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49.侵攻5

"……生体人形(フレッシュゴーレム)?"


 それが魔法陣から現れたものを見たミスティの印象だった。

 目の前に現れたその存在は人間そのものだったからだ。

 生物の死体を利用する生体人形(フレッシュゴーレム)ならば今現れた存在もあり得るのではないかと。

 今でこそ生体人形(フレッシュゴーレム)の作成に人間の遺体を利用することは禁じられているが、そのルールが出来たのはここ百年のことだ。

 プラホン家が血統魔法を作り上げた時にはそんなルールは無かったに違いない。


「……違いますね」


 だが、判断の天秤は印象を否定するほうに傾いた。

 生体人形(フレッシュゴーレム)なのだとしたら、目の前の存在は余りにも綺麗すぎる。

 それでも信じられないという気持ちが無くなることはない。

 生体人形(フレッシュゴーレム)でなかったとして、あれがただの人造人形(ゴーレム)ならばその姿はあまりにも出来すぎていた。

 ミスティの混乱ともいえる動揺は、戦いの場でなければ平静さを保つことはできなかっただろう。


『ボロボロでございますね、プラホン様』

「ルホルだと何度言えばわかるね」

『申し訳ございません』


 その声が人間のものとは少し違うおかげで、何とかその存在が人造人形(ゴーレム)なのだと思うことができる。

 何せ、魔法陣から出てきたのは使用人の女性そのものだったからだ。

 ルホルの傍で主人の様子を窺うその姿を初見で人造人形(ゴーレム)だと断言できるものなど恐らくいない。

 葉の隙間から注がれる日の光を浴びる艶やかな金の髪(ブロンド)。傷だらけの主人を気遣う茶色の瞳。

 遠目から見るその肌は美女の柔肌そのものだ。

 マナリルの女性使用人、いわゆるメイドが着る服をその身に纏っているが、ドレスを着せてパーティでも出席させればたちまち人々の目を奪うだろう。


人造人形(ゴーレム)……なのですか……?」


 確認するようにミスティは問いかける。

 ルホルの傍らに立つ女性はその声に気付いてミスティのほうに体を向けた。


『左様でございますお客様』

「客人じゃない、僕の敵だよ」

『そうであっても最低限の礼儀を持って接するのが務めでございます、プラホン様』

「ルホルだ」

『申し訳ございません』


 それはまるで人間同士の会話。

 人造人形(ゴーレム)は人型に模してはいるものの自我はない。だが、自身を人造人形(ゴーレム)だという女性は普通の人間のようだ。

 確かに魔法は自我のあるものが生まれてもおかしくはないとされる。

 自立した魔法にはただの現象としてそこに在り続けるものもあれば。自我があるものも複数確認されているからだ。

 今ベラルタに向かおうとしている山の巨人も、言語能力が無いだけでもしかしたら自我があるかもしれない。

 だが、血統魔法の段階でこうも人間に近い魔法をミスティは知らない。

 もしかすれば、この血統魔法を作ったプラホン家の最初の当主は人間を作ろうとしていたのだろうか?


『自己紹介が遅れました。私はプラホン家が血統魔法。人造人形(ゴーレム)の"シンシア"でございます』


 シンシアと名乗った人造人形(ゴーレム)はスカートの端を指でつまみ上げ、ミスティに礼をする。

 ルホルの唱えた魔法名と違うところを見ると、それがこの人造人形(ゴーレム)の個体名か。


「ミスティ・トランス・カエシウスと申します」


 貴族としては名乗られて名乗り返さないわけにはいかない。

 自身の名を名乗り、名乗られることなど当たり前のことではあるが、人造人形(ゴーレム)に名乗るのも名乗られるのも初めての経験だ。

 シンシアの丁寧な自己紹介に相応の礼持ってミスティは名乗り返した。


『カエシウス……カエシウス家の方ですか』


 ミスティの名を聞いてシンシアは微笑む。


『そのような名家を相手する時が来ようとは……このシンシア、思ってもいませんでした』

「不服かい? シンシア」


 ルホルの問いにシンシアは首を振る。


『プラホン家が国の頂点に位置する貴族に牙を剥く……こんな思い切った出来事は生まれて初めてでございます』

「僕は国を裏切った……それでも戦ってくれるかい? シンシア」


 ミスティは気付く。

 ルホルは何故か複雑な表情を浮かべるように見える。

 巨人が目覚めたことに喜び、足止めをすると立ちはだかった国賊がどうしたというのだろうか。

 今までの言動から、まさか今更誰かに諫止めてもらいたいなどと考えるわけはない。

 ならばあの表情の意味は?


『勿論でございます、プラホン様。この身はプラホン家と供に。例え相手が王であろうと私はプラホン家に付きましょう』

「ルホルだと言ってる」

『申し訳ございません』


 何度目かの訂正する気のない謝罪。

 シンシアは主人への謝罪よりも目の前の貴族を敵だと認識するのを優先した。


「頼んだぞ、シンシア。僕はこの通り傷だらけだ」

『かしこまりました』


 今までこちらに何の感情も向けていなかった人造人形(ゴーレム)は明確な敵意をミスティに向ける。

 シンシアの宝石のような茶色い瞳がミスティを見据える。

 対峙するミスティは後手に回る。

 相手は血統魔法。

 女性の姿といえど何をしてくるかはわからない。だからこそまずは見極める。

 幸いミスティの強化は効果を維持したままだ、シンシアの動きを見てからでもある程度は対応できると踏んでいた。

 だが――。


『強化』(ブースト)

「!!」


 予想外の動き。

 動いたのはシンシアではなくルホル。

 シンシアを見ていたミスティは反応が遅れる。シンシアはまだその場から一歩も動いていない。

 油断した。

 使い手であるルホルはいなくなったわけでもないというのに、無意識に選択肢から除外していたのだ。


「なっ……!」


 そして虚を突かれる出来事がもう一つ。

 補助魔法は放出によって現実に何かを現す魔法ではない。魔法として形を成す代わりに使い手に恩恵のある部分が魔力で淡く輝き、その部分に補助魔法に応じた効果が表れる。

 だが。

 ルホルが無属性の強化を使ったその時、淡く輝いたのはルホルではなくシンシアだった。


「そ、そんな馬鹿な!」


 シンシアはミスティの驚愕と共に地面を蹴る。

 目の前で起こった出来事にミスティの反応は遅れた。

 強化のかかったシンシアはミスティの前まで距離を詰める。

 そしてスカートを勢いよくひらめかせて回し蹴りを放った。

 回し蹴りの狙いは顔だ。

 その回し蹴りを防御すべく、ミスティは水晶の鎧を纏った腕を上げる。


「うっ……!」


 だが、腕にかかる衝撃は人間の力によるものではない。

 その細い足からは想像もつかない威力がミスティの鎧にかかる。

 同時に、腕を守っていた水晶の鎧はまるでクッキーのように砕け散った。

 腕にまでその蹴りの威力が届かなかったのは不幸中の幸いか。

 この鎧はミスティの得意とする中位の水属性魔法。

 ただの無属性の強化で人間がこの水晶を破壊できる身体能力を持てるはずがない。

 ミスティはようやくこの女性が人造人形(ゴーレム)なのだと確信する。

 しかも、その現実への影響力は先程の土人形や騎士とは比べ物にならない。

 シンシアの蹴りでミスティの体は横に飛び、そのまま地面を滑った。


『ご覚悟を』


 言われなくても。

 ミスティは地面に叩きつけられた体を即座に起こす。

 目の前の女性は決して使用人などではない。

 間違いなく、ミスティに敵対する脅威(まほう)だった。

戦闘とか血統魔法の事を書いてる時が楽しいです。

明日はちょっと更新できなさそうなので、次の更新は明後日になります。

待っていただいてる方、すいません。

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