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64.侵攻二日目13

 よる? 夜?

 夜とはあの夜のこと?

 エルミラの頭の中で夜というワードが駆け巡る。

 そんな魔法属性は聞いたことがない。

 だが、実際に闇属性の魔法ではあり得ない現象が今目の前で起きた。


「そんな魔法が……」

「まぁ、私も好きでなったわけではない。気付いたらなっていたというやつでね……意図せず自身の属性が開花する例というのはあるにはある。昔は夜属性の魔法使いもいたという資料も見つけた。アルムが知っていたのはそういった資料に目を通していたのだろう。何故平民がそんな資料を持っているかは置いておくとしてね」


 光の特性を持った属性を呑み込む。

 火属性魔法全てが光の特性を持っているわけではない。

 だが、火属性魔法という名の通りほとんどが火を象る魔法だ。

 火に変換する時点で光を持つのは逃れられない。

 光の特性が無いのは補助魔法と一部の珍しい魔法くらいだろう。

 エルミラはつい舌打ちしそうになる。

 確かに属性には相性がある。

 わかりやすい所では火属性と水属性。火の魔法は水の魔法からの現実への影響力が強く働く。

 それでも火属性が一方的に水属性に負けるわけではない。

 氷に変換する水属性魔法には火属性魔法の現実への影響力が強く働く。

 これは属性の特性ではなく、自然現象によってもたらされる結果が魔法に反映されているに過ぎない。

 火は水で消えるし、氷は火で溶ける。

 そんな出来事が魔法にもあてはめられているのだ。

 だが、リニスの言った夜属性はそういった出来事を魔法にあてはめているのとは違う。


「特性を消す……魔法としての存在を保てなくなるってことか……」

「理解が早いな、その通りだ」


 エルミラはベラルタ魔法学院に入学した生徒の一人。

 魔法の知識は当然豊富だ。

 エルミラの放った火属性魔法と同じようにリニスの魔法が消えた事から、夜属性が一方的に光の特性を持つ魔法を消すわけではない事は当然エルミラも理解している。

 聞いたことの無い属性に対して動揺はしているものの、魔法使いとの戦いは相手の属性などわからなくて当然。それが珍しい属性だったというだけの話だ。

 魔法がぶつかり合って起きた現象なのだからそういったものだと納得し、相手の魔法の特徴を分析するしかない。


「『誘いの沼(インバイト)』」


 リニスが唱えると、屋根に落ちたエルミラの影から黒い腕が伸びる。


「ちっ!」


 思考に集中したいが、戦闘の最中にそんな余裕はない。

 左にある自身の影から逃げる為、エルミラは咄嗟に屋根から降りる。

 影がその場から消えた瞬間、黒い腕はそれ以上伸びることなく、そこで空を掴むように蠢いた。


「追ってこない……?」


 肩越しに後ろで追ってこない魔法を確認しながら、エルミラはそのまま路地に降りる。

 リニスもエルミラを追って屋根から跳んだ。


「『月虹刃(ムーンボウ)』」

「うっ……!」


 リニスの体に影が落ち、リニスはそのまま魔法を唱える。

 狭い路地でリニスとともに上から振ってくる七色の刃。

 刀身は七色だが、纏っている魔力の光は黒。

 その刃の刀身は長く、後ろに跳んだ程度では回避できない。

 エルミラは瞬時に横に跳ぶ。


「お邪魔します!」


 ここにはいない誰かに律義に挨拶しながら、壁に作られた小さな門を抜けて家の扉に突っ込む。

 ごろごろと受け身をとって家の中へ。

 今までチェックしていた家のように、生活の跡のある一軒家。

 机に置かれたコップは四つ。

 同じく机の上に置かれていた食べかけのパンが寂しく取り残されていた。


「『火炎掌(ブレイズ)』!」


 エルミラは体勢を無理矢理整えて咄嗟に魔法を唱える。

 炎が勢いよく放たれると扉を燃やしてリニスに向かうが……。


「無駄だよ」


 リニスは虹色の刃でそのままエルミラの魔法を受け止め、二人の魔法が消える。

 エルミラも効くとは思っていなかったが、ついでのように消されて改めて相性の悪さを実感した。

 そしてリニスは突進するようにエルミラの入っていった家の中へと駆けだした。


「『強化(ブースト)』!」


 エルミラの体が白い魔力で少し輝く。

 魔法が効かないのなら接近戦と、無属性の強化を唱えてエルミラはリニスを待ち構える。

 火属性は消される可能性があるからだ。

 しかしリニスは家に入ってきた瞬間、


「『静寂の箱(ネロスカトラ)』」


 魔法を唱える。

 リニスが唱えたとともに家の壁や床が一気に黒く染まった。


「なっ……!」


 そして足元が徐々にその黒に呑み込まれ始める。

 抜こうとしてみるがその行動に意味は無く、強化がかかった足でも抜け出せない。

 まるで底なし沼にはまったかのように。


「次々変な魔法を……!」

「沈むといい」


 足が完全に拘束されていて抜け出せない。

 リニスは家に入ってきた勢いそのままにエルミラの胸目掛けて蹴りを放つ。

 長い脚から繰り出される蹴りはしなやかにエルミラの胸部を捉える。


「っつ!」


 腕を交差してその蹴りを受け止める。

 『強化』(ブースト)は防御する為の魔法ではない。強化をかけていないリニスの蹴りでも当然痛い。

 だが、受け止めたその時ある事に気付く。

 それはリニスの魔法下にありながら色が変わっていない場所。

 壁と床、どちらも黒く染まっているというのに僅かに黒くなっていない場所がある。

 それは窓から差し込む日光。

 そこが当たった場所だけは元の色のままだった。


「『炎竜の息(ドラコブレス)』!」

「む」


 咄嗟にエルミラは魔法を唱え、リニスは警戒して身を引く。

 ただし、エルミラの魔法の目標はリニスではない。

 エルミラはその拳を天井に向けて振りぬく。

 放たれた魔法は火柱となって屋根を貫き、破壊した。

 結果、光を遮る天井は無くなり、太陽の光が降り注ぐ。

 光はエルミラの足下を照らし、床は黒から元の色へと。

 そして呑み込まれていた足もその拘束が解かれた。


「あっぶな!」


 エルミラは強化のかかった足で再び屋根の上へと。

 それに続いてリニスも屋根の上へと出てくる。

 その跳躍力は普通ではない。

 下で強化をかけたのだろう。


「『夢雲(ポップクラウド)』」


 上がってすぐにリニスは再び雲を出す。

 リニスは先程のようにこちらに突っ込んでくる気配はない。

 その様子を見てエルミラはにやりと笑う。


「ははーん……」

「なんだね?」

「光を出す魔法は消せるけど、弱点もその光みたいね?」


 屋根に上がってきたエルミラはリニスを指差す。

 ここまでの数手でエルミラは確信した。


「私の影から出てきた腕は影が離れると追いかけてこなかった、今家の中で私を捕まえていた魔法は光を浴びたとこの効果が無くなった。路地のとこで唱えた魔法も路地が暗くて光が差し込んで来なかったから唱えられた……違う?」

「……」


 不自然に追ってこない腕。

 暗い路地で輝く刃。

 差し込んだ光で元に戻った黒く染まった壁と床。

 むしろ例外なのがあの雲と黒い腕なのだろう。

 あの雲は防御にも使うが、恐らく雲で影を作り、自身の魔法を唱える為の備えなのだ。

 だから今はエルミラに突っ込んでこない。

 屋根の上で使える魔法が制限されているから。

 路地や家で戦うのとは違って暗い場所が少ないから慎重になっているのだ。


「ふふ、ばれる前に決めたかったな……」


 諦めたように認めて、リニスは笑う。


「そう、君の言う通りだよ。夜属性は日の光に弱いものが多くてね……強力な魔法のほとんどがそうだ。雲は夜でなくとも空に浮かんでいるものだからこうして出せる例外だ、腕は単に影が腕にかかっていたらにすぎなくてね」

「あ……」


 言われて、黒くなっていたのが右腕だけだった事をエルミラは思い出す。


「影がかかっていない腕にはあんな矮小な魔法すらかけられない。案外不便だろう?」


 あっさりと夜属性の特性や魔法の弱点ををばらすリニス。

 それはその情報を与えても勝てるという自信の表れか。


「誤魔化さないなんて余裕ね」


 とはいえ、最悪な相性の魔法の弱点を把握できたのはエルミラにとって大きな収穫だ。

 戦い方次第で攻略できるとエルミラは勝機を見出す。


「いや、看破されるとは思っていた。その前に仕留めようと路地に降りた際に攻め込んだが駄目だった……これはいわば仕切り直しの為だ。自分の口から話す事で改めてアドバンテージを失った事を実感して引き締める事が出来る。

まぁ、精神的なものだ。私なりの自己管理だと思ってくれたまえ。風貌でよく勘違いされるが、私は少し精神的に弱くてね。ちょっとした事でも不安がったり恐がったりしてしまう」


 魔法は精神力が影響する。

 自身の属性の特徴を看破されても冷静に、リニスはあえて頷く事でその平静さを保った。

 それは自分の事を理解しているからこそだ。


「だからこそ、私はこの属性になったとも思っているのだ」

「びびりだからって?」

「ああ、夜とは恐怖だ。だからこそ人は夜に明かりを求める。暗闇の先に何かあるかもしれないという不安を拭う為に。

暗闇の中に住む得体のしれないものを暴くために、人は明かりを求める。私は子供の頃、夜が恐くて仕方なかった……夜の本質を恐怖という形で捉えていたからこそ私はこの魔法属性になったのだとね。

この魔法の特性は不便であればこそ相応しい。暗闇こそが恐怖なのだと体現しているようでね」

「はっ! 子供の頃って……今でも夜が恐いんじゃないの?」


 エルミラの馬鹿にしたような声にリニスは小さく笑う。


「確かにそうだ。私とした事が見栄を張ったな……私は今でも夜が恐い。だから、朝の時間が好きなのかもしれないな」

「……?」

「朝……ああして過ごすのが好きなんだろうね……」


 エルミラを前にして、リニスは何かを思い出すように目を閉じる。

 一体、何をしているのか。

 エルミラは嘗められているかとも思ったが、あれは単純に何かに思いを馳せている。

 リニスはそんな優し気な表情を浮かべていた。


「もう……遅いことだ」


 呟き、リニスは再びエルミラを見据える。

 その表情は険しく、そして両手は何かを披露するかのように横に伸ばされていた。


「弱点がばれてしまっては仕方がない……見せよう、エルミラ・ロードピス。出し惜しみしても仕方がない」

「!!」


 リニスの右の掌にはいつの間にか黒い雫のような魔力。

 それを滑らせるように、落とす。

 自分の影に。

 リニスの動作にエルミラは身構える事すらできない。

 当然だ。

 彼女は攻撃も、防御もしていない。

 ただ、雫を落としただけ。

 誰かを呼んだだけなのだから――。


「【小さな夜の恐慌(ジェヴォーダン)】」


 響いたのはリニスの声。

 瞬間、影がその形を変える。

 降り注ぐ日の光に逆らい、蠢くように。

 影はやがて地から離れ、リニスの横に並び立つ。

 その姿は人? 

 それとも犬――?


「さあ、私達(・・)を倒せるかな?」

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