69.白の平民魔法使い3
巨人は笑う。
今のが迎撃?
今のが魔法?
今のは知っている。
その様式は間違いなく無属性魔法。
魔法であって魔法でないもの。
人類の魔法は後退したのかと巨人は落胆する。
眠る前にもあった懐かしい魔力遊び。魔法を使えないものが、その持て余す魔力を使って見世物としていた時期もある。
そんな無属性魔法が今、私に向かって放たれた?
笑止。
笑止。
笑止――!
私を嘗めているのか、と巨人は憤怒する。
その怒りは無属性魔法を向けられたからという理由だけではない。
自らを支える核の消滅を巨人は先程観測した。
それはすなわち、主の消滅。
巨人の創造主が完全にこの世を去った証拠でもある。
【
本来はこの巨体を見てなお立ち向かう魔法使いの心を折る姿。
魔石で覆われた巨体から繰り出される攻撃は敵対者の生存を許さない。
容易に修復できたとはいえ、その魔法未満の
しかし、生存は許さない。
放たれたその砲撃は明らかな宣戦布告。
一番最初に破壊するのは、あの小さな段差にいる無属性魔法の使い手だと巨人は決めてその足を進める。
「できる……いける……!」
そんな【
アプローチは間違っていない。
エンケルの見たものでアルムは確信する。
「はぁ……はぁ……!」
「お、おい、大丈夫か!?」
「問題……ありません!」
結論を急ぐところだった。
そう。決して効いていないわけじゃない。
ただ、巨人の修復能力が早かっただけの話。
相手は千五百年この世に顕現していた魔法。
核があろうとなかろうとそのくらいの魔力はあって当然。
魔力をいくら注ぎ込んでも貫けなかったのはその修復能力を超えた破壊力を出せなかったからだ。
「なら……!」
やる事は決まりきっている。
単純だ。修復を超えた破壊力を出せばいい。
アルムの魔法は人間からすれば巨大な魔力の砲撃だが、【
それでは修復も間に合って当然。
修復するところが少なければ、魔力の消費も大したことがない。
それにあの砲撃のサイズでは貫いたとしても破壊にまでは至らない。
考えてみれば最初から無謀だった。
あんなサイズの魔法が貫通したところで胸部に少し穴を開けるだけ。
相手は人間ではなく、魔法なのだ。
それでは止める事も、破壊する事もできはしない。
つまり、今使える魔法では、単純に
「考える……作る……構築する……!」
だから今、
一から作ってる暇はない。ベースは今撃っていた魔法を使う。
根本は同じ砲撃。
しかしサイズはあれに通用するように。
目の前の巨人を破壊できる魔法へと今ここで昇華する――
「砲身を……!」
片腕では無く両腕に?
「違う……!」
我ながら何て小さなスケールかと怒りがこみ上げる。
さっきの魔法の大きさが倍になったところで巨人の胸に突き刺さるのは指二本程度。
一本が二本になったところで状況は打開できない。
現実を直視しろ、とアルムは自身に言い聞かせる。
「足りない……!」
ならば身体全体を?
「違う!」
それでも不可能。
砲身が人間大になったところで、魔力の続く間押しとどめられるかどうか。
間違いなく破壊には至らない。
万が一破壊できたとしてもやはり胸の辺りに風穴を開けるだけ。
巨人の侵攻が止まるとは思えない。
【
その巨体に臓器など無く、人間と違って風穴一つで止まる道理など無い。
魔法の核がその巨体に無いとわかっている今、賭けで貫く場所を決断する事すら無意味である。
「なら……!」
一体どうする気だ?
「なら!!」
人間の体を使ってすら無理だというのなら、あの巨人を撃ち抜ける砲身は無いのでは?
「うるせえ!!」
脳に囁く邪魔な言葉にアルムは怒りを声にする。
諦めを促すような囁きは今日までに蓄えた魔法の知識から。
しかし破壊できるという確信も魔法の知識から。
そんなありもしない囁きに思考を裂けるのなら考えろ――!
「おい来る……! もう来るぞおお!!」
エンケルの声と共にまた一歩、【
ベラルタに再び響く足音というカウントダウン。
自然に止まることはない容赦ない地響き。
アルムの位置からでも、距離はまだ少しあるように見える。
だが、【
ベラルタの西の区画はその巨体で日の光を遮られて薄暗くなるほど影が落ち、その腕がベラルタに届く位置まであと二歩という所まで来ていた。
真っ先に破壊されるのはアルムのいるこの城壁。
その圧倒的な現実への影響力を持ってこの城壁をえぐりながら、アルムは肉片となるだろう。
「あ……」
不意に出た声とともに頭の中の囁きは止んだ。
アルムは【
眼下であがく虫を見るような空洞の目。
その顔に作られた裂けた口は、嘲笑うような笑みを彷彿とさせた。
しかし、そんな事はどうでもいい。
頭に浮かんだ一つの回答。
それは思ったよりもシンプルで、アルムは呆れたように一つ笑った。
「はは……」
何故こんな簡単な事に気付かなかったのか。
思いつかなかった?
できないと思い込んでいた?
どっちでもいい。
確かなのは、できないはずがないという確信だけ。
目の前にそびえる巨人の存在は、アルムの頭に浮かび上がった回答の証明でもあった。
「――ああ」
なんだ。
簡単な事だった。
「作っちまえ……!」
冗談のような決意とともにアルムは両手を城壁の床につく。
その表情には笑みが浮かんでいた。
未知に挑戦する喜びがアルムを満たしていく。
「"充填"……!」
再び、アルムは自分の体に魔力を駆け巡らせ始めた。
「あ……! ぐ……っ……! っぁが……!」
魔力と痛みが同時に体を駆け巡り始める。
まだ先程の魔法を撃った時の痛みが残っているにも関わらず、アルムの身体に新しい激痛が襲った。
耐えながら、ひたすらに魔力を注いでいく。
全身に走る激痛に耐え、四百メートルを超える巨人を前にして一歩も引かず、ベラルタを救わんとする若者は皆の目にはどう映るだろうか?
だが、勘違いしてはいけない。
彼の行動は勇気だとか。
敵国の悪意に対する正義だとか。
ましてや、友人との出会いの場所を守ろうという友情だとか。
そんな大層なものではない。
ただ、彼は一人だけ思っていなかっただけの話。
相手は魔法で、こちらが使うのもまた魔法。
ならば、出来ない道理など無い。
彼だけは、あの巨人を破壊できないなどと――思っていなかっただけの話なのだ。
「まだ……! っ……! たり……ねえ……!」
体の奥底から魔力を絞り出す。
喉奥からせりあがってきた赤い液体の味を確かめながら、アルムは故郷を出る前に師匠に問われた事をふと思い出す。
どんな魔法使いになりたいんだい、と師匠は聞いた。
何故今そんな事を思い出すのか自分でも不思議だった。
未だにその問いの答えをアルムは出せていない。
そして、この場でアルム自身が答えを出せるとも思っていない。
「だけど……」
モチーフは決まったな、と痛みの中でアルムは笑った。
「は、ぁっ……! くぁ……!」
その笑みもすぐに消える。
魔力の氾濫と痛みはやがて全身に。
体が沸騰しているように熱く、傷ついた血管から流れる血液と痛みがそう錯覚させる。
それでも魔力を走らせる。
今アルムを動かしているのは魔法を使える者の責任でもなんでもない。
幼少の頃から魔法に飢えていた探究心。
憧れが間違っていないのなら貫きたいという挑戦心。
この行動は魔法使いになりたいと願った少年のエゴである。
それでもそのエゴが誰かを救うというのなら、それこそが……
「"変換"!」
本人では答える事のできない、あの時の回答そのものなのではと――