない。

 何せ目の前には四百メートルを優に超える巨人。

 これを見れば出来ないと断ずることのほうがおかしな話だ。

 こんな巨人を現実に顕現させられるというのなら、ただ魔力を放つ砲身が作れない道理などない!


「あ……がっ……!」


 変換の魔法式が伸びる度に、アルムの体に走る魔力はその量を増していく。

 魔法式の末端にまで充分な魔力を行き渡らせる為に、不可視の水源は魔力をひたすらに生成する。

 負担はとっくに限界を超え、アルムの足に感覚は無い。

 床に膝をつき、体を支えているように見える足は、その張り巡らされた魔法式によって固定されているだけ。

 この魔法式が消えればバランスをとる事無く倒れるだろう。

 さっき使った魔法の時よりも遥かに多い白い線。

 紋様のように張り付いたそれは制服の上からでも輝きを放っている。


「"変換"――"変換"!」


 魔力をつぎ込み、変換を続けた魔法式はアルムの頭上に伸びていく。

 ふとよぎった記憶を元に、伸びる魔力の線は相応しい形を空中に描いていく。

 描いている中、【原初の巨神(ベルグリシ)】はまた一歩進んだ。

 あと一歩。

 あと一歩でその腕はベラルタに届く距離となる。

 そうなれば西の城壁は終わりだ。

 その鉱物を纏った腕が振り下ろされれば、西の城壁はその爪でケーキのように裂かれ、アルムも死ぬ。

 主を消滅させた何者かはその後だと、【原初の巨神(ベルグリシ)】はもう片方の足を動かす。


「あんたはすげえよ、でもここまでだ……!」


 そこで【原初の巨神(ベルグリシ)】は異常に気付く。

 目の前の空に描かれていく魔法式。

 常識を超えた魔力の奔流。

 可視化できないはずの光の渦が太古の魔法の目の端に映る。

 顕現し、自立した魔法(じぶん)からすれば児戯でしかない。

 放っておいても問題ない。

 ……そう結論付けているにも関わらず、その自我に一つ感情が芽生えた。

 それが一体何なのか、その巨体にはわからない。

 何せそれは初めて感じた感情。

 生まれてから脅かされる事の無い巨人には無縁のものだった。


「あと一歩……あと一歩だったな……!」


 笑ったのは【原初の巨神(ベルグリシ)】ではなくアルム。

 その笑みは【原初の巨神(ベルグリシ)】に見えることはない。

 しかし変化が現れる。

 巨人の眼前に作られた変換の魔法式は完成する。


「"変換式固定"……!」


 自身の胴と同程度に作られた巨大すぎる魔法式。

 巨人の導き出した結論は仇となる。考えを改めるにはもう遅い。

 その魔法陣を見た瞬間、歴史ある魔法の自我に過去の映像がよぎる。

 自身が作られた誕生の時。

 それは主人の名前を確固たるものにした瞬間。

 巨人は憤怒にも似た感情を沸き立たせる。

 まさか……この歴史無き魔法の使い手にその影を見たとでもいうのかと――!


「道を開けろよ太古の巨人。あんたは確かに頂点の一つだろうが……いい加減今の魔法に明け渡せ!」


 巨人の眼前に完成した円の魔法式。

 その円の中にはアルムの記憶にある花の姿。

 魔法式とその中心が魔力でその輝きを増していく。

 空中に描かれた花開く魔法陣。

 歴史に無い大魔法の予兆。

 その輝きに当然色など無く。

 美しく咲く天の輪はその実ただの巨大な砲口だった。


「"放出用意"!」

"オ……オオオオオオ! オオオオオオオ!!"


 その咆哮とともに【原初の巨神(ベルグリシ)】は最後の一歩を踏み出しながら腕を振り上げる。

 そう、それは確かに児戯。

 魔力をつぎ込み、放つだけの実に愚かな積み木立て。

 しかし今、積みあがった無色の魔力は摩天楼となって鐘を鳴らす。

 太古の魔法は確信する。

 この男が、その児戯を極めた"魔法使い"だという事に――!


「もう遅いっ! 言ったはずだ! あと一歩だってな!!」


 ――その身に刻め太古の魔法。

 これこそは新たなスタートライン。

 煌々と輝く色無き魔力。空に咲く花の砲口。

 歴史無き魔法は今開花する。


「"魔力堆積"! 【天星魔砲(カエルムフロス)】!」


 魔力(まぼろし)魔法(げんじつ)にし続ける、平民の魔法使いの手によって――!


"オオオオオオオオオオオ!!"

「いっけえええええ!!」


 声とともに花の魔法式から放たれるは災害に等しい魔力の光線。

 顕現した砲口から放たれたその巨大な砲撃は巨人の胴体と等しく、振り上げた腕を振り下ろせぬほどの圧力を持って【原初の巨神(ベルグリシ)】を捉える。

 その威力は児戯だと笑い捨てられるものではなく、初めて出会う脅威として【原初の巨神(ベルグリシ)】という大地を開拓していく。


「あ……あああぁあああ!!」


 言葉などない叫び。

 砲身の燃料源は、構わずため込んだ魔力をつぎ込んでいく。

 つぎ込まれた魔力とともに鮮血も荒れ狂う。

 だが、その体に魔力切れの未来などあり得ない。

 きまぐれで与えられた彼のただ一つの美点は砲撃となって山の巨人を砕いていく。


"オ……! オ……! オオォオオオ!!"


 その砲撃を押し返そうと【原初の巨神(ベルグリシ)】も抵抗を見せる。

 先に芽生えた感情が"死への恐怖"なのだと教えてくれる者は誰一人としていない。

 自身にため込まれた魔力で修復を続ける。

 だが、その修復が間に合わない――!


 今まで受けた魔法で最も原始的。

 アルムの魔法に複雑な理屈などない。

 特別な性質も無く、ただ魔法の形として現れているその中途半端な魔法にはただ魔力を変換し続けるという"上乗せ"があるだけだった。

 ゆえに、力負けは致命的。

 自然の一部に等しい魔力が霧散し、自身を砕くその魔法に呑み込まれていく。


「悪いな……生まれてこの方――魔力切れとは無縁なんだよ!」


 口内は裂け、魔力の流れに耐えきれなかった箇所から血を流す。

 ボロボロの姿でアルムは笑った。

 それは勝利の確信。

 自身の魔法から伝わってくる確かな手ごたえ。

 修復に魔力をつぎ込む【原初の巨神(ベルグリシ)】。

 魔法の威力に魔力をつぎ込むアルム。

 そして今魔法は拮抗し、アルムもそれを感じ取る。


「終わりだ、山の巨人……! こちとら体はとうに限界だ! 休みてえからさっさとぶっ壊れろぉ!!」


 声とともに、アルムは絞り出すように魔力をつぎ込んでいく。

 そして魔法につぎ込まれた魔力はついに【原初の巨神(ベルグリシ)】を超えた。

 砕く。壊す。貫く。

 【原初の巨神(ベルグリシ)】の纏った鉱物はまるで薄い硝子であるかのように砕かれていき、砕いた先から魔力の砲撃がその破片を飲み込んでいく。

 魔力によって急速に修復されていくが、破壊はさらにそれを上回り、【原初の巨神(ベルグリシ)】の姿は次第に魔法に呑み込まれていった。


「大人しく還れ――でかぶつ!!」

"オ……オ……オオオオオオオオオオオオオオ!!"


 それは咆哮では無く絶叫。

 砲撃はついにその巨体を貫いた。

 崩壊を嘆く山の巨人。

 振り上げられたその腕は、振り下ろされることなく大地へと。

 大地を揺らす断末魔がこの場から響き渡る――


 空を裂く光の砲撃は勝利宣言。

 巨人を貫いた魔法は高く、高く、天へと昇る。

 【原初の巨神(ベルグリシ)】の頭部と胴は跡形も無く破壊され、残った手足も魔力へと変わり始めた。

 核のない巨人に再生の未来は無い。

 目覚めてから二日。ベラルタの目前まで来ていた災害はただ一人の魔法使いの手によってその姿を消した。


 地属性魔法の頂点。

 スクリル・ウートルザの血統魔法。

 主を求めて彷徨った魔法は魔力となり、今度こそ大地へと還っていった。

 主が亡くなった時に還るべきだった大地へと――







「あーあ……」


 【原初の巨神(ベルグリシ)】を破壊したアルムは、固定された魔法式によって倒れることもできず、膝を床に着いたままだった。

 しかし、その体勢もいずれ保てなくなる。

 今まで維持し続けていた魔法式は上から徐々に砕けるように消えていく。


「流石に限界だ……」


 そして体に張り付いている魔法式も砕けるように消えると、アルムの体はその場に倒れた。

 制服の至る所は真っ赤に染まっており、制服の下は魔力の流れに耐えられずに出来た傷でいっぱいだろう。

 役目を終えたといわんばかりにアルムの体はその意思に反して動かない。

 指一本すらも動かず、視界に入っているのは自分の魔法の衝撃でぶっ壊した城壁の屋上。

 【原初の巨神(ベルグリシ)】に夢中でアルムは気付いてなかったが、【原初の巨神(ベルグリシ)】を破壊できるほどの魔法に城壁が耐えられるはずもない。

 先程の魔法式を描いた場所は焼けるように裂けていて、アルムの周りの床は反動だけで割れていた。


「あー……」


 周りを見渡したいが、体が全く動かない。首だけでもと思ったが、動くのは眼球くらい。瞬きができるだけ上々だ。

 初めての経験にアルムは気付く。

 自分には無縁だと思っていたし、さっき巨人に向かって自慢していた事だった。


「これが魔力切れってやつか……生まれてこの方ってのはもう言えないな……」


 完全に出し切った。

 あの魔力が元に戻るまでにどれだけの時間がかかるのか。

 魔力どころか体力の回復までどれくらいかかるかも想像つかない。

 散々無茶を要求し続けた自分の体がこうして呼吸をしてくれていることにアルムは感謝した。


「なんにせよ……やっぱ出来たな……」


 報酬は探究心と挑戦心を満たした達成感。

 そんな清々しい気持ちに浸るアルムに駆け寄る人影が一つ。


「やった! やったやった! やったぞ! やったぞアルム君!」


 それは逃げずにこの場にいたエンケル。

 さっきまでこの世の終わりのような表情だったにも関わらず、今その表情は驚くほどに晴れやかだった。


「やっぱすごいんだ魔法使いは! 本当にすごいよアルム君! ありがとう! ありがとう!

そういえば家名を聞いてなかったけど、一体どこの家なんだい!? 君に呼ばれれば自分は君の家に一生を尽くしてもいい! 君は命の恩人だ!」


 ああ、そういえば言って無かったな、とアルムはエンケルの勘違いに気付く。

 感謝の言葉は嬉しいが、この勘違いは正さなければとアルムの口は動いた。


「あの……言い忘れてましたけど、俺平民……なので、家名とかは……無い……です」

「え……?」


 そう言って、エンケルの真顔を最後にアルムの意識は限界を迎えた。

第一部決着となります。

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