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54.侵攻二日目3

「アルムくん、どこ行ったんだろうね」

「うん……」


 ベネッタの問いかけにエルミラは静かに答える。

 二人がいるのはベラルタ魔法学院にある本棟の医務室だ。

 白を基調とした清潔感溢れる部屋だ。ここならばベッドがいくつも並んでいる。魔法儀式(リチュア)が推奨されているここベラルタ魔法学院ではいつ怪我人が出てもおかしくない。

 そのせいかベッドだけでなく、鍵のかかった薬品棚やいつもならここにいるであろう治癒魔導士の机まで、医務室の設備は新しく、充実しているように見えた。

 二人は大浴場で汗を流した後、仮眠の為にここを訪れた。

 アルムとは学院長の部屋で別れている。


"要は俺の好きにしていいという事でしょうか?"


 と、オウグスに確認をとり、オウグスが頷くとアルムはそのままどこかへ行ってしまった。

 何も語らないアルムにエルミラは声をかけることはできず、追いかけることもできなかった。


「エルミラ、眠れる?」

「寝るよ」

「ボクは寝れるかどうかを聞いてるんだけどなー」


 ベネッタは眠そうに目をこする。

 風呂に入ったから先程よりは目が冴えているようだが、それでも眠気がとれるわけではない。

 少しすれば抗いがたい眠気に襲われるのは間違いない。

 それでもベッドに腰掛け、眠る様子の無いエルミラにベネッタは話しかけ続ける。


「大丈夫だよー、アルムくんなら心配ないって」

「心配してない」

「してるー」

「してないって言ってんでしょ」

「いふぁい」


 エルミラは寝転がるベネッタの頬をつねった。

 ベネッタはそれでも少し嬉しそうだった。


「ふあん?」

「……別に」

「ぼくはふあんー」


 つねられながらもベネッタは続ける。

 エルミラは喋りにくそうにしながらも続けるベネッタを見て頬から指を離した。


「こんな事になると思ってなかったしー……貴族の責務って言われても実感ないや」

「どっちかっていうと没落してる私が言う台詞でしょそれ、他の人にそんなこと言わないほうがいいわよ?」

「言わないよー……でもさ、本当にそうなんだもんー」

「意外に貴族って自覚がないのね」

「うん……お父様に反発してるからかな……そういう責任感みたいなのはどっかに置いてきちゃったみたい」


 ベットに座るエルミラと同じベッドに寝転がるベネッタ。

 ベネッタが一つ、無責任だという自分を明かしてくれたからか、今までてきとうな返事をしていたエルミラはベネッタを見て話し始めた。


「私ね、友達いなかったの」

「……」

「ちょっと……何か言いなさいよ」


 自分なりに勇気を出して言ったにもかかわらず、無言でエルミラを見つめるベネッタ。

 その無言でエルミラは少し気恥しくなる。

 しかしベネッタは驚いて固まっただけのようで、エルミラが額をぺしっと叩くと我に返ったようで口を開いた。


「……ごめん、聞いてるよ」

「こちとら結構勇気出したんだからね」

「ごめんってー……それで?」

「うん……子供の頃から家は貧乏だし、当主が勝手に散財して没落していった家だから周りからの評価も悪くてね。ロードピス家はパーティにも呼ばれないし、パーティを開くことも出来なかった。まぁ、開いても誰も来なかったでしょうけど」


 不安を紛らわすかのように、ベネッタの髪を撫でながらエルミラは続ける。


「近くに村があってね、外に出て乗馬の練習だったり、魔法の練習をしている時に同年代くらいの子供たちが見にきたりするの。

でも私がそっちを見るとみんな逃げていっちゃってね……子供って知らないだけで頭いいのよね。こっちが中途半端に貴族だから関わっちゃいけないってわかってるの」

「どうして?」

「だって他の貴族の子と仲良く関わってるなんて、そこの領主が知ったら面白くないでしょ?

それに私の家は元々そこの領主だったから、こっちはこっちで平民を扇動して領地を乗っ取ろうとしてるのかと疑いかけられて住みにくくなるし」


 それはベネッタにとっては無縁の事情だった。

 ニードロス家もカエシウスの土地で暮らす貴族だが、それは住む地の運営を任されているからこそ。

 他の貴族の領地で生活していたエルミラの苦労には程遠い。

 だからこそ、他人事のような感想しかベネッタは口にできなかった。


「大変だね……」

「そういうのを私もわかってたから我慢してたのよ。その代わり、その子たちの目にかっこ悪く映りたくなくて外での練習だけは頑張ったわ……でも、それで友達が出来るわけじゃなくてね。勉強は全部、外から教師雇ってたしね」


 ベネッタは懐かしむようにカーテンのほうを見る。

 白いカーテンは薄暗い医務室の中に、外の光を和らげながら部屋の中に入れていた。


「だから、ここで出来たアルム達が初めての友達だったの。まだ一月くらいの付き合いだけどさ……友達って、いるとこんなに楽しいんだって思った。

それと、友達は身分なんか関係ないってのも知った」

「アルムくん?」

「うん、世間知らずで誤魔化したりするのが下手くそで、何故か妙なとこが頑固なあの平民……一緒の寮にいたのもあって顔を合わせる回数も多かったしね……だからつい一緒になってベラルタを守ってくれるもんだと勘違いしてたのよね。

……でも、そうよね。逃げるのが普通よね。責めたいとかじゃないのよ? あいつは平民なんだからむしろそっちが正解! 私達と一緒にあの巨人を止めようとするってのがもう間違いなのよね!」


 エルミラは未練を振り払うかのようにだんだん声量を上げたかと思うと、今度はため息をついた。

 そんな様子もベネッタは静かに見続けていた。


「期待……してたんでしょうね。初めて見た時も私はアルムに期待してた」

「初めて会った時ってルクスくんと入学式前に決闘したってやつ?」

「そう、凄かったの……平民なのに貴族と戦ってるだけで凄いのにね。ルクスの魔法をぶっ壊した時はルクスには悪いけどスカッとした」

「ふふ」

「ルクスには内緒よ?」

「……わかった」


 ベネッタは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、少し間を空けて答える。

 これは隠す気ないなとエルミラは確信をした。


「だから、だからね……今回も何かしてくれるんじゃないかなってちょっと思ったの」


 その縋るようなか細い独白と瞳にエルミラが何を思っているか、ベネッタには少しわかる気がした。


「エルミラは羨ましいのかもね」

「羨ましい……?」

「うん、ボクはその時の事知らないけどさ。家の事情とか、身分のしがらみとか、そういうの関係ないみたいに壊していったアルムくんが、エルミラは羨ましかったんじゃない?」


 ベネッタにはエルミラの眼に羨望が映っているように見えた。

 平民でありながら魔法が使うことができ、そして貴族であるルクスを打倒したアルム。

 身分による絶対を覆したその姿をエルミラは羨ましがっていたのではないかとベネッタは思ったのだ。

 言われて、エルミラもそれを否定しようとはしなかった。


「そうかな……そうかも」

「ボクからするとアルムくんは普段、貴族とか平民とか結構気にしてるイメージだけどー」

「そういうとこ妙に頑固なのよね、あいつ……」

「こだわるよねー」


 思い出して二人で笑う。

 やがてその笑い声が無くなると、エルミラが零す。


「私ね、ベラルタ無くなるの嫌だ。皆と会った場所だもの」

「うん」

「貴族失格ね……そこに住む民の為じゃなくって自分の為に戦うのよ私」

「そんなことないよ」


 ベネッタは相槌を打ちながらずりずりと体を寄せ、エルミラの腰に抱き着いた。


「何よ」

「なんでもないー」

「そういやあんた会った時も抱き着いてきたわね」

「ふふふ、嬉しい時も悲しい時もできる万能の表現なのだー」

「どんなキャラよ……」


 腰に巻かれるベネッタの腕をほどき、エルミラもベッドに横になる。

 ベッドは一人用として十分な大きさだが、二人で寝るには少し狭い。

 それでもどちらかが隣のベッドに移るという選択肢は二人には無かった。


「何か気付いたら弱音ばっか吐いてるわね。らしくないらしくない。

今から魔法がここに攻め込んでくるなんて不安な状況だからかもしれないわね、みんなもいないから心細いのかも」

「……ごめんねー、私しかいなくて」

「そういう意味じゃないわよ」

「ふぁい」


 エルミラはもう一度ベネッタの頬をつねる。

 ベネッタは聞きながらも瞼は半分閉じていた。

 普段もちょっと間の抜けたベネッタだが、この状態だとさらに抜けているようでエルミラはつい笑ってしまう。


「なにー?」

「なんでもない。寝ましょ、多分一時間寝られるかどうかってとこだけど」

「うんー」


 二人で同じベッドに入り、起きた後の核の捜索に備える。

 エルミラも目を閉じると一晩中、馬に揺られていた疲れとベッドの心地よさからかすぐに眠気が襲ってきた。


「エルミラー」

「んー?」


 そんなエルミラよりも眠いであろうベネッタが名前を呼ぶ。


「がんばろうね」

「……うん」


 その言葉を最後に体を眠気に任せるエルミラ。

 ベネッタはもぞもぞと動く。


「お尻痛い」

「早く寝なさい」

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