48.侵攻4
「動いた! やばいー!」
山のような巨人が足を上げたのをベネッタは馬上から確認する。
巨人の足によって新しく出来た影が動く。
「踏まれるー!」
「こればっかりは運よ! 諦めなさい!」
「運!? かわしてよエルミラー!」
割り切ったエルミラの発言に恐怖したのか、ベネッタは一層腰にしがみつきながらエルミラに懇願した。
そんな懇願をエルミラはあっさりと切り捨てる。
「あんなでかいのが上から落ちて来たら無理に決まってるでしょうが! こればっかりは私達の近くに足が来ないことを祈るしかないわ! 日頃の行いがよければ大丈夫よ、信じなさい!」
「日頃の行い……ごめんなさいー! 四日前、エルミラのサンドイッチ一個食べちゃってごめんなさいー!」
「あれあんただったの!? 食べちゃったのかと思ったじゃない! これが終わったら覚えてなさいよね!」
ベネッタの必死な懺悔は神様はともかくエルミラには許してもらえなかったようだ。
前方を走っている馬の上のアルムは振り返ってゆっくりと動く巨人の足をじっと見る。
「岩……いや、もう建物だなありゃ」
「呑気ですねアルムさん!」
後方の二人が異常な事態に直面しているせいか、いつもよりも騒いでいる中、アルムは平静だ。
前にいるドレンもそれを感じ取っていて、足が落ちてくるかもという恐怖を紛らわす為に声をかける。
「うーん……ここまで現実味ない魔法だと開き直れるというか……」
「あなた方魔法使いはそうかもしれませんがねぇ! わたしはこんな事初めてでめちゃくちゃびびってるんですよ!」
「そこのと一緒にしないで! 私達だってびびってるわ!」
「そうだー!」
わかりやすい抗議の声が後方から届く。
アルムが二人に目をやるとエルミラはともかく、ベネッタは本当に怯えているようでエルミラの腰に不必要なほどがっしりとしがみついていた。
馬に乗るのに慣れていないからというのもあるだろうが、ベネッタの意識はちらちらと後ろに見える足に向いていた。
そんな二人を少し安心させる為、アルムは語りだす。
「大丈夫だ、とりあえず一歩目は俺達には落ちてこない」
「何でわかるのよ!」
「距離」
「来ますよぉ!」
ドレンの掛け声で四人は揺れに備える。
あの大きさの物体が落ちてくるとなれば衝撃はすさまじいはずだ。
そして巨人は一歩目を踏み出した。
「うおっっと!」
「きゃあ!」
「っ!」
足が地に着いたとともに広がる地響き。
予想していたよりも小さかったが、馬を動揺させるには十分な揺れで少し手綱でのコントロールが効かなくなる。
幸いそれでも二頭の馬は乗っている人間を振り落とそうとはしない。
本来馬車を引くのが仕事だというのに乗用馬としても優秀なところを見せる。
「ほんとだ……」
巨人の大きさに怯えていたが、その歩幅は思ったよりも大きくない。
巨人が持ち上げた足はアルム達の後方にその一歩を下ろした。
「やはり、巨大なだけで人間の動きとあまり変わらない」
「なんでわかったの?」
「ルクスの魔法も同じだったからだ」
そう、サイズは違えどアルムはすでに巨人……ルクスの【
その動きは魔法であっても人間と変わりはなかったことを覚えている。
巨大ゆえに手足を武器にはしていたが、その動きに普通の人間と大きな違いは見られなかった。
「人型は便利な形だ。巨大でも手足の器用さはメリットのまま残るし、巨大であればその手足はそのまま武器になる。
だからこそ、動き自体は人間と変わらない。急に四つん這いになって動いたり、足を限界まで伸ばすなんて非効率的なことはしないんだろう」
「ふぅ……ふぅ……な、なるほどー……」
揺れの恐怖で息が乱れながらもベネッタは納得する。
それでも恐怖が拭えるわけではないが。
「じゃあどんくらいであれがベラルタに着くかわかる!?」
「それは全くわからん!」
アルムは何故か自信満々に言い切る。
聞いたエルミラは自分の肩から力が抜けるのを感じた。
「そうね、考えてみれば聞いた私が馬鹿だったわ……」
「だけどベラルタまでは何とか先にいけそうですね!」
「……ああ」
問題は着いてどうするか。
この空を見上げるほど大きい巨人の存在を知らせて住民を避難させるのは最優先。
だが、その後は?
「エルミラ、この巨人が何でベラルタに向かってるかわかるか?」
「わかんない!」
エルミラもやけくそ気味に即答する。
アルム達はまだこの山の巨人が何故ベラルタの方向に向かおうとしているのかがわかっていない。
ルホルとあの使用人ではないであろう老人が何かしたのは想像がつくが、何をしたのかが知識が無いアルムにはわからなかった。
「これだけ影響力のある魔法にただの魔法使いが何か介入できるものなのだろうか……自立した魔法についてももっと教えてもらえばよかったな……」
自立した魔法を破壊するのが魔法使いの仕事だと教わってはいたが、自立した魔法についてはほとんど知らない。
知っているのは使い手のいなくなった血統魔法が核を持って顕現し続けることとと、その核の周囲しか動けないことだけ。
……動けないはずでは?
アルムは自分の師匠に教わったことに初めて疑念を抱く。
「核を盗られてるのかもー!」
そんな疑念を晴らすように後ろからベネッタの声が届く。
「核って盗られるものなのか?」
「知らないけどー、自立した魔法が動くってことは核が近くに無いってことだと思うのー!」
「その核に向かって動いてるってこと?」
「かも……? ごめんなさい、ボクも詳しくなくてー!」
「待ってよ……? 待ってよ……?」
ベネッタの予想を聞いてエルミラの中で最近聞いた話と繋がり始める。
「アルム! あれじゃない!?」
「どれだ?」
「学院長の話!」
察しの悪いアルムもそれで気付いたようでエルミラのほうに振り返る。
「縦長の荷物か!」
「そう!」
「てことはあの使用人もダブラマの……?」
「かもしれないわ!」
アルムとエルミラが思い浮かべているのは二週間ほど前に聞いた学院長の話。
ベラルタに商人に扮して侵入したダブラマの刺客。
三人はアルムによって捕られられたが、侵入した商人は四人。
内一人は未だ見つかっておらず、その刺客が運んできたという謎の縦長の荷物もまだ見つかったという話は聞いていない。
ベネッタの予想通り、核が盗られたのだとしたら話は繋がる。
その縦長の荷物こそが今後ろに見える巨人の核だったのではないかと。
「マナリルを嘗めてるわね……! 面白くなってきたじゃない!」
話が繋がったことによってベラルタに着いた後の方針が少し見えた。
学院に入って早々訪れたピンチを前にしてエルミラは思わず手綱を握る力が強くなる。
「そうかなー? そうかなー!?」
「この予想が正しければ今まさに他の国から攻撃を受けてることになるのよ!? 敵の攻撃から国を守るのは貴族の務めでしょうが!」
「そうだけどー! そうだけどー!」
魔法使いである貴族が国を守るのは当然の務め。
ベネッタもわかってはいるのだが、いざ自分が直面するとなると決意しきれない。
そんなベネッタに対してエルミラはやる気満々だ。
その内心にはこれを機に自分の名前を売れるかもしれないという打算的な考えもある。
「ベネッタは血統魔法を見るに戦闘向きじゃない。信仰属性のことも考えると着いたら住民の避難に回ったほうがいいだろう」
「まぁ、確かにそうね」
「そ、そう? それならいいんだけど……」
アルムからの援護にベネッタは少しほっとする。
貴族といってもベネッタは父親との反発もあって少し意識が希薄だ。
治癒魔導士を目指す身としても避難に回るのは願っても無い。
「私は先生たちがあのデカイのを壊せないようなら核の捜索を進言して一緒に探すわ……まぁ、十中八九そうなるでしょうけど」
「俺も出来る限り探そう。魔法を使えばそれなりに動けると自負してる」
「……そうね」
アルムに頷くもエルミラはさらに小さく付け足す。
「けど、そうはならないかも」
「……エルミラ?」
その声をベネッタは確かに聞いたが、アルムには聞こえなかった。
エルミラの抱く密かな期待はまだ彼女の胸の内にある。