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5.学友との敵対

「早速しくじってしまった」


 アルムは心なしか肩を落として門のほうへと戻っていく。

 考えてみれば自分はまだ入学しているわけじゃない。

 入学を控えているだけの部外者なのだ。入学式の後に案内されるのが自然だろう。


「ああ、だから門の前にいたのか」


 アルムは門の前で会った貴族達が何故門の前で待っていたのかを考えるべきだったと反省する。

 あれはきっと彼らなりの学院への配慮だったに違いない。

 確かに新入生がうろちょろしては余計な目も必要になり学院側の手を煩わせてしまう。


 一足先に、と思った時点で自分は浮かれていたんだろう。

 内心のわくわくを隠しきれていなかった自分とは違って門の前にいた貴族達は自制ができているという事なのかもしれない。


「流石だ……」


 実際の所そんな事は関係ないのだが、妙なところで感心するアルム。


 門の近くまで戻ってくると貴族達は変わらずお話とやらを続けているようで、会話を聞かないように端に寄る。

 席を外してくれと言われたが、追い返されたのだからそれは出来ない。せめて聞かないようにしようというアルムなりの配慮であった。


「今年はミレル湖が特に活発なようで是非お伺いしたいですね」

「私も是非ご一緒させて下さい」

「あの辺りは最近魔物も激減したと聞く。領主であるトラペル家の力の賜物ですね」

「お褒め頂き光栄です」

「アルム」

「何?」


 貴族達が表面上は和やかに、社交辞令に溢れた会話をする中、戻ってきたアルムにミスティが真っ先に気付く。その声に話を中断してルクスや他の貴族たちもアルムのほうを振り向いた。

 その姿を見て一人がついこぼす。


「……何だありゃ」


 視線の先、そこには耳を両手で塞いでいるアルムの姿。

 待つにしても意味のわからない体勢。

 貴族達のアルムに対する評価は、実力を見る前に平民から変な平民へと変わっていった。


「あ、ミスティ殿!」


 ミスティもそんな不可解な事をしているアルムを不思議に思ったのかすぐに駆け寄る。

 ここは様々な魔法を使う者が集まる魔法学院。

 中で何かをされたのかも、という純粋な心配だった。


「アルム」


 ミスティは呼び掛けながら視界に入るように前に立つ。

 アルムもミスティに気付くと耳から手を離した。


「ミスティ。話は終わったのか?」

「ええ、大丈夫ですか?」


 大丈夫とは?と何を心配されているのか心当たりの無さそうなアルムにミスティはとりあえず胸を撫で下ろす。


「いえ、大丈夫なようでしたらお気になさらず。それで、何をなされてたんですの?」

「散策してたんだけど、まだこっちに入るなと言われてな。他のとこを見ようとも思ったんだが、入ってもいい場所がわからなくて戻ってきたんだ」

「あ、いえ、そうではなくて……何故お耳を塞いでらっしゃったの?」

「ああ、そりゃさっき席を外せって言われただろう? けど、中に入るとまた駄目だと言われるからそれは出来ない。だからとりあえず話だけでも聞かないようにしようかと」


 アルムの言葉にミスティは唖然とする。

 自分が追い払われた事に気付いていないのか、それとも気付いた上でか。

 どちらにせよアルムは体よく追い払われただけの言葉をしっかり守ろうとしていたのだ。


「ふふ、ふふふ!」

「な、何だ? 何かおかしな事を言ったか?」


 何というずれた真面目さ。

 アルムに失礼だと思いつつもミスティはつい笑ってしまう。

 悪意や敵意に鈍感な彼はまるで小動物のように可愛らしいと思ってしまったのだった。


「急に笑って申し訳ありません。それがあなたという方なのでしょうね」

「やっぱ俺変な事言ったのか?」

「そんな事はありません。決しておかしくなどありませんわ」

「うーん……」

「ふふ」


 じゃあ何故笑われたのだろうと真面目に考え始めるアルム。

 アルムを見てまた笑みがこぼしてしまうミスティ。

 そんな二人にまたしても切り込む影があった。


「やあ、アルム」

「ルクス。悪いな、戻ってきて」

「いいさ、君の考えはわかった。まずは人のいいミスティ殿に取り入ろうとしているのかな?」

「……取り入る?」


 今度は隠そうともしないルクスの敵意。

 流石のアルムもルクスが友好的ではない事に気付いたようで表情を変える。

 しかし、その言葉に対峙したのはアルムではなく傍にいたミスティだった。


「それは私への侮辱ともなりますが?」

「そう取られてしまうのは悲しいですね。私は貴女にすりよる方に警告をしているだけです」

「侮辱し続けるおつもりで?」

「彼は平民で我々は貴族です。立場の差というものがあります、私達を差し置き彼といるのは不自然かと」

「私達はこれから同じ学院で競い合う者です。そこに貴賤の差などありません」


 ミスティとルクス。二人の間の空気が張り詰める。

 そこには貴族同士の仲間意識など無く、人と人の溝ができようとしていた。


「なあ、ちょっと」


 当事者にも関わらず置いてけぼりになされていたアルムが割って入る。

 そして真剣な眼差しを二人に向けた。

 今まで安穏とした雰囲気だったアルムの強い視線。

 素朴な印象だった表情は険しく変わり、緊張をさらに強める。

 その緊張を知ってか知らずか、アルムはしばらく考えるように黙ってから、ゆっくりと口にした。


「二人は何でいがみあってるんだ?」

「「……」」


 まるで他人事のような発言に二人の力が抜ける。

 今この場にあった緊張はどこへやら。

 アルムがどんな人か少しわかりかけてきたミスティは呆れるように肩を落とした。


「アルム……鈍いですわ」

「すまん。けど、少なくともミスティが怒る必要はないだろう?」

「何故でしょう? 友人を侮辱されて腹を立てない者がいるでしょうか?」

「え?」


 その「え?」でミスティは悟る。

 アルムもようやく察して口を押さえるがもう遅い。

 それは互いの中にあった認識のずれが明確になった瞬間でもあった。


「……アルムって案外ひどいですのね」

「いや、違う。びっくりしただけ。びっくりしただけなんだ。俺は平民だからミスティにそう言ってもらえるとは思わなくてだな……えっと、その……」


 会って間もないというのにここに来る途中と今、二回も怒らせてしまった事にアルムは慌てふためく。

 アルムにとっては貴族に睨まれる事よりも女性を怒らせるほうが問題だ。

 教えを破った罪悪感と怒った女性からの反撃という二重苦があるという事を彼は知っている。


「わかった、そういう事ならミスティが怒ってくれたのは嬉しい。感謝する」

「わかってくださればいいのです」

「でも、やっぱりミスティが怒る必要は無いよ」


 それでも、この意見だけは変わらなかった。

 アルムはそう言ってルクスと正面から向き合う。


「ルクスは俺が気に入らないって言ってるんだからこれは俺とルクスの問題だ。そうだろ、ルクス」

「……案外話がわかるね」

「お前に何かした覚えはないが、それくらいは俺にもわかる。喧嘩なんて珍しくもない。それに喧嘩ってのは終わったら仲良くなるもんだろう」

「随分おめでたい頭をしているな」


 そこでようやく互いは互いを敵だと認識する。


「俺はルクスに何かした覚えがないが……何が気に入らないんだ?」

「聞けば君は実技は底辺、筆記も突出した成績ではなく、魔力だけで入ったと聞く」

「それがどうしたんだ?」

「魔力という才能だけで入った君がその幸運に乗じて貴族に擦寄ろうとするのが気に入らないんだ。

同じ学院に入っただけで同じ場所に立っていると勘違いしたか? 僕達魔法使いの一族とたまたま魔力の高かった君では格が違う。僕達には君と関わるメリットなんかありはしない。腕が無いなら隅で一人で縮こまるかすぐにでも出ていってほしいものだ」

「なるほど」


 アルムはようやく何故自分が疎まれているかを理解した。


 ベラルタ魔法学院に入ってくる平民の噂は事前に貴族達の耳にある程度届いていた。

 少しの間騒がれていたが、それはすぐに収まることになる。

 実技も筆記もトップクラスで合格した平民となれば騒がれたままカレッラに偵察をするような暇な貴族も出てきただろうが、その噂は魔力の高さだけで合格し、あまつさえ実技は底辺という哀れなもの。

 貴族の目、いや、ルクスの目からすればそんな魔力だけの幸運なやつが高名なカエシウス家の次女であるミスティに擦寄っているという構図に見えたのだ。


 アルムは少し考えると、解決法を見つけたと言わんばかりにポンと手を叩いた。


「じゃあ、お前に勝てば俺は同格なのか?」

「!!」


 アルムの言葉を聞いた他の貴族達もざわつき始める。

 魔法使いの一族は幼い頃からある程度、魔法の教育を受けている。

 すでに魔法をある程度使える上に、教えているのは魔法使いとして成功している自らの親や指導役だ。

 ここに集まる貴族達はすでにそれなりの実力がある。


 その中でもルクスはトップレベルだ。

 ルクスのオルリック家はカエシウス家とも関係を持っている名家の一つであり、魔法使いの才能は約束されている。

 魔法使いとして受けた教育はこれ以上ないとルクス自身も自負していた。


「本気かな?」

「ルクスが言ってるのはそういう事だろ? 同じ立場になりたいなら腕を証明しろってことじゃないのか?」

「……いいだろう」


 アルムからすれば単純な結論。

 魔力だけと思われているのなら魔力だけではない事を証明すればいいのだという何の悪意も無い回答だったのだが、そんな意図での発言だと汲み取れる人間はいるはずもなかった。


「とはいえ、君も僕もこの魔法学院の生徒となる身だ。ここで始めては体裁も悪い、実技棟を利用させてもらおう」

「……そうか、魔法でやるんだもんな」

「……? 当たり前だろう、ついてきてくれ」


 何かに気付いたように呟くアルムをルクスは理解できない。

 歩き出すルクスに着いていきながら、こんなにも早く他の魔法が見れるとアルムは思わぬ幸運に感謝する。

 本人は僥倖だと思っているようだが、自分の発言が決め手となった事にアルムは気付いていない。


「ルクスさんと平民が決闘?」「勝負になるのか?」「無理だろ、オルリック家といえば名門だぞ、ルクスは確か長男だし」「だが、オルリック家の魔法が見られるかもしれない」「見に行って損はないようですね」


 他の貴族達も予想外のイベントの観客になるべくついていく。

 そんな中、一人だけアルムを心配するミスティが隣に並んだ。


「アルム、大丈夫ですの?」

「ああ、ありがたい」

「え? あ……」


 ミスティがアルムの表情をのぞき込むと、アルムは小さく笑っていた。

 その笑顔は戦いに臨む前の武者震いだとかの類ではない。

 それはこれから虫取りをしにいく少年のように純粋で、敵意を向けられた人間の笑みではなかった。

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