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57.侵攻二日目6

「魔法の核って探す手段とか無いのー!?」

「無いわよ!」


 強化を使い、東の区画に着いたエルミラとヴェネッタはがむしゃらに魔法の核を探す。

 東の区画は細い路地が多い。

 アルムがベラルタに来た際に迷っていたのもこの区画だ。

 ベラルタに住む平民の住宅が集中しているが、しっかりと整備はされており、法則性も無く曲がりくねってたりするわけではない。

 最初に歩くときは迷うかもしれないが、慣れてしまえば単純な構造になっている。

 周りの建物は背も高くなく、細い路地にしては圧迫感も少ない。

 だが、建物に囲まれている為、庭に面していない路地はやはり薄暗くはあった。


「ええー? どうやって探すのさー?」

「だから人海戦術で手当たり次第探ってるんでしょうが!」


 エルミラとベネッタは二人で手分けして家の中を覗いていく。

 田舎の村でもあるまいし、全ての家屋を確認するなど不可能だ。

 その為、二人は生活の痕跡がある家はスルーしている。


「その代わり見つけたらあんたでも破壊できるわよ!」

「そうなのー!?」

「多分!」

「多分じゃんー!」


 魔法の核は決して頑丈ではない。

 自立した魔法の現実への影響力に関わらず、魔法の核は魔法の影響をうけていないのだ。

 例えば、自立した魔法が強固な鉄の塊であったとしても、魔法の核が薄いガラスであればそこらの石に叩きつけて簡単に割ることができる。

 だからこそ本来、自立した魔法は核を魔法の内部で防御する。

 自立した魔法が魔法使いでしか対処できないのはあくまでその魔法の効果に対抗できるのが魔法使いしかいないというだけの話なのだ。

 その為、普段から人が出入りし、生活しているような場所に隠すとは考えにくい。

 普段生活している場所に変化があれば住民が気付く可能性はかなり高いからだ。

 エルミラはダブラマという国が山の巨人の動きに合わせて動いているのをオウグスから聞いている。

 ダブラマの刺客からすれば本国が他国を攻める為の重要な計画だ。

 そんな失敗する可能性が高まる場所に計画の肝であるはずの魔法の核を隠すはずがないと踏んでいた。


「……そういえばあんた攻撃魔法使えるの?」


 唐突に不安になったエルミラが背中越しにベネッタに尋ねる。

 エルミラはベネッタの魔法で攻撃するものを見たことが無い。

 アルムを治した『治癒の加護(ヒール)』と血統魔法の【魔握の銀瞳(パレイドリア)】の二つだけだ。

 次の家の扉を開けながらベネッタは答えた。


「使えるー!」

「よかった、流石に素手ってのはちょっと難しいかもしれないから」

「二個!」

「二個!?」


 まさか数まで言われると思わずエルミラは振り返る。


「無属性含めてならもうちょっとあるよ?」

「いや、無属性はカウントしなくていいわよ! 二個……二個かぁ……」


 エルミラはつい魔法の勉強をし始めた頃を思い出す。

 八歳の時のエルミラでももう少し攻撃魔法を習得していた。

 魔法を知らないものでも少ないとわかる数だ。

 魔法の核が近くに刺客がいるかもしれないというのに頼りないにも程がある。


「でもアルムくんは無属性しか使えないじゃんー」

「アルムは例外だからいいのよ」

「アルムくん贔屓ー」

「違うわよ! 本当にあれは例外! 無属性魔法をみんなあんな感じで使えるわけないでしょ!」

「だって、私アルムくんの魔法見たことないしー」

「ああ、そうだったわね……まぁ、とにかく出鱈目よ。本人は魔力をつぎ込むだけの単純なものって言ってるけど……それで血統魔法並みの火力出せるんだからほんと出鱈目」


 入学式の日、ルクスの血統魔法をアルムが破壊した時の事をエルミラは思い出す。

 あの光景は一生忘れないだろう。

 無属性魔法は補助魔法としては優秀だが、現実に魔法を放出する攻撃や防御となると欠陥だ。その考えはエルミラも変わっていない。

 依然として無属性魔法は変換が中途半端で、現実への影響力も中途半端な魔法のままだ。

 あれはアルムの魔力量による例外にすぎない。

 以前、アルムは言っていた。あの魔法は魔力馬鹿の俺専用魔法と師匠が言っていたと。

 全くもってその師匠とやらの言葉通り。

 あんなものをばんばん撃てる魔法使いがそこらに転がっているわけがない。

 魔法の歴史を否定するような例外。それがアルムという友人だ。


「そんなすごいなら見てみたいなー」

「これが終わったら見せてもらいなさいな」

「見せてくれるかなー」

「さあね」


 その友人も今はどこに行ったのやら。

 今は探してる余裕などない。

 ベラルタの住民と同じように避難しているのなら心配する必要もないだろう。


「こっち終わり!」

「次行くわよ!」


 二人は今いる道に面する住居の確認が終わり、別の道へ。

 今はそれよりも魔法の核だ。

 この路地に面する住居は全て生活の跡があった。

 まだ温かい飲み物、切っていた途中の野菜、干されていない洗濯物。

 いずれもベラルタを突如襲う危機でいつもの生活を邪魔された後だ。

 何気なく雑談をしているようだが、焦りは出てくる。

 情報を教えてくれた憲兵さんと別れてから三十分くらい経っただろうか。


「間に合う、かな?」

「間に合わせるのよ!」


 つい、ベネッタが弱音を吐く。

 そんな弱音を散らすようにエルミラは声を張り上げた。

 そんな二人の耳に一つの警笛の音が届く。


「これが警笛ー?」

「でしょうね……一体何が……!」


 警笛は一回ではない数回鳴らしている。

 鳴らしている者の焦りのせいか、規則性も無いめちゃくちゃな音がベラルタの街に響いた。


「何で何回もー?」

「……焦ってる?」 


 警笛のことは聞かされていたが、あまりにも様子がおかしい。

 違和感を感じた二人は揃って屋根に飛んだ。

 ここらの建物は大して高くない。三メートルほどだろうか。

 強化を使えばこの程度の高さは魔法を使える者にとっては造作も無かった。

 屋根に上がると西の城壁のほうに目をこらす。


「なっ……!」

「なによそれ!?」


 しかし、その瞬間二人は驚愕する。

 西の城壁を見てではない。西の城壁は健在だ。

 見るべきはその上だ。

 本来、あり得ないはずのものが飛んできている事に二人は気付いた。


()!?」


 そう、それは木だった。

 一本ではない。複数の木が城壁を飛び越えてベラルタへと向かってきている。


「駄目だ、届かない……!」


 幸い、その木々はこちらにまで飛んでこない。

 そしてエルミラの火属性魔法が届く距離でもない。

 二人はその木々がベラルタに落ちるのをそのまま見ているしかなかった。


「そんな……!」

「っ……!」


 飛来した木々は西の区画にある建物に突き刺さる。

 はるか上空から落ちてくる木々の重量に建物は耐えられない。

 空から降る巨大な木の槍は建物を砕いて轟音を量産し、庭や公園の自然を破壊していく。

 ほんの数時間前まで変わりない生活をしていた人々の営みを消すかのように。

 一体、何軒の建物が破壊されたのか。ここから正確に確認することはできない。

 飛来した木は建物を破壊するとばきばきと音を立てながら隣の建物に倒れていく。

 距離のせいなのか、木々が飛んできたのは西の区画までだった。


「あっちにはもう人いない……よね……?」

「ええ……」


 ベラルタの住民はすでに避難の為に東の区画に集まっている。

 人の被害が無いのが不幸中の幸いだ。

 だが、これが繰り返されれば話は変わる。

 空から振ってきたこの木々は恐らく山の巨人に生えていたものに違いない。

 山の巨人の姿となっても木々は巨人の表面に根付いたままだった。それを力任せに飛ばしてきたのだろう。

 ドラーナで見た山は森で全体が覆われていた。

 今ので山にあった木が全て無くなったなんて事があるはずがない。間違いなく次くる。

 もし、それが東の区画まで届くようになったのならば――!


「もう一時間とかの話じゃない……早くみつけないと……!」

「今のでみんなパニックになっちゃってるね……」


 建物が倒壊する轟音はエルミラとベネッタがいるところまで響いた。

 そして屋根から見える避難していた住民達がパニックになる声が聞こえてくる。

 今の音を聞いて冷静なままでいれる者はそういない。

 ベラルタに暮らしてこういった事態を覚悟している者達ばかりとはいえ、実際に被害に合うのとは話が別である。


「パニックは憲兵に任せるしかないわ、私達が行っても混乱させちゃうもの」

「うん……」

「それにしても……何で……?」

「何がー?」

「だって、ここには魔法の核があるのよ? あの木で自分の核を破壊しちゃったらどうするのよ……木は魔法じゃないから魔法の核にあたったら普通に影響出るわ」

「あ、そっか……」


 エルミラは考える。

 あの木々が降り注いだのは山の巨人によるもので間違いない。

 しかし、それなら行動が軽率すぎる。

 自立した魔法はどんな種類であれ核を軽視することはない。

 魔法の核は自立した魔法にとって心臓だ。核が破壊されればそのまま魔法が破壊される可能性だってある。

 それなのに今の攻撃はまるでそこに魔法の核が無いかのようなものだった。

 だが、山の巨人が向かう先は間違いなくベラルタだ。

 この先の直線上には国の主要施設がある町などほとんどない。向かわせてもメリットが無さすぎる。

 ダブラマが攻め込むために山の巨人を動かしたというのなら間違いなく魔法の核はここに置くはずだ。

 そのはずが、山の巨人は雑な攻撃を仕掛けてきている。

 一体何故――?


「あれ何ー?」


 エルミラが考えていると、何かを見つけたのかベネッタが目を細めて何処かを見ていた。

 エルミラは考え事を中断し、ベネッタの視線をほうに目を向ける。


「どれよ」

「ほらあれ」


 ベネッタが指差したのは路地の行き止まりだった。

 だが、ただの行き止まりにしては妙な構造になっている。

 その行き止まりに何か立て札のようなものがあり、路地裏の奥の中途半端に開いているスペースを取り囲むような壁があるのだ。


「なにかしら……」


 確認する為にエルミラとベネッタはそこに向かう。

 二人は立て札のある路地に降りる。薄暗く、日の光もほとんど入らない場所だ。

 周りには建物があるものの、この路地とは壁で仕切られており、付近に直接面している建物がない。

 エルミラはその立て札に何が書いてあるのかを確認した。


「立ち入り禁止……」

「これじゃあ入るも何も無いと思うんだけどー……」


 禁止とあるが、そもそも壁に扉のようなものがあるわけでもなく、入る場所がなかった。

 二人が屋根の上から見えたのは一メートルほどのスペースで物置くらいにしか利用できなさそうな大きさだった。

 だが、立ち入り禁止という事は物置ですらなさそうである。


「ねぇ、エルミラ?」

「……」


 ベネッタの声にエルミラは反応しない。

 何かに気付いたのか、目を見開き口をぱくぱくとさせている。


「そうか……そうだったんだ……!」

「え、エルミラ……?」

「わかってたのよあのでかいのには……! 魔法の核が無いってわかってたのよ!」


 エルミラが何を言っているのかベネッタにはわからない。

 だが、気付いた事はいい事だったようでその表情に曇りはない。

 エルミラは一人でぶつぶつと独り言をつぶやき、考え事に集中しているようだった。


「でも、どうやって……?」

「エルミラー?」

「いや、そんな事が……」

「エルミラちゃーん?」

「でも見つからないって事はその可能性が高い……確かに見つからない手段……」

「無視しないでよー」

「どうやって……どうやって……!」

「エルミラきらーい」

「あ……」


 エルミラは独り言を終えると、ベネッタのほうをゆっくりと向く。


「な、なにー? 嫌いは嘘だよー?」


 エルミラと目が合うと、ベネッタは慌てて手を前で振り、先程の発言を否定する。

 直後、自分の声に反応したわけでないと理解した。

 エルミラの表情は打って変わって悲しさが濃く表れていた。

 あのような軽口でエルミラがこんな苦しそうに表情を歪ませるはずがない。

 眉は下がり、その瞳は少し濡れている。わざわなと何かを言いかけそうな唇を無理に閉ざしているようだった。


「エルミラ」

「……ベネッタ」


 互いの名を呼び合う。ベネッタは優しく、エルミラの声は重い。


「何か思いついたの?」

「……ええ」


 言いたくないとその表情が語っていた。

 我慢するかのように、エルミラは自分のスカートを強く握る。


「じゃ、話して?」


 それでもベネッタはエルミラに話すように促す。

 彼女の言いにくいことはきっと自分という友人を気遣ってのものであると確信しているがゆえに。


「ベネッタ……」

「うん」


 ベネッタがエルミラの肩に手をやり、半ば無理矢理向き合わせる。

 そして言いにくそうに目を伏せるエルミラの言葉を待った。


「話して、エルミラ」


 もう一度、ベネッタは子供を諭すように促す。

 再度の声に覚悟を決めたかのように、エルミラは顔を上げた。

 残酷な解決策をベネッタに頼む為に。


「ベネッタ!」

「うん」

「ベラルタの為に、死んでほしい」

「うん! 任せて!」


 頼んだエルミラは悲痛な顔を、応えたベネッタは笑顔で。

 友人からの残酷な願いを、ベネッタは迷うことなく聞き入れた。

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