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53.侵攻二日目2

 アルム達は学院長とヴァンにドラーナで起きた出来事を話す。

 魔獣が町に降りてくる原因が山にあるんじゃないかと調べた事。

 スクリル・ウートルザの自立した魔法がある可能性をミスティ達が調べに行った事。

 アルム達にとっては詳細のわからない断片的な情報だが、ルホル・プラホンが使用人と偽って魔法使いを傍に置いている事。

 そして四百メートルを超える巨人がベラルタに向かっている事。

 だが、ほとんどの情報がこの場にいる者には今や関係ない。

 急務となるのは最後の情報だけだった。


「おいおい……」

「スクリル・ウートルザの血統魔法……」


 主にエルミラがした報告にヴァンは信じられない様子で、オウグスの表情からも余裕が消えていた。


「その巨人がベラルタに来ているのは何故だわかるかい?」

「それに関してはベネッタが」


 エルミラに急に振られてベネッタは一瞬ぎょっとする表情を浮かべる。

 顎で促され、ベネッタは来る途中でアルムとエルミラにしもした予想をオウグスとヴァンにも話す。

 今動いている巨人には自立した魔法にあるべき核が無く、その核がベラルタにあってそれに向かっているのではないかということを。


「なるほど……ありうる、というよりも間違いないだろうね」

「俺は初めて聞きました」

「ヴァン……君はもう少し自分の得意分野以外にも興味を持ちたまえ」

「学院長には心当たりがあるんですか?」


 アルムが聞くと、オウグスは頷く。


「少ないが自立した魔法に関して実験した中にそういった記録があるのを覚えてるよ。

核を移動させる間に自立した魔法が大人しくしていない上、移動させる事ができても暴走するのがほとんどで、やはり破壊するのが望ましいという結論になって近年ではほとんど行われていない」

「ベネッタの話がありうるなら、この前アルムを襲ったダブラマの刺客が運んできたあの縦長の荷物が核なんじゃないかと」

「だろうね、じゃないとダブラマがここまで手際よく動ける理由がない」

「手際よく……?」


 オウグスの言った意味はアルム達にはわからない。

 そりゃそうかとオウグスは先日届いた王都からの報告をアルム達に伝えた。


「君達が出た後、ダブラマが動いたという報告が入った。マナリルに侵攻する気が見られるってことだね。

さっきまで何故今になって動いたのか全くわからなかったが……君達の巨人がベラルタに向かっているという話があれば理解できる」

「マナリルが巨人で混乱するのに乗じてってこと?」

「まず間違いなくそうだろうね。君達の話によればその巨人とやらは四百メートルを超えてるんだろう?

まさに山だ、そんな巨大な魔法は聞いたことがない。そんな怪物を何とかしようと思えば王都にいるかなりの数の魔法使いを動かさなければいけなくなる……そんな状態でダブラマが攻め込んできたらマナリルは落ちるよ」


 魔法使いとしての経験ゆえか、オウグスは断言する 

 その表情には余裕がない。

 エルミラは平静なままだが、ベネッタは少し怯えているようだ。


「だからこそ、何もしないわけにはいかないね」

「ええ、まずは住民の避難をさせます」

「うん、憲兵に連絡して平民の避難をさせてくれ。指示に従わないものは無理矢理にでもだ。

避難先は……そうだな、東だ。巨人がドラーナから来るのなら出来るだけ遠ざかったほうがいい。オルリック家に伝令も送ろう」

「わかりました」

「僕とヴァン以外の教師達は平民の護衛についてもらう。確認できてないダブラマの刺客の最後の一人がベラルタの優秀な平民たちを狙っている可能性もなくはない。

核の捜索は僕とヴァン、それと憲兵も何人かこちらに回せ。家屋の捜索もするように伝えて。

以上。まだ朝方だが、ベラルタに住む者全員をたたき起こせ」

「ちょ、ちょっと待って?」


 オウグスがヴァンに指示を出し終わると、指示の中に足りないものがあることに気付いてエルミラが口を挟んだ。


「なんだい?」

「あの巨人は? 放置ってこと?」


 そう、巨人に対してどのような対応をとるのかが一切触れられていないのだ。

 オウグスはエルミラの指摘にゆっくりと頷く。


「現状ではそうするしかない。今この街にいる魔法使いで一番強いのは僕とヴァンだろうが……残念な事に僕とヴァンは対魔法に置いては大したことないといっていい。

ベラルタ魔法学院で教師が出来るのは対魔法使いに特化した者達だけでね、学院に情報を探りに来た魔法使いのスパイや特定の貴族を狙った敵襲……そういった連中を殺したり、生け捕りにするのが専門なのさ。魔法使いのやれる事にも向き不向きがある」

「そう、なんだ……」


 エルミラは少しがっかりしたような様子に変わる。

 各地から優秀な貴族を集めたベラルタ魔法学院にいる魔法使いだ、あんな規格外でももしかしたら何とか出来るんじゃないかと少し期待をしていたのだ。

 そんな様子に気付きながらオウグスは続ける。


「厳密には放置という訳じゃない。その巨人とやらが自立した魔法の中でもどういうタイプかわからないが、少なくとも核を破壊さえすれば再生できなくなる。運が良ければそのまま破壊できる可能性もあるからね、どちらにせよ核をどうにかしない事には始まらないのさ」

「じゃあ私達も手伝うよ!」

「それは勿論お願いしようと思っていた。人手はあったほうがいいが、万が一にも平民を巻き込むわけにはいかないからね。核の捜索なら君達にも危険があるとは思えないが、ダブラマの刺客が近くにいる可能性も高い……とりあえず君達は仮眠をとったほうがいいだろう」

「な、何そんな悠長なこと言ってんの!?」

「言っただろう、ダブラマの刺客が近くにいる可能性が高いと……ドラーナからベラルタは遠くはないが、一日で来られるほど近くもない。夜通し馬に乗って疲れてるはずだ、そんな状態で接敵すれば無駄死にだよ。

捜索に協力してもらう憲兵は、平民でありながらこの国を守ろうと志願した勇士ではあるが、魔法使いじゃない。勝てる可能性のあるのは僕とヴァン、そして君達だけなんだ。わざわざ疲労困憊の状態で負けに行ってどうするんだい?」

「うぐぐ……」


 オウグスの正論にエルミラは何も言えなくなる。

 そしてオウグスはエルミラの隣に立つベネッタにも目をやった。


「それに隣の子はもう限界そうだしね」

「あ、ベネッタ……」

「だいじょうぶ……」


 ベネッタは口では大丈夫といいつつも疲労で瞼が落ちかけている。

 アルム達はベラルタに急ぐために馬を一晩中走らせた。

 走る馬の上で眠ることなど慣れているものでも出来るものじゃない。

 山の巨人の恐怖もあって、すでにベネッタの体力は限界だった。


「これは君達を子供扱いしてるわけじゃなく一人の貴族として考えているからだ。今他の生徒は実技で各地に散らばっていて協力を要請できるのが君達しかいない。だから嫌だと言っても一度仮眠してもらう」

「……わかった、確かに無理して返り討ちにあったら意味ないもんね」

「そう、それが最善だ。体を休めたら貴族の義務を果たしてもらう。国を支えるのが平民。国を守るのが貴族だ」

「任せて」


 エルミラは力強く答えてベネッタを自分の体に寄りかからせる。

 そして時間が惜しいと、ベネッタを半ば引き摺るように部屋を出ようとする。

 ヴァンも憲兵たちに指示を出す為にそれに続いた。


「アルム、君はどっちがいい?」


 だが、一人動けない者がいた。

 エルミラとヴァンもオウグスの声に振り返る。

 動けないアルムとそれを見るオウグス。

 オウグスはアルムに選択を委ねた。


「どういう事……?」


 エルミラはオウグスの言葉の意味が理解できない。

 どっちがいい、とは?

 そしてアルムも何故動こうとしないのかが。


「当然だろう? 君達忘れたのかい?

この子は貴族じゃない、平民だ。憲兵と違って国に忠誠を誓ってるわけでも、僕達のように国を守る責務があるわけでもない。ただ、魔法が使えるだけの平民なんだ」

「でも――!」

「それとも、貴族がただの平民に協力を申し出るのかい? 自分達だけではどうしようもないと、この国に暮らす平民に死ぬかもしれない協力を申し出るのか? それがマナリルの貴族なのかな? んふふふ! 随分御立派なもんだ」


 貴族と平民。そこには圧倒的な差がある。

 住居に衣服、食事に金。生活における全てにおいて貴族は優遇されている。

 没落している貴族の娘であるエルミラでさえ、平民の生活に比べたらはるかに裕福だ。住居は大きく、食べるだけなら困ることはない。

 だが、それは貴族の役割を全うするのと引き換えだ。

 貴族は、魔法使いは国を守る際に必ず動く。自分達だけではない、王を守るだけでもない。

 貧しくとも確かにある平民達の変わらない生活を守るために貴族はいる。

 国を守る力があるからこそ、魔法使いとして平民達の上に立てるのだ。


「忘れるな、彼は本来僕らが守るべき平民なんだ。学院の活動は本人が望んで入学したのだからどれだけ危険だろうとやらせはする……だが、今は違う。もう学院での活動ではない。他国の脅威からベラルタを守るという貴族の仕事なんだ」


 そう、アルムは平民。

 魔法が使えても平民なのだ。

 エルミラやベネッタとは違って守られる権利はあれど、国を守る責務などない。

 本来ならばドラーナにいる時にドラーナの民と一緒に避難してもよかった存在だ。


「とはいえ、魔法が使えるのは間違いない。だから君に関しては任せるとする。君はどうしたい?」

「俺は……」


 アルムは言葉が出ない。

 危険を伝えなければとここまで馬に揺られて走ってきた。

 来る最中に核の捜索を手伝うという話もした。

 だが、いざ選べと言われると言葉が出なかった。


「僕としてはベラルタに住む平民達と一緒に逃げても構わない。魔法が使える君が一緒に逃げれば、ダブラマの刺客が万が一平民を襲っても守ってくれるだろうと安心できる」

「……」

「当然、魔法の核の捜索に加わってくれてもありがたい。魔法を使える者が一人増えればそれだけ危険は下がるからね」

「……」

「さあ、君はどちらを選ぶ?」

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